卒業を間近に控えた冬のある日。引継ぎのために白石と財前は部活のない日にテニス部部
室に来ていた。引継ぎはそこまで時間がかからず終わったのだが、部活がないにも関わら
ず、テニスをしている銀や金太郎を部室で待つことにする。そして、この二人の他にもう
一人、この部室内で他の部員を待っているものがいた。
「すまんな、部外者なのに待たせてもらってしまって。」
「いや、橘さんは悪くないっスわ。悪いのは橘さん置いてどっか行ってる千歳先輩の方っ
スから。」
「まあ、そのうち戻ってくるやろ。部長の引継ぎもおおむね終わってしもたし、ちょっと
暇やな。恋バナでもするか。」
突拍子もない白石の提案に財前はあからさまに嫌そうな顔をする。そんな提案をしてくる
ということは、そういうネタを持っていることだろうと橘は考える。
「白石はモテそうだからな。さぞそういう話があるんだろうな。」
「騙されない方がいいっスよ。白石先輩にそういう話させると、大抵カブトムシか遠山の
話になるんで。」
「合宿所でのことを考えるとカブトムシは理解出来るが、遠山が出てくるのは何故だ?恋
バナだろう?」
「そのまんまっスよ。白石先輩が恋しとる相手、遠山なんで。って、なんかメッチャらし
くないこと言うとる気がするわ。」
「ほう。それはなかなか気になる話だな。恋バナ、いいんじゃないか。」
「えぇ・・・」
思ったよりも乗り気な橘に、財前は困惑するような声を上げる。それならばと、白石はわ
くわくとした表情で二人を見た。
「ほんなら決まりやな!何から話すんがええかな。やっぱ相手のどんなとこが好きかとか
鉄板か?最近あった惚気話とかでもええで。」
「ちなみにだが、今いるメンバーは誰が好きか分かっているという前提でよいんだな?知
らないのに話すというのはなかなかな恥ずかしいものだが。」
「えっ、橘くんは千歳やろ?」
「俺もそう思ってました。違うんスか?」
さも当然のように二人にそう言われ、橘は苦笑する。
「いや、間違ってはないな。」
「そんなこと言うたら、俺が誰が好きかなんて橘さんは知ったこっちゃないって感じやな
いんですか?白石先輩が知ってるのはともかく・・・」
「石田だろ?千歳からも石田本人からもお前の話はよく聞いているぞ。」
「・・・・っ!!」
まさかの橘の言葉に、財前は真っ赤になる。千歳はともかく、銀本人から自分の話が出て
いるとは思っていなかった。
「ちょっ・・・千歳先輩は分かるんスけど、師範はどうして・・・・」
「石田とは合宿所で同室だったし、石田の弟が不動峰で後輩だからな。連絡先は交換して
いるぞ。」
そういえばそうだったと、財前は橘の話に納得してしまう。まだ大したことは話していな
いのに、財前は既にドキドキしまくっていた。
「知ってるんやったら、何の問題もあらへんな。ほんなら、橘くんから千歳のどんなとこ
が好きかとか惚気とか聞かせてもらおうかな。」
「俺からか。」
「言い出しっぺからやないんスか。まあ、俺からじゃないなら別にええですけど。」
どんな話をしようかと橘は顎に手を当てて考える。
「そうだな・・・いざ考えてみると難しいものだな。アイツとは小学生のときからの付き
合いなんだが、殴り合いの喧嘩もしたし、右目を怪我させてしまって離れていた期間もあ
ったしな。でも、そんなことがあってもアイツは俺と会うと必ず嬉しそうに笑うんだ。嬉
しそうな声で『桔平』って呼びながらな。」
「あー、うん。メッチャ分かる気ぃするわ。」
「千歳先輩、急に『桔平不足ばい』とか言って、東京に行ったりしますもんね。」
「はは、迷惑かけてすまないな。」
「せやけど、ホンマ合宿所で二人が仲良うしてるの見て安心したわ。千歳からいろいろあ
ったことは聞いとったし、四天宝寺に転校してきてすぐは、橘くんの話題になると寂しそ
うな顔で笑っとったからなあ。」
それは初めて聞いたと橘は驚いたような顔をする。少し気恥ずかしいと思いながらも、自
