休日の過ごし方

そろそろお昼の時間が近いという頃、義丸は大きな欠伸をしながら起きてくる。今日は休
日。学校が休みであるため、義丸はここぞとばかりに朝寝坊をした。
「ふあ〜・・・おはよう、鬼蜘蛛丸。」
「ああ、おはよう、義丸。」
義丸とは対照的に、鬼蜘蛛丸は朝早くから起き、掃除や洗濯をこなしていた。
「相変わらず早起きで、働き者だよなあ、鬼蜘蛛丸は。せっかくの休みなのに、朝早くか
ら家事をして、すごく偉いし、とてもじゃないけど、俺には真似出来ない。」
「べ、別に当然のことをしているだけだ。出来るときにやっておかないと、溜まっちゃう
しな。義丸、これからシャワー浴びるんだろ?タオルと着替え、風呂場に用意してあるか
ら・・・」
義丸に褒められ、鬼蜘蛛丸は少々照れながら、義丸にそんな言葉を返す。本当に気がきく
し、理想のお嫁さんみたいだなあと義丸は思う。
「ありがとう、鬼蜘蛛丸。それじゃ、ちょっとシャワー浴びてくるから。」
義丸はニコニコして風呂場に向かい、鬼蜘蛛丸は洗濯物の入ったかごを抱えながら、ベラ
ンダに向かおうとする。
「お、おう。お前が出るまでには、洗濯終わらせとくから。」
「張り切るのは構わないが、あんまり無理するなよ。ここは学校ほど海が近いわけじゃな
いから。」
「ああ、分かってる。」
あまり海から離れたところにいくと体調不良になる体質を気遣って、義丸は鬼蜘蛛丸にそ
んな言葉をかける。二人の住んでいるアパートは、そこまで海から離れているわけではな
いが、無理をしたり、少しでも働きすぎたりすると、鬼蜘蛛丸は体調不良になることがあ
るのだ。
(さてと、さっさとシャワーを浴びて、鬼蜘蛛丸と何して過ごすか考えるか。)
そんなこと考えつつ、義丸は脱衣所に入る。脱衣所には鬼蜘蛛丸の言った通り、綺麗にた
たまれたバスタオルと着替え一式が用意してあり、義丸はさすがだなあと感心する。
「こういうところは、本当マメだよなあ。さすが鬼蜘蛛丸だ。」
鬼蜘蛛丸の心遣いに感謝しつつ、義丸はざっとシャワーを浴びてしまう。シャワーから上
がると、しっかりと髪を拭き、鬼蜘蛛丸の用意してくれた着替えに腕を通す。首にタオル
をかけたまま、リビングに戻ると義丸は鬼蜘蛛丸を探した。
「あれ?鬼蜘蛛丸?」
リビングには見当たらないところを見ると、まだ洗濯物を干しているのだろうと思い、義
丸はベランダの方へ向かう。ベランダに続く窓を開けると、洗濯物の入ったかごに手をつ
きながら、気分がすぐれない様子で、鬼蜘蛛丸がしゃがみこんでいた。
「大丈夫か?鬼蜘蛛丸。」
「あっ・・・義丸・・・」
義丸の声に気づき、鬼蜘蛛丸は青い顔で義丸を見上げる。少し張り切りすぎたために、体
調が悪くなってしまったのだ。
「今、運んでやるから、少し休んだ方がいい。」
「ああ、悪いな・・・」
鬼蜘蛛丸の体をひょいっと抱き上げると、義丸は部屋の中にあるソファへ運ぶ。ソファの
上に鬼蜘蛛丸を寝かせると、義丸は塩水を持ってきてやった。
「ほら、塩水だ。」
「ありがとう。」
「まだ、洗濯物残ってるんだよな?残りは俺が干しておくから、鬼蜘蛛丸はゆっくり休ん
でおけ。」
「すまないな。」
「別に謝ることじゃない。ちょっと無理しちゃっただけだろ?」
「・・・ああ。」
「鬼蜘蛛丸のその体質のことはよく知ってるし、気にすることはないさ。」
優しい笑顔でそう言ってくれる義丸に、鬼蜘蛛丸はきゅんとときめく。義丸の持ってきて
くれた塩水をこくんと一口飲むと、気分の悪さがすーっと消えていくようであった。残っ
た洗濯物を干している義丸を眺めながら、鬼蜘蛛丸はどんなふうにお礼をしようかなあと
考える。
「よし、これで全部かな。鬼蜘蛛丸、洗濯物って、ここにあるので全部か?」
「ああ。それが干し終われば、もう終わりだ。」
ベランダから部屋の中にいる鬼蜘蛛丸に向かって声をかける。そんな義丸の問いかけに、
鬼蜘蛛丸は少し大きな声で答えた。
「なら、洗濯物は完了だ。」
「ありがとうな、義丸。すごく助かった。」
「どういたしまして。それで、気分はどうだ?鬼蜘蛛丸。」
部屋に戻り、鬼蜘蛛丸のもとへ移動しながら、義丸は問う。だいぶ気分がよくなった鬼蜘
蛛丸は、ゆっくりと起き上がり、義丸の問いに答えた。
「塩水も飲んだし、だいぶよくなったぞ。」
「それはよかった。でも、まだ、もう少し休んでいた方がいいな。」
こつんと鬼蜘蛛丸のおでこに自分のおでこをくっつけながら、義丸は鬼蜘蛛丸にそう言う。
顔の近さにドキドキしつつ、鬼蜘蛛丸は義丸の言葉に頷いた。
(こんなに優しくするのは、ずるいよなあ・・・)
鬼蜘蛛丸から顔を離すと、義丸はふと思いついたように、とある提案を口にする。
「そろそろお昼だし、もう少し休んだら、街に出かけないか?」
「昼飯を食べにか?」
「ああ。昼飯食べて、久しぶりに買い物するってのもいいんじゃないかと思って。」
「悪くないな。確かにここ最近、あんまり街に買い物とか行ってないもんな。海に行くっ
てのは、結構あるけど。」
「そうだよな。ここから一番近い商店街なら、海にも近いし、少しくらいゆっくりしても、
気分悪くならないだろ?」
「ああ、たぶん大丈夫だ。それに、たとえ体調が悪くなっても、塩水飲めばすぐ治るしな。」
「なら、決まりだな。」
そうと決まれば、早速出かける用意をしようと、義丸は動き出す。ソファで休んでいる鬼
蜘蛛丸の代わりに、鬼蜘蛛丸の荷物も用意してやり、テーブルの上に置いた。
「義丸。」
「何だ?鬼蜘蛛丸。」
「ちょっと、こっちに来いよ。」
「ああ。」
義丸を自分の方へ招くと、鬼蜘蛛丸はぐいっと義丸の腕を引っ張り、ちゅっと頬にキスを
した。突然の鬼蜘蛛丸の行動に、義丸は驚きつつも、嬉しくて顔を緩ませる。
「どうしだんだ?いきなり。」
「さ、さっきのお礼だ。」
「さっきのって、洗濯物を干したりとか?」
「まあ、そんなところだ。」
自らした行動にも関わらず、鬼蜘蛛丸は恥ずかしそうに顔を赤らめている。そんな鬼蜘蛛
丸が可愛すぎると、義丸の顔はもうニヤけっぱなしであった。
「鬼蜘蛛丸。」
「何だよ?」
「今のお礼がすごく嬉しかったからお返し。」
そう言いながら、義丸は鬼蜘蛛丸の唇にちゅっと軽く口付ける。
「なっ・・・なっ・・・」
「ははは、さっきよりも顔真っ赤になってるぞ。可愛いなあ、鬼蜘蛛丸は。」
「か、可愛いとか言うな!」
「だって本当のことだし。だいぶ気分も良くなってるみたいだし、そろそろ出かけるか。」
「こ、こんな顔で、出かけられるわけないだろ!」
顔が赤くなっているということは、その熱さからよく分かるので、鬼蜘蛛丸は怒り口調で
そう返す。気分が悪かったことなどすっかり忘れて、鬼蜘蛛丸の胸はドキドキしまくって
いた。
「ま、出かけるのはそんなに急ぐことないし、その顔の赤いのが落ち着いたらでいいさ。」
「誰のせいだと思ってるんだよ、もう・・・」
「俺以外にありえないだろ?」
自信満々にそう言う義丸に、鬼蜘蛛丸は少々呆れつつもその通りだと思ってしまう。しか
