「む〜。」
部活終了後、ジローは自分のラケットを抱え、ひどく不機嫌そうな顔をしている。
「ジローが部活終わって起きてるなんてめっずらしー。」
「随分怖い顔しとるけど、どないしたん?」
いつもとは明らかに様子の違うジローに他のレギュラーメンバーは声をかける。しかし、
ジローはしばらく黙ったままだった。
「ジロー、そんなとこで座ってねぇでさっさと着替えろ。」
「何かいつもと様子が違うね。どうしたの?」
跡部は早く部室を閉めたいがためにそんなことを言い、滝は忍足と同じように何があった
かを問いただした。
「あのさ・・・」
滝にも心配され、やっとジローは口を開く。そこにいるメンバーは着替えたり、帰る用意
したりしつつもジローの言葉に耳を傾けた。ジローは言いにくそうな様子で、言葉を続け
た。
「最近さぁ、どうも誰かに見られてるっていうか、つけられてるっていうかそんな感じが
するんだよねー。気のせいかなって思ったんだけど、やっぱり、見られてるって感じが消
えないんだよ。」
「ジローのファンなんじゃねぇの?」
「それがさ、視線は感じるんだけど、どこで見てるかとかがさっぱり分からねぇんだ。何
か気味悪くねぇ?」
「確かにそれは怖いですよねー。」
「ウス。」
誰かに見られてるとかつけまわされている気がすると聞き、二年生メンバーは怖いなあと
ジローに同調する。しかし、三年生メンバーはそれほど、重大なこととはとらえていなか
った。
「別にさ、幽霊とかがついてるわけじゃねぇんだし、それほど気にすることないんじゃね
ぇの?」
「ちょっと、ストーカーっぽいなあとも思うけど、つけられたり、見られたりしてるだけ
なんでしょ?イタ電とかそういうのがないんなら別に問題ないんじゃない?」
「俺だってしょっちゅういろんな奴らに見られてるぜ。」
「跡部は例外だろ。俺もそれほど気にすることないと思うけどなー。てか、そんなこと気
にするなんてジローらしくねぇじゃん。」
「せやな。気にしすぎとちゃうの?」
全く心配の色が見えない三年レギュラーメンバーに何となく腹が立ち、ジローはさらに不
機嫌さを顔に表した。そして、心配してくれないメンバーに向かってそこらへんに落ちて
いたボールをポーンと投げつける。
「俺、その所為で最近全然眠れねぇんだよ!まあ、夜は寝てるけどさ・・・・。昼寝が落
ち着いて出来ないなんて、俺にとっては超ツライことなんだぞー!」
「夜寝てるならいいじゃん。」
「むしろ、その方が勉強とか練習とかがよくていいんじゃねぇの?」
からかいが入った口調でまたそんなことを言われ、ジローは完璧に怒りモードだ。ジロー
が怒鳴る前に仲介に入ったのが二年生二人。さっきもジローの言ったことにまず同調した
樺地と鳳が三年生に向かって猛講義だ。
「ひどいですよ、先輩達!!」
「自分も・・・そう思います。」
「だよなあ。サンキュ〜、鳳、樺地。」
味方はお前らだけだと、ジローは二人のことをキラキラとした目で見上げた。二年生にこ
んなことを言われてしまっては示しがつかないと、跡部は呆れるような言葉を放ちながら
解決策の一つとして、あることを提案する。
「あーん?ったく、しょうがねぇなあ。樺地。」
「ウス。」
「今日はこいつと帰ってやれ。それで、ジローをつけまわしてる奴が誰なのかとつきとめ
て、この問題はなかったことにしろ。分かったな。」
「ウス。」
「これでいいだろ?ジロー。」
あまりにもジローがうるさいので、こうせざるを得ないと跡部は絶対に問題はないと分か
っていながらも樺地にこんなことをさせる。単純なジローはもちろんその提案で納得した。
「なーんだ。跡部も話分かるじゃん!樺地、じゃあ、今日は俺のボディーガードになって
くれよな。」
「ウス。」
樺地はもとからジローの味方だったので、もちろんその提案には賛成だ。これでほぼ解決
したも同然だと、他のメンバーは個々に着替えや帰る用意を始めた。やっぱり、ジローの
言ったことに対して、それほど重くはとらえていないのだ。
「てか、みんなひどいよなー。何で俺の話信じてくれないんだろ?」
