「はぁー、今日も疲れたわー。」
今日の全てのトレーニングを終え、入浴も終えた種ヶ島は、二段ベッドの下の段に突っ伏
した。
「あの程度のトレーニングでバテるなんて体力なさすぎだし。」
両手に持った本を同時に読みながら大曲はそう言う。
「ちょっと疲れただけで、バテてはないで。」
「つーか、そこは俺のベッドだし。」
「別にええやん。どうせまだ寝ないやろ?」
「まあ、まだ起きてるけどよ。」
種ヶ島と話しながらも大曲の目線は両手に持った本に向けられている。もう少し大曲に構
って欲しい種ヶ島は、ベッドから這い出て大曲の前に座った。
「なあ、竜次。あっちむいてホイしよ。」
「今、読書中だ。見て分かんだろ。」
「今日は何読んでるん?」
「恋愛小説と心理学の本だ。」
「へぇ。ちゅーか、竜次は恋愛小説好きなんやな。」
「あ?そんなこと言った覚えねぇけど。」
おかしなことを言うと大曲は種ヶ島の顔を見る。やっとこちらを見てくれたと種ヶ島は嬉
しそうに笑う。
「二刀流で読書してるとき、だいたい片方は恋愛小説やん。」
「たまたまだろ。わりとどんなジャンルの本も読むし。」
「せやけど、いろんな恋愛小説読んでるんやろ?」
「まあな。」
そう言いながら、大曲は再び本に目を落とす。しばらく読書をする大曲を眺めていた種ヶ
島であったが、次第に飽きてきてしまう。
「なあ、竜次〜。」
「何だし。」
「俺が苦手なもの知っとる?」
「あー?飛行機だろ?」
「それもそうなんやけど、もう一つあるんよ。」
「飛行機以外で?知らねぇし。」
「俺、構ってもらえない時間が苦手。せやから、竜次構ってー。」
子供のように両手を伸ばしながら種ヶ島はそんなことを言う。呆れたような表情で種ヶ島
を見た後、大曲は小さく溜め息をつく。
「はあ?勘弁しろし。」
「竜次は俺のこと嫌いなん?」
「そんなことは言ってねぇだろ。今、読書中だからあとにしろって話で・・・・」
「せやけど、竜次が本読み終わるころには寝る時間になってまうやん。」
「しゃあねぇなあ。」
面倒くさそうに呟くと、両手に持っている本のページを一気に進める。必要がなければや
らないが、大曲は速読も得意なので、短いに時間に本を読み進めるということなど造作も
なかった。
「ほら、読み終わったぞ。」
「ちゃーい☆やっぱ、竜次は優しいな。」
「言っとくが、あっちむいてホイはやらねぇからな。」
「えー、何でなん?」
「そういうのは中坊とやれや。」
それなら何をしようと種ヶ島は考える。ふと大曲が読み終えた本が目に入った。
「ほいじゃあ、恋愛小説読みまくってる竜次と俺で対決しよか。」
「何の対決だし?」
「愛の告白みたいなのして、ドキドキしたり動揺したりした方が負けっちゅーのはどや?」
「・・・勘弁しろし。」
「ほな、俺から始めるで☆」
「人の話聞けや。」
やるとは言っていないにも関わらず、種ヶ島はどんどん話を進めていく。こうなったら逆
に付き合ってやって負かしてやろうと大曲は考える。
(そんなこと言うのは今更だけどな。こいつの動揺した顔見るのも面白そうだし、告白ご
っこ付き合ってやるか。)
ふうっと溜め息をつくと、腕を組んで大曲は種ヶ島の方を見る。大曲に見つめられている
ことに気づいた種ヶ島は、少し緊張した顔を見せた後、にぱっと満面の笑みで言葉を紡ぐ。
「俺、竜次のことメッチャ好っきやねん!せやから、ずーっと一緒におってな☆」
少し照れたような笑顔に直球の言葉。そんな種ヶ島を大曲は素直に可愛いと思ってしまっ
た。胸の高鳴りを隠すかのように大曲は冷静さを装う。
「俺のこと好きすぎだろ。」
「だって、ホンマのことやし。竜次のこと大好きやで。ほな、次は竜次の番。」
さらに好きをたたみかけてくる種ヶ島に大曲は苦笑する。しかし、嬉しいか嬉しくないか
で言えば、間違いなく嬉しいのだ。こちらからはどんな球を投げてやろうか考え、大曲は
少しの沈黙の後、口を開いた。
「お前は使ったものは元に戻さないわ、突拍子もないことばっかりするわ、人の話は聞か
ないわで、俺に迷惑かけすぎだし。」
「えー、何?何でそんな悪口言うん?」