し、そう言うのは何だか悔しいので、鬼蜘蛛丸はぷいっとしながら黙っていた。
「拗ねてる顔も可愛いな。」
「だからー、そういうこと言われたら、顔が赤いの治まらないだろ!」
「あはは、じゃあ、もっと言おうかな。」
「やめろって。出かけられないだろ!」
「冗談だって。」
ちょっとしたことでも、照れたような反応を見せる鬼蜘蛛丸を義丸はからかう。そんなや
りとりをしていて、二人が街へ出かけるのは、それから三十分以上経ってからであった。

一方ここは、兵庫水産大学付属高校学生寮。海側の一つの部屋では、間切が小さなテーブ
ルにノートと教科書を広げていた。
「えっと、ここの日本語訳は、この単語の意味がこうだから・・・」
ただいま間切は英語の宿題の真っ最中。英語があまり得意ではない間切は、その宿題に四
苦八苦していた。そのすぐ側では、網問が音楽を聞きながら、漫画を読んでいる。
「よし、あとちょっとだ。」
教科書の内容の日本語訳も残り一ページとなった頃、網問は読んでいた漫画を読み終える。
読み終えた漫画を本棚へ戻し、音楽を聞くのも止める。そして、勉強をしている間切に絡
み始めた。
「間切〜、漫画読み終わったぁ。」
「俺はまだ宿題終わってないんだけど。」
「俺はもう読み終わっちゃったから、暇なの!」
そう言いながら、網問は間切にべったりとくっつき、自分勝手なことを言う。全くしょう
がないなあと思いつつ、間切は小さな溜め息をつく。
「あと、もうちょっとで終わるから待ってろ。」
「はーい。」
なんとか網問をなだめ、間切は宿題を再開する。しばらくは黙って、間切が宿題をするの
を眺めていた網問だったが、五分も経たないうちに、口を開き始める。
「まーだー?間切ぃ〜。」
「まだだ。」
「早く終わらせてよー。」
あまりにも網問が急かすので、間切は宿題を進めるペースを上げる。もともとそんなにた
くさん残っているわけではなかったので、間切はちゃっちゃと宿題を終わらせた。
「よし、終了。」
「終わった?」
「ああ、お前が急かすから合ってるかどうか分からない感じになっちまったけどな。」
「やったー、じゃあ、間切遊ぼう!」
間切が宿題を終わらせたということを聞くと、網問はぱあっと花が咲いたように笑顔にな
って、間切に飛びつく。
「うわっ!こら、そんなにはしゃぐな!」
「えへへ。」
「で、お前は何したいんだ?」
「えっとね、外に遊びに行きたい!」
網問のリクエストを聞いて、間切はうーんと少し考える。そろそろお昼も近いし、お昼が
てら外に出るのも悪くないと、間切は網問のそのリクエストを受け入れることにした。
「今日は外でお昼食べてもいいかもな。」
「うんうん!そうしよう!」
「お昼食べた後はどうする?どこか行きたいとこでもあるのか?」
「うーんと、ゲーセンとか行きたいかも。」
「あー、悪くないな。最近あんまり行ってないから、新しいゲームとか入ってるかもしれ
ないし。」
「だよね!」
せっかく出かけるのであるから、少しくらいはどこへ行くか計画しておいた方がよいと、
二人はそんな相談をする。高校生らしくゲームセンターへ行こうという話になり、どちら
もうきうきとした気分で出かける用意を始める。
「せっかく間切とデートなんだから、ちょっとはオシャレして行きたいよねぇ。」
「別にいつも通りでいいんじゃないか?」
「ダメだよ。間切もちゃんとオシャレして、出かけるんだからね!」
そう言って、網問は部屋にあるタンスを漁り、外出用の洋服を出す。間切の洋服も一緒に
しまってあるので、ついでに間切の洋服も出した。
「うーん、これも結構いいけど、こっちの方が動きやすくて、いい感じかな?」
「あ、個人的にはこれがいいと思うんだけど。」
「えっ、どれ?」
「これだよ、これ。この前着てるの見て、結構可愛いなあと思ったんだよな。」
「本当?んじゃ、俺はこれ着てこーっと!」
間切に可愛いと言われ、網問のテンションは一気に上がる。間切がそう言うならと、網問
はその洋服を着ていくことにした。
「俺はどうしようかなあ・・・」
間切がどんな服にしようか迷っていると、網問が代わりに選んでやる。
「間切はこれがいいと思うよ。」
「あー、これか。時々しか着ないけど、割と気に入ってるんだよな。」
「俺、間切がこれ着てるの好きなんだよね!ちょっと大人っぽくてカッコイイ感じになる
し。」
「なら、俺はこれにするか。」
あまりにも網問が褒めるので、間切は網問が選んでくれた服を着ていくことに決める。ど
ちらもその洋服に着替えると、お互いにその格好を褒め合った。
「やっぱ、間切その格好似合うね。」
「網問だって、似合ってるぜ。やっぱ、可愛い感じになるよな。」
「えへへ、ありがとう間切。あっ、そうだ!」
何かを思いついたような声を上げて、網問はタンスの引き出しからとあるものを取り出す。
それは、色違いの二枚のバンダナであった。
「これつけてこうよ。」
「バンダナか。いいぜ。」
「おそろいだよ。色違いだけどね。」
「悪くないんじゃねぇ?」
網問から受け取ったバンダナを頭に巻くと、網問がつけるためのバンダナも手に取る。
「つけてやるよ。」
「うん、お願い。」
網問の頭にも自分と同じようにバンダナを巻いてやり、間切はぽむっと網問の頭に手を置
く。
「よし、これで準備完了だな。」
「うん!」
「よーし、んじゃ出かけるか。」
「おー!間切とデートにしゅっぱーつ!」
かなりご機嫌な様子で、網問はそう口にする。久しぶりに網問と出かけられることが嬉し
くて、間切の顔もだいぶ緩んでいた。寮の部屋を出て、きちんと戸締りをすると、二人は
玄関に向かって歩き出した。

お昼ご飯を食べた後、間切と網問はゲームセンターへやってくる。入口に貼ってある宣伝
用のポスターを見て、網問はゲームセンターの中を覗いた。
「UFOキャッチャーの景品も、アーケードも結構新しいのあるっぽいよ。」
「久しぶりだもんなー、ゲーセンなんて来るの。」
「とりあえず、中に入っていろいろ見てみようよ。」
「そうだな。」
ゲームセンターの中に入ると、二人はぐるっとその中を見て回る。少し奥まで入ると、何
やら人だかりが出来ていた。
「何かすごい人だな。」
「何があるんだろう?」
たくさんの人をかき分けて、間切と網問は前へ出る。他の人の視線の先には、太鼓のゲー
ムがあり、それをプレイしている人物に注目が集まっているようであった。
『あっ!』
その人物を見て、二人は同時に声を上げる。たくさんの人が注目している人物、それは二
人の先輩である東南風であった。
「東南風先輩だ!」
「本当だな。あ、側に航もいるじゃん。」
「てか、東南風先輩がプレイしてんのって、どう見ても鬼モードの曲だよね。それなのに
今のところノーミスか。」
「そりゃ人だかりも出来るだろ。」
東南風の神プレイに驚きつつ、二人はその曲が終わるのを見守る。航もドキドキした様子
で、東南風の姿を眺めていた。
カッカッカッ・・・ドンっ!
