不二や忍足と話をしていると、銀の携帯に電話がかかってくる。
「すまんな。ちょっと出てもええか?」
「もちろん。」
「こないな時間に電話なんて、急ぎの用件かもしれへんしな。」
「もしもし。」
不二と忍足に了解を取ってから、銀は電話に出る。
「ん?ああ、そうか。ほんならちょっと会いに行ってもええで。はは、大丈夫や。ワシも
直接話したいと思っとったし。ああ、ほんならまた後でな。」
予想以上に楽しそうに電話越しの相手と話している銀を見て、不二と忍足は興味津々だ。
しかも、これから会いに行くときた。
「すまんなぁ。ちょっとだけ出てきても大丈夫やろか。寝るんやったら、先に寝ててもえ
えで。」
「電話の相手誰なん?会話的に彼女とか?」
「随分嬉しそうに話してたしね。」
「いや、同じ学校の後輩や。眠れんから声聞きたくなって電話したんやと。そんなん言わ
れたら会いに行かんわけにはいかんやろ。」
それもまた彼女じゃないかとツッコミたくなるのを抑えつつ、不二と忍足は銀を送り出そ
うとする。気になるなら直接確かめるまでだと、不二と忍足はアイコンタクトをした。
「僕達のことは気にしないで行ってあげたらいいよ。」
「その後輩は、石田のことメッチャ好きなんやろなぁ。」
「はは、どうやろな。ほんならちょっと行ってくるで。」
「うん。いってらっしゃい。」
銀が部屋を出ていったのを確認すると、不二と忍足はここぞとばかりに話をする。
「四天宝寺の後輩やって。誰やろな?」
「んー、レギュラーでって考えると、遠山くんか財前くんか。」
「遠山は代表選手やしなあ。それに、眠れへんってなったら石田よりは同じ代表の白石に
直接会いに行きそうやけど。」
「じゃあ、財前くん?」
「謙也の話だとかなり生意気な天才肌の後輩らしいで。そないなこと言い出すとは思えへ
んけど・・・」
「だったら・・・」
「この目で確かめればええな。なんやラブロマンスの香りがして、わくわくするわ。」
銀の電話の相手が誰かを確認するため、不二と忍足はこっそり銀の後をつけることにする。
電話で場所を聞いてた銀は、その場所まで移動する。応援団が宿泊している階の自動販売
機の前でその相手はスマホをいじりながら待っていた。
「財前はん。」
「あっ、師範。」
声をかけると、パッと顔を上げ、嬉しそうな表情で自分を見てくる。ちょっとしたその仕
草が非常に可愛らしく感じられ、銀は顔が緩みそうになるのを必死で抑える。
「もう、随分遅い時間だが眠れへんのか?」
「それもありますけど、さっき千歳先輩と不動峰の橘さんに会うたんですよ。九州二翼で
したっけ?あの二人、無駄にイチャイチャしとって・・・ちょっと羨ましいなって思うて
・・・」
小春とユウジがイチャイチャしているところを見ると、いつもの毒舌が炸裂する財前がそ
んなことを言い出している。少し意外だなーと思いつつ、九州二翼の二人はきっとまた違
う雰囲気を醸し出しているのであろうと、銀は財前の言葉に耳を傾ける。
「それでワシに電話をしてきたんか。」
「・・・はい。あの二人のこと羨ましいて思ったら、無性に師範の声が聞きたなって。す
んません、迷惑っスよね。」
「そないなことないで。財前はんから電話がかかってきて、素直に嬉しいと思った。せや
から、こうして会いに来たんやで。」
ニコニコしながらそう言う銀の言葉に、財前の胸は高鳴り顔が熱くなっていく。銀の言葉
が嬉しくてたまらないと、財前はそこまで顔には出さないが、心を躍らせていた。
「ありがとうございます、師範。」
「千歳はんと橘はんがどんな感じやったのか、ワシも少し見たかったなあ。」
冗談っぽくそんなことを言うと、財前が二翼まとめブログを出して銀に見せる。ブログ用
