恋のぼり

柏餅も買ったし、夕飯の材料もこれでいいよな・・・・。
ただいま樺地は買い物中。今日は子供の日なので、樺地が夕食を作ることになっていた。
今日の夕食の献立は子供の日らしくちらし寿司。そんなに手間がかかるメニューというわ
けではない。早めに帰って料理に取りかかろうと樺地は家に帰る足を速めた。とその時、
よく見たことのある顔が目に飛び込んできた。
あれ?あの噴水のところに居るのって・・・?
広場にある小さな噴水のところに座って眠っている少年が一人。こんな街のど真ん中で、
あそこまで居眠りの出来る人など、樺地が知っている人物の中では一人しかいなかった。
こんなところで眠っていては風邪を引いてしまうと思い、樺地はその少年に近づいていっ
た。
あれ、どう見てもジローさんだよなあ。こんなとこで居眠りしてるなんて流石。
樺地がもう少しで目の前に来るというところで、突然ジローの重心が後ろに傾く。座った
まま眠っていたため、バランスを失い倒れる形となってしまったのだ。
バッシャーンッ!!
大きな水しぶきと共に、ジローの体は水の中にドボン。樺地は唖然とする。少しの間があ
ってから、目を覚ましたジローが水を滴らせながら、騒ぎ始めた。
「うっひゃあ、冷てー!!何々!?何が起こったの??」
周りの人は当然くすくすと笑っている。だが、樺地だけは心配そうな顔をしてジローに手
を差し出した。
「大丈夫ですか・・・・?ジローさん。」
「あれ?樺地?何でこんなとこにいるの?」
「たまたま・・・通りかかって・・・・それよりかなり濡れてますけど・・・・。」
「あー、ホントだ。ビチョビチョ。樺地ー、タオルとか持ってる?」
「持ってません・・・。」
「だよねー。どうしよ〜、これじゃあ母ちゃんにかなり怒られる〜。」
水の中から上がると、ジローはビショビショになってしまった服を軽く絞る。ちょっと絞
っただけで、かなりの水が滴り落ちた。このまま家に帰ったら、確実に怒られるだろう。
どうしようかと悩んでいるジローに樺地はある提案をする。
「これから、うちに帰るんですけど・・・そこで着替えますか?すぐ近くなんで・・・。」
「マジで!?いいのー?うんうん、樺地がいいんだったら、そうしたい!!」
このままだとやはり帰れないとジローは樺地の提案を喜んで受けた。濡れた服のままジロ
ーは樺地と一緒に家へと向かう。
ありゃりゃ、何やってんだろな俺。でも、樺地が通りがかってくれて助かったー。このま
まじゃ、マジうちに帰れないもんねー。

「着き・・・ました。」
「樺地の家って、結構デカいんだなぁ。」
「上がってください・・・・。」
「えっ、でも、このまま入ったら廊下濡れちゃうよ?」
「大丈夫・・・です。」
樺地はそのままバスルームへと案内する。あとで、服を持ってくるので入って下さいと言
い、バスルームをあとにした。
おー、樺地の家に来るのって初めてだー。ちょっと、ドキドキ。風呂使ってもいいんだよ
ね。よっし、じゃあ、さっさと入っちゃおう!!
樺地に言われた通りにシャワーをざっとあびる。バスルームから上がると、既にバスタオ
ルと着替えがしっかりと用意されていた。
これ、樺地の服かな?そうすっと結構サイズがデカいよな。まあ、いっか。
サイズが大きそうだと思いつつもジローは素直に用意されていた服に腕を通した。上着は
確かに自分の普段着ている服よりも2サイズくらい大きいのだが、ズボンと下着はサイズ
が何故かピッタリだった。脱衣所から出ると廊下を拭いていた樺地とはちあわせする。
「あっ、樺地サンキュー。すげぇ助かっちゃった。」
「ウス。」
「てかさ、この服上はすっげーぶかぶかなんだけど、下はピッタリなんだよ。何で?」
「下は・・・自分が小学生の時に着てたやつですから・・・上着はどうしても見つからな
くて・・・・」
「へ、へぇ、小学生・・・。」
小学生の時に着ていた服がサイズがピッタリということにジローは驚きながら、苦笑い。
それほど、自分が小さいのかあと何となく落ち込んでしまう。だが、これは単に樺地が小
学生の頃から大きかったためである。
「今から夕飯作るんですけど・・・食べていきますか?」
「いいの!?」
「ウス。」
樺地は即答で頷く。樺地の手料理が食べれるー!とジローは大喜びだ。二人が話をしてい
ると突然部屋のドアが開き、小学生くらいの女の子が出てきた。
「お兄ちゃん、お客さん?」
出てきたのは樺地の妹だった。もちろんジローは初対面。ちょっと驚きつつ、ジローは起
きている時のテンションで話しかけた。
「こんにちは。君、樺地の妹?俺はジロー。芥川慈郎って言うんだ。」
「こんにちは・・・。」
少しおどおどしながら、樺地妹はジローに挨拶する。初めは知らない人が家にいるという
ことで、緊張していたようだが、話していくにつれ、仲良くなれたようだ。二人が楽しそ
うに話をし、遊んでいる間に樺地は夕食の準備を進める。
ちらし寿司とそれから・・・あれ?そういえば、今日は5月5日だよな・・・。あっ!!
食事の準備をしながら、樺地はとある大事なことを思い出す。そして、ちらし寿司と同時
にあるものを急いで作り始めた。