結局東南風は一度もミスをせず、一般人には到底クリア出来ない曲をプレイし終える。あ
まりにもすごすぎるそのプレイに周りの人々からは拍手が沸き上がった。
「やま兄すごーい!さすがぁ!」
東南風がその曲をノーミスで成功させたことに、航も大はしゃぎ。航を含め、ギャラリー
の興奮が落ち着くと、間切と網問は東南風と航の二人に声をかけた。
「東南風先輩、すごい!本当神プレイだったよ!」
「あ、網問に間切!」
間切と網問の姿を見つけ、航は嬉しそうに声を上げる。航の声に東南風もそちらの方へ視
線を写した。
「偶然だな。」
「東南風先輩もゲーセンとかで遊ぶんだ。しかも、かなりのやり手だし。」
「やま兄本当すごいんだよ!音ゲーも格ゲーもレースゲームもすごい上手いんだ。」
「ちょっと意外かもー。東南風先輩って、超真面目なイメージだから、ゲーセンとかでは
遊ばないと思ってた。」
東南風の意外な一面を見たと、網問も間切もキラキラと目を輝かせる。別に大したことで
はないと、いつもの落ち着いた様子で、東南風は二人の言葉に答えた。四人で話をしてい
ると、少し離れた場所から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おー、そこそこ!よしっ、いける!」
「あれ?あの声って・・・」
「この聞き覚えのある声は・・・」
四人は声のする方へ移動する。声の主は、思った通りの人物であった。
「やったー!これもゲット!」
「他に欲しいものはあるか?」
「えっとー、次は・・・」
「あー、やっぱり重だ!」
「あ、舳丸先生もいる。」
「あっ・・・」
UFOキャッチャーのコーナーでゲームに興じていたのは、重と舳丸であった。自分の勤
めている学校の生徒にこんなところで出会うとは思っていなかったので、舳丸は少し気ま
ずそうな顔をする。
「重、すごい景品たくさん持ってるな。それ、全部UFOキャッチャーで取ったのか?」
「うん!舳丸がすっごい上手で、欲しいものは何でも取ってくれるんだ。これ、ぜーんぶ
舳丸が取ってくれたんだよ。」
嬉しそうな笑顔を浮かべながら、重はそんなことを話す。重が持っているものには、大き
なぬいぐるみにマグカップ、時計にお菓子、フィギュアなどがある。あまりの多さに東南
風以外のメンバーのテンションはだだ上がりであった。
「舳丸先生、超すごい!」
「こんなに取れるなんて、すごすぎだよな。」
「重羨ましいなー。」
「へへーん、いいだろー?」
網問、間切、航、重が盛り上がりながら、そんな話をしている横で、舳丸は小さな溜め息
をつく。立場上は一言注意をすべきであるが、自分もかなり楽しんでしまっているため、
下手に注意は出来ない。
「舳丸先生も、結構やりますね。」
「お前ほどじゃないけどな。」
高校生組よりちょっと年上な舳丸と東南風はコソっとそんな会話を交わす。
「本当はこんなとこで遊んでちゃダメだろって注意すべきなんだけど・・・出来ないよな
あ。重連れて来て、遊んじゃってるし。」
「今日くらいは見逃してやってもいいんじゃないですか?」
「そうするしかないよなあ。」
仕方がないので、舳丸は東南風と高校生四人と遊ぶことにする。せっかくこれだけ人数が
いるのだからと、対戦出来るようなゲームを中心にプレイをしていった。
「あー、これ、超難しい!」
「よっしゃ、もらった!」
「おー、すごいデッドヒート。間切、結構上手いな。」
「こっちはすっごいハイレベルな戦いだけどね。」
「ふっ、やるじゃないか、東南風。」
「舳丸先生こそ。」
レースゲームは、網問対間切と舳丸対東南風で、重と航がギャラリーとして、二組の戦い
を見守っている。
「よーし、逃げ切ったぜ!」
「あー、負けたあ。悔しいー!」
間切対網問の勝負は、間切が逃げ切る形で間切が勝った。そして、舳丸と東南風の勝負は、
ほんの数秒の差で東南風が勝利した。
「本当いい勝負だったね、やま兄。」
「おしかったな。もう少しで抜けそうだったのに。」
「舳丸も十分すごかったと思うよ。」
レースゲームを終えると、六人は対戦相手を変え、他のゲームも行う。格闘ゲーム、音ゲ
ー、シューティングゲーム等々、様々なゲームをプレイしたが、どのゲームでも最強なの
は東南風であった。
「東南風先輩、強すぎ!苦手なゲームとかないの?」
「ゲームセンターにあるゲームなら、何でも得意だぞ。」
「さっすがやま兄だよね!」
「すごいなあ。勉強も出来て、ゲームも得意で、海での実践も超優秀。東南風先輩、何で
も出来すぎでしょう。」
「そんなことはないさ。」
あまりに何でも出来る東南風に、後輩メンバーは尊敬の眼差しを向ける。ここまでオール
マイティーに何でも出来るとは思っていなかったので、舳丸も心底感心していた。
「結構いろんなので遊んだし、そろそろ締めといきますか。」
「締めって何するんだよ?」
「決まってるじゃん。プリクラだよ、プリクラ。せっかくこんなところで集まれたんだか
ら、記念に撮っていこうよ。」
プリクラを撮ろうという網問の提案に、そこにいる誰もが賛成する。
「いいと思うよ、プリクラ。」
「俺も賛成!舳丸もだよな?」
「ああ、いいと思うぞ。」
「じゃあ、決まりー!みんなで撮ろう!」
ノリノリな網問を筆頭に、六人はプリクラの中へ入る。お金を入れた後、手慣れた様子で、
網問は画面を操作していく。
「適当に背景選んだから、みんなちゃんとカメラの方向いてポーズとってね。」
機械が喋るのに合わせ、六人はポーズをきめる。何牧か連続で撮影した後、落書きコーナ
ーへという指示があったので、六人はそのコーナーへと移動した。
「さすがにここに全員は入れないから、誰かが代表で落書きすればいいんじゃないか?」
「そうだな。俺はいいから、網問とか重とか航でやったらいいんじゃないか?」
東南風と間切の言葉で、プリクラへの落書きは網問と重と航ですることになった。三人で
順番にペンを取り、女子高生のようにきゃっきゃしながら、三人はみんなで撮ったプリク