言って欲しいこととは違うことを言われ、種ヶ島は口を尖らせ拗ねたような表情を見せる。
「けどよ、人を観察する能力はズバ抜けてるし、テニスの実力はさすがNo.2なだけあ
るし、笑った顔とか子供みてぇにはしゃげるとことか、いいところもたくさんあるよな。」
普段大曲に褒められることはあまりないので、種ヶ島は嬉しさと恥ずかしさで何も言えな
くなってしまう。
「悪いとこもいいとこも全部含めて、俺はお前のこと好きだと思ってるし。つーか、俺以
外にお前の面倒見れる奴なんていねーだろ?」
にっと笑いながら、大曲は種ヶ島の髪をくしゃっと撫でる。その言葉と行動に種ヶ島の鼓
動は壊れそうなほど速くなる。顔を真っ赤にしながら、種ヶ島は大曲を見る。そして、ふ
と思ったことを思わず口にした。
「あー、今、メッチャ竜次とキスしたい!」
それを聞いて、大曲はほんの少し驚いたような顔をした後、ふっと笑う。そして、いつも
のセリフを言った後、種ヶ島の頭に手を添え、顔を近づける。
「勘弁しろし。」
言葉とは裏腹に大曲は優しく種ヶ島に口づける。決して激しくはないが、しっかりと唇が
触れ合っていることを感じられるキス。まさか本当にキスされるとは思っていなかった種
ヶ島はゆでだこのように顔を真っ赤にして口をおさえ、目を見開いて大曲を見た。そんな
種ヶ島を見て、大曲は一言呟く。
「俺の勝ち。」
「へっ!?」
「そういう勝負なんだろ?お前が言ったんだし。ドキドキしたり動揺したりした方が負け
って。」
「あ、あー、せやったな。何かもう負けでも全然ええわ。竜次に褒められて、好きって言
われて、キスしてもろて・・・もう嬉しくて心臓爆発しそうや。」
「大袈裟だし。」
してやったりな大曲は上機嫌な様子で種ヶ島から離れる。自分が提案したこととは言えど
も大曲のしたことに、種ヶ島の心臓はいつまでもバクバクしていた。少しでも落ち着こう
と種ヶ島は大曲から離れ、再び二段ベッドの下に潜り込んだ。
「何で下に入るんだし。」
「こっちのが入りやすいから。」
「俺のベッドだって言ってんだろ。それとも、一緒に寝るつもりか?」
この際だからもっとからかってやろうと、大曲は種ヶ島のいる二段ベッドの下側に入る。
布団をかぶって丸くなっている種ヶ島を仰向けにさせ、布団をはいだ。まるで押し倒した
後であるかのように、種ヶ島の顔の横に両手をつき、大曲は真上から顔を見下ろす。
「えっ、ちょっ・・・待っ・・・」
「さてと、この後どうするよ?」
「待って待って待って!!ホンマにこれ以上はアカンって!!」
「何だよ?俺のこと好きなんだろ?」
「好きやで!メッチャ好き!!せやからアカンねん!!好きすぎて、これ以上竜次に何か
されたら・・・」
「どうなるって?」
「幸せすぎて死んでまう。」
大曲のことが直視出来ないと種ヶ島は真っ赤になった顔を両手で覆う。そこまで好かれて
悪い気はしないし、まして自分の好いている相手だ。言うこと為すこと可愛いなあと思い
つつ、大曲はふっと笑った。
「どんだけだし。なあ、顔見せろや。」
「無理。」
「なら、無理矢理見るまでだし。」
顔を覆っている両手をはがし、手首を持ってぐいっと頭の上に上げる。紅潮した頬に潤ん
だ瞳。鼓動が速くなっているせいか、若干呼吸も乱れている。その表情と手を頭の上で拘
束しているという状態に大曲は思わず呟く。
「何かエロいな。」
「なっ!?」
「まあ、嫌いじゃないぜ。その顔。」
「〜〜〜〜っ。」
あまりの恥ずかしさに顔を隠したくなる種ヶ島であったが、がっちりと手首を掴まれてい
るのでそれは叶わない。もう勘弁して欲しいと思っていると、急に大曲の顔が近づいてく
る。思わずぎゅっと目を閉じると、言葉を紡げていない唇に大曲の唇が触れた。
「っ!!」
「今日はこれくらいで勘弁しといてやるよ。明日も練習あるしな。」
手首を掴んでいた手を緩め、大曲はそう言いながらベッドから出る。いまだにドキドキの
止まらない種ヶ島は何も言えないままベッドから離れる大曲を眺めた。
「今日はお前がそこで寝とけ。俺は上で寝るからよ。」
(もー、竜次のせいで全然寝られる気せぇへん!)
