眼鏡を外す夜

「忍足〜♪」
「何やジロー?」
部活が終わった後、ジローが忍足のところへやってきた。腕には何かを抱えている。
「今日は忍足の誕生日でしょ?だから、プレゼントー。」
大きめの包みをジローは忍足に渡す。あー、そういえばそうだったと忍足はそのプレゼン
トを受け取った。そんな様子を見ていた他のメンバーも次々と忍足のもとへとやってきた。
「あ、俺も用意してあるぜ。はい。」
「俺様もちゃんと用意してきてやった。ありがたく思いな。」
宍戸と跡部も用意してきたプレゼントを渡す。お礼も言う暇もなく、今度は二年生メンバ
ーが渡しにくる。
「忍足先輩、おめでとうございます。」
「おめでとう・・・ございます・・・」
「そんなに豪華なものじゃないですけど。」
抱えきれないほどのプレゼントをいっぺんに渡され、忍足はしばし困惑。お礼を言おうと
いったんそのプレゼントを机の上に置くと、まだそこにいなかった滝と岳人が部室へと入
ってきた。
「あー、お前らもうあげちゃったのー!!俺が一番にあげようと思ってたのにー!!」
「ああ、今日は忍足の誕生日だったね。」
滝も自分の鞄から綺麗に包装された箱を出すと、はいと忍足に手渡した。
「えっ、あっ、えっと、おおきに。」
「どういたしまして。」
「ジローも跡部も宍戸も、鳳なんかもおおきにな。」
やっと言葉が出たと忍足はホッとする。しかし、この量のプレゼントをどうやって持って
帰ろうかと迷ってしまう。プレゼントを渡したらもう満足なのか、他のメンバーは着替え
終わると帰ってしまった。
「忍足、じゃあな〜。」
「俺のプレゼント、大したもんじゃねぇけど勘弁な。」
「俺様のはかなり実用的だぜ。ちゃんと使えよな。」
「ウス。」
初めに部室を出て行ってしまったのは、ジロー、宍戸、跡部、樺地の四人。それに続いて
鳳や日吉や滝も帰ってしまった。残されたのは岳人と忍足の二人だけ。まるで嵐が去った
後のようだと忍足は脱力してしまった。
「はぁ、いきなりこんな渡されてもなあ。」
「確かにいっぺんにもらうにはちょっとキツイ量だよな。」
机の上に置かれたプレゼントを見ながら溜め息をつく。そりゃもちろんプレゼントをもら
えるのは嬉しいのだが、ここまで唐突にいっぺんに渡されては困ってしまう。
「帰るとき半分持ってやるよ。」
「おおきにな、岳人。それにしても、みんな何くれたんやろ?」
「開けてみるか?」
「まあ、もうみんな帰ってもうたしええやろ。」
というわけで、忍足は一つずつもらったプレゼントを開けてゆく。何が入っているのかと
岳人もわくわく顔でそれを眺めた。
「この包みはジローやったな。・・・・何やこれ?」
ジローに渡された包みに入っていたのは、小さなくまのぬいぐるみ。それも何故だか二つ
も入っている。
「あー、これバースデーベアじゃん。でも、何で二つも入ってるんだろ?」
バースデーベアだったら、本人の誕生日のものを渡せば充分なのに入っているのは二つ。
それも種類が違うということから、誕生日も忍足とは全く違うものが一つ入っているとい
うことだ。
「これ、足に誕生日が書いてあるぜ!」
「ホンマやな。・・・“Sep.12”?Septenber12ということやから、9月
12日か。」
「俺の誕生日じゃん!!」
「あっ、何やバースデーカードも入っとる。」
『誕生日おめでとう、忍足!!このバースデーベア、マジ可愛くねぇ?一匹じゃ可哀想だ
から、岳人の誕生日の奴もペアで入れておいてやったぜ!俺、気が利くだろ?』
「ジローらしいなぁ。」
「侑士とペアだったら、そいつも幸せもんだな。ジローやるじゃん!!」
