ガラガラガラ・・・
一時間目が終わった後の休み時間、甲斐はやっと教室に入ってきた。そんな甲斐の姿を見
つけて、風紀委員の平古場は注意しに向かう。
「今まで何してたさぁ、裕次郎。」
「んー、ちょっと寄り道。」
「これで今月遅刻何回目だばぁ?もう一時間目終わってるし。」
「気にすんなって。で、次の授業なんだったっけ?」
「俺、一応、風紀委員なんだからな!注意しなくちゃならない身にもなってみろ。全く裕
次郎はぁ。」
「そんなにカリカリすんなって。」
あまりにもお気楽な甲斐にぶうっと頬を膨らませつつ、平古場は自分の席に戻ろうとする。
すると、学級委員が教室に入ってきて、先生からの伝言をクラス全員に伝えた。
「次の時間、先生が休みだから自習だって。」
『やったー!!』
「あー、自習になるんだったら、もうちょっと寄り道してくればよかったし。」
「何言ってるば!?ダメに決まってるだろ!!」
「あはは、冗談だって。」
鞄を置きに、甲斐は自分の席に向かう。全く本当に甲斐は世話が焼けるなあと思いながら、
平古場も自分の席に座った。自習になったということで、周りの席の者は雑誌を広げたり、
漫画を読んでいたりと好き勝手なことを始める。
「これ、試してみようかー?」
「いいかもねー。でも、ホントのなのかなあ?」
「試してみないと分からないさぁ。」
隣に座っている女子のグループが雑誌を見ながら楽しそうに話をしているのを聞いて、平
古場は少し気になってしまう。
「何見てるば?」
好奇心の強い平古場は直接その女子達に声をかける。平古場はその容姿から、クラスの中
でも人気がある方なので、話しかけられた女子は嬉しそうにその言葉に答える。
「雑誌にね、『恋のジンクス』が載ってるんだ。平古場君もちょっと見てみる?」
「おー。見る見る。」
『恋のジンクス』とはなかなか面白そうだと、平古場は渡された雑誌を見る。そこには、
『○○をすると両思いになれる』『△△をすると思いが届く』というようなものが、ペー
ジいっぱいに載っていた。
「ふーん、そうなんだ。知らなかった。」
「でも、本当かどうかは分かんないよ。あくまでもジンクスだし。」
「でも、本当かもしれないんだろ?そしたら、信じてた方が面白いじゃん。」
まさか平古場がそんなことを言うとは思っていなかったので、そこに居た女子達は驚いた
ような顔をする。そして、さらに驚くようなことを言い出す。
「でもさー、これって片思いの人限定だろ?両思いの人用によ、これしたらキス出来ると
か、あーしたらHが出来るとかないのかぁ?」
「え、えっと・・・どうだろ?ねぇ?」
「あ、あんまり見たことないよね。」
「そっか。残念。」
それならば、自分には意味がないと平古場はその場を立ち去って、ぼーっと外を眺めてい
る甲斐のもとへ向かう。思ってもみない発言全開の平古場に、そこに居た女子達はドキド
キしていた。
「平古場君って、彼女いたっけ?」
「そんな話、聞いたことないけど・・・」
「ちょっとショックかもー。」
そんな女子達の会話も平古場の耳にはもう入らず、全ての五感は甲斐にしか向かなくなっ
ていた。
「裕次郎ー。」
「んー、何?凛。」
「何してるば?」
「特に何もしてないけど。」
構ってもらいたいオーラ全開で、平古場は甲斐に後ろから抱きつく。そんなことは日常茶
飯事なので、クラスメートは誰一人として気にするものはいなかった。
「せっかく自習なんだし、俺と話そうぜ。」
「別にいいけど。」
特に迷惑そうな様子も見せずそう返す甲斐に、平古場はご機嫌な様子で、先程隣の女子に
見せてもらった雑誌の話をする。
「今な、隣の奴に雑誌見してもらったんだけどよー。」
「ああ。それはいいけど、凛、いつまで俺に抱きついてる気?暑いんだけど。」
「むー、別にいいだろー。」
「前の席空いてるんだから、そこに座ればいいだろー。」
抱きついていることを拒否されるようなことを言われ、平古場を少し拗ねた様子で、甲斐
と向かい合わせに座る。拗ねるような態度を見せる平古場を見て、甲斐は苦笑する。
「何そんなに拗ねてんだよ?」
「だってよー、裕次郎がさぁ・・・」
「さっきの話の続きは?聞かせてくんないの?」
「そうそう、それなんだけど!」
ちょっとしたことで、ガラリとテンションの変わる平古場を甲斐は、本当に子供っぽくて
可愛いなあと思ってしまう。
「何かなー、『恋のジンクス』ってのがあるんだって。緑のペンで1000回好きな奴の名
前書くと両思いになれるとか、机の角にハートマーク描くと思いが届くとか。」
「へぇー、でも、凛には必要なくない?」