「お兄ちゃん、お腹空いた。」
いつもよりも作るのが遅れている樺地の元へ妹が催促に来た。ジローもかなり待ちかねて
いるようだ。樺地は慌てて、出来上がっているちらし寿司を妹に持たせ、運ばせる。
「先、食べてていいから。」
「えっ、でも・・・。」
「すぐ行く。」
「分かった。」
樺地妹はちらし寿司をテーブルへと運ぶ。その間に樺地は必死で、それとは別に作ったも
のを完成させようとしていた。
「お兄ちゃんが、先食べててって言ってました。」
「本当?どうしたんだろ、樺地?」
「何かこれとは他に別のものを作ってたみたいだけど・・・」
そんな話をしていると、やっと樺地が料理を終わらせ戻って来た。エプロンにはちらし寿
司を作っただけでは出来ないような汚れがついている。
「お兄ちゃん、何作ってたの?」
「・・・・・。」
ここでは言えないと樺地は黙る。まあ、いいかと樺地妹は箸を握る。ジローも用意された
割り箸を割った。
「樺地、食べていい?」
「ウス。」
『じゃあ、いただきまーす。』
ジローと樺地妹は声をそろえて元気よくそう言った。それぞれの皿に盛られたちらし寿司
を口にして、美味しいー!!と笑顔になる。
「わあ、超おいC―!!樺地、料理の天ー才。」
「うん。おいしい。お兄ちゃん流石だよね。」
「・・・・・。」
照れたよな表情で樺地は箸を口に運んだ。楽しく話をしながら、小さな御馳走を平らげる。
食べ終わった食器を台所に戻した後、さっき慌てて作ったあるものを樺地は二人のもとへ
と運ぶ。
『わあー!!』
樺地が運んで来たものを見て、二人は歓声を上げた。樺地が持ってきたものは大きなチョ
コレートケーキであった。そう、今日はジローの誕生日。それを思い出して、樺地は慌て
てケーキを作ったのだ。
「何で何で!?お兄ちゃん、何で子供の日なのにケーキなのー?」
「ジローさん・・・今日誕生日でしたよね?」
「あっ、そうだ!!俺、今日誕生日だ。」
ケーキを切りながら、樺地をそう言う。ジローはというと今日が自分の誕生日だというこ
とを忘れていたかのような反応を示した。三つのお皿に切ったケーキを分けると持って来
たフォークを二人に渡した。樺地手作りのチョコレートケーキは、既製品と何ら変わらず
プロ並の見かけと味であった。とても、夕飯を作りながら慌てて作ったものとは思えない。
「樺地ー、これもすごくうまいぜ!!あんがと、すっげーうれCー!!」
「ウス。」
「すごいね、お兄ちゃん!!ジローさんもありがとう。ジローさんのおかげでケーキ食べ
れた。」
どちらも嬉しいそうにケーキを頬張っているので、樺地も嬉しくなり笑った。作った甲斐
があったと満足そうだ。これも食べ終わってしまうと、ジローはいつものように眠くなっ
てしまう。うとうととしていると、それに気づいた樺地が部屋に行くように促す。
「ジローさん、ここで寝ると風邪引いちゃいます。部屋に行きましょう。」
「あー、ゴメン樺地。眠くなっちゃったぁ。」
よたよたと歩きながら、ジローは樺地の部屋へと向かった。もちろん樺地もついていかな
ければならない。それを悟って、樺地妹は自らテーブルを片付け始めた。
「ここは私が片付けておくから、お兄ちゃんはジローさんについていってあげて。」
何とも気がきく妹だ。その言葉に甘えて、樺地はジローを自室に連れて行った。本格的に
眠ってしまいそうなジローを見て、このままだと起きないだろうと思い、樺地は電話を差
し出した。電話をして、家に連絡した方がいいと思ったからだ。ジローは半分夢の中の頭
で自分の家の番号を押し、家族に電話をかけた。
「あー、兄ちゃん?俺さ、今後輩の家に居るんだ。それで、もう眠いから今日は泊まるこ
とにした。よろしくー。」
『へっ?あっ、おいジロー!?』
ツーツー
用件だけ言って、ジローは電話を切ってしまった。どうやら兄が出たようだがこんな内容
では困惑するだけであろう。ジローとしては、もう家にも電話を入れたしということで、
樺地の部屋に着いた途端すっかり眠ってしまった。樺地は自分のベッドにしっかりジロー
を寝かせるとさっきの食器の片付けに向かった。