自分の誕生日のをセットで贈ってもらえたのが嬉しいと岳人はニコニコ顔だ。なかなかい
いプレゼントだと、忍足も満足しながら入っていた袋に戻し、鞄の中にしまった。
「次のは・・・宍戸のか?」
「みたいだな。」
宍戸から贈られたものは、包みからして他の人に比べるとそれほど豪華でないが、一番無
難そうだ。案の定、中に入っていたのはデザインのよいスポーツタオルとリストバンドの
セットであった。
「宍戸、なかなかええ趣味しとるやん。」
「侑士にピッタリの色だな。」
「さてと、次は・・・あれ?これ、誰のやったっけ?」
「えー、少なくとも滝ではないよな?で、この妙な包装の綺麗さだったら・・・」
「鳳か?」
「あー、かもしんねぇ。開けてみようぜ!」
おそらく鳳からのものだと予想して包みを開けると、中に入っていたのは、忍足お気に入
りのラブ・ロマンス映画のDVD。中にはカードが入っていて、そこにはやはり鳳の名前
があった。
「わあ、これ前々から欲しい思ってたDVDや。」
「そういや、鳳にも話してたもんな。」
「結構高いから買おうかどうか迷ってたん。嬉しいなぁ。」
「よかったな、侑士。」
かなり喜んでいる忍足を見て、岳人も笑顔になる。次に開けてみたのは日吉から贈られた
もの。中身はちりめん柄の財布。京都や奈良など古都の観光地で売っていそうな品物だ。
「これもなかなかええな。」
「日吉、家がかなり和風だもんな。」
「あと三つか。樺地と滝と跡部やな。」
「何か跡部のはすごそうだから、開けるの最後にしねぇ?」
「せやな。」
というわけで、次に開けたのは樺地からのプレゼント。小さめの箱であったので、何かと
思ったが中身は使い勝手のよさそうな腕時計だった。続いて滝のプレゼントも開けてみる。
中身はシルバーのネックレスであった。
「みんな、かなり高そうなもんばっかりやな。」
「本当だよな。俺、あんまり高いのじゃないぜ。」
「岳人はええよ。他の奴らが、金持ちなだけやから。気持ちがこもってれば十分やで。」
ふっと微笑みながら忍足は言う。ゴメンな侑士〜といいながら、岳人はふざけて忍足に抱
きついた。
「こらこら、岳人。」
「やっぱ、侑士好きだー!!」
「こんなとこで何言ってんねん。と、残るは跡部からのか。」
岳人をいったん自分の体から離れさせると、最後の一つを開けてみる。中身を見た瞬間、
二人の顔は凍りついた。
『・・・・・・。』
すぐには言葉が出てこない。何とコメントしたらいいのやら。
「た、確かにある意味では実用的だよな・・・?」
「・・・でも、こんなん普通誕生日プレゼントとして贈るか?」
跡部からのプレゼント。それは、何種類かのコンドームと潤滑剤。実用的でないわけでは
ないがこんなものを贈られて、素直に喜ぶ人がいるであろうか。
「ま、まあ、せっかくもらったんやし、一応は受け取っておくか。」
「そうだな。」
使う使わないは別として、忍足は跡部からのプレゼントも鞄の中にしまう。他のプレゼン
トも入るだけ鞄に入れ、入りきらないものは岳人に持ってもらった。
「さてと、もうそろそろ帰るか。」
「そうだな。あっ、侑士。今日って、お前んちでは誕生日会とかやるのか?」
「いや、それは次の休みにってことになってる。特にそんな予定はないで。」
「じゃあさ、今日は俺んち泊まれよ。せっかくだから、二人でお祝いしようぜ!」
「別にええよ。岳人からのプレゼントもまだもらってないしな。」
他の奴らより、もーっといいプレゼントをあげるぜと言わんばかりに岳人は笑顔になって、
忍足の手を掴む。早く帰ろうということを促し、足早に部室を出て行った。

