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氷帝学園中学の卒業式が終わり、送別会が終わろうとしているというところで、跡部はふ
いに立ち上がった。
「あれ?跡部、どないしたん?」
「俺、先に帰るわ。」
「えー、何でだよ〜。鳳の家で二次会もするんだぜ。」
「だったら、尚更だ。お前らに付き合ってると朝になっちまう。」
「残念です。でも、仕方ないですね。跡部さんも高等部行っても頑張ってくださいね。」
「ああ。じゃあな。」
特に大きな理由はなかったのだが、ふと帰りたくなったのだ。この場が楽しくなかったわ
けではないし、気分が盛り上がらないわけでもない。本当にただ何となくこの場から立ち
去りたかったのだ。
「あーあ、跡部帰っちゃったねー。」
「ホンマに跡部は気まぐれやなあ。こないな時くらい最後までいればええのに。」
「ねー。跡部つきあい悪いCー!!」
「でも、跡部いちいち口うるさいし、二次会ではいない方がちょうどいいんじゃねぇ?」
他のメンバーが跡部がいなくなったことについて話していると、宍戸が気まずそうに立ち
上がる。
「どうしたんですか?宍戸さん。」
「・・・なあ、俺も帰っていい?」
「帰るんじゃなくて、跡部を追いかけたいんでしょ?いいよ。今なら間に合うはずだから
早く行きな。」
「おう・・・・」
宍戸の気持ちをそこにいるメンバーはしっかり分かっていた。パタパタと荷物を持って駆
けてゆく宍戸を見送りながら、顔を見合わせてくすくすと笑う。
「ホーント、宍戸は跡部にゾッコンだよね。」
「跡部もこのこと分かってて、わざと先帰ったんじゃねーの?」
「そーかも。このまま二次会とか行ったら、宍戸と二人きりにはなれないもんねー。」
「でも、あーいう関係うらやましいですよね。」
「あれはあの二人ならではやろ。」
普通の恋人とはちょっと違う雰囲気を持った二人を少し羨ましく思いながら、他のメンバ
ーは送別会を続ける。この話をきっかけに自分達のノロケ話に話題は移っていった。

一方、宍戸は全力で走り、やっとのことで跡部の姿を捉えた。
「跡部っ!!」
ゼーゼーと息を乱しながら、跡部の名を呼ぶ。跡部はピタッと立ち止まり、ゆっくりと宍
戸の方を振り返る。
「あーん?またお前か。」
「な、何だよ?」
「いつもいつもご苦労なこった。」
「お前が一人で勝手に帰っちまうからだろ!?お前、追いかけるの大変なんだからな。」
この時のことに限らず、様々な意味を込めて宍戸はそんなことを言う。跡部は嘲笑にも似
た笑いを浮かべて、宍戸の顔を見る。
「本当、物好きな奴だぜ。」
「ああ、確かに物好きかもしれねぇな。信じられねぇほど、俺はお前を追いかけてる。自
分でもどうしてここまで出来るか分かんねぇよ。」
この三年間、宍戸はずっと跡部を追いかけてきた。いくら追いかけても追いかけても、跡
部はどんどん先を歩いて行ってしまう。それがもどかしい時もあった。イラつくこともあ
った。しかし、