分も不動峰に転校してからも、千歳のことをいつも気にしていたことを思い出した。
「そうか。俺もアイツもやっぱりお互いが必要だったんだよな。まあ、今は昔のように一
緒に居られる機会も多くなったし、昔以上に仲良くなってるから、わりと幸せだけどな。」
恥ずかしそうに笑いながら、橘はそんなことを言う。思ったよりもガチな惚気になってい
る橘の話に、白石も財前もちょっといいなと思ってしまう。
「なんやメッチャええ話やん。ほんなら、次は財前やな。」
「別に話せるような話ないっスけど。」
「ふーん、財前の銀に対する愛なんてその程度なんやな。」
「はあ?そんなこと言うてへんでしょ。師範は、先輩らと違って俺にお笑い求めてきたり
せぇへんし、落ち着いてて強くて格好良くて優しくて、俺が困っとったらすぐ声かけてく
れるし、俺の好きなものにも興味持ってくれて、尊敬出来るとこもぎょーさんあって、ホ
ンマありがたみの塊なんっスわ。あの渋い声も大きな手ぇも何でも受け止めてくれる懐も
俺がどれだけ好きやと思って・・・・」
白石に煽られて思わず銀に対する想いをぶちまけてしまったが、白石と橘がニヤニヤとし
た顔で自分の話を聞いているのに気づき、財前はカアァと顔を赤くして黙ってしまう。
「前々から思っていたが、白石は本音を引き出す煽りが本当に上手いよな。」
「そうか?橘くんに褒められて光栄やわ。それにしても、ホンマに財前は銀のこと大好き
なんやな。」
「うるさいっスわ・・・」
「白石とのやりとりを見てるときは、石田の惚気があまり理解出来なかったが、今の話を
聞いて少し分かった気がするな。石田にはさぞ懐いた様子で接しているんだろう?」
「・・・・。」
白石と橘がいちいちつっこんでくるので、財前は耳まで赤くして、むすっとした表情でそ
っぽを向く。これ以上は聞けなさそうだなと橘は話を白石に振る。
「財前も話してくれたことだし、お前はどうなんだ?白石。」
「俺が金ちゃんのどこが好きかっちゅー話?せやなあ、金ちゃんはホンマゴンタクレで、
この一年だけでどれだけ手を焼かされたかって感じなんやけど、俺のことメッチャ好きっ
て言うてくれて、そのたびにドキドキしてしまうねん。」
「まあ、確かに遠山は誰に対しても好き好き言うてますね。」
「俺ももともとはみんなと同じ好きやろなと思っとったんやけど、ある時『白石は特別な
好きなんや』って言ってくれてな。それがえらい嬉しくて、あー、俺も金ちゃんのこと好
きなんやなあって思うて。子供っぽくてわがままでゴンタクレで、せやけど、いつも明る
くて元気で素直で、テニスはメッチャ強くてたまに男らしくて・・・いつの間にかそんな
金ちゃんに夢中になっとった。」
恥ずかしそうな笑顔を浮かべ、白石は金太郎に対する想いを告白する。本当に金太郎のこ
とが好きなんだなあと橘も財前も頬が緩む。人のそういう話を聞く機会はあまりないので、
そういう話を聞くと胸の中がむずむずし、少しくすぐったい気分になる。
「ちょっと気恥ずかしい気がするが・・・人の恋バナを聞くというのも悪くないものだな。」
「せやろ?」
「恋バナついでなんスけど、先輩ら千歳先輩や遠山とどこまでいっとるんスか?」
『っ!?』
しれっとそんな質問をしてくる財前に、橘と白石はドキッとして顔を見合わせる。
「え、えっとぉ・・・どこまでというんは、手繋ぐとかキスするとか、その・・・それ以
上とか・・・そういうことやんな?」
「それ以外ないでしょう。」
「中学生だったら、まあ、興味のあることだよな。」
「まあ、白石先輩と遠山はそこまでいってるとは思ってないっスけど。」
財前の言葉に白石は本当のことを言おうか言うまいか悩む。嘘をついても財前には見破ら
れそうなので、恥ずかしいと思いつつも素直に本当のことを言うことにした。
「俺と金ちゃんな・・・最後までしたことあんねん。」
「うわっ、マジっスか。」
「何で聞いといてちょっと引いた感じになんねん!」
