「また、明日」の段

火薬委員会がある放課後、なかなかやってこないタカ丸を探しに、久々知は四年生の教室
に来ていた。タカ丸のいるはずの四年は組を覗いてみるが、そこにはタカ丸の姿はない。
別のところを探してみようすると、タカ丸以外の四年生が廊下を歩いていた。
「あ、久々知先輩。」
「ちょうどいい、お前達。タカ丸をさんを探しているんだが、どこにいるか知らないか?」
「タカ丸さんなら、今実家の髪結い処に帰ってますよ。」
そう答えたのは、綾部であった。
「えっ、急にどうして?」
「何でもお父上がぎっくり腰になってしまったみたいで、看病と髪結いの手伝いだそうで
す。」
「なるほど。」
「一応、三日、四日は休みをもらうみたいなこと言ってましたけど。」
「了解。教えてくれてありがとな。」
しばらくは、火薬委員会にも来れないのかあと少し残念に思いながら、久々知は焔硝蔵に
向かう。
(三日、四日って、結構長いなあ。まあ、委員会の仕事は大して困らないけど、タカ丸さ
んに会えないのはちょっと寂しいかも。)
仕方がないのは分かっていても、寂しいと思ってしまう。少しの辛抱だと、気を取り直し
て久々知は焔硝蔵へと歩き出した。

それから一週間。今日も火薬委員会はあるが、そこにタカ丸の姿はなかった。
「タカ丸さん、なかなか戻って来ないですねー。」
「そうだな。まあ、タカ丸さんが来る前は三人で仕事してたから、特に困るってことはな
いけど。」
「確かに。あっ、久々知先輩、この火薬は向こうに運べばいいですか?」
火薬壺を抱え、伊助は久々知にそう尋ねるが、久々知はぼーっとして在庫票に視線を落と
したままだ。
「久々知先輩?」
「へっ!?あ、ああ、ゴメン、ゴメン!!何だっけ?」
伊助に話しかけられているのに気づき、久々知はハッとする。
「この火薬・・・」
「あ、ああ。それは、向こうの棚の一番下に運んでくれ。」
「分かりました。」
伊助が火薬を運ぶのを手伝うふりをして、三郎次はコソッと伊助に話しかける。
「久々知先輩、何かちょっと元気ないよな。」
「そうですね。タカ丸さんがなかなか帰って来ないからですかね?」
「かもしれないけど、タカ丸さんがいない方がトラブルは少ないんだよなー。」
「三郎次先輩、また一言多いですよ。」
「すまん、すまん。さすがに、あの様子だと委員会に影響出そうだし、ちょっと元気づけ
るか。」
「それはいいですけど、どうやって?」
「久々知先輩と言ったらアレしかないだろ。」
元気のない久々知を元気づけようと、後輩二人組はテキパキと仕事を終わらせ、久々知に
話しかける。
「久々知先輩、終わりましたー。」
「おー、早いな。ありがとう。」
「あのちょっとお願いがあるんですけど・・・」
「何だ?」
「ちょっとお腹が空いちゃったので、久々知先輩の作ったお豆腐が食べたいなあ・・・な
んて。」
それを聞いて、久々知は先程よりも少しだけ明るい顔になる。やぱり久々知にはこれが効
果的かと二人は顔を見合わせた。
「分かった。それじゃ、ここの鍵閉めたら食堂に集合な。」
『はいっ!!』
三人そろって焔硝蔵を出ると、後輩二人はそのまま食堂へ、久々知は準備をしに、一旦自
分の部屋がある長屋に向かった。