「だからよー。俺はこうしたらキスが出来るとか、抱きしめてもらえるとか、そういう方
が知りたいんだけどよぉ。」
真面目にそんなことを言ってくる平古場が可愛らしいと、甲斐はくすくす笑う。自分が彼
氏であるのだから、直接言ってくれればするのにという気持ちを抑えて、わざとジンクス
っぽい何かを考える。
「俺、キスしてもらえるジンクス知ってるぜ。」
「本当か!?」
「本当さぁ。赤いリボンでツインテールにしてると、好きな人にキスしてもらえるって噂
があるんだぜ。」
「へぇ、そーなんだ。他には?」
甲斐のジンクスが作り話だとも知らずに、平古場はキラキラした瞳で、もっと知りたいと
いうような態度を見せる。ここまで疑いもなく信じられると面白いと、甲斐は自分に都合
のよいジンクスを次々に作り出す。
「二人きりでいるときに、頭を撫でて欲しいと思いながら、その好きな人の名前を呼べば、
撫でてもらえるし、手を繋ぎたいと思ったら、歩いてる時に好きな人の小指をちょんちょ
んって触れば、手を握ってもらえるらしいぜ。」
「すっげぇ裕次郎!!それ、絶対試すし!!」
「あはは、でも、あくまでもジンクスだからな。本当にそうなるかどうかは、凛がどれだ
け信じるかだぜ。」
「俺、そーいうのは結構信じるタイプだから、大丈夫さぁ。うわあ、いいこと聞いたし。」
本当に嬉しそうに笑う平古場に、甲斐はきゅんとしてしまう。そして、実際、今自分の言
ったことを平古場がしたならば、絶対にそうしてやろうと心に決めた。
次の日、甲斐は遅刻せずに学校へやってきた。教室内に入ると、思った通りという気持ち
とまさか本当にしてくるとはいう気持ちが一緒になって、甲斐の中に生まれた。
「おはよー、裕次郎ー!!今日は遅刻しなかったな!!」
久しぶりに甲斐が遅刻をせずに学校に来てくれたので、平古場はとてもご機嫌だった。に
こにこしている平古場の髪は、昨日自分が話したジンクスの通り、赤いリボンでツインテ
ールになっていた。
「おはよ、凛。その髪型可愛いし。似合うな。」
「本当か!?へへへ、裕次郎にそう言ってもらえると嬉しーぜ!」
クラスの女子や他の男子にも冗談めいた感じで言われたが、甲斐に“可愛い”と言っても
らえることが、平古場にとってはこの上なく嬉しかった。こうしていれば、きっと甲斐に
キスしてもらえると思い、平古場は朝からドキドキと胸を高鳴らせていた。
「今日は一緒に帰ろうぜ。裕次郎の寄り道にもつきあうし。」
「いいぜ。その方がジンクスが叶う可能性も高くなるしな。」
「お、おう。」
少し照れたような様子で、平古場は頷く。今日は昨日聞いたジンクスをありったけ試して
みようと平古場は心に決めていた。早く放課後にならないかなあと思いつつ、平古場も甲
斐もうきうきと胸を躍らせ、今日一日を過ごすのであった。
放課後になると、甲斐は平古場を連れていつもの寄り道コースを回る。海岸までの道を歩
きつつ、平古場はあるジンクスを実行してみようと試みた。
ちょんちょん
隣に並んで歩いている甲斐の小指を小さく叩く。当然それがどんな合図かは、分かってい
るので、甲斐は平古場の手をぎゅうっと握ってやった。
「わあ・・・」
「ん?どうした凛?」
「別に何でもないぜ。へへへ。」
ただ手を繋いでやっているだけなのに、本当に嬉しそうにしている平古場を、甲斐は心の
底から可愛いと思う。きっとジンクスが本当に叶ったと思っているんだろうなあと思いな
がら、甲斐は出来るだけ人気のない場所に平古場の手を引いて歩いた。
「よし、このへんで一休みするか。」
「そーだな。」
そこは大きなガジュマルの木の下であった。その場所は、海岸沿いの林の中ほどにあり、
人はあまり入ってくることはなく、二人きりでしばらく時間を過ごすには絶好の場所であ
った。ここならば、少しくらいイチャイチャしていても他の人に見られないだろうと思い、
甲斐は平古場を連れてきたのだ。
「何かこういうとこで、二人きりになるの久しぶりだな。」
「ああ。」
「ゆ、裕次郎。」
突然じっと甲斐のことを上目遣いで見上げながら、平古場は甲斐の名前を呼ぶ。初めは何
を言いたいんだろうと、首を傾げていた甲斐だったが、ふと昨日自分の考えたジンクスを
思い出す。
(あー、頭を撫でるんだったっけ・・・)
いきなりそれをしかけてくるかと思いつつ、甲斐はふっと笑って平古場の頭を撫でた。す
ると、平古場は一瞬驚いたような顔を見せた後、ニッコリと顔をほころばせる。そして、
ぎゅうっと甲斐に抱きついた。
「裕次郎ー、超好きやし。」
「なっ・・・どうしたんだよ、いきなり!」
「裕次郎の言ってたこと、全部本当だばぁ。後はキスだけなんだけどなあ・・・」
