Quarter of Cat 〜その2〜(首輪)

ただいま跡部は外出中。一人屋敷に残されている宍戸は暇を持て余し、跡部の部屋でゴロ
ゴロしている。
「景吾、早く帰ってこねぇかなー。激暇だー。」
ソファの肘掛けから頭を出すような形で、部屋を逆さまに見ていると、宍戸の目にあるも
のが飛び込んできた。
「何だ?あれ。」
宍戸はひょいっと体を起こすと気になるそれに近づいてみる。いくつかの黄色のボールと
おそらくそれを打つために使うと思われる網のついたもの。興味津々に宍戸はそれを手に
取った。
「わあ、すげぇ。何だろこれ?どうやって使うんだ?」
面白いものを見つけてしまったというワクワク感から尻尾がふよふよと動いている。ふと
机に視線を移すとそこには一冊のテニス雑誌が置かれていた。表紙の写真には今自分が手
にしているものと同じものが写っている。これになら使い方が載っているかもしれないと
宍戸は、その雑誌をパラパラとめくってみた。
「へぇ、こうやって使うのか。外に出て試してみよーっと。」
宍戸がたまたま見たページには壁打ちの仕方が載っていた。一人で遊ぶにはこれは実に楽
しそうな道具である。ルンルン気分で鼻歌を歌いながら、宍戸は屋敷の外へと出た。

「よーし、行くぜ!!」
ボールを高々と上げるとラケットで思いきり壁に向かって打ち込む。思った以上の速さで
戻ってくるので、初めはそれを打ち返すことは出来なかった。
「うわっ・・・こんなに早く戻ってくんのか。よし、次はちゃんと打ち返すぞ。」
再び壁に向かって球を打ち、今度は戻って来た球をラケットの中心で適確に捉える。何度
かそんなことを繰り返していくうちに、宍戸は楽しくなってきた。猫は動くものに興味を
示すものだ。戻ってくるボールの動きは宍戸の動体視力を激しく刺激した。普通の人間に
は真似出来ないような反射神経を駆使してボールを打ち返す。
「おっもしれー!!これ、スゲェ楽しいじゃん!!」
楽しい遊びを見つけてしまった宍戸は時間を忘れて、壁打ちに夢中になる。

パン、パンっ・・・
(ん?何だ?誰が俺様の家で勝手に壁打ちなんてしてやがるんだ?)
家に帰ってきた跡部は庭の向こうからテニスボールを打つ音が聞こてくることを不審に思
う。知らない奴だったら怒鳴り倒してやろうと意気込みながらボールを打つ音が聞こえる
方へと歩いて行った。
「ハァ・・・ハァ・・・」
そこには大量の汗をかきながら、実に楽しそうな顔で壁打ちをしている宍戸の姿があった。
その姿を見て、跡部は拍子抜けしてしまう。初めはただ遊んでるのだなと思って見ていた
のだが、そのうち宍戸の反射神経のよさと素早い動きに目を奪われる。これほどまでにス
ピードのあるテニスは今までに見たことがない。
「亮。」
声をかけてやると宍戸は返ってきたボールを素手で受け止めて、跡部の方を振り返る。
「ハァ・・・あっ、景吾!おかえり。」
「お前、こんなとこで何してんだ?」
「あっ、これ、景吾のだよな?勝手に使ってゴメンな。景吾が帰ってくるまで暇だったか
らさ、何か面白い遊びねぇかなあと思って。これ使って遊ぶの楽しそうだったから、ちょ
っとやってみたんだ。」
勝手に跡部のラケットを使ったことを謝りつつ、宍戸は充実感いっぱいの笑顔で話す。テ
ニスを知らない宍戸にとっては、壁打ちをすることは単なる遊びでしかないのだ。しかし、
あんなにすごい身体能力を持っているのだから、遊びで終わらせるのは勿体ない。そんな
ことを考えつつ、跡部は遊びすぎて息を乱している宍戸の頭を軽く叩いた。
「確かに一人で置いてっちまったら、暇だろうな。悪かった。それにしても、お前、なか
なかいい動きするじゃねぇか。今度俺様が直々にテニス、教えてやるよ。」
「本当か!?おう、教えてくれよ!景吾の部屋にあった本見たんだけどな、すげぇ楽しそ
うだな、テニスって。」
「ああ。楽しいぜ。今度一緒にやろうな。」
「おう!!」
テニスを跡部に教えてもらえると宍戸は満面の笑みで跡部の誘いに頷く。跡部もつられて
微笑んだ。
「それより、亮。随分、汗かいてるじゃねぇか。こりゃ一度シャワー浴びねぇとダメだな。」
「あー、悪ぃ・・・つい夢中になっちまって・・・」
「気にすんな。買い物行って、お前に土産買って来てやったからよ。さっさとシャワー浴
びてきちまえ。」
「ああ。じゃあ、先に家ん中戻ってるな!」
使っていたラケットとボールを持って、宍戸はパタパタと家の中へと戻ってゆく。そんな
宍戸を見送りながら、跡部もゆっくり家の中へと向かっていった。