ラに落書きを施していった。
『よし、完了!』
「あとは、印刷されるのを待つだけだね!」
「結構いい感じに出来たと思うよ。」
「出来上がるの楽しみだな!」
三人がかなり楽しそうにはしゃいでいるので、年上組三人もどんなふうになっているかを
楽しみにして待つ。しばらくすると、シール出口から出来上がったプリクラが出てくる。
「うん、よく撮れてる!」
「どれどれ・・・ほぅ、なかなかいいんじゃないか?」
「本当だ。いい感じじゃん。」
出てきたプリクラを見ながら、網問、舳丸、間切はそんなことを口にする。他のメンバー
もその写りと落書きの出来に大満足で、誰もが笑みをこぼした。
「六等分にして、分けなきゃだな。」
「そうだな。」
プリクラのすぐ側にある机で、網問はそのプリクラを六等分した。そして、そこにいるメ
ンバーに平等に配った。
「帰ったら、手帳に貼っておこーっと。」
「俺も!」
プリクラを受け取ると、ニコニコしながら重と航はそんなことを言う。そんな二人を舳丸
や東南風は可愛いなあと思いつつ眺めていた。
「プリクラも撮り終わったし、そろそろゲーセンはいいかなあ。間切、この後どうする?」
「んー、どうしようか?」
「あ、じゃあ、カラオケ行かない?舳丸とゲーセンが終わったら行こうって話してたんだ。」
「いいねー、カラオケ!ね、間切!」
「そうだな。」
「航と東南風先輩はどうする?」
「俺達は遠慮しとくよ。これからちょっと寄りたいところがあるから。」
「そっか。んじゃ、また寮でな。」
「うん、じゃあね。」
網問、間切、重、舳丸はこれからカラオケに行くということで、航と東南風と別れ、ゲー
ムセンターを後にする。そんな四人を見送りながら、東南風は航に話しかける。
「いいのか?みんなとカラオケに行かなくて。」
「うん。今日はカラオケって気分じゃないし、やま兄と二人でどこか行きたいなあと思っ
てさ。」
「そうか。それじゃ、この後、寮の近くの公園にでも行くか?」
「公園か。うん、いいかも!」
「じゃあ、行くか。」
東南風の提案で、二人は公園に行くことにする。四人がゲームセンターを出て、しばらく
経ってから、東南風と航もゲームセンターを後にした。

ゲームセンターを後にした後、二人は寮の近くの公園へやってくる。
「だいぶ日が傾いてきてるから、夕焼けがすごいね。」
「そうだな。」
「この時間の公園好きだなー。全部がオレンジ色ですごく綺麗だよね。」
夕焼けに心を奪われながら、航は嬉しそうな声でそう口にする。口数がそれほど多くない
東南風も気持ちは航と一緒で、夕焼け色に染まる公園をとてもいいものだと感じていた。
「もう少し奥まで、公園内を散歩してみるか。」
「うん!」
公園内の遊歩道を二人は並んで歩いて行く。公園の中心あたりまで来ると、二人の前に一
匹の子猫が現れた。
「あっ、猫だ!」
「かなり小さいな。」
その子猫はかなり人懐っこいようで、ちょこちょこと東南風と航のすぐ近くまで近づき、
ぴょんっと東南風に飛びついた。
「うわあ、可愛い〜。」
「随分人懐っこいんだな。」
「やま兄にすごく懐いてるね。撫でても大丈夫かな?」
「大丈夫じゃないか?自ら飛びついてくるくらいだし。」
「そっか。じゃあ、ちょっとだけ・・・」
東南風の抱いている子猫の頭を航は優しく撫でる。
「みゃあ〜。」
「毛がすごいふわふわ〜。超可愛いー。」
子猫の毛は真っ白でふわふわで、航のハートを鷲掴みにする。頭を撫でてやればやるだけ、
その子猫は嬉しそうな鳴き声を上げる。
「可愛い、可愛い。」
「みゃあ、みゃあ。」
「確かに可愛いな。猫だったら、喉のあたりを撫でてやるのも喜ぶんじゃないか?」
東南風にそう言われ、航は子猫の喉元も撫でてやる。そうしてやると、その子猫はゴロゴ
ロしながら、気持ちよさそうな表情を見せた。
「うわあ、この顔は反則。本当可愛すぎー。」
「そうだな。」
航も東南風もその子猫にメロメロだった。満足するまで可愛がってやると、東南風その子
猫をゆっくりと地面に下ろしてやる。
「みゃあ〜ん。」
地面に下ろされると、子猫はくるっと振り返って一鳴きした後、どこかへ行ってしまう。
しばらくその子猫を眺めていると、どこからか親猫が現れ、子猫はその親猫に甘えるよう
な感じで、くっついて歩く。
「親猫もいたのか。」
「なかなか和む光景だな。」
「だね〜。うーん、あんな可愛い子猫と遊べたし、やっぱ、公園来てよかったなあ。」
子猫と戯れるため、しゃがんでいたので、航は立ち上がった後、大きく伸びをする。子猫
と遊べた満足感からか、航は充実感に満ちた表情であった。そんな航を可愛いと思い、東
南風はぽむっとその手を航の頭に置く。
「?」
いきなり頭に手を置かれ、航は何だろうと首を傾げながら、東南風を見る。頭に置いた手
をゆっくり動かし、東南風は航の頭を撫で始める。
「えっ!?何々!?」
「可愛い、可愛い。」
「ええ!?や、やま兄!?」
東南風らしからぬ行動をし始める東南風に、航はドキドキしまくりだ。あまりに航が慌て
るような反応を見せるので、東南風はくすくす笑いながら、言葉を続けた。
「さっきのお前の真似だ。」
「お、俺の真似・・・?」
「子猫を撫でてるときのな。子猫も可愛かったけど、俺としては、お前もだいぶ可愛いな
あと思ってたぞ。」
頭を撫でられながら、東南風にそんなことを言われ、航の顔は真っ赤に染まる。
「いきなりそんなこと言われたら・・・ドキドキしちゃうじゃんかぁ・・・」
「そうか?でも、本当のことだからな。それともそういうことを言われるのは嫌か?」
「全然嫌じゃない!」
「ふっ、じゃあ、もうちょっと撫でさせてもらうぞ。」
「・・・うん。」
東南風に撫でられるのが嬉しくて、航は恥ずかしそうにうつむきながら、ほんの少し口元
を緩ませる。それに気づいて、東南風もふっと笑った。
「とりあえず、これくらいにしとくか。」
頭を撫でられて恥ずかしがる航の可愛さを十分の堪能すると、東南風は航の頭から手を離