そんなことを言われたら、しないわけにはいかないと、甲斐はぐいっと平古場の顎を上げ
た。少し切羽詰ったような顔で瞳を射抜かれ、平古場はドキンとしてしまう。
「ゆ、裕次郎・・・?」
「本当、凛、可愛すぎやし!」
「へっ・・・?ふっ・・んんっ!」
平古場の可愛さに我慢出来なくなり、甲斐は熱い口づけを施す。まさかそんなに激しいキ
スをされるとは思っていなかったので、少々戸惑う平古場であったが、もともとして欲し
かったことなので、すぐにその状況を受け入れる。
「んっ・・・んんっ・・・んぅ・・・」
自分のキスに一生懸命応えようとする平古場にときめきつつ、甲斐はしばらく唇を離さな
いでいた。存分に平古場の唇を味わい、ゆっくりと唇を離す。瞳を開けて一番初めに、目
に入ってきたのは、心臓が跳ね上がるほどの色香をもった平古場の顔だった。
「ふ・・はぁ・・・・ゆーじろー・・・」
「っ!!」
「裕次郎、キス、すっごい上手いし・・・もう腰砕け寸前さぁ。」
赤く染まった頬に、ほのかに潤んだ瞳、そして、とろけたような笑顔が、甲斐の心を鷲掴
みにする。このままでは、この場に押し倒してしまうのも時間の問題だと、甲斐は必死で
平常心を保とうとした。
「そ、そろそろ、移動しようぜ!!」
「やだ。」
「えっ?何でだよ?」
移動することを思いきり拒否され、甲斐は困惑したような表情を見せる。甲斐の服を掴み
ながら、平古場はボソッと小さな声で呟いた。
「俺、まだ裕次郎と二人で居たいんだよ・・・」
「凛・・・」
そんな可愛いことを言われてしまったは、この場に留まらないわけにはいかない。一度は
立ち上がろうとした甲斐だったが、ポスンとまたその場に腰を下ろした。
(全く、俺がどれだけ我慢してるか、分かってねぇんだろうなあ・・・)
「なあ、裕次郎。」
「何?」
「好きな人に『好き』って言ってもらえるジンクスってないの?」
「は?」
またいきなり突拍子もないことを言い出すなあと、甲斐はポカンとしてしまう。しかし、
平古場の方は真面目に聞いているらしく、その顔は照れからか赤く染まり、視線はしっか
りと甲斐の顔を捉えている。
「そ、そうだな・・・」
もちろんそんなジンクスなど甲斐は一つも知らなかった。しかし、自分はどんなことを平
古場がしても応えてやることが出来る。
「好きって言って欲しいなら、自分が心の底からその好きな人の相手のことを好きだって
ことを伝えればいいと、俺は思うけど・・・」
「好き。」
「えっ・・・?」
「俺、裕次郎のこと、大好き。」
何度も繰り返されるその愛の言葉に、甲斐の心臓はドクンと跳ねる。何度言われても、そ
のときめきは消えることはない。むしろ、強くなる一方で、甲斐は胸を高鳴らせながら、
平古場の体をぎゅうっと抱きしめた。
「凛。」
「ゆ、裕次郎・・・?」
「俺も、凛のこと大好きだぜ。愛してる。」
耳元でそう囁かれ、平古場は心臓が止まってしまうのではないかと思うほど、ドキっとす
る。体中の血液が顔に上ってくるようで、平古場はあまりのときめきっぷりにクラクラし
ていた。
「・・・・裕次郎、俺のこと殺す気か?」
「はぁ?何言ってるば?」
「俺、ドキドキしすぎて、ほんっとに死にそう・・・」
「あはは、大袈裟だなあ凛は。」
「本当だって。ほら。」
自分がどれだけドキドキしているかを分からせるために、平古場は甲斐の手を取って、自
分の心臓のところに持ってゆく。
「・・・・本当だ。すげぇドキドキいってる。」
「だろ?」
「でもさ、俺だって・・・」
平古場がやったのと同じように、甲斐も平古場の手を取って、自分の心臓のところに持っ
てゆく。その手に伝わってきた鼓動は、自分と同じくらい、いや、それ以上に速いリズム
を刻んでいた。
「裕次郎、ドキドキしすぎやし。」
「凛が可愛すぎるのがいけないんだぜ。」
「何だよ、それ?」
お互いの鼓動を感じ、二人はくすくすと笑い合う。お互いにこんなにも夢中になっている。
それが何だか嬉しくて、自然と顔がほころんだ。
「さてと、そろそろ日も暮れそうやし、海岸に日が沈むの見にいかねぇ?」
「いいぜ。・・・まだ、俺と一緒に居てくれるんだろ?」
「当たり前さぁ。凛がそうしたいなら、いつまでも一緒に居てやるよ。」
「へへへ、さっすが、裕次郎だな。」
「ほら、行くぜ、凛。」
「おう!」
ガジュマルの下で立ち上がると、甲斐は平古場に手を差し出す。その手を取って、平古場
はニッコリと笑った。夕日が沈む海に向かって、二人はゆっくり歩き出す。海に日が沈ん
でしまっても、甲斐と平古場は二人きりの寄り道をもうしばらく楽しむのであった。
END.