帰り道、二人は駅前の商店街を通る。と、一つのポスターが忍足の目にとまり、その足を
止めさせた。
「あっ。」
「どうしたんだ?侑士。」
「いや、この映画、もうやってるんやなあと思って。」
「あー、それ昨日から公開してんだぜ。侑士のすげぇ好きそうな映画だよな。」
忍足の目にとまったポスターとは最近公開したばかりのラブ・ロマンス映画のポスターだ。
そんなものを発見してしまったら、見たくてたまらなくなってしまう。しばらく、そのポ
スターを眺めていると、そのことに岳人が気づいた。そして、忍足の手を引いて映画館の
中に入ってゆく。
「えっ!?が、岳人っ!!」
「侑士、この映画見たいんだろ?だったら、今から見ようぜ!今日は俺の奢りだ。」
「そ、そんな。ええよ別に。」
「今日は侑士の誕生日じゃん。少しくらいわがまま言ってくれてもいいんだぜ。」
にっと笑う岳人のペースに忍足はすっかりはまってしまう。結局、岳人に促されて、その
映画を見ることになってしまった。

「結構、おもしろかったな。ラストとか感動的だったし?って、侑士。」
ラブ・ロマンスなどほとんど見ない岳人にとってもおもしろいと思えるような内容で、そ
のラストはかなり感動的だったらしい。そのため、忍足はただいま泣きまくりだ。こんな
状態では外に出られないと忍足はうつむいている。
「あー、ゴメンな岳人。もうちょっと待って。」
ぐしぐしとハンカチで顔を覆いながら、岳人にそう頼む。女の子みたいで可愛いなあと岳
人は笑った。男の子なのにこんなに泣いてるのを見られるのは恥ずかしいと忍足は必死で
涙を止めようとしているが、なかなか止まってくれない。それを見かねた岳人は、忍足の
頭を自分の胸に引き寄せ、顔を見えないようにした。
「感動屋だなあ、侑士は。」
「だって、メッチャ泣ける話やったやん。」
「ほら、エンディングロールが終わるまでに泣き止まなきゃ。思い出して泣くのは俺んち
でしていいからさ。」
「おおきにな。」
まだ、エンディングロールが終わっていないので映画館内は暗い。それまでに泣き止めば、
大丈夫だと岳人は言う。しばらく岳人の胸を借りて泣いた後、忍足は大きく深呼吸をした。
少しは落ち着いたようだ。
「大丈夫か?侑士。」
「ああ。もう大丈夫や。すまんかったな。」
「気にすんなよ。でも、映画見ただけであんなに泣いちゃうなんて、侑士可愛いー。」
からかうような口調でそう言うと、忍足は真っ赤になって言い訳じみたことを言う。
「だって、俺、あないな話に弱いから・・・」
「分かってるよ。さてと、そろそろ帰って誕生日会でもするか。」
「せやな。帰りケーキでも買ってくか?」
「お、いいなそれ。ローソクもつけようぜ!!」
すっかり明るくなった映画館をあとにし、二人は岳人宅へと向かう。もちろんケーキも忘
れずに。

岳人の家に到着すると、ちょうど夕食が出来ている状態で、忍足はそれを御馳走になった。
一通りのことを済ませると、二人は部屋へと向かう。これから二人で誕生日パーティーだ。
「よーし、じゃあ、ケーキにローソク立てて祝うか。」
「でも、ケーキってこれやで?」
二人で食べるのだから、もちろんホールケーキなわけがない。しかし、そんなことは気に
すんなと岳人は忍足のケーキにローソクを立てた。15本も立てられるはずがないので、
大きなローソク一本と中ぐらいのローソク一本とで、計二本だ。岳人は元気よく誕生日の
歌を歌い、忍足はケーキの上に立てられたローソクの火を消した。
「誕生日おめでとう侑士。」
「おおきに。」
「はい、遅くなったけど俺からのプレゼント♪ちょっと、滝とかぶっちゃったけどな。」
岳人が贈ったプレゼントは、シンプルなデザインのブレスレット。特に際立った飾りはな
いのだが、忍足はこのブレスレットをひどく気に入った。それはやはり岳人からもらった
ものだからであろう。
「シンプルだけど、俺、このブレスレットメッチャ気に入ったわ。おおきにな。」
「どういたしまして。あっ、侑士。」
「どないしたん?」
突然岳人が何かに気がついたような声を上げる。視線の先は忍足の顔。
「侑士、ちょっと目が腫れてるぜ。さっき、泣いたからだろ?」
「ホンマに?」
「ホント、ホント。ちょっと見せて。」
そう言いながら、岳人は忍足との距離を一気に縮め、度の入っていない眼鏡に手をかける。
そして、そのまま眼鏡を外してしまった。
「ほら、やっぱり腫れてるよ。」
いきなり眼鏡を外され、その上、岳人の顔が目の前にある。忍足は何となくそれが恥ずか
しくて、顔を赤く染めた。そういえば、今日見た映画でもこんな場面があった。それもそ
の後の展開が恋人ならではのものに繋がってゆく。そんなことも思い出し、忍足はますま
す岳人の顔をまともに見れなくなってしまった。
「どうしたの?侑士。」
「い、いや、何でもあらへん。・・・ただ、さっき見た映画でもこんなシーンあったなあと
思って・・・」
「あー、あったな。それで、そんなに赤くなってんのか?」
「そないなことないけど・・・・」
「あっ、分かったぞ。侑士、その後の展開思い出してんだろ?やらしい〜。」
当然今日の映画は岳人も見ていたので、忍足の思い出している場面は容易に分かる。必死
で忍足は否定するが、言われるとさらに思い出してしまい、もうどうしようもなくなって
いた。
「そないなことない!!岳人、早く眼鏡返してぇな。」
「何で?つけなくても見えるだろ?」
「せやけど・・・・」
今の状態で素顔を見られるのは恥ずかしいと忍足は眼鏡を返してくれと頼む。しかし、こ
こまできて、岳人が返すはずがない。眼鏡を自分の鞄の中にしまってしまい、忍足の前髪
を上げる。
「侑士は眼鏡ない方が可愛いと思うけどなあ。」
「岳人っ。」
「ね、俺達も映画でしてたみたいなことしようぜ?」
子供っぽい笑顔でありながらも、言っていることはまさに攻。こんな状況になってしまっ
ては忍足も断れない。それも、映画と同じ展開になるというなかなか魅力的な要素もある。
近づいてくる岳人の顔を拒むことが出来ず、忍足は素顔のままで岳人のキスを受け入れた。