す。航としても、東南風に頭を撫でてもらうのは、なかなか心地がよく、離されてももう
少し続けて欲しいなあと思うくらいであった。
「やま兄。」
「何だ?」
「えっと、ちょっとお願いがあるんだけど・・・」
頭を撫でられたことで、航の甘えたい気分が一気に高まる。おずおずとした様子で、航は
東南風の服の袖を掴みながら、言葉を続けた。
「今日も、やま兄のところに泊まっていい?」
今日が休日であったので、航は昨日東南風の家に泊まっていた。今日一日ずっと一緒にい
たが、さっきの出来事で、もっともっと一緒にいたいという気分になってしまったのだ。
「仕方ないなあ。」
「いい?」
「ああ、いいぞ。」
その一連の航の言動が東南風にとってはツボすぎて、東南風に頷く以外選択肢はなかった。
「えへへ、じゃあ、今日も帰るのはやま兄の家にだね。」
「そうだな。そろそろ日も暮れるし、帰るか。」
「うん!」
本当に嬉しそうな笑顔で頷く航に、東南風の胸はひどくときめいた。
「航。」
「何?やま兄。」
「家に帰ったら、また、頭撫でてやるからな。」
「!」
「なんてな。」
「ちょっ、何、今の冗談なの!?」
「あはは、それはどうだろうな?」
からかうようなことを言う東南風に、航はまた顔を赤くして慌てたような反応を見せる。
夕焼け色に染まる公園で、楽しげな笑い声を響かせながら、二人はゆっくり家路についた。

辺りが夕闇に染まる頃、街をぶらぶらしていた義丸と鬼蜘蛛丸は本屋へやってきた。高校
教師ということもあり、二人とも本は比較的よく読む方であった。
「確か今日はいつも買ってる雑誌の発売日だったと思うんだよな。」
「あー、そうかもしれないな。俺も新しい料理の本がちょうど欲しいと思っていたところ
だし、見てみるか。」
本屋の中へ入ると、二人はどこにどんな本が置いてあるかを確認する。と、二人の目に見
たことのある顔が映った。
「あれ?あそこにいるのって・・・」
「ああ、蜉蝣さんと疾風さんだな。」
二人が蜉蝣と疾風を発見すると同時に、向こうもこちらの二人に気づく。
「おー、鬼蜘蛛丸と義丸じゃねぇか。」
「奇遇だな。」
「蜉蝣さんと疾風さんも買い物ですか?」
「まあな。特に欲しいものがあるってわけじゃねぇけど、暇つぶしにはなるし。」
偶然出会った四人は軽く話をする。しばらく他愛もない話をした後、それぞれ自分の欲し
い本を探しに行く。義丸は雑誌コーナー、鬼蜘蛛丸は料理本コーナー、蜉蝣はエンタメコ
ーナー、疾風はコミックコーナーへ向かった。
「ああ、あったあった。やっぱり、今日が発売日だったな。」
雑誌コーナーでは、義丸がいつも買っている雑誌を手に取る。雑誌コーナーの裏は料理本
や裁縫の本のコーナーであるので、鬼蜘蛛丸が新しい本を探していた。
「今回はどんな料理がいいかなあ。あ、この魚料理の本とかいいかも。へぇ、結構美味し
そうなのたくさん載ってるじゃん。」
一冊の魚料理の本に鬼蜘蛛丸は興味を持ち、パラパラとページをめくる。これはなかなか
いい本だと思いながら、鬼蜘蛛丸はざっと目を通した。
「何か面白いものないかな。おっ、これなんか結構面白そうだぞ。疾風をからかうにはも
ってこいだ。」
エンタメコーナーで蜉蝣が見つけたのは、いわゆるホラー系の本であった。心霊写真や本
当にあった怖い話的な話が載っている本で、それはいかにも疾風が苦手そうな分野の本で
あった。
「んー、新しい漫画出てねぇかな。あ、これ、最新巻出てんのか。せっかくだから買って
いくか。」
疾風はコミックコーナーで、集めている漫画の新しい巻が出ていたので、それを手に取っ
た。それぞれが欲しい本を手にすると、先程話をしていた場所に戻ってくる。
「義丸、欲しい雑誌はあったのか?」
「ああ、あったぞ。」
「疾風はまた漫画を買うのか?」
「おう。集めている奴の最新巻が出てたからな。お前は何を買うんだよ?」
待ってましたと言わんばかりに、蜉蝣は疾風のその質問に答える。
「ああ、面白い本を見つけてな。ほら。」
持って来たホラー系の本の心霊写真のページを開き、蜉蝣はそれを疾風に見せる。初めは
何が写っているのかよく分からず、頭にハテナを浮かべている疾風だったが、それが何か
に気づくと、表情を変え、叫び声を上げた。
「ぎゃああっ!何て本持ってんだよ!?蜉蝣!」
「何って、心霊写真の本だけど?ほら、これとかすごいぜ。ここにな・・・」
「ひぎゃあ!や、やめろっ!見せるんじゃねぇ!」
強制的に心霊写真を見せられて、疾風は叫びまくる。さすがにここは本屋なので、あんま
り騒ぐのはよろしくないと、義丸と鬼蜘蛛丸は苦笑しながら、疾風をなだめた。
「疾風さん、一応ここは本屋さんなので・・・」
「あまり大きな声を出すと、他のお客さんの迷惑になっちゃいますよ。」
「そうだぞ、疾風。子供じゃないんだから、こんなところで、騒ぐな。」
「だ、誰の所為だと思って・・・」
大声でそう言いかけたが、他の人の視線が自分に集まっていることに気づいて、疾風は口
をつむぐ。蜉蝣の所為だからな!という気持ちを視線に込め、疾風は蜉蝣をキッと睨んだ。
「俺が買おうと思ってるのは、こんなのだけどよ、鬼蜘蛛丸、お前は何を買うんだ?料理
の本を買うとか言ってたけど。」
とりあえず、疾風をからかうことが出来たので満足といった様子で、蜉蝣は話を鬼蜘蛛丸
に振った。
「俺も気になるな。どんな料理の本を買うつもりなんだ?鬼蜘蛛丸。」
「今日は魚料理の本を買うことにしたよ。うちは海が近くて新鮮な魚がたくさん手に入る
し、もうちょっと料理のバリエーションも増やしたいと思ってな。」
料理が得意な鬼蜘蛛丸は、今でもかなりのレパートリーがあるが、さらに増やしたいと言
うことを聞いて、一緒に暮らしている義丸は、嬉しそうな反応をする。
「さすがだな、鬼蜘蛛丸。鬼蜘蛛丸の料理はすごく美味しいからな。その種類が増えるっ
てのは、俺にとっても嬉しいことだよ。」
「そ、そんなにすごく上手いわけじゃないさ。確かに得意でないわけではないけど・・・」