白石の回答を聞いて、財前は若干引き気味な反応を見せる。
「いや、だって、遠山っスよ?そんな知識全然なさそうやないですか。ちゅーことは、白
石先輩が無理矢理したって話になるやないっスか。さすがにそれはって話で・・・」
「ちょい待ち!何か勘違いしてへん?突っ込まれるん金ちゃんの方やなくて俺の方やで!」
「えっ、そうなのか?」
「それはそれでどうかと思いますけど。つーか、白石先輩と遠山とか近親相姦感半端ない
っスね。」
「えー、そないに俺と金ちゃん兄弟っぽいか?」
「いや、そっちやなくて母と息子的な。」
財前のその一言を聞いて、橘は吹き出す。確かに白石と金太郎のやりとりを見ていると先
輩・後輩、兄と弟と言うよりは、母と子のそれに近い。財前の言うことが的を射ていると
橘は声を上げて笑った。
「なんでやねん!」
「あはは、確かにちょっとそれは分かる。」
「ちょっ、橘くんまで!」
「白石先輩と遠山がそこまでいってるとは思ってなかったんスけど、ということは、その
前段階なんて余裕で経験済ってことっスよね?」
「キスとかってことやろ?そんなんしょっちゅうねだられるわ。」
金太郎が子供っぽく『ちゅうしたいー』と白石にねだっているところを想像し、橘も財前
もくすっと笑う。そんなノリでそれ以上のこともしているのかと思うと、金太郎もなかな
かやるなと感心せざるを得なかった。
「白石先輩と金ちゃんがそんなやったら、橘さんと千歳先輩なんて余裕でって感じっスね。」
「はは、まあ、間違ってはいないがな。」
「ちなみに、どっちがどっちなんスか?」
この二人は本当に分からないと思い、財前は純粋な疑問として橘に尋ねる。恥ずかしそう
に頬をかきながら、橘は答える。
「・・・白石と同じだな。」
「へぇ、そうなんスね。ちょっと意外っスわ。」
「そうか?」
「せやけど、財前。今の橘くんはだいぶ男らしい感じやけど、九州二翼だったときのこと
思い出してみ。あのイメージだとちょっと分かる気せぇへん?」
白石が二年、自分が一年だった頃に、獅子楽中と試合したときのことを財前は思い返して
みる。九州二翼と言われていたときの橘は今と同じ金髪ではあるが、髪が長かった。その
イメージなら確かにと財前は納得する。
「あー、確かに。」
「それで納得されるのも微妙だけどな。」
「あれやな。そないなことしてるときに、千歳の奴、才気煥発の極み使えるんかな?」
「才気煥発の極み?何故だ?」
突然『才気煥発の極み』という言葉を出してくる白石に、橘も財前も首を傾げる。ほんの
少し千歳の真似をしながら、白石は言葉を返す。
「『10秒。桔平がイクまでの時間たい。』とか言ってたりすんのかなーと思て。」
「なっ!?」
「ぶっ・・・」
その言葉を聞いて橘は真っ赤になり、財前は吹き出す。財前に思いのほかウケているので、
白石は嬉しくなった。
「おー、珍しく財前がウケとる。」
「今のは反則っスわ。」
「・・・たぶん使えはするんだろうが、してる最中にそんなこと言ってきたら殴ってるだ
ろうな。」
「ははは、さすが橘くんやな。」
才気煥発の極みを使ってそう言う千歳も、それを聞いて千歳を殴る橘も用意に想像が出来
ると、財前はさらにツボに入る。うつむきぷるぷると震えている財前に白石は先程財前が
自分達にしていた質問を返す。
「で、財前は銀とどこまでいっとるん?俺らの聞いといて、答えんのは無しやで。」
「どれくらいやと思います?」
「そうくるかー。せやなあ、相手が銀ってことを考えると、それこそいっててキスくらい
ちゃうん?それもまだかもしらんな。」
「ハズレっスわ。師範と俺かて、先輩らと同じくらい進んでますー。」
「は?」
「えっ?」
「二人して何なんスかその反応。」
信じられないことを聞いたという白石と橘の反応に、財前は呆れ顔で言葉を返す。
「い、いや、だって銀やで?あないに無欲の象徴みたいな感じなのにそんなことするん?