いつものように手際よく豆腐作りを行うと、久々知は伊助と三郎次に特製の豆腐料理をふ
るまう。出来上がるのを待っていた二人だが、テーブルの上に用意された豆腐を見て、あ
れ?っと首を傾げる。
「久々知先輩。」
「どうした?」
「土井先生も食べに来るんですか?」
「いや、今日は特に土井先生には声をかけてないけど・・・」
二人がそんなことを尋ねた理由。それは、テーブルの上に四人分の豆腐が用意されていた
ことであった。
「あっ・・・」
そのことに気づいた久々知は、楽しそうに豆腐を作っていた表情を一変させ、一気に曇っ
た表情になる。
「いつもの癖で、タカ丸さんの分も用意しちゃった。」
『あっ。』
「これは、俺が食べるから、お前達はそれを食べてくれ。」
力のない笑顔でそう言いながら、久々知はタカ丸のために用意した豆腐を自分の席の前に
移す。用意した豆腐を食べ始めるが、久々知にいつものような笑顔はない。
「ちょっと、三郎次先輩!久々知先輩、余計落ち込んじゃいましたよ!」
「そ、そんなこと言われても・・・」
元気づけるつもりが余計に落ち込ませてしまったと、二人は焦る。小声でそんなことを話
していると、豆腐を食べる箸を止めて、久々知が大きな溜め息をつく。
『く、久々知先輩・・・?』
「このまま・・・タカ丸さんが戻って来なかったらどうしよう・・・」
今にも泣きそうな声でそう呟く久々知の言葉を聞いて、二人は慌てて慰めるような言葉を
かける。
「だ、大丈夫ですよ!!タカ丸さんのお父上が元気になったら、すぐ戻って来ますって!」
「そうですよ!ぎっくり腰なんて、そんなに長引くものじゃないですし。」
「でも、三日か四日くらい休むって言ってただけなのに、もう一週間以上も・・・」
「それは、ほら、治ってもすぐに仕事に戻るのは大変ってこともあるでしょうし!」
「絶対戻って来ますから!!元気出してください!!」
必死で自分を励まそうとしてくれている後輩を見て、久々知は自分は何をやっているんだ
と軽い自己嫌悪に陥る。そして、これ以上心配はかけられないと、無理矢理笑顔を作って、
豆腐を口に運ぶ。
「そうだよな。ゴメンな、変なことで心配かけて。」
あまりにもその笑顔が無理矢理作られたものなので、伊助と三郎次はやってしまったと、
困惑したような表情になる。とりあえず、せっかく作ってもらった豆腐は食べないととい
うことで、パクパクとそれを食べながら次の作戦を練る。
「よし、最終手段だ!」
「何ですか?」
「タカ丸さんに会いに行こう。それで、久々知先輩のこの状況を伝えるんだ。」
久々知には聞こえないような小声で二人はそんなことを話す。確かにそれが一番手っ取り
早いと、伊助は三郎次のその案に頷いた。

食堂を後にすると、伊助と三郎次は早速外出届を貰いに行き、町へ出る。タカ丸の家の髪
結い処には何度か訪れているので、迷わずにそこへ辿り着いた。
「あれ?伊助くんに三郎次くん。」
『タカ丸さん!!』
たまたま店の外に出てきたタカ丸と二人は鉢合わせする。
「二人そろってどうしたの?お買い物?」
「いや、違うんです。あ、タカ丸さんのお父上の具合はどうですか?」
「ちょっと治るのに時間かかっちゃったけど、明日にはもう仕事が出来るくらいには回復
してるよ。」
「じゃあ・・・」
元気になったのであれば、タカ丸はもう忍術学園に帰れるはずだと、二人は顔を見合わせ
て笑顔になる。今の久々知の状態をありのままに伝え、二人は早く忍術学園に戻って来て
欲しいことをタカ丸に話した。
「それ、本当?」
「本当なんですって!豆腐食べてても暗い顔で溜め息ばかりついてるんですよ。」
「お豆腐食べてても!?それは重症だね。」
「だから、早く忍術学園に帰ってきて欲しいんです!火薬委員会の為にも!!」
「分かった。ちょっと父さんに話してくるよ。」
そう言うと、タカ丸は店の中に戻って行く。しばらくすると、タカ丸と幸隆が一緒に店か
ら出てくる。
「いやー、すまないねぇ。私の所為でいろいろ迷惑をかけてしまったみたいで。」
「い、いえ、大丈夫です。それよりお体の方はもう大丈夫なんですか?」
「ああ、この通り問題ないよ。」
「あまり無理はしないでください。」
「心配ありがとう。タカ丸、これ以上、忍術学園の皆さんに迷惑をかけられないし、出発
出来るのであれば、今日にでも忍術学園に戻りなさい。」
「うん、ぶり返さないように、父さんも気をつけてよ。」
「分かってる、分かってる。」
「じゃあ、準備が出来次第、忍術学園に出発するから、伊助くんと三郎次くんは先に忍術
学園に戻っててくれるかな。」
『はい!!』
「あ、タカ丸さん!」
「何?」
「忍術学園に帰って来たら、すぐに久々知先輩に会いに行ってあげてくださいね。」
「りょーかい。」
タカ丸が帰ってくることを早く知らせないとということで、伊助と三郎次は忍術学園に向
かって走り出す。二人を見送った後、タカ丸は思わず顔を緩ませた。
「久々知くん、ぼくがいなくてそんなに寂しがってるんだ。何かちょっと嬉しいかも。」
うきうきとした気分になりながら、タカ丸は忍術学園に戻る用意をし始めた。