それからしばらくして、二人はベッドの上。行為が終わった疲労感と満足感に浸りながら、
二人は寝転がりながら話をしている。
「まさか、跡部にもらったプレゼントがこんなに早く役に立つとはね。」
「俺も予想してなかったわ。」
どうやら、跡部からもらった誕生日プレゼントが早速役に立ったようだ。はあっと溜め息
をつくと、岳人は仰向けから忍足の方へと寝返りをうった。ベッドがそれほど大きくない
ため、すぐ目の前に忍足の顔がある。
「てかさ、侑士って何で目も悪くないのに眼鏡してるの?」
「あんまり素顔見られるの好きやないねん。」
「カッコイイのに?」
「カッコイイとかカッコ悪いいうより、気分の問題やな。本当の自分を見られたないいう
か、無駄に他人に自分をさらけ出したくないねん。」
「ふーん、そっか。まあ、別にいいんじゃねぇ?俺の前では外してくれるし。」
少しは嫌がりはするものの、岳人が眼鏡を外すことを忍足はそれほど拒まない。というこ
とは、自分にだけは本当の姿を見せてもよいということになる。
「てか、こないなことしとんのに、今更何を隠す必要があるんや?ないやろ?」
「確かにそうだな。顔どころが、侑士の体全部見てることになるし。」
「でも、やっぱ、岳人は特別だからやで?他の人には絶対眼鏡も外させんし、ここまでい
ろんなこともしゃべらんもん。」
「だよなあ。俺も侑士は特別だぜ!」
「そりゃおおきに。」
「何か侑士冷めてるー。よーし笑わせてやるー!!」
さらっという忍足が冷めてると言って、岳人は忍足をくすぐる。当然、まだ服は着ていな
いので、くすぐったくてしょうがない。
「あはは、岳人、やめて。くすぐったい。」
「じゃあ、俺にキスして好きって言ったら許してやる。」
「それ、今日見た映画で出てきたセリフやん。」
「別にいいじゃんかー。ほら、そうしねぇとくすぐり続けんぞ!!」
「あははは、わ、分かった分かったからっ!!」
疲れた体にくすぐりは勘弁して欲しいと忍足は岳人に言われた通りにする。軽く唇を重ね
て、照れながらもその言葉を言う。
「岳人、好きやで。」
「俺もだぜ、侑士♪よーし、じゃあ終わり。んじゃ、風呂にでも入りに行くか。」
「えっ、今から?」
「入らないと気持ち悪ぃだろ。特に侑士は。」
「まあ、せやけど・・・」
出来ればあんまり動きたくないと思う忍足だが、せっかく岳人誘ってくれているのだから、
入らないのは少し気が引ける。まあ、いいかとベッドから体を起こした。
「なら、入るか。でも、俺、疲れてるから岳人が体洗ってな?」
「了解。じゃ、行こうぜ!」
「岳人・・・服着なアカンやろ。」
「あ、そっか。」
素っ裸のままで行くわけにはいかないので、二人はさっきまで着ていた服を着る。そして、
そのままバスルームへと向かった。服は着たものの忍足は眼鏡をしていない。岳人だけに
見せる本当の自分。今日はこのまま外したままでいようと、忍足は小さく心の中で決める
のであった。

                                END.

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