「ウス。」
樺地と帰り道を歩きながら、ジローは跡部達への不満をもらす。跡部達はジローの話を信
じていないわけではなかったが、気にしなさすぎだったのだ。あれでは確かにジローも落
ち込んでしまう。強い視線を感じるのは本当で、その所為でうたた寝や昼寝が出来なくな
っているのもジローにとっては大きな問題であった。
「あっ、樺地。あそこのコンビニ寄っていい?」
「ウス。」
怒った所為で小腹が空いたとジローはコンビニでおやつを買うことにした。いつも食べて
いるポッキーを買うとコンビニの前でさっそく箱を開ける。その瞬間、またあの視線を感
じた。
「っ!!」
「どうしました・・・?」
「やっぱり、誰かに見られてる・・・・」
不安気な表情を浮かべて、ジローは樺地を見上げた。二人で辺りを見渡してみるが、特に
人影は見つからない。ともかくここから離れた方がいいと、二人は近くの公園へ向かって
走り出した。
「ハァ・・・ハァ・・・」
「大丈夫・・・ですか?」
「うん。ゴメンね、樺地。こんなことにつき合わせちゃって。」
「別に・・・気にしてません。それに、ジローさんの役に立てるのは嬉しいですから。」
「ホント?マジありがとな。」
走った所為で乱れた呼吸を整えながら、ジローは公園内にあるベンチに座った。樺地もそ
の隣に腰かける。
「はあ・・・本当に何なんだろ?マジ勘弁して欲しいし。」
「心当たりはないんですか?」
「全然。見られたり、つけられたりしてるって言ったけどさ、本当は食べかけのお菓子が
いつの間にかなくなってたりとか、寝てる間に手とか触られたりとかさ、そんなこともさ
れてるんだよなー。」
「本当・・・ですか?」
「ホント、ホント。ストーカーだとしたら、マジ怖ぇーよ。」
さすがにそれは危険だと樺地も本気で心配になる。ここは何としてでも犯人をつきとめな
ければと、心の中で気合を入れた。
「絶対・・・犯人見つけますから・・・。」
「樺地、頼もC〜!!でも、あんまり危険なことはしないでくれよな?」
「大丈夫です。」
気分を和らげようと、ジローは買ってきたポッキーを口に入れる。すると、またあの視線
を感じる。
「樺地っ。」
思わず樺地の腕を掴むと樺地は落ち着かせるようにジローをなだめた。そして、その視線
がどこから来るのかをじっくりと探る。ジローよりも感受性が何倍も強い樺地はその視線
についてとある違和感を覚えた。
「・・・ジローさん。」
「な、何?」
「どこにいるかは、まだ分からないんですけど・・・ジローさんを見てる犯人は、たぶん
人間じゃないと・・・思います。」
人間ではないという言葉を聞き、ジローは青ざめる。人間でないとなるとお化けの類かと
まず思ってしまったのだ。そんなものが自分のストーカーになっているとしたら、それは
ある意味人間のストーカーであるよりも恐ろしいだろう。
「に、人間じゃないってどういうこと!?幽霊?お化け?」
メチャメチャパニくっているジローを落ち着かせようと樺地は何とかその視線の主をつき
とめようとした。その時、本当に小さな声であるがその主の声が聞こえた。
「あっちです。ジローさん。」
「や、やだやだ!!行きたくねぇよ!!」
「大丈夫です・・・」
声が聞こえた瞬間、樺地にはジローをつけまわしていた犯人がハッキリと分かった。言葉
で言うよりもそれ自体を見せた方が落ち着きを取り戻せるだろうと思い、樺地は半強制的
にジローをそこまで連れてゆく。
「くぅ〜ん・・・」
「ジローさん。ジローさんをつけまわしてたのはこの子です。」
「・・・・えっ?」
犯人の姿を見て、ジローは言葉を失った。そこにいたのはオレンジに近い茶色の毛を持っ
た小さな子犬。これがジローをつけまわし、不安にさせていた犯人だったのだ。
「これが・・・俺のストーカーの犯人?」
「ウス。」
「ワン、ワン!!」
そのオレンジの子犬は尻尾を振ってジローに飛びついた。ジローはいつもお菓子を持って
いて、それを食べながら眠ってしまっていた。中途半端に残されたお菓子はこの子犬にと
