恋の歌

ここは、放課後の図書室。図書委員の不破雷蔵は図書当番のために本や巻き物の整理をし
ている。
「えっと、これがここで・・・こっちが・・・・」
たくさんの本や巻き物を抱えながら、一生懸命に作業をしている雷蔵の目に見慣れた姿が
写った。自分と全く同じ姿のクラスメート、鉢屋三郎だ。
「三郎が図書室にいるなんて珍しいな。」
悪戯好きの鉢屋は、基本的に外に出て、様々な人の変装をしながら他の人を脅かして遊ん
でいることが多い。そんな鉢屋が今日は静かに本を読んでいる。委員会の作業中ではある
が、少しくらい鉢屋と話しても大丈夫だろうと思い、雷蔵は持っていた本や巻き物を机の
上に置き、鉢屋のもとへ近づいていった。
「三郎。」
「ああ、雷蔵。」
「三郎が図書室で読書なんて珍しいね。どういう風の吹き回し?」
「別に珍しいことはないと思うけどな。」
読んでいた本にしおりを挟み、鉢屋は雷蔵に顔を向ける。雷蔵は気づいていないが、鉢屋
は雷蔵が図書委員の当番で、図書室に居るときは、必ず図書室に来ているのだ。せっかく
鉢屋を見つけたのだから、もう少し話をしていたいと、雷蔵は鉢屋の隣に腰掛けた。
「委員会の仕事の途中じゃないのか?」
「んー、そんなに急ぎの仕事でもないし、ちょっとくらい大丈夫だよ。」
「そういうところは、大雑把だよなあ。」
雷蔵の仕事の適当さに苦笑しつつ、鉢屋は再び今まで読んでいた本に視線を落とした。ど
んな本を読んでいるのだろうと疑問に思い、雷蔵は素直に尋ねてみる。
「何読んでるの?」
「んー、何だと思う?」
「こう見えても三郎は結構真面目だからなあ・・・。忍術の本とか?」
「ぶー。不正解。」
「えー、じゃあ、何だよ?教えろよ。」
「古今和歌集だ。」
「古今和歌集?」
『古今和歌集』という意外な書名が出てきたので、雷蔵はきょとんとした顔になる。まさ
か鉢屋が和歌集を読んでいるとは思っていなかった。
「へぇ。古今和歌集か。何かちょっと意外かも。」
「さっきから何気に失礼だな、雷蔵。」
「あはは、ゴメンゴメン。どう?面白い?」
「そうだな。結構面白いぞ。」
開いている本のページを、雷蔵はそっと覗き込んで見る。そこには、いくつかの和歌が並
んでいた。そのいくつかを目で追っていくと、あるテーマに沿って詠まれている歌である
ことに雷蔵は気づく。
「今読んでるところって、もしかして恋歌?」
「ああ。よく分かったな。」
「昔の人ってすごいよねー。自分の気持ちをこんなふうに素敵な和歌にして伝えるんだも
ん。」
「そうだな。でも、この時代では結構秘めた恋とかが多いみたいでな。恋焦がれて死のう
とも、その想いを伝えずにただ想い続けるというような歌もかなりあるぞ。」
「うーん、それはちょっと辛いかもね。すごく好きだって思ってるのに、それが伝えられ
ないなんて。」
鉢屋の話を聞き、雷蔵は困ったように笑いながらそんなことを呟く。そんな雷蔵を見て、
鉢屋はトクンと胸が高鳴った。自分でも気づかないうちに、鉢屋は雷蔵の肩を抱き、自分
の方へ引き寄せていた。
「えっ!?さ、三郎!?」
「わたしは、想いを伝えずに心の中だけで想い続けることなんて出来ないな。」
「う、うん。」
いきなり抱き寄せられ、雷蔵はドキドキしながら鉢屋の顔をうかがう。自分と同じ顔では
あるが、その表情は自分にはない何ともいえない雰囲気が漂っている。
「あ、あのさ・・・ぼく、図書委員の仕事が・・・」
鉢屋に見つめられる恥ずかしさに耐えられず、雷蔵は目をそらしながら、鉢屋から離れよ
うとする。しかし、鉢屋は雷蔵を離すまいと肩を掴む手に力を込めた。
「たとえどんな噂が立とうとも、想いを心の中に留めておくくらいだったら、そいつを手
に入れるために行動する。我慢するなんて、わたしの性には合わないからな。」
「そ、それはよく分かってるけどさ・・・よく分かってるんだけどぉ・・・・」
ここは図書室で、そういうことをしていい場所ではないと雷蔵は困惑しているような態度
を取る。別に二人きりでそういうことを言われるのであれば、特に問題はないのだが、先
程から痛いくらいの視線が自分達に向けられている。その視線の主は、図書委員長である
六年の中在家長次であった。
「雷蔵。」
「わわわ、三郎っ!!ダメだって・・・」