忍術学園に帰ってきたタカ丸は、学園長や先生方に軽く挨拶を済ませた後、自分の長屋に
は戻らずに、五年生の長屋へと向かった。
「確か久々知くんの部屋はここでいいんだよね。」
帰ってきたままの私服の状態で、タカ丸は久々知の部屋の前までやってくる。いきなり襖
を開けるのも失礼なので、タカ丸は廊下から久々知に声をかけた。
「久々知くん、襖開けても大丈夫かな?」
何もやる気が起きず、部屋の中でぼーっとしていた久々知であったが、今一番聞きたかっ
た声を聞き、バタバタと襖の前まで移動する。そして、タカ丸の言葉に答えることもせず、
自ら襖を開けた。
「タカ丸・・・さん・・・」
「ただいま、久々知くん。一週間も委員会休んじゃってゴメンね。」
すぐにでもタカ丸に抱きつきたい衝動に駆られたが、そんな衝動を我慢して、久々知はタ
カ丸を部屋に招き入れる。
「と、とりあえず、そんなとこに立ってるのも何ですから、部屋入ってください。」
「うん、お邪魔します。」
タカ丸が自分の部屋を訪れてきてくれたことを嬉しく思い、ドキドキと胸を高鳴らせなが
ら、久々知は襖を閉める。適当な場所にタカ丸を座らせると、自分もタカ丸のすぐ側に座
った。
「お父上の体はもう大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫。明日から仕事に戻るって。」
「そっか。それはよかった。」
「さっきも言ったけど、火薬委員会の子達には何にも言わずに休んじゃって、しかも、一
週間も出れなくて本当ゴメンね。」
「タカ丸さんが来るまではもともと三人だったし、タカ丸さんがいない方がトラブルも少
なくて。特に問題はなかったですよ。」
「あうぅ、ひどいなあ。」
照れ隠しにほんの少し冷たいことを言う久々知の言葉に、タカ丸は苦笑する。しかし、タ
カ丸が久々知に伝えたかったのはそんなことではなかった。
「久々知くん。」
「何ですか?タカ丸さ・・・」
すぐ近くにある久々知の身体をぎゅっと優しく抱き締める。突然抱き締められ、久々知の
心臓は壊れるほどに速くなっていた。
「一週間、寂しい思いさせちゃってゴメンね。」
「っ!!」
「お豆腐食べても、笑顔になれなくなるくらいだったんでしょ?」
「違っ・・・」
「伊助くんと三郎次くんに聞いたよ。久々知くんが元気がないって。ぼくが忍術学園に帰
って来なかったらどうしようって泣きそうになりながら言ってたって。」
「・・・・・」
全て本当のことなので、久々知は何も言えなくなっていた。しかし、今はずっと会いたか
ったタカ丸の腕に包まれている。嬉しさと恥ずかしさとで久々知はもう泣きそうになって
いた。
「大丈夫だよ。何も言わずに忍術学園をやめたりなんかしないし、久々知くんが泣いちゃ
うようなことはしないよ。」
「うぅ・・・」
「久々知くん?」
あまりにもタカ丸が優しくしてくれるので、久々知はもう泣くのを我慢出来なくなってい
た。泣き顔を見られるのが嫌で、久々知はタカ丸の胸に顔を押し付けながら、言葉を紡ぐ。
「ほんのちょっと・・・会えないだけだと思ったのに・・・」
「うん。」
「一週間も休んで・・・このまま戻って来ないんじゃないかって・・・・不安で・・・」
「ゴメンね。」
「謝らないでください・・・俺が勝手に・・・一人で不安がって、伊助や三郎次達にも