「あんなに美味しいものをたくさん作れるのに、そんなに謙遜するなよ。今日はその本に
載ってる何かを作ってくれるんだろ?」
「一応、そのつもりだけど・・・」
料理の腕を義丸にこの上なく褒められ、鬼蜘蛛丸は照れながらそう答える。惚気にも聞こ
えるような義丸の話に、蜉蝣と疾風は苦笑しつつ、ちょっと羨ましいなあと思う。
「そんなに美味いなら、今度俺達にもご馳走してくれよ。」
「義丸がそこまで言うなら、さぞかし美味いんだろ?」
「そりゃもう。」
「期待にそえるかは分からないですけど、機会があったら、ご馳走しますよ。」
そこまで期待されると困るなあといった表情でありつつも、鬼蜘蛛丸は嬉しそうに答える。
自分でどう思っていようとも、やはり褒められることは嬉しいのだ。
「とりあえず、これ、レジに持って行って買ってくるか。」
「そうだな。買わずに話しててもアレだし。」
蜉蝣の一言で、四人はそれぞれ手に持っている本をレジに持って行く。全員が買い終える
と、蜉蝣は他の三人を誘って、あるコーナーに行こうと言い出す。
「せっかくだし、向こうの方にも行ってみねぇか。」
「ああ、悪くないですね。」
蜉蝣の誘いに真っ先に賛成したのは義丸だ。疾風もかなり乗り気であったが、鬼蜘蛛丸だ
けは少し困惑したような表情を見せる。蜉蝣が行こうと他の三人を誘ったコーナーとは、
他のコーナーとはカーテンで仕切られた年齢制限のあるコーナーであった。
「ここの本屋は結構品揃えが豊富でな。なかなか興味深いものも多いんだよな。」
「へぇ、そうなんですか。」
「蜉蝣が好きなジャンルはあっちの方だろ?俺も興味あるし、見に行こうぜ!」
「ああ。お前らも適当に好きなところ見とけよ。」
「はい。」
蜉蝣と疾風が少し奥まで行ってしまうと、義丸は鬼蜘蛛丸の方を振り返り、どんなものを
見たいか尋ねる。しかし、こういうものにあまり免疫のない鬼蜘蛛丸は、真っ赤になりな
がら、ドギマギとして目を泳がせていた。
「え、えっと・・・」
「まあ、鬼蜘蛛丸にはあんまり縁のない場所かもしれないけどな。とりあえず、俺と一緒
にいろいろ見てみるか。」
「あ、ああ。」
ゆっくりと歩きながら、義丸は面白そうなものはないかと見て回る。一人でこんな場所を
歩き回るのは恥ずかしすぎるので、鬼蜘蛛丸は義丸の服の裾を掴み、離れないようについ
て行った。
「相変わらず、お前が好きなのはマニアックだよなあ。」
「普通のじゃ面白くないだろう?」
「まあ、分からなくもないけどな。おー、これすげぇな。」
「お前だって、何だかんだで結構見てるじゃねぇか。」
蜉蝣が好きなジャンルは、かなりマニアックな内容で、好き嫌いが分かれるようなもので
あった。しかし、疾風にとってもそれはかなり興味のある内容で、蜉蝣が立ち読みしてい
る本を横から眺めていた。
「これ、したらどんな感じなんだろうな?」
「試してみるか?」
「ちょっとドキドキするけど、試せるんだったら試してみたいかも。」
「はは、さすがだな。それなら、考えとくぜ。」
本の内容を試してみたいという疾風の言葉を聞いて、蜉蝣は笑う。好奇心が強いのはいい
ことだと思いながら、どんなふうに試してやろうかと頭の中でその内容を巡らせていた。
「これとか結構好きな話だな。どう思う?鬼蜘蛛丸。」
「えっ!えーと、どうだろう・・・?」
「これのどこが好きかってさ、主人公が鬼蜘蛛丸に似てるところなんだよな。顔の雰囲気
とか仕草とか性格とか、結構似てると思うんだよ。」
「そ、そうか?」
そう言われて、恥ずかしいと思いながら、鬼蜘蛛丸はその漫画に目を落とす。確かに似て
ると言われれば、似てなくはないが、内容が内容であるがゆえに、何だか微妙な気分にな
ってしまう。
「似てるって言われてる登場人物がこんなことしてると、何かちょっと・・・」
義丸がページをめくるたびに、その登場人物がしていることはすごくなっていく。その内
容が佳境に入ると、鬼蜘蛛丸の顔は火がついたように赤くなっていた。
「鬼蜘蛛丸、顔真っ赤だぞ?そんなにドキドキしてるのか?」
「だって、義丸が似てるとか言うから、意識しちゃって・・・」
「まあ、俺としては、鬼蜘蛛丸がこんなことしてくれたらもう最高に嬉しいけどな。」
「で、出来るわけないだろ!」
「あはは、冗談だって。」
半分冗談、半分本気で義丸はそんなことを言う。ドキドキしまくりながらも、鬼蜘蛛丸は
義丸の読んでいる漫画から目が離せないでいた。どちらのペアも満足ゆくまで、そのコー
ナーを楽しむと、そこでは特に何も買わずにカーテンの外へ出る。既に本屋での買い物は
済ませているので、四人は本屋を後にした。
「それじゃあ、また学校でな。」
「はい。」
「いつか飯食わせてくれるって約束忘れるなよ?」
「分かってますって。」
そんな会話を交わすと、蜉蝣と疾風、義丸と鬼蜘蛛丸は別れてそれぞれのアパートへと向
かう。日はとっくに沈んでいるため、辺りはすっかり夜の色に染まり、月や星が輝き始め
ていた。

間切や網問と十分にカラオケを満喫した後、舳丸と重は、学校の近くにある浜辺にやって
きた。今日は月がとても綺麗に見えていて、真っ暗な海に一筋の光を注いでいた。
「うわあ、月がすごい綺麗に光ってる!」
「そうだな。今日は空が晴れてるし、月見にはいい夜だ。」
「もっと近くで見る!」
そう言いながら、重は海に向かって駆け出した。いくら泳ぐのが得意とは言えども、月明
かり以外にほとんどあかりのない真っ黒な海に入るのは危ない。走り出す重を舳丸は追い
かけた。
「危ないぞ、重。」
「大丈夫だって。」
足が波に浸かるくらいのところで、重は余裕の笑みを浮かべながら、舳丸の方を振り返る。
その瞬間、何かに足元をすくわれ、重の体は傾いた。
「あれ・・・?」
「重!」
後ろに倒れそうになる重に舳丸はとっさに手を伸ばす。その手は重の体を捉えたが、かな
り無理な体勢であったため、重が倒れるのに引きずられるようにして、舳丸も転んでしま
う。
ドサッ・・・
