今日行わなければいけない仕事を終えた兵庫水軍水練二人組は、海中散歩と称して、少し
沖の方まで泳ぎに来ていた。
「重、それ以上行くと夕食の時間までに戻れなくなるぞ。」
もっともっと沖へと進もうとしている重に、舳丸はそう声をかける。舳丸の言葉を聞いて、
重は泳ぐのをやめ、くるっと舳丸の方を振り返った。
「もうちょっと先まで行きたかったけど、舳丸がそう言うなら仕方ないや。」
「もっと先は、もう少し時間がある時じゃないと無理だろ。」
「そうだよなあ。」
「このへんでも、十分に楽しめるだろ。」
「うん。」
この二人の海中散歩は、ある程度沖まで来て、海の中へと潜り、いろいろな魚達が泳ぎ回
っているのと一緒に自分達も泳ぐ。そんな感じだ。今日も海の魚達と一緒に泳ごうと、二
人はざばんと海の中へとその身を沈めた。
(今日もいろんな魚がいるなあ。)
大きな魚に小さな魚、様々な魚に囲まれながら重は自由自在にそのあたりを散策する。舳
丸も少し離れたところで、ゆったりと泳いでいた。そんな舳丸に何気なく視線を移すと、
無駄のないその泳ぎに、重は目を奪われる。
(舳丸、やっぱカッコイイよなあ・・・)
ほうっとしながら舳丸を見つめていると、その視線に気がついたのか、舳丸が自分の方に
向かって泳いでくる。重の目の前まで来ると、ふっと笑って、いったん水面に出るぞとい
うジェスチャーを見せる。
バシャっ
水面に上がると、舳丸は大きく息を吸い直し、再び水の中へと戻る。
「えっ?ミヨ??」
まさかただ息つぎをするだけだと思っていなかった重は、予想外のことに慌てて舳丸を追
うように海の中へ潜る。あまりに慌てて戻ったために、大して大きく息つぎをすることな
く、重は海中へと戻ってしまった。
(あれ?舳丸がいない?)
先程まですぐ近くにいた舳丸が見当たらないと、重はキョロキョロと辺りを見回す。どこ
へ行ったのだろうと、動き始めようとすると、突然後ろからがしっと腕を掴まれ、その動
きを止められた。
「っ!!??」
突然のことに驚いた重は、思わず息を吐きだしてしまう。
(さっき上がった時、あんまり息吸ってないからっ、息が・・・)
息つぎをしようと、水面に上がろうとするが何かに腕を掴まれているが故に、上がること
が出来ない。
(く、苦し・・・舳丸っ!!)
そう思った瞬間、腕をぐいっと引っ張られ、何かが口を塞ぐ。それと同時に暖かい空気が
自分の中へと吹き込まれた。
(な、何・・・?)
ぎゅっと閉じた目を開けると、そこには舳丸の顔があった。その状況にも激しく驚く重で
あったが今回は舳丸に口を塞がれているが故に、体内の空気が外へ出てしまうということ
はなかった。しばらく、唇を合わせたまま、重を抱いていた舳丸であったが、さすがに呼
吸が続かなくなったのか、重を抱えたまま水面へと上がる。
「ぷはっ・・・ハァ・・・ハァ・・・・」
いろんな意味で酸欠状態になっている重は、水面に上がると大きく深呼吸をする。ある程
度呼吸が落ち着くと、重は舳丸に向かって文句をぶつける。
「な、何すんだよ!!舳丸っ!!」
「そんな大したことじゃないだろ。ちょっとした悪戯心だ。」
「悪戯心って、危ないだろ!?本当酸欠で溺れるかと思ったよ、俺、水練なのにっ!!」
「重なら大丈夫だ。」
「何の根拠があって・・・」
文句轟々な重の顎をくいっと上げ、舳丸はふっと口元を緩ませる。そんな舳丸の表情を見
て、重はそれ以上言葉を続けられなくなってしまう。
「体中が、私の中にあった空気だけで満たされた気分はどうだった?」
「っ!!??」
思ってもみない質問をされ、重の顔は真っ赤に染まる。確かに自分は驚いたはずみに全て
息を吐いてしまい、その後に舳丸から吹き込まれた空気は、文字通り、舳丸の肺に取り込
まれていた空気だ。それを意識して、重はさらに言葉を失う。真っ赤になりながら、口を
ぱくぱくさせている重を見て、舳丸はぷっと吹き出した。
「あはは、お前本当可愛いなあ。顔、ゆでタコみたいだぞ。」
「み、舳丸〜!!」
「仕返ししたいんだったら、私に追いついてみせろ。」
そう言いながら、舳丸は岸の方に向かって泳ぎ始めた。それを追いかけるように重も泳ぎ
出す。
「絶対追いついてやる!!」
「そう簡単に追いつかせはしない。」
「絶対絶対負けないからな!!」
「出来るものならやってみろ。」
そんなやりとりとしながら、二人はいつもより穏やかな瀬戸内の海を、全速力で泳ぐので
あった。