心配かけて・・・」
「でも、ぼくは伊助くんや三郎次くんからその話を聞いて、嬉しいと思ったよ。」
「どうして・・・?」
「好きな子にそんなに想われてたら、そりゃ嬉しいじゃない。」
「ううー・・・タカ丸さん・・・・」
タカ丸の言葉一つ一つが嬉しくて、久々知はタカ丸に思いきり抱きつきながら、ぐしぐし
と泣いていた。
「あーあ、さっき久々知くんが泣いちゃうようなことはしないって言ったばっかなのに、
早速泣かせちゃった。」
「これは、寂しいとか悲しいで泣いてるんじゃないから・・・いいんです。」
「久々知くん、ぼくがいないと、ぼくに会えないと、寂しい?」
「・・・寂しいに決まってるでしょう。」
「そっかぁ。」
完全に甘えモードな久々知に、タカ丸は顔を緩ませる。早めに忍術学園に帰って来てよか
ったなあと思いつつ、久々知の頭を撫でた。
「タカ丸さん。」
少し落ち着いたのか、久々知は鼻をすすりながら顔を上げる。
「何?久々知くん。」
「しばらくは委員会活動はないんですけど・・・」
「あ、そうなんだ。じゃあ・・・」
それは少し残念だと思っていると、久々知がさらに言葉を続ける。
「一週間も休んで、その分の授業受けてないですよね。だから、俺がその分の補習をして
あげます。」
「本当に!?」
「そしたら・・・委員会がなくても会えるし、タカ丸さんも授業についていけないなんて
ことがなくなって一石二鳥ですよね?」
「うんうん!!ありがとう、久々知くん!!」
予想外に久々知が有難い提案をしてくれたので、タカ丸のテンションは一気に上がる。明
日もこんなふうに久々知と一緒に過ごせるのかと嬉しく思っていると、久々知がゆっくり
と離れた。
「そろそろ自分の部屋に戻って、明日の準備しないとですよね?」
「あ、うん。そーだね。」
「今日はこれで我慢しておきます。」
恥ずかしそうに目を逸らしながら久々知はそう呟く。そんな久々知が可愛すぎると、タカ
丸は胸をときめかせていた。
「分かった。じゃあ、久々知くん。」
すくっと立ち上がると、あっというような顔で久々知はタカ丸を見る。今日はこれで別れ
なきゃいけないのがあからさまに寂しいという顔をされ、タカ丸は若干ムラっとしてしま
う。
(そんな顔するのは、ずるいよなあ・・・)
そんなことを考えながら、タカ丸はほんの少しかがみ、久々知の唇にちゅっと口づける。
「っ!!」
「そんな寂しそうな顔しないで。明日も会えるから大丈夫だよ。」
「えっ・・・あ・・・」
「それじゃ、久々知くん。また、明日。」
「あ、ああ。」
ひらひらと手を振りながら部屋を出ていくタカ丸を見送り、久々知は先程タカ丸にキスさ
れた唇に触れる。
「また、明日・・・か。」
そう呟いて久々知はふふっと笑う。タカ丸が帰って来てくれたことが嬉しくて、先程から
胸のドキドキが止まらない。
「早く明日にならないかなあ。」
早く明日を迎えようと、久々知はいつもより早めに眠る準備をする。今日は何の心配もな
く眠れそうだと思いながら、久々知は部屋の明かりを消すのであった。

                                END.

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