重なり合うようにして二人は、波の打ち寄せる砂の上に倒れる。重は仰向けに、舳丸はそ
んな重に覆いかぶさるような状態になっていた。
「あはは、転んじゃった。」
「全く、だから危ないって言っただろ。しかもちょうど波が来たときに転んだから、ビシ
ョビショじゃないか。」
体が濡れてしまったことなど全く気にしていないかのように、重はケラケラと笑う。そん
な重を見下ろしながら、舳丸は呆れ顔で溜め息をついた。
「舳丸も濡れた?」
「お前ほどじゃないけどな。」
「俺はすっごいビショビショ。背中とかお尻とかやばい。」
何故だか楽しそうにそんなことを話す重に、舳丸もつられて笑ってしまう。重がそんな状
態なので、舳丸はすぐに重の上から退くということはしなかった。
(うわあ、この位置から舳丸見ると、月がちょうど真上にあるように見える。)
舳丸とは対照的に、重は舳丸を見上げるような体勢になっている。舳丸のちょうど頭の上
に明るく光る月が見え、そんな月明かりに照らされた舳丸は、キラキラと光っているよう
に見えた。
「どうした?重。」
ぼーっとしながら、黙って自分を見てくるので、舳丸は重にそう尋ねる。すっかり舳丸に
見惚れていた重は。そんな舳丸の言葉にハッとする。
「いや、舳丸の上に月があってさ・・・」
「ああ。」
「舳丸の髪とか顔とかが、すごくキラキラして見えて綺麗だなあと思って見てた。」
素直にそう答える重の言葉に、舳丸の胸はトクンとときめく。そのときめきを表すかのよ
うに、舳丸はその顔にふっと穏やかな笑みを浮かべた。
(なんか・・・)
舳丸の笑顔に重の胸はドキドキと高鳴る。そして、とある欲求が重の中に生まれる。
「なあ、舳丸。」
「何だ?」
「ちゅうして。」
月の光に照らされた舳丸の笑顔にやられ、重は無性にキスがしたくなる。そんな気持ちを
ハッキリと素直に表現した。
「何だって?」
「だからー、ちゅうして欲しいの!」
もう一度その言葉を聞きたいと、舳丸は聞き返す。返ってきた言葉は、一度目よりも分か
りやすく、舳丸の心を捉えるには十分すぎるものであった。
「そんなにして欲しいか?」
「う、うん・・・」
「じゃあ・・・」
本当は唇に思いきりキスをしてやりたいと思ったが、そんなに余裕のないところは見せた
くない。そんなことを考え、理性で必死にその欲求を抑えながら、重の額にちゅっと軽く
キスをした。
「これでいいだろ?」
予想していた場所とは少し違う場所にキスをされ、重はきょとんとする。舳丸にキスされ
た額を両手で押さえながら、重は納得いかないというような顔をした。
(して欲しかったのは、そっちじゃないのにぃ!)
「不満そうだな。」
「俺がして欲しかったのは、こっちだもん。」
そう言いながら、重は舳丸の首に抱きつき、舳丸の口にキスをする。まさか重からしてく
るとは思わなかったので、舳丸の心臓は飛び出しそうなほど高鳴った。しかし、そんな素
振りは見せず、舳丸は笑いながら、言葉を紡ぐ。。
「そんなに口にキスして欲しかったのか?」
「・・・うん。」
「全く、重は堪え性がないなあ。」
「だって・・・」
「ま、私としてはかなり嬉しかったけどな。」
「えっ・・・?」
ボソっとそう口にした後、舳丸はゆっくりと重から離れ、立ち上がる。そして、いまだに
濡れた砂の上に仰向けになっている重に手を差し出した。
「ほら。」
「あ、ありがとう・・・」
どちらもかなり濡れてしまっているので、立ち上がると着ている服からポタポタと雫が垂
れていた。
「本当、びっしょりだな。」
「結構、波に浸かってちゃったから。」
「このままの格好でいるのもよくないし、そろそろ帰るか。シャワーも浴びたいしな。」
シャワーを浴びたいという言葉を聞いて、重は頷いた。
「帰るのはいいとして、どこに帰るの?寮?」
学校に近い浜辺なので、重や航が生活している寮もすぐ近くにあった。しかし、寮という
のはあくまでも生徒が生活する場所だ。
「寮だと、私がシャワーを浴びづらいだろうが。」
「ああ、確かにそうかもしれないね。」
「だから、とりあえずうちに帰るぞ。」
「うちって、舳丸んち?」
「他にどこがある?当然だ。」
舳丸の家に帰るということを聞いて、重の顔はパァっと明るくなる。そろそろバイバイし
なくちゃいけないと思っていたので、まだもう少し一緒にいられるということが分かって、
素直に喜んだ。
「えへへ、んじゃあ、まだ舳丸と一緒にいられるんだね。」
「まあな。」
嬉しそうに笑いながら、重は舳丸の腕にぎゅっと抱きつくようにくっつく。服はビショビ
ショに濡れているが、重の可愛さにすっかりやられている舳丸にとっては、そんなことは
大した問題ではなかった。
「なあなあ、舳丸。」
「何だ?重。」
「シャワー浴びるときさー、一緒に浴びたいんだけど、ダメかな?」
「私は全然構わないぞ。」
「本当!?じゃあ、一緒にお風呂入ろう!」
せっかくなので、舳丸と一緒にシャワーを浴び、お風呂に入りたいと、重はそんなことを
言う。どこまでも甘えん坊だなあと思いつつ、舳丸はふっと笑って頷いた。
「さてと、シャワーを一緒に浴びることも決まったし、ちょっとスピード上げてうちに向
かうか。」
「うん!」
イチャイチャするかのようにくっつきながらゆっくり歩くのも悪くないが、服が濡れてい
ることを考えると、早く家に向かうのが二人にとっては都合がよい。重は舳丸の腕にくっ
つくのをやめ、舳丸の手を握った。
「よーし、じゃあ走るぞ!舳丸!」
「本当元気だなあ、お前は。ま、ここからうちまではそんなに距離もないし、付き合って
やるよ。」
手を握られているので、重が走り出したら必然的に舳丸も走ることになる。どちらも水泳
で体を鍛えているので、この程度の距離を走ることは何ら問題はない。月明かりが照らす
家までの帰り道。舳丸と重は、海の滴にその身を包まれながら、全力で走り出すのであっ
た。

蜉蝣と疾風は、自分達のアパートに帰ると、蜉蝣の家で一緒に夕食を食べる。夕食を食べ