って重要な食料源になっていたのだ。つまり、ジローが寝るすきを見て子犬はお菓子を食
べ、そのためにジローを追いかけまわし、その上、見つからないように隠れていたという
わけで・・・。
「なーんだ。ただの犬っころじゃん。あーあ、あんなに不安になってなのが馬鹿みたい〜。
それにしても、こいつ超可愛いじゃん。なぁ、樺地。」
「ウス。」
「部室に持って行っちゃダメかな?あっ、こいつが犯人でしたーって明日みんなに見せよ
うか?」
さっきまでの不安顔はどこへやら。ジローは犯人がただの子犬だと分かると、実に楽しそ
うな顔でその子犬とじゃれている。ともかく犯人がこんな可愛い子犬だったということを
つきとめて、樺地も心から安心した。
「よし、お前の名前はポッキーな!!俺のポッキーばっかパクってたから。でも、よかっ
たぁ。これで、明日から安心して昼寝が出来るぜ。」
「練習は・・・サボっちゃダメです。」
「分かってるって。あっ、今日は本当サンキューな樺地。樺地のおかげで心配事がなくな
ったー!!」
「どう・・・いたしまして。」
「お礼に今日の夕飯奢ってやるよ。何食べたい?」
「牛丼が・・・食べたいです。」
「了解。それじゃ、このままこいつも連れて放課後デートと行きますか。」
「ウス。」
犬を連れたまま飲食店に入るのは無理だろうが、ともかく不安材料がなくなって上機嫌に
なったジローは樺地と一緒に夕食を食べるようだ。樺地も素直にジローの誘いを受け取っ
た。夕飯を食べた後、ポッキーと名づけられたオレンジの子犬は一晩ジローの家に泊まる
ことになった。
次の日、ジローはポッキーをつれて朝練に出る。家では飼えないということになったので、
飼い主が見つかるまで部室で飼いたいと跡部に頼もうという魂胆なのだ。
「おっはよー!!」
「おっ、ジローじゃん。朝練に出てくるなんて珍しいな。」
「おはよう・・・ございます。」
「樺地、おはよー!!昨日はマジあんがとな!!」
「ウス。」
「なあなあ、宍戸見てくれよ、これ俺のストーカーの犯人。メッチャ可愛くねぇ?」
ポッキーを宍戸の前に差し出しながら、ジローは自慢げに話す。こんなこったろうと思っ
たと宍戸は半ば呆れつつも、そんな可愛い子犬を見せられては犬好きの血がうずく。
「うわあ、激可愛いー。ちょっと抱かせてもらってもいいか?」
「おう!この子犬さ、うちじゃ飼えなくて、飼い主見つかるまでここで飼いたいなあと思
うんだけど、跡部許してくれるかなあ?」
「うーん、微妙だな。でも、こいつ可愛いし、俺からも頼んでやるよ。」
「何を頼むって?」
二人がポッキーについて盛り上がっているときにやってきたのは跡部だ。朝練の時間はも
うすぐ始まるというのに、コートに誰も来ないので戻って来たのだ。
「跡部、この子犬、飼い主が見つかるまで部室で飼っちゃダメか?」
「あーん?子犬?」
「自分からも・・・お願いします。」
ジローの次に飼いたいということを言い出したのは、宍戸ではなく樺地であった。樺地に
までそんなことを言われるとは思っていなかったので、跡部はそうすぐにダメとは言えな
くなってしまった。
「部室で飼うって言ってもなあ、誰が世話するんだよ?」
「もちろん俺がする!!」
「自分もします。」
ジローが世話するというのはちょっと信じられない部分もあるが、樺地はきっと真面目に
やるだろう。そんなことを考えつつ、跡部はじっとその子犬を見つめる。確かに可愛いが
飼うとなるとどうであろうか。そんな迷いを打ち消したのが宍戸だった。
「なあ、俺もジロー達と同じ意見なんだけど。飼い主が見つかるまでの間だしさ、ちょっ
とくらいいいだろ?」
ポッキーを抱きながら、宍戸はお願いーというような目線で跡部を見た。そんな宍戸に跡
部はノックアウト。簡単に許しを出してしまう。
「しょ、しょうがねぇな。飼い主が見つかるまでだからな!」
「わーい!!よかったな、ポッキー♪」
「ウス。」
跡部に許しを得たことで、ジローも樺地も喜んだ。ジローの思い込みから始まったストー
カー騒動。それは意外な結末を迎えるのであった。
END.