えー、信じられへんわ。」
「そうか。あの石田がなぁ。これはうちの石田には秘密にしておいた方がいいんだろうな。
というか、そんな石田をその気にさせる財前がすごいんじゃないか?」
「財前、どんな感じで銀誘うのか見せてくれへん?」
「はあ?するわけないでしょ。そんなん師範専用に決まってるやないっスか。」
『師範専用』という言葉に白石と橘はツボる。どれだけ銀のことが好きなんだと笑いなが
らツッコミたい気持ちを抑えつつ、財前の意外な一面を見た気がして少し嬉しくなる。
「はあー、この話、メッチャおもろいけど、こないな話してると早く金ちゃんらに会いた
くなってくるなあ。」
「同感っスわ。まだ帰って来ないんスかね?」
「全く千歳もどこで道草をくってるのやら。」
想い人の話をしていると、早く会いたくなってしまうと、そこにいるメンバーは部室のド
アを眺めた。
白石、財前、橘が部室で恋バナに花を咲かせているとき、銀と金太郎が一通りテニスを終
え、ベンチに座って休んでいた。そこへ散歩に行っていた千歳がやってくる。
「今日は部活はないち聞いたばってん、テニスしとったと?」
「そやで!白石と財前は何や引き継ぎ?言うとったから、銀に相手してもろてテニスしと
ったんや!」
「そりゃえらかねぇ。」
「千歳はん、今日は橘はんが来とるんやなかったか?多分部室で待っとるで。」
「少しくらい平気たい。」
そう言いながら、千歳は金太郎の隣に腰かける。千歳を前にし、金太郎はふと思いついた
ことを尋ねる。
「なあなあ、千歳ぇ。」
「どぎゃんしたと?金ちゃん。」
「千歳はあの金髪の兄ちゃんのことが好きなんやろ?金髪の兄ちゃんとちゅうとかしたり
するんか?」
「へっ!?え、えっとぉ・・・」
これはどう答えたらよいかと、千歳は銀の方を見ながら助けを求める。まさかの質問に銀
もかなり困惑したような表情になっていた。
「ワイは白石とちゅうしたりするで!どや?羨ましいやろー?」
「あはは、金ちゃんはほんなこつ白石のこと好いとおね。まあ、キスくらい俺も桔平とす
るけん、金ちゃんと同じやね。」
金太郎の言葉に被せるようにして、千歳は橘とキスすることがあると答える。
「やっぱ、そうなんやな。銀も財前とちゅうするやろ?」
「ん?ま、まあ、そうやな。」
頷くくらいならいいだろうと、銀も金太郎の質問に素直に答える。ドキドキしながらもこ
れくらいの質問ならまだ大丈夫だと、銀も千歳もニコニコと楽しそうな金太郎を見る。
「ほんならアレは?」
「アレとは?」
「何ね?」
「ちんちんケツの穴に突っ込むやつ!」
『っ!!??』
「ちょっ・・・金ちゃん言い方っ!」
「それは、そないに大きな声で言ったらアカンやつやな。」
まさかの金太郎の発言に千歳も銀もかなり動揺してしまう。
「アレ、メッチャ気持ちええよな!って、千歳や銀がしたことあるかは知らんけど。」
「待って待って。金ちゃん、白石とそういうことしたことあるとね?」
「あるで。白石んち泊まった時に白石が教えてくれたんやで!みんなには内緒やでって言
われたけど、千歳と銀にならええよな?メッチャしてそうやし。」
「それは・・・金太郎はんが、その・・・入れる方なんか?」
「そうやで!白石の中、メーッチャ気持ちええねん。それしとるときの白石、メッチャ可
愛いしな!」
幼い後輩の爆弾発言に、どちらかと言えば大人っぽい雰囲気のある先輩の二人はたじたじ