に鈴木が加工しているので、財前が撮った写真よりもいくらか分かりやすくイチャついて
る感じになっていた。
「こんなですよ。惷先輩が少し加工してるんでアレですけど、まあ、雰囲気はまんまっス
わ。」
「なるほど。確かにこれはなかなかにアレやな。」
予想していたよりも遥かに仲良さげな九州二翼の写真に銀はくすくすと笑う。確かにこれ
はあてられるのも分かると、財前が自分に電話してきたことにも納得する。自分ももう少
し財前とイチャイチャしたいものだなと思っていると、財前の持っている飲み物が目に入
る。
「財前はん。」
「何っスか?」
「急いで来たからちょっと喉が渇いてしもてな。その飲み物、少し分けてもらえんやろか。」
「別にええですけど・・・」
銀にそう頼まれ、財前は先程まで自分が飲んでいた飲み物のペットボトルを渡す。銀が飲
み物を受け取り、蓋を開け、飲み口に口をつける。そんな一連の動作を財前はじっと眺め
ていた。
(さっきまで俺が飲んどったやつやから、普通に間接キスやん・・・って、俺、何考えと
るんや。)
「ん?どないしたん?」
「い、いや、別に何でもないっス。」
軽く頬を赤らめながら目を逸らす財前を銀は可愛らしいと思いながら眺める。
「おおきに。」
「いえ・・・」
「あっ、もしや飲みまわすのとか間接キスとか気にする感じやったか?もし、そうやった
らすまんな。」
「い、いえ、師範やったら全然気にしないっちゅーか、むしろ・・・や、何でもないっス。
せ、せやから、全然気にせんといてください!」
銀からそんなことを言われるとは思っていなかったので、財前は真っ赤になりながら慌て
た様子でそう口にする。明らかに動揺している財前が可愛くて、銀はもう少しからかいた
くなってしまう。
「そうか。ほんなら、これはどうやろか?」
財前の頭を両手で包み、少し屈みながら、財前の唇に軽く口づける。初めは何をされたか
分からない財前だったが、すぐに銀にキスされたことに気づき、ボンっと火がついたよう
に赤くなる。
「なっ・・・ちょっ・・・し、師範っ・・・!?」
「さすがに嫌やったやろか?」
ぶんぶんと首を横に振り、財前はドキドキと大きな音を立てる心臓のあたりを押さえる。
「全然嫌やないっスけど・・・急にするのはアカンっスわ。」
「ははは、すまんな。財前はんが可愛くて思わずな。ワシも千歳はんや橘はんにあてられ
たかもしれん。」
「それなら、しょうがないっスわ。」
自動販売機の前でそんなやりとりをしている二人であったが、銀の目にふと時計が映る。
時計の針は思ったよりも遅い時間を指しており、さすがに部屋に帰った方がよいかもしれ
ないと考える。
「もうこんな時間か。明日も試合はあるし、さすがに部屋に戻らなアカンな。」
「あっ、そうっスね。俺のわがままに付き合うてくれてありがとうございます。」
「いや、財前はんと直接会えて話が出来て、ええ時間やった。こちらこそ、おおきに。」
そんな銀の言葉が嬉しくて、財前の胸は幸せな気分でいっぱいになる。このまま部屋に戻
るのは、少し寂しいと財前は銀の服をぎゅっと掴む。
「どないしたん?」
「あの・・・もう一つだけ、わがまま聞いてもろてもええですか?」
「ええで。何や?」
「もう一回、キスして欲しいです。今度はちゃんと心の準備しとくんで。」
恥ずかしそうに上目遣いで見上げてくる財前に銀の胸は高鳴る。そんな財前の髪をくしゃ
っと撫でると、銀は笑顔で頷いた。
「さっきは不意打ちやったもんな。ええで。」
銀が頷いてくれたので、財前ははにかむように微笑む。そして、両手で銀の服を掴みなが
