「はあ、本格的に降ってきちゃったなあ。」
どしゃ降りのごとくひどくなっている雨に鳳は大きな溜め息をつく。本当は宍戸と帰る予
定だったのだが、あいにくどちらも傘を持っていなかった。かなりの雨が降っていたにも
関わらず、宍戸はどうしても見たいテレビがあると言って、雨の中走って帰ってしまった。
しかし、鳳はこの雨の中を濡れながら帰るのは気がひけた。雨が弱まるのを待っていたの
だが、弱まるどころか次第に強くなっていく。昇降口の前で、鳳は立ち尽くしているしか
なかった。
「あれ?長太郎。」
聞きなれた声で名前を呼ばれ、鳳は後ろを振り返る。そこには、滝が立っていた。
「滝さん。」
「今日は宍戸と帰るんじゃなかったの?」
「その予定だったんですけど、俺も宍戸さんも傘持ってなくて。宍戸さんは、濡れてもい
いって走って帰っちゃいました。」
「宍戸らしいね。で、長太郎は濡れて帰るのが嫌で、困ってるわけだ。」
「はい。」
困ったように笑いながら、鳳は頷く。全く宍戸は仕方がないなあと思いつつ、鳳と一緒に
帰れることを滝は嬉しく思う。
「俺、傘持ってるけど入ってく?」
「いいんですか?」
「可愛い後輩が困ってるんだもん。見過ごせるわけないだろ?」
それは助かると、鳳はホッとしたような笑みを浮かべる。本当に濡れて帰るしかないかも
と思っていた矢先のことだったので、滝のこの提案は鳳にとって天の助けであった。
「ありがとうございます!すごく助かります!!」
「そんなに大したことじゃないよ。それじゃ、帰ろうか。」
「はい。」
バッと傘を開くと、滝は傘の中に鳳を招く。
「傘、俺が持ちますよ。」
「長太郎の方が背高いからね。その方が濡れなくていいか。」
「滝さんが濡れるようなことはないようにするんで、安心して下さい。」
「ふふ、ありがとう。」
そんなやりとりをしながら、二人は学校を出る。駅に向かう道を歩きながら、鳳は今日あ
ったことの話をする。
「今日、宍戸さんにガムをもらったんですよ。」
「へぇ。宍戸、ガム好きだもんね。」
「宍戸さんって、ミントガムが好きじゃないですか。俺、ミントの味苦手なんですよね。」
「そうなんだ。で、宍戸がくれるガムは当然のことながらミントガムと。」
「はい。でも、せっかくもらったから食べなきゃと思ったんですけど・・・・」
次にどんな言葉が来るか分かっていながらも、滝はその言葉を黙って待った。鳳は滝が予
想していた通りの言葉を続ける。
「やっぱり、無理でした。ちょっと噛んですぐ出しちゃいました。」
「あはは、そりゃ仕方ないね。」
鳳の言葉に滝は苦笑する。苦手なものでも、もらったものだからということで、一応は食
べてみようと試みるのはさすがだなあと、滝は感心する。
「それ、いつの話?」
「宍戸さんが走って帰るちょっと前です。だから、まだ微妙に口の中が辛くって。」
「そっか。そりゃまた、困った話だね。」
そんな今さっきのことなのかと、滝は思わず笑ってしまう。口の中が辛いのであれば、こ
れは口直しをさせてあげなければと、滝はあることを考えた。そして、それを実行しよう
と、鞄の中からあるものを出し、パクッと口に含む。
「長太郎。」
「はい、何ですか?」
「傘ちょっと貸して、かがんでくれる?」
「はい。」
滝に言われた通り、鳳は持っていた傘を滝に渡し、軽くかがむ。すると滝は、傘で自分達
の顔を隠した後、ちゅっと鳳の口にキスをし、今自分の口の中に入っている甘い何かを鳳
の口の中へと移した。
「んむ・・・!?」
「これで、口が辛いのなくなると思うよ。」
「・・・・飴、ですか?」
「うん。バター飴。俺のお気に入り。」
「あ、確かに美味しいかもしれないです。」
いきなり飴を口移しされたのにはビックリしたが、しっかりと味わってみると、ほどよい
甘さとバターの風味が広がり、なかなか美味しいことに気づく。しばらく舐めていると、
ミントの辛さを跡形もなく消えてしまった。
「この飴、美味しいですね。俺も好きです。」
「でしょ?どう?もう口が辛いの消えた?」
「はい。もうすっかり消えました。口の中、甘いですよ。」
「それはよかった。」
「でも、いきなり口移しで渡すのはやめてください。」
「えー、何で?」
「ビックリしますし・・・外では恥ずかしいじゃないですか。」
ほのかに顔を赤らめながら、鳳はそんなことを言う。そんな鳳が可愛いと、滝の顔は自然
と緩んできてしまう。
「分かった。長太郎が嫌だっていうなら、もうしない。」
「あ、でも、すごく嫌ってわけじゃないですから!!外じゃ・・・恥ずかしいってだけで
・・・」
「ふふ、分かってるよ。可愛いなー、長太郎は。」
「滝さ〜ん。」
からかうような口調でそう言う滝に、鳳は赤くなりながら困ったような表情を見せる。本
当にどんな表情も可愛くて仕方がないと、滝はもうニヤけっぱなしであった。ザーザーと
強い雨が降る中、二人の周りには甘いバター飴の香りが漂っているのであった。