だ。
「これは、白石はんを叱った方がええんやろか?」
「んー、俺らが口出すようなことやなかけん、ほっといてもよかち思うばい。」
「金太郎はん、こないな話はワシや千歳はんなら別にええけど、他の人にしたらアカンで。」
「分かったで。ほんで、二人はどうなん?したことあるんか?」
その質問はまだ続いていたのかと、銀と千歳は顔を見合わせる。金太郎相手に嘘をついて
も仕方がないと、小さな溜め息をついて苦笑しながら答える。
「あるばい。まさか、金ちゃんがしたことあると思わんかったばってん。」
「銀はー?」
「あるで。但し、他の者には内緒やからな。」
「やっぱり、好き同士やったらするもんなんやな!白石の言ってた通りや!」
にひひと笑って金太郎はそんなことを言う。そこの教え方は正しいと思いつつ、まだまだ
幼いゴンタクレにそれを教えたのはさすがにダメだろうと、銀と千歳は複雑な気分になる。
「でもまあ、金ちゃんの言う通り、してるときん相手が可愛いち言うのは分かるばい。」
しているときの橘を思い出し、千歳はそんなことを呟く。そう言われ、銀も最中の財前を
思い出す。
「・・・せやなあ。」
「おっ、銀さんも同意してくれると?」
「うむ。そこはやはり嘘は吐けんからな。」
「金ちゃんと白石、銀さんと財前、俺からすっとどっちも想像つかんばい。」
「それはこちらとて同じや。橘はんはワシからしたら、だいぶ男気に溢れる感じやからな。」
「そんときの桔平は、たいぎゃむぞらしかよ。」
銀の言葉に千歳はニッと笑ってそんな言葉を返す。それを聞いて、金太郎も銀もちょっと
した対抗心を燃やす。
「白石もメチャクチャ可愛いんやで!ワイにとっちゃ白石が一番や!」
「財前はんも負けてへんで。素直に甘えてくるところが特に可愛らしくてなあ。」
「それは銀さんにしか分からんばい。財前が素直に甘えるところなんて、見たこともない
ないし想像も出来んばい。」
「可愛い言うたら、してるときに好きやで!って言うと、中がぎゅうってして反応よくな
ったりせぇへん?そういうとこも、ワイメッチャ好きやー。」
金太郎がまた新たな火種を投入し、銀も千歳もそんな場面を思い返す。それは間違いなく
そうだと、どちらも金太郎の言葉に完全同意する。
「分かる。それはまたたいぎゃむぞらしかこったね。」
「ワシも金太郎はんの言うことはよく分かるで。せやから、つい言いたくなってしまうな。」
そんな話をしていると、三人とも多少なりともムラムラしてきてしまう。とりあえず、自
分の好きな相手に会いたいと、部室に戻ることにする。
「何やこんな話しとったら、白石のとこ行きたなって来たわー。銀、千歳、白石んとこ戻
ろー。」
「せやな。もう引き継ぎは終わってるやろうし戻るとするか。」
「桔平ば待たせとるし、俺も戻るばい。」
早く戻って想い人に会いたいと、三人は少し早足で部室へと向かった。
金太郎、銀、千歳が部室へ戻ると、そこで待っていた三人は嬉しそうに三人を迎える。
「おかえり、金ちゃん。」
「師範、おかえりなさい。」
「千歳、やっと帰ってきたか。」
三人全員にではなく、それぞれ自分の好きな相手に声をかける。相手のすぐ側に移動しな
がら、部室に戻ってきた三人は笑顔でその言葉に答える。
「白石ー、引き継ぎやったっけ?終わったんか?一緒に帰れる?」