「電気消すぞ。」
大曲の言葉に種ヶ島は黙って頷く。種ヶ島が頷くのを確認した後、大曲は電気を消し、普
段は種ヶ島が眠っている二段ベッドの上の段にのぼった。
(竜次に告白されて、二回もキスされて、しかも竜次のベッドで寝てるてヤバすぎやん。
はあー、まだドキドキしとる。ホンマ寝れるかな・・・)
先程大曲にされたことを反芻しながら、種ヶ島は目を閉じる。ほんのり大曲の匂いがする
寝具に包まれ、種ヶ島は甘いときめきの余韻に浸った。
「でなー、そこで竜次が・・・」
次の日の夕食時、同じテーブルで夕食を食べている種ヶ島と毛利が実に楽しそうに会話を
していた。少し離れたテーブルでは、二人のダブルスのパートナーである大曲と越知がそ
の様子を眺めている。
「アイツはまた何の話してるんだし。」
「お前の話のようだが。」
「そりゃ分かってるけどよ。」
「昼間毛利から聞いたのだが、種ヶ島に随分と熱い告白をしたそうだな。」
特に感情の起伏もなく。越知はしれっとそんなことを言う。それを聞いて大曲は飲んでい
たコーヒーで思わずむせる。
「ゲホっ、ゴホっ・・・!」
「大丈夫か?」
「アイツはマジで何話してるんだし。デカ勘弁しろし。」
「毛利づてに聞いているので、詳しい話は知らないがな。」
「別にガチではねぇよ。アイツが告白ごっこみたいなのをしたいっていうから付き合って
やっただけで・・・」
「ほぅ、冗談じみた告白でキスまで出来るとは、さすがだな。」
「なっ!!」
越知の一言で大曲の顔は赤くなる。詳しくは知らないと言っておきながら、そんなつっこ
みを入れる越知に大曲はかなり動揺してしまう。
「お前っ、思ってもみない方向からメンタル殺しにかかるなし。」
「そんなつもりはないが。」
「いつものさして興味はないはどうしたよ。無駄に知りすぎだし。」
「興味がなくとも、毛利が逐一報告してくるからな。それに・・・」
大曲と話をしながら、越知は視線を毛利へと移す。越知の視線に気づいたのか、毛利は嬉
しそうな笑顔で大きく手を振る。
「月光さーん!!夕食終わったら、一緒に部屋帰りましょーね!!」
小さく手を振り返し頷くと、越知は話を続ける。
「同じようなことをしたいと言ってくるんだ。俺はあまり言葉にするのが得意ではないの
で困っているんだがな。」
「別に思っていることを素直に口にすればいいんじゃねぇの?つーか、その告白ごっこみ
たいなヤツは、言われて動揺した方が負けとかそういうルールだったし。それだったら、
お前の圧勝だろ。」
「お前はそうしたのか?」
「あー・・・まあな。」
「なるほどな。さて、夕食も食べ終えたことだし、部屋に戻るとしよう。」
テーブルの上の食器を片付けると、越知は種ヶ島と毛利のいるテーブルへと向かう。そろ
そろ自分も戻るかと大曲も片付けを始めた。
「毛利、そろそろ部屋に戻るか。」
「はい!修二さん、おもろい話ぎょーさん聞かせてもろてありがとうございます!」
「種ヶ島。」
「何や?ツッキー。」
「告白ごっこというやつか?それで、大曲が言っていたことは素直に思っていることらし
いぞ。」
「へっ!?」
まさか越知からそんなことを言われるとは思っていなかったので、種ヶ島の顔はぶわっと
赤くなる。
「それでは、俺達は先に部屋へ戻る。」
「また、おもろい話聞かせてくださいね!」
楽しそうに話をしながら部屋へと向かう二人を見送りながら、種ヶ島は越知の言葉を頭の
中で繰り返す。
(えー、何々!?ツッキー、竜次と何話してたん!?)
「おい。」
「うっわあ、竜次!!」
大曲のことを考えているところで、急に大曲に声をかけられ、種ヶ島は思わず声を上げる。
「何そんなに驚いてるんだし。」
「い、いやー、ツッキーがちょっとな。」
「あー?越知がどうしたって?」
「告白ごっこで竜次が言ってたことは、素直に思っていることだとか言ってくるから。」
「なっ!?」
「それ、ホンマなん?」
「さ、さあな。」
「ツッキーには話したのに?」
「そういうつもりで話したんじゃねぇし。本当越知のやつ、勘弁しろし。」
種ヶ島本人にそれを伝えるとは思っていなかったので、大曲はひどく動揺する。そんな大
曲の様子を見て、先程の越知の話は本当のことだと種ヶ島は気づく。
「何や俺、竜次にメッチャ愛されとるやん☆」
「うるせぇし。」
「なあなあ、またあの勝負しよ?」
「しねぇし。デカふざけんなし。」
不機嫌そうな口調でそう言う大曲だが、種ヶ島はその言葉が照れ隠しであることを分かっ
ている。
「竜次は照れ屋やな。」
「おら、俺らもさっさと部屋に戻るぞ。」
「ちゃーい☆」
この後も大曲と過ごせることが嬉しくて、種ヶ島はニコニコしながら前を行く大曲につい
て行った。
END.