ら背伸びをし、目を閉じる。そんな愛らしい仕草に銀は口元を緩ませ、すぐ近くにある財
前の唇にもう一度キスをした。
(今日の財前はんはホンマに可愛らしいなあ。)
「これでええか?」
「はい。ありがとうございます。これでよう眠れそうっスわ。」
「そりゃよかった。ほんなら、また明日な。」
「はい。おやすみなさい、師範。」
「おやすみ、財前はん。」
銀と直接会って話をし、キスまでしてもらった財前は、本当に嬉しそうな顔で笑う。寝る
前の挨拶をすると、財前はふわふわした気分のまま自分の部屋へと戻る。そんな財前の後
ろ姿を銀は見えなくなるまで眺めていた。
そんな一部始終を少し離れたところから隠れて眺めていた不二と忍足は、想像以上のラブ
ロマンス感満載の二人に悶えていた。
「待って待って。何なん?予想以上にラブロマンス要素満載やったで。」
「石田と財前くんか。ノーマークだったけどいいね。カメラ持ってくればよかったよ。」
「さすがにそれはアカンやろ。いやあ、ホンマええもん見せてもろたわ。」
「忍足、好きそうだよね、ああいうの。」
「せやなあ、人が幸せそうなの見るとええ気分になれるからな。」
「九州二翼も気になるね。あとでブログ見てみようか。」
「せやな。石田が部屋に戻る前に戻っとかんと覗いてたんバレてしまいそうやから、そろ
そろ戻らんとな。」
「そうだね。」
いいものを見せてもらったと上機嫌な様子で不二と忍足は部屋へと戻る。それからしばら
くしてから、銀も部屋に戻り始めた。
部屋に戻った後、不二と忍足は二翼まとめブログを見て、これもまた半端ないと言った感
じで盛り上がっていた。そこへ銀が戻ってくる。
「二人ともまだ起きとったんやな。」
「おかえり。後輩とは会えたんか?」
「うむ。ええ時間やったで。」
「それはよかったね。あっ、そういえば・・・」
二翼まとめブログを見るのと同時に、二人は財前のブログもチェックしていた。たまにブ
ログのネタとして写真を撮られることがあるので、どちらもアドレスは知っていたのだ。
部屋に帰った後、財前はブログを更新しており、先程の銀とのやりとりについての感想を
ふわっとした雰囲気で書いていた。
「会いに行ってた後輩って財前くん?」
「えっ?何で知ってるんや?」
「ほら、これ見て。書いてある内容が、電話を受けた後に君が話してた内容と似てると思
ってさ。もし、そうだったら、随分と懐かれているんだね。」
ずっと隠れて見ていたので、そうであることなど百も承知であったが、財前のブログの内
容がなかなかのものだったので、スマホでそのブログを開いて銀に見せる。先程更新され
た投稿では、財前が自動販売機で買った飲み物が写っており、その下に簡単な文章が添え
られていた。
『今日はなかなか眠くならんくて、ホテル内の自販機でこれ買った。これ買いに行ったお
かげでメッチャええことあって、今、すごいええ気分。テンション上がって、まだ眠れそ
うにはないんやけど、今日はええ夢見れそうやわ。』
誰が見ても嬉しいことがあったということがひしひしと伝わってくるその文章に、銀は思
わず笑みをこぼす。
「石田も随分と嬉しそうやんなあ。」
「そうか?まあ、そうかもしれへんなあ。」
「君と会ってたことが相当嬉しいんだね。写真には飲み物しか写ってないのに、文章から
嬉しさが伝わってくるもん。」
「どんな話しとったかメッチャ気になるわ。」
「それは内緒や。財前はんも知られたくないやろしな。」
それはそうだろうと不二も忍足もふふっと笑う。何となく幸せな空気が流れる三人の部屋。
違う部屋にいる財前もさぞ幸せな気分なんだろうなと思いつつ、不二も忍足もいい気分で
銀の嬉しそうな顔を眺めた。
END.