「ああ、終わったし帰れるで。」
「待たせてしもてすまんなあ。ワシらも一緒に帰るか。」
「はい。あ、これ、スポドリです。遠山とテニスしてて喉渇いてますよね?」
「おおきに。財前はんは気が利くなあ。」
「すまんね、桔平。ちょっとゆっくり散歩しすぎたばい。」
「全くお前は相変わらずたい。まあ、白石達といろいろ話ば出来て楽しかったけん、気に
せんでよかよ。」
会いたいと思っていた相手と楽しげに会話をしながら帰り支度をする。ジャージだった金
太郎や銀は制服に着替え、もともと制服であった新旧部長の白石と財前は忘れ物がないか
の確認をする。
「みんな帰る準備終わったな。それじゃ帰るで。」
まだまだ部長の雰囲気で白石はそんなことを言う。部室を出ると、現部長の財前が戸締り
をした。校門までは一緒に帰る六人であったが、白石と金太郎は寮の方向へは向かわない
ので、そこで別れることになる。
「ほんなら、また明日な。」
「銀、千歳、財前、金髪の兄ちゃん、またなー!」
「お疲れさん。」
「お疲れ様です。」
四人と別れて家に向かって歩き出すと、金太郎は白石の腕をぎゅっと掴む。
「なあなあ、白石ぃ。」
「ん?どないしたん?」
「あんなあ、今日白石んち泊まりたいんやけど、アカン?」
銀や千歳とあんな話をしたので、金太郎的には今日は白石とまだまだ一緒にいたかった。
そうなるとどちらかの家に泊まるのが手っ取り早い。白石の方も財前や橘と恋バナで盛り
上がっていたため、金太郎と同じ気持ちであった。
「ええで。ほんなら、今日は俺がタコ焼きぎょーさん作ってやるわ。」
「ホンマに!?よっしゃー!!」
白石がタコ焼きを作ってくれるということを聞き、金太郎は顔いっぱいに笑顔を浮かべて
喜ぶ。やはりこの笑顔が好きだなーと金太郎を眺めていると、腕を抱えたまま金太郎が大
きな瞳で見上げてくる。
「白石。」
「何や?金ちゃん。」
「今日なー、白石とあの気持ちええのしたい。」
「!!」
「してもええ?」
首を傾げながらそんなことを尋ねてくる金太郎に、白石はもう完全に堕ちていた。
「しゃーないなあ。金ちゃんがそないにしたいならしてもええで。」
「ホンマに?」
「ああ。ま、まあ、俺も今日はしたいしな。」
ぼそっと白石が呟いた言葉を聞いて、金太郎の目はキラキラと輝く。その顔は反則だと思
いながら、白石はふふっと笑って金太郎の頭を撫でた。
寮に向かっている四人は銀と財前、千歳と橘でそれぞれ少し離れて歩いていた。
「財前はん。」
「何ですか?師範。」
「一つ頼みたいことがあるんだが、ええやろか?」
「俺に出来ることやったらええですよ。」
「今日、寮のワシの部屋に泊まらんか?」
「っ!?」
銀からのまさかのお誘いに財前の心臓はドキンと跳ねる。白石や橘とあんな話をしていた
手前、ちょっとそういうことがしたいなあと思っていた。そんな状況での銀からの誘い。
これは願ってもない状況だと、ドギマギとしながら銀の言葉に返事をする。
「えっと・・・その・・・」
「やはり急すぎてアカンか?」
「い、いや・・・泊まりたいです。」
「そうか。ほんなら、寮まで一緒に帰れるな。」
嬉しそうに笑いながら銀がそんなことを言うので、財前の胸はこの上なくときめく。家に
は寮に着いてから連絡すればいいだろうと、ドキドキしながら銀を見る。そんなやりとり
