まねき猫

(今、俺は猛烈に羨ましいと思っとる。普段こんなヤキモチみたいな気分になることない
のに、流石にこれは・・・)
「にゃあーん。」
少々不機嫌顔の毛利の視線の先にあるのは、青メッシュの入った白い猫であった。その猫
はお揃いの青メッシュの髪のご主人様に抱かれ、ゴロゴロと甘えたような仕草を見せてい
る。
「毛利。」
「へっ!?はい!」
「どうした?」
「えっ?何がです?」
「不機嫌そうな顔をしているが。体調でも悪いのか?」
白い猫を抱えながら、越知は心配そうに毛利にそう問いかける。せっかく越知の家に招か
れたのに、こんな気分でいてはダメだと毛利は首を振って笑顔を作る。
「なーんも問題ないですよ。月光さんの部屋入るの初めてなんで、ちょっと緊張してるか
もしれんです。」
「そうか。」
「にゃーん。」
もっと構えと言わんばかりに越知の猫は越知の顔をぺろぺろと舐め、可愛らしい声で鳴く。
そんな猫の態度に越知は嬉しそうに微笑みながら、その白い毛を撫でる。それがまた羨ま
しくて、毛利はついつい眉間に皺をよせてしまう。
「月光さん!」
「何だ?」
「月光さんの隣、行ってもええですか?」
「ああ、構わないぞ。」
自分ももっと越知に構って欲しいと、毛利は大きなベッドに座っている越知の隣に移動す
る。毛利が隣に来たことなどお構いなしに、越知の猫は越知の視線を独占しようとする。
「にゃあ、にゃあー。」
「こらこら。」
困り顔でもどこか嬉しそうな表情をする越知を見て、毛利はあからさまに膨れっ面になる。
そんな毛利に気づき、越知はすっと抱いていた猫を毛利に渡そうとする。
「そんなにヤキモチを焼くな。」
「っ!?」
「好きな者同士は仲良くして欲しいと思うのだが。」
「えっ・・・あっ・・・」
「にゃあーん。」
毛利に渡された猫は越知に甘えるのと同じように、毛利にも擦り寄る。ふわふわの白い毛
に越知と同じ青メッシュ。ヤキモチの対象だった猫であるが、いざ目の前で見ると、まる
で越知が猫になっているかのような見た目に毛利はドキッとしてしまう。
「人懐っこい猫ですね。」
「普段はそうでもないんだがな。お前だからだろう。」
「俺やから?」
「飼い主がどう思っているかをちゃんと理解しているんじゃないか?」
「どう思ってるか・・・」
その言葉と先程の『好きな者同士』という言葉を思い出し、毛利の顔は赤く染まる。
(何や猫にヤキモチ焼いたりなんかして恥ずかしいな。月光さん、ちゃんと俺のこと想う
ててくれてるやん。)
越知の猫を撫でながら、毛利は越知の方をちらりと見る。すると、優しい眼差しで笑って
いる越知と目が合う。笑顔が苦手とは思えないその表情に、毛利はドキドキしてしまう。
思わずパッと目をそらし、膝に乗っている猫に視線を移す。
「この猫ちゃん、ホンマに月光さんにそっくりですね。月光さんと同じ青メッシュで。」
「まあ、お揃いにしたくて、この髪にしたからな。」
「それ聞くと、やっぱりこの猫ちゃんに妬いてしまいますわ。」
さっきほどではないが、やはり少しは妬いてしまうと、毛利は苦笑しながらそう話す。猫
にヤキモチを焼いている毛利が可愛くて、越知は思わず毛利の髪に手を触れ、いつものよ
うに撫でる。突然のことに驚いた毛利は、ビクッとして越知を見る。それに驚いた猫はピ
ョンっと毛利の膝から飛び降りた。そして、てくてくと歩いて行き、ドアの前でゴロンと
横になった。
「あっ、向こう行ってもうた。」
「猫は気まぐれだからな。」
「ほんなら、今度は俺が月光さんを独り占めする番や。」
そんなことを言い出す毛利に少々驚く越知であったが、その顔が耳まで赤くなっているの
を見て、キュンとしてしまう。
「毛利。」
「はい。」
「おいで。」
軽く膝を叩きながら、越知は毛利を呼びよせる。まるで猫を呼ぶような口調であったが、
それが今の毛利には嬉しかった。越知の膝に頭を預けるようにして、ベッドに横になる。
膝の上にある毛利の頭を越知は、ふわふわとした髪の手触りを楽しむかのようにゆっくり
撫でる。
(月光さんに頭撫でられるのやっぱ気持ちええな。)
しばらく頭を撫でてもらったあと、毛利は仰向けになるように体をひねる。越知の膝の上
から越知の顔を見上げると、ふっと口元を緩ませた。
「お前は本当に猫のようだな。」
「そうですか?」
「ああ。」
そう言われて、毛利は悪戯に笑いながら招き猫のように手を握り、猫の鳴き真似をしてみ
る。
「にゃーん。」
「・・・・・。」
思ってもみない毛利の行動に越知は思わず固まってしまう。あまりの可愛さに言葉を失い、
顔が熱くなっていくのを感じる。
「あっはは、190超えの男子高校生がこないなことしても可愛ないですよね!」
「いや、そんなことはない。」
「えっ?」
「可愛すぎて、どうにかしたくなってしまいそうだ。」
「冗談ですよね?」
「本気だが?」
前髪で目元は隠されているので、ハッキリと表情は読み取れないが、その声色からその言
葉が嘘ではないことは分かる。
「ほんなら、キスしてください。」
「いいのか?」
「はい!」
照れながらも笑顔で頷く毛利に越知は我慢出来なくなる。上半身を屈め、膝の上の毛利の
唇にキスをする。触れ合う唇で感じるその柔らかさ。鼓動が速くなり、お互いを想う気持
ちで胸がいっぱいになる。いつもより少し長いキスに、どちらも気分が上がっていた。唇
が離されると毛利はその身を起こし、越知のベッドにゴロンと仰向けに横になる。
「月光さん。こっちに来んせーね。」
「そこは俺のベッドだが?」
「ええんです。早ぅ来てください。」
毛利に招かれ、越知は毛利に覆いかぶさるように手をつく。越知の顔が自分の顔の真上に
来たのが嬉しくて、毛利は越知の首に腕を回す。そして、ニヤリと笑って先程と同じよう
に猫の鳴き真似をする。
「にゃあん。」
「・・・そんなに煽るな。」
「猫ちゃんが寝てる間に、イイコトしましょ?」
「やはりまだ猫に妬いてるな?」
「やって、猫ちゃん構ってる月光さん、メッチャ嬉しそうで楽しそうで、笑顔が苦手なん
て嘘やんって顔してたんやもん。」
「お前の前でも変わらないと思うぞ。」
「そうなん?ほんなら、俺のこともいっぱい可愛がってください。」
甘えたような口調でそんなことを言ってくる毛利に越知はもうメロメロだった。そこまで
言われてしまっては、可愛がらないわけにはいかない。顔の横にある毛利の手に自分の手
を重ね、指と指を絡ませると、先程より何倍も激しく甘い口づけを施した。