終えると、街に行った際に買ったデザートを出す。二人が買ったのは、最近街で評判のシ
ュークリームであった。
「おー、結構美味そうだな。」
「そうだな。うちの生徒の中でもかなり評判がいいらしいぞ。」
「じゃあ、早速食べなきゃだな!いただきます!」
そう言うと、疾風は大きなシュークリームにかぶりつく。中にはたっぷりクリームが入っ
ており、一口食べるとふわふわの生地と甘いクリームが口いっぱいに広がった。
「んー、美味い!」
そんなに美味しいのならと、蜉蝣も手にしたシュークリームを食べ始める。蜉蝣は疾風の
ようにはかぶりつかず、一口大に手でちぎってそれを口に入れた。
「ああ、確かに美味いな。甘さもくどくないし、周りの皮もちょうどいい感じだ。」
「だよなー!あいつらが言ってたことも、大袈裟なことじゃなかったな。」
疾風の言うあいつらとは、間切や網問、航などの生徒メンバーであった。流行りものはや
はり若いメンバーの方が早く情報を手に入れる。このシュークリームの噂も彼らから聞い
た話であった。
「てか、蜉蝣。シュークリームちぎって食べるとかねぇだろ。男だったら、こうかぶりつ
かないと。」
「クリーム、こぼれそうだぞ。」
「えっ?うわっと・・・」
かぶりついて、中のクリームが押され、一口目を食べたことで開いた部分からはみ出てい
た。疾風は慌ててそのクリームをぱくっと口に入れた。
「かじりついて食べると、そうなるからな。こっちの方が綺麗に食べれる。」
「そ、そうかもしれねぇけどよ・・・」
確かに蜉蝣の言うことも一理あると思いつつも、疾風はその食べ方を変えようとはしなか
った。一口食べるごとに、クリームが溢れそうになるため、疾風の口の周りにはクリーム
がいたるところにくっついていた。それを見て、蜉蝣はふっと笑う。
「お前、口の周りクリームだらけだぞ。ガキみてぇだな。」
「食べ終わったら、拭こうと思ってたんだよ!」
「食べ終わったらって、相当ひどいことになるぞ?仕方ねぇから、俺が拭いてやる。」
そう言って、蜉蝣は指で疾風の口を拭い、指にくっついたクリームを自分の口へと運んだ。
指についた白いクリームを舐める蜉蝣の姿に、疾風はなんとなくドキッとしてしまう。
「どうした?」
「べ、別に何でもねぇよ!」
疾風の視線に気づき、蜉蝣はそう尋ねる。口ではそう言っていても、疾風の顔がほんのり
赤くなっていることに気づき、蜉蝣はニヤリと口を緩ませる。
「やらしいなあ、疾風は。」
「はあ!?な、何でそうなるんだよ!」
「俺が指でお前のクリーム拭って食べたの見て、変な想像したんだろ。」
「ち、違っ・・・!」
図星を指され、疾風は動揺するような反応をする。あまりに動揺してしまったために、疾
風はもっていたシュークリームをぎゅっと握り潰してしまった。シュークリームにはまだ
たっぷりのクリームが残っていたため、握り潰してしまった衝撃でそのクリームは疾風の
顔に飛び散った。
「わっ・・・!?」
「何やってんだよ?」
「うー、クリーム飛び散った。」
物凄い状態になっているなあと、蜉蝣はクスクス笑う。
「顔中にクリームが飛び散るとか、エロすぎだろ。」
「お前のせいだろ!」
「俺は何もしてないぜ。」
「お前が変な事言うから!あー、もう、シュークリームは半分しか食べれねぇし、顔は汚
れるし、最悪だ!」
ぷんぷんと怒りながら、疾風はそう言う。そんな疾風も可愛いと思いつつ、蜉蝣は自分の
食べているシュークリームを蜉蝣に渡した。
「これやるよ。その代わり、お前のシュークリームもらうからな。」
「えっ、でも、俺のシュークリームは潰れちまってるし、クリームもほとんどないぜ?」
「クリームならここにあるじゃねぇか。」
疾風の顔からクリームをすくい取ると、蜉蝣は笑ってそう言う。
「ふ、ふざけんなよ!って、うわっ・・・」
ぐっと疾風の肩を押すと、バランスを崩して疾風は仰向けに倒れる。そのまま覆いかぶさ
るようにして、蜉蝣は疾風の顔のクリームを直接食べた。
「わっ・・・ちょっ・・・くすぐってぇ!」
「食べないともったいねぇだろ。ちょっとの間我慢しとけ。」
「犬かお前は!」
疾風のつっこみを華麗にスルーしつつ、蜉蝣は疾風の顔のクリームを綺麗に舐め取る。ク
リームがなくなると、蜉蝣は仕上げとばかりに、側にあったティッシュで疾風の顔を拭っ
た。
「ほら、綺麗になったぞ。」
「最初からそうしとけよ!」
文句を言いつつも、蜉蝣の突拍子もない行動に、疾風はドキドキしっぱなしであった。疾
風が潰してしまったシュークリームの残りを食べると、蜉蝣は満足気に笑う。
「ごちそうさま。美味かったな。疾風はまだ食い終わってねぇじゃねぇか。食わねぇのか?」
「お前があんなことするから、食えなかったんだろうが!ったく・・・」
蜉蝣が自分の上から退いてくれたので、疾風はその身を起こし、蜉蝣からもらったシュー
クリームを食べる。どんな気分で食べようともシュークリームの美味しさは変わらないの
で、疾風の気分はほんの少しだが落ち着いてくる。残りのシュークリームを全て食べ終え
ると、疾風は小さな溜め息をついた。
(もう・・・蜉蝣のせいで、心臓ドキドキすんのが全然おさまんねぇ。)
そんなことを考えていると、蜉蝣が声をかけてくる。
「疾風。」
「何だよ、蜉ろ・・・」
蜉蝣の方に顔を向けると、さっと唇を奪われる。いきなりのことで、目をパチクリさせて
いた疾風だったが、蜉蝣の言葉でハッとする。
「今日の口は甘いな。クリームの味がするぜ。」
「か、蜉蝣!」
真っ赤になって怒鳴る疾風を見て、蜉蝣は声を上げて笑う。蜉蝣の行動に始終ドキドキし
ながらも、疾風は自分の部屋に戻ろうとはしなかった。

とある日の休日。今日も兵庫水産高校の面々はいつも通りの夜を過ごし、そんな夜はゆっ
くりと更けていくのであった。

                                END.

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