を少し前を歩いていた千歳は聞き逃さなかった。
「財前、今日は銀さんの部屋に泊まると?」
「まあ・・・師範から誘われたんで。」
「あんな話した後で財前泊めるなんて、銀さんもやらしかねぇ。」
にやにやしながら千歳はそんなことを言う。千歳や銀がどんな話をしていたかは全く知ら
ないので、財前は純粋に疑問に思って銀に尋ねる。
「師範、どんな話しとったんっスか?」
「い、いや・・・別に大した話やないで。」
「銀さん、財前のこと、たいぎゃ可愛いち言うとったとよ。」
「千歳はん!」
先程の話を財前に知られては困ると、銀は慌てた様子で千歳の言葉を遮ろうとする。銀に
可愛いと言われるのは結構嬉しいと財前が思っていると、橘も会話に加わってくる。
「財前も石田のことカッコイイとか優しいとか大好きだって言ってたぞ。」
「ちょっ・・・橘さん、やめてください!」
「ホンマか?」
橘の言葉に反応し、銀は財前を見る。顔を真っ赤に染め、そっぽを向くようにして財前は
顔を隠そうとする。
「・・・・・・」
その反応が図星であることを表しており、銀は顔を緩ませる。
「桔平らも面白そうな話ばしとったみたいやね。」
「お前の方もなかなか面白そうな話をしてたみたいじゃないか。」
「あとで詳しく話してやるばい。」
お互いに話していたことをバラされ何も言えなくなっていた銀と財前であったが、千歳と
橘が先程よりも少し前を歩き始めたので、前の二人には聞こえないような小声でまた話を
し出す。
「師範・・・」
「な、何や?財前はん。」
「俺に今日泊まって欲しいって誘ったのって、何か下心あってのことなんっスか?」
「えーと・・・ないとは言いきれんなぁ。」
苦笑しながら銀がそう答えると、財前は嬉しそうに口元を緩ませる。前の二人に気づかれ
ないように、銀の手をぎゅっと握ると銀の顔を見上げた。
「師範なら下心あっても大歓迎っスわ。今日泊まるの楽しみにしときます。」
自分がしたいと思っていることを期待しているような財前の表情に、銀の鼓動は速くなる。
(財前はんとおると、多少の煩悩は仕方ないと思ってしまうなあ。)
そんなことを考えながら、銀は財前の手を握り返す。大好きな大きな手で手を握り返され、
財前の心は踊る。寮まではあともう少し。前にいる二人に気づかれないのであれば、もう
少しこうしていたいなあと財前は銀の手のぬくもりを満喫していた。
「いやー、思ったよりも後ろの二人イチャイチャしとるばい。」
「邪魔しちゃ悪かけん、気づかんふりしとけ。」
「分かっとーよ。後ろん二人に対抗して、俺らもイチャイチャすると?」
「せん。それはお前ん部屋着いてからのお楽しみばい。」
ニッと笑って、橘はそんなことを言う。イチャイチャすることは否定しないどころか、す
る気満々な橘に千歳はきゅんきゅんとときめく。
「そんなら早く寮に帰るばい!」
「お、おい、千歳!!」
橘の手を掴み、千歳は寮に向かって走り出す。突然走り出す二人に唖然としながらも、銀
も財前もくすっと笑う。
「何やおもろいから撮っとこ。」
「ブログのネタにええんちゃうか?」
「そうっスね。俺らはゆっくり帰りましょ。」
「せやな。」
冷たい風が吹き抜ける夕暮れ。そんな寒さなど感じないほどに、金太郎と白石、銀と財前、
千歳と橘の心の中は、まだまだ好きな相手と一緒に過ごせる嬉しさで、春のような暖かさ
を感じていた。
END.