お楽しみが終わり、ベッドの上でまったりしていると、ドアの前で寝ていた猫が起きて、
てくてくと二人のもとへやってくる。ピョンっとベッドに飛び乗ると、越知ではなく毛利
の側に腰を下ろす。
「月光さんと俺がイチャイチャしてても邪魔せんと、ええ子やなあ。」
「にゃあー。」
毛利に撫でられ、越知の飼い猫は可愛らしく鳴く。そして、甘えるように毛利の顔に自分
の顔を擦りつける。
「あははは、くすぐったいで。」
「随分仲良くなっているな。」
「慣れるとかわええですね。」
「にゃーん。」
可愛いと言われ、越知の猫は毛利の唇を舐めようとする。それを見た越知はひょいっと猫
を持ち上げ、毛利から離した。
「それはダメだぞ。」
「何や月光さんも猫にヤキモチ焼いてるんですか?」
「そんなことはない。」
自分の横に猫を置くと、越知は毛利の唇にふにっと指をあてる。
「ここに触れていいのは俺だけだ。」
「月光さん、何気に俺より独占欲強いですよね?でも、まあ、月光さんがそう言うなら、
ここは月光さん専用ってことにしときますわ。」
自分よりあからさまなヤキモチを焼いている越知の態度に、毛利はくすくすと笑って、そ
んなことを言う。越知が指で唇に触れてくるので、毛利はまた越知にキスして欲しくなっ
てしまう。
「月光さん。」
「何だ?」
「にゃあーん。」
「にゃあ?」
「いや、お前には声かけとらんから。」
毛利の鳴き真似に反応した越知の猫に毛利は思わずつっこむ。それを見て、越知はふっと
吹き出した。
「あ、月光さん、笑うとる。」
「お前らのやりとりが可愛くてな。」
「月光さんのそないな顔見れるなら、このやりとりも悪くないなあ。」
「毛利。」
笑ってはいるが、毛利のして欲しいことはきちんと理解しているため、越知は毛利の頬に
手を添え、じっと毛利の目を見つめる。
「キス、して欲しいのだろう?」
「はい・・・」
「お前が望むなら、いくらでもしてやろう。」
そう言いながら、越知は今日何度目かのキスをする。何度しても胸がときめき、この上な
く良い気分になる。それが嬉しくて、毛利は目を閉じて、越知との口づけの感触はじっく
り味わう。
「ん・・・」
「キスしたいの合図で、猫の鳴き真似はずるいな。」
「ダメですか?」
「いや、ダメではないが・・・愛らしすぎて、心臓がもたなくなりそうだ。」
顔を赤くしながら、越知はそう呟く。それが少し恥ずかしく、毛利もつられて赤くなった。
「あはは、ほんなら、もうやめときます。」
「お前と口づけを交わすのは嫌ではない。むしろ、かなり好きだ。」
「俺もです。月光さんとキスするの大好きでっせ。」
『それなら・・・』
声が重なり、二人はその後の言葉を飲み込む。言わずとも何が言いたいかはお互いに分か
っていた。言葉を交わさず目を見合わせ、顔を近づける。二人の唇が再び重なるのを、す
ぐ近くで越知の飼い猫はじっと眺めていた。

                                END.

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