MAGENTA STORY

今日はいやに外が静かだ。窓も曇ってる。俺は窓から外をなんとなく見下ろした。
「霧か?珍しいなこんな都会で。」
真っ暗なくせに霧が出ていてほのかに白い。
一人きりでそれをずっと眺めていたら、急に宍戸に会いたくなった。
こんな時に何故そんなことを思うのか分からない。
だけど、俺はどうしても宍戸に会いたかった。
「どうしちまったんだろう俺。たかがこんな霧ごときに不安にさせられるなんてな。」
俺は苦笑した。どうしょうもなく不安だった。
何が不安なのかは自分でも分からない。
一人が嫌?そんなことじゃない。
ただ切なくてこのままだと眠れそうになかった。

今までこんなことがあっただろうか。
いつからだろう。こんなに宍戸のことが気になり始めたのは。
愛とかそこまで大袈裟なことじゃねぇ。だけど・・・
ただ、ほんの少しだけ俺の方が宍戸のことを好きになっちまっただけだ。

「何つーこと考えてんだろ。俺らしくねぇな。」
そうこんなことを考えるなんて俺らしくない。
宍戸との関係なんて“友達以上・恋人未満”程度のはずだったのに。
そっちの方が俺に似合ってたはずだ。
それなのに今じゃどうだ。
こんなちょっとしたことだけで、あいつに会いたくなっちまう。

会いたい・・・会いたい・・・会いたい・・・
何なんだろうこの気持ちは。こんな気持ち在りえない。
あいつと一緒にいる時間が長いからいけないんだ。
あの時からおれの気持ちはあいつに向かうしかなくなってる。
どうしよう・・・宍戸に会いたくて仕方ねぇ・・・

「はあ、会いてぇよ宍戸。」
電話かけてみようか。でも、もう大分遅い。宍戸が素直に出てくれるだろうか。
かけてみてすぐ切られるのも嫌だ・・・。でも、このままいるのはもっと辛い。

ピッ、ピッ、ピッ・・・
トゥルルル・・・トゥルルル・・・トゥルルル・・・カチャ
『もしもし?』
「宍戸か?」
『ああ。どうしたんだよ?』
「お前、今から俺んち来い。」
『はあ!?だって、もう九時過ぎてるぜ。それに明日学校だしさ。』
「荷物とか制服とか全部持って来い。来ないと明日知らねーからな。」
『分かったよ。もう面倒くせぇな。じゃ、今から行くから。』
「ああ。着いたら俺の携帯に電話しろ。呼び鈴は鳴らすな。」
『ああ。分かった。』
ポチッ

これで一安心だ。俺はふぅっと溜め息をついた。
宍戸に会える。あっ、でも確か外は霧が出てたはずだよな?
宍戸の奴、怖いからとか言って引き返したりしねーよな。
再び不安が俺の心を凌駕した。
絶対会いてぇのに。今、願いが叶うんだったら一つしかねぇな。
「宍戸と一緒に居たい・・・。」
こんなこと言ったところで何かが変わるわけじゃねーけど。
言わずにはいられねぇ。今日の俺は何かがおかしい・・・。

「!!」
携帯がなった。宍戸の奴、もう来たのか?
「もしもし。」
『あー、跡部?着いたぜ。どうすりゃいいんだ?』
「そこで待ってろ。」
『分かった。』
よかった・・・。ちゃんと来たじゃねーか。

「こんな時間に呼び出して一体何なんだよ?」
「急にお前に会いたくなっただけだ。」
「何だよそれ。とにかく上がらせてくれよ。すっげー寒いんだ。」
「ああ。」
俺は親に気づかれないように宍戸を部屋に連れて行った。
別に隠したいわけじゃないけど、なんとなく会わせたくなかった。
自分一人が宍戸と一緒にいるってことを感じていたかった。

「で、本当に何?」
「だから、さっきから言ってるだろ。会いたかっただけだって。」
「マジかよ・・・。」
俺は思わず宍戸を抱きしめる。
不思議そうな顔してやがるけど嫌がってはないみたいだ。
「跡部。」
「何だよ?」
「どうした?何かあったのか?」
「別に。ただ霧がな・・・」
「霧?ああ、確かに来る時少しかかってたな。」
「あれずっと見てたら、急に不安になってお前に会いたくなった。」
「あっそ。」
宍戸の奴、そうとう無関心だな。まあ、別にいいけど。

「お前、寂しがり屋だよな。」
「そんなことねーよ。」
「でも、お前にこうされてて、俺嫌じゃないぜ。」
抱きしめられた状態で宍戸は俺の背中に手を回しうれしそうな声で言う。
「お前と一緒にいるとどんなに退屈でも幸せだ。」
俺がそう言うと宍戸は照れたような表情で笑った。
「何言ってやがる。で、これからすんの?」
「しねーよ。明日、学校だろうが。したいのか?」
「いや、ただ聞いてみただけ。」
楽しそうに笑う顔。恥かしがる顔。焦った顔・・・。
どれも俺の好きな宍戸だ。この部屋でずっと抱きしめていたい。

「ベッド行かねぇ?」
「なんで?」
「もう眠みぃ。」
「ちょっと早くねーか?」
「いいじゃねーか。起きててもいいからさとにかく寝転がりたい。」
俺は宍戸を連れてベッドに入った。
いつものようにしっかり腕で抱いて自分の方へ引き寄せる。
「あったけぇな。」
背中に手を回され笑顔でこう言われるとホントにドキドキする。
「なあ、キスしていいか?」
「ああ。いいぜ。」
恥ずかしそうな顔をしながらもしっかり了解してくれる。それがうれしくて仕方ない。
「ん・・・ぅん・・ふ・・・」
最近は抵抗される事も少なくなったし、宍戸の方から誘うことだってある。
今が一番幸せ。こんな瞬間がずっと続けばいい。
「・・・ん・・・はぁ・・・」
「宍戸、好きだぜ。大好きだ。」
「ああ、俺も。俺も跡部のこと大好き。」

言葉でも行動でもお互いが好きだということを確認し合う。
そんなものがなくたって一緒に居ればそれはよく分かる。
そして、俺達は眠りについた。

深い霧が外にはかかっている。暗くて寂しい夜。
だが、そんなことは関係ねぇ。俺の腕の中に宍戸がいる。
ただそれだけで俺の心は満たされる。宍戸もそう感じているだろう。

俺達、二人の心が一つである限り、マゼンタの物語は終わらない・・・。

                                END.

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