「景吾ー、出たぜー。」
「ああ。って、服はどうした、服は?」
「さっき着てた服は汗で濡れちまってたからさ、景吾、服出して。」
「ったく、しょうがねぇ奴だな。・・・何て格好してやがんだ。」
タオルにくるまったままの状態で部屋に帰ってくる宍戸の姿を見て、跡部は少なからずド
キドキしてしまう。跡部の出した服を着ると宍戸はソファの上にポスンと座り、クッショ
ンを抱きしめる。
「髪の毛びっしょりじゃねぇか。ちゃんと拭かねぇと風邪引くぜ?」
「だって、髪拭くの面倒くさいんだもんよ。」
「おら、タオル貸せ。俺が拭いてやるよ。」
宍戸からタオルを受け取ると跡部はくしゃくしゃと濡れた髪の毛を拭く。
「ふにゃっ!!景吾、もっと優しく拭けよー。耳あるんだからな!!」
「あー、忘れてたぜ。こんな感じでどうだ?」
「うん、いい感じ。気持ちいいぜ♪」
耳に注意しながら、優しく拭いてやると宍戸は気持ち良さそうに目を閉じる。ある程度拭
き終わると、跡部はブラシを使って宍戸の髪を梳いてやった。
「よし、これでいいだろ。」
「サンキュー、景吾。それで、俺への土産って何?」
ワクワクした表情で宍戸は跡部の顔を見上げる。期待いっぱいの眼差しで見つめられ、跡
部は一瞬たじろいでしまった。
「ああ、お前、せっかく俺のペットなんだし、首輪でも買ってやろうと思ってな。」
動揺しているのを隠すように、跡部は鞄の中から宍戸へのお土産を取り出した。首輪をつ
けられるというのはどうよと思う宍戸であったが、せっかく跡部が買って来てくれたのだ。
嫌だと言うわけにはいかない。
「ほらよ。」
跡部から受け取った袋をドキドキしながら開けてみる。そこには、本物の猫や犬がつけて
いる首輪ではなく、黒のリボン生地に金色の鈴がついたチョーカーが入っていた。確かに
つければ首輪に見えなくはないが、これはれっきとした人間がつけるアクセサリー。本物
の首輪でなかったことに安堵しながら、宍戸は跡部に礼を言った。
「首輪ってこういうのか。いい感じじゃん。あんがとな景吾!」
「つけてやるよ。ちょっと貸してみろ。」
「おう。」
鈴のついたチョーカーを跡部に渡すと宍戸はじっとつけられるのを待つ。首の後ろのとこ
ろで金具がつけられたのを感じるとくるっと跡部の方を振り返った。
「どうだ?似合うか?」
チョーカーといえども、それは完璧に首輪に見える。思った以上に似合う宍戸を見て跡部
は言葉を失ってしまった。
「・・・・・・」
「景吾?どうした?」
「あ・・・いや、別に何でもねぇ。これ、ホントの首輪に見えるぜ。」
「マジで?どんな感じになってんの?」
「こんな感じだ。」
手鏡を机の中から取り出し、宍戸の前にかざす。鏡の中の自分を見て、宍戸は意外と似合
うものだなあと思わず自画自賛した。
「へぇ、俺、なかなか似合うじゃん。景吾もそう思うだろ?」
「ああ。よく似合ってるぜ。」
「へへ、じゃあ、俺、これいつもつけてよーっと。」
跡部に似合っていると褒められ、宍戸はすっかりそのチョーカーを気に入ったようだ。あ
まりの宍戸の可愛さに我慢出来なくなった跡部は、ぎゅっと宍戸の体を抱きしめる。突然、
後ろから抱きしめられ、宍戸はドギマギとした様子で跡部の名前を呼ぶ。
「け、景吾・・・?」
「あーん?何だよ?」
「何してんだ・・・?」
「お前のことを抱きしめてるんだが、それがどうかしたか?」
「何で?」
「お前が俺のもんだからだ。首輪は所有の証だってことくらい分かるだろ?」
「しょゆう・・・?どういう意味だよ?」
「だから、亮が俺様のものだってことだ。他の誰のものでもねぇ。お前は俺のもんだ。」
跡部が何度も耳元で自分のものだと囁くのを聞き、宍戸の心臓はドキドキと速くなる。人
間ならば、ここまでハッキリと所有物宣言をされれば少しは不快感を感じるものであろう
が、宍戸は違う。猫の血が入っている。自分のものであるとハッキリ主張されれば、自分
はその人の側に居てよいことになる。一人で寂しくつらい思いをして生きなければならな
いということはなくなる。安心する場所を与えられ生活することが出来る。それが猫にと
ってはどれだけ幸せなことか、跡部はたぶん分かっていない。しかし、宍戸は言いようも
ない心地よさを跡部の腕の中で感じていた。
「お前のもんだったら、ずっとお前のとこに居てもいいのか?」
「居ていいんじゃない。居なきゃいけねぇんだ。」
「そっか。居なきゃいけないのか。」
跡部の自分勝手な言葉も宍戸には嬉しい言葉にしか聞こえない。自分が跡部にとってなく
てはならない存在になり始めていることを宍戸はしっかりと感じとっていた。それが嬉し
くてたまらない。今までにこんな気持ちになったことはなかった。
「景吾、俺さ・・・」
「何だ?」
「景吾に拾われてよかった。他の奴じゃなくて、景吾に拾われてホントよかったと思うぜ。」
照れたような、しかし、心の底から嬉しそうな口調で宍戸は呟いた。それを聞いて、跡部
はしばらく黙り、その後すぐに自信に満ち溢れた言葉を放つ。
「当然だろ?俺様に拾われたことに感謝しな。どんなペットよりも人間よりも幸せにして
やるよ。」
俺様的なセリフの中にもどこか自分のことを思って言ってくれている部分がある。それが
嬉しくておかしくて宍戸は思わず笑ってしまう。
「景吾って、ホーント俺様だよな。」
「あーん?何だと?」
「ま、これから末永くよろしくな、景吾。そう簡単にお前から離れる気ないぜ?俺。」
「当たり前だろ。俺がそうさせねぇ。」
「あはは、だよな。」
何気ないこの瞬間がとても楽しい。二人は顔を見合わせて笑う。そんな二人の気持ちを察
したかのように、宍戸の首にある金色の鈴がチリンと音をたてた。

                                END.

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