「あっ、お兄ちゃん。だいたい洗い物終わらせたから。もうすぐお父さんとお母さんも帰
ってくるだろうし。お兄ちゃんはジローさんの側に居てあげれば?」
「えっ・・・?」
「お兄ちゃんが自らお客さん連れてくるのって珍しいじゃん。仲良しさんなんでしょ?お
兄ちゃんとジローさんって。」
どこまでもしっかりしている妹だ。にこっと笑いながらこんなことを言ってくる。樺地は
ちょっと困ったような顔をしながら、言われるままに自分の部屋へと戻っていった。
ジローさん、すっかり寝ちゃってる。・・・誕生日プレゼント、どうしようかな?
そんなことを考えていると机の上に置かれていたスケッチブックが目に入った。それをパ
ラパラと開く。真っ白な紙を見て、いい考えが浮かんだ。
似顔絵・・・描いてみようかな。今なら寝てるから動かないだろうし。
そう思うやいなや、樺地はイスに座って鉛筆を取る。美術の得意な樺地は似顔絵を描くの
も大得意なのだ。しばらく、カリカリと描いていると筆が進む。一枚だけでなく、三枚も
四枚もいろんな表情を描きだした。
ふぅー、こんなもんかな。疲れたから、気分転換にお風呂にでも入ってくるか。
ある程度描き終わると、樺地はパジャマを持って風呂へと向かう。樺地がシャワーを浴び
にいっている間に、ジローはふと目を覚ました。
あちゃー、また寝ちゃった。あれー?樺地どこだろ?んっ・・・?
ジローは机の上に置かれたスケッチブックを見つける。樺地は閉じていかなかったので、
そこには自分の似顔絵が何枚も描かれてあった。
「わあー、これ俺だよなぁ。すげぇ・・・。」
樺地の描いた似顔絵にジローはすっかり見入ってしまう。そんなことに夢中になっている
と樺地が風呂から戻って来た。
「っ!!」
「あっ、樺地。おかえりー。これ、樺地が描いたの?」
「ウ、ウス・・・。」
ほのかに頬を染めながら、樺地は頷く。まだ、見られたくなかったとそれが表情によく表
れていた。
「すげーな。そっくりだ。」
「それ、あげます・・・。誕生日プレゼント・・・です。」
「マジで!?いいの!?やったー、うれCー!!」
自分の似顔絵の描かれたスケッチブックを抱きしめながら、ジローは跳ねて喜んだ。
「それから・・・それだけじゃ、あれなんで・・・この部屋にあるボトルシップ、好きな
の持っていってください。」
「うっそ。でも、これ作んの時間かかるんだろー?マジでもらっちゃっていいの?」
「ウス。」
似顔絵だけじゃ足りないと樺地は趣味で作っているボトルシップもあげると言い出した。
ジローは始めは躊躇するが、樺地がもう一度貰ってもいいと言うと素直に自分お気に入り
のボトルシップを選び出した。
「じゃあ、これ貰っていい?」
「ウス。」
「あんがと、樺地。ケーキに似顔絵にボトルシップ。こんなにいっぱいのプレゼント、一
人から貰ったの初めてだ。」
にこにこしながらジローは言う。無邪気に笑いながら喜んだ後、ひとはしゃぎして疲れた
のか再び睡眠モードになってしまった。
「樺地ー。」
眠そうな声でジローは樺地の名を呼ぶ。樺地は素直に返事をした。
「今日、一緒に寝ようぜ。」
「でも・・・狭くなっちゃいますよ・・・。」
「いいよ、いいよ。俺は樺地と寝たいのー!!なあ、いいだろ?」
「・・・・ウス。」
そこまで頼まれたら断れないと、樺地はジローと一緒に眠ることを承諾してしまった。そ
れを聞くとジローはにぱっと笑ってボスっとベッドに寝転がった。
「えへへ、今日は最高の誕生日だ。おいしいご飯食べて、ケーキ食べて。それから、いっ
ぱいプレゼント貰ったー。全部樺地のおかげだぜ。」
「・・・・・。」
そんなことを嬉しそうに言い終わるとジローはまた眠ってしまった。樺地もその横に横に
なる。無意識なのかわざとなのかジローはぎゅうっと樺地に抱きついた。
やっぱり、ちょっと狭いかも・・・。でも、ジローさんが喜んでくれるなら、まあ、いい
か。
何だかんだ言って、樺地もジローのわがままにつきあうことは全く嫌ではないようだ。し
ばらくドキドキして眠れなかったが、結局眠ってしまう。5月5日の子供の日。そんな日
に生まれた眠りの王子様はまた一つ大人になるのであった。

                                END.

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