鉢屋が両手で雷蔵の肩を捉え、真正面に向かい合った瞬間、顔の間に縄標が飛んで来た。
ヒュンっ!
『っ!!??』
驚いて縄標が飛んできた方に恐る恐る顔を向けてみると、長次が無言で一枚の壁紙を指差
していた。
『図書室内では静かに!』
それを見て、二人は顔を合わせ、素直に長次に謝った。
「ご、ごめんなさい、中在家先輩!!」
「す、すいません。あの・・・この本貸し出しお願い出来ますか?」
「・・・・・。」
焦りながら本を差し出す鉢屋に、長次は貸し出しカードを渡した。カードに本の題名を書
くと、鉢屋はその本を持って図書室を出て行こうとする。図書室を出て行く直前に、鉢屋
は作業に戻ろうとしている雷蔵にそっと耳打ちをした。
「続きは部屋でな。」
「―――っ!?」
まるでゆでだこのように真っ赤に染まった雷蔵の顔を見て、鉢屋はふっと笑う。ひらひら
と手を振ると、鉢屋は図書室から出て行った。
「全く、三郎の奴・・・・」
「・・・不破。」
「は、はいー!!」
突然図書委員長である長次に声をかけられ、雷蔵はドキーっとしながら返事をする。怒ら
れると思ってビクビクしていると、持っていた本や巻き物を取り上げられた。
「あ、あの・・・・」
「今日はもう帰っていい・・・」
「えっ!?でも・・・」
「今日は、早めに図書室を閉めようと思う。だから、後の片付けは俺がしておく。」
「わ、分かりましたっ!!あの、さっきは本当にすいませんでした!!」
図書室で騒いでしまったことと、仕事をサボってしまったことを、頭を下げて謝った後、
雷蔵は図書室を後にした。
「はあー、ビックリした。中在家先輩、やっぱり怖いよなあ。」
そんなことをこっそり口にした瞬間、目の前に長次の変装をした鉢屋が現れる。さっきの
今なので、雷蔵は心臓が止まるかと思うほど驚いた。
「うわああっ!!」
素直に驚く雷蔵の反応を見て、鉢屋は長次の変装を解き、いつもの雷蔵の変装に戻って大
笑いする。
「あははは、そんなに驚くことないだろ。本物の中在家先輩だったらどうすんだよ?超失
礼だぞ。」
「な、なんだ・・・三郎か。本当、心臓止まるかと思ったよ。」
「それより、もう図書委員の仕事終わったのか?随分早いな。」
「なんか、今日は早めに図書室を閉めるらしいから、もう帰っていいって言われたんだ。
全然仕事してなかったから、すごく悪いと思ったんだけど・・・」
「でも、雷蔵が仕事するより、中在家先輩が一人で片付けた方が意外と早く終わるかもな。」
「むっ、どういう意味だよ、それ!?」
「だって、雷蔵、真面目だけど基本的に仕事大雑把じゃん。さっきもとりあえず本棚に入
れとけって感じで整理してたし。」
「た、確かにそうだけど・・・」
整理整頓が苦手なのは確かだと、雷蔵は鉢屋の言葉に反論することが出来なかった。若干
ヘコみモードになってしまった雷蔵を見て、鉢屋はくしゃくしゃと雷蔵の頭を撫で、ニッ
と笑った。
「まあ、よかったじゃん。こうしてわたしと一緒に居られる時間が長くなったわけだし。
それに、雷蔵のそういうところもわたしは好きだけど。」
「本当に?」
「あったりまえだろ。ほら、早く部屋に帰ってさっきの続き続き。」
「さっきの続きって・・・っ!?」
先程図書室であったことを思い出し、雷蔵の顔は再び真っ赤に染まる。こういう反応をす
るところも可愛いなあと、鉢屋は顔が緩むのを抑えられず、雷蔵の手を引いて歩き出した。
「雷蔵は、本当可愛いよな。」
「可愛くなんかないよ。」
鉢屋に手を引かれながら、雷蔵は照れた顔を見られまいとぷいっと鉢屋から顔を背ける。
しかし、そんな態度も鉢屋にとってはツボだった。
「やっぱ、自分の想ってることはちゃんと相手に伝えないとな!なあ、雷蔵。」
「三郎はもっと時と場所を考えるべきだ!」
「それは無理だ。だって、わたしは、こーんなに雷蔵のことが好きなんだから。」
「だから、場所を考えろっての!!全くもう・・・」
恥ずかしいと思いながらも、そう言われて嬉しいと思う自分がいる。二つの気持ちを持て
余し、早く部屋につかないかなあと思いながら、雷蔵は鉢屋の手をきゅっと握り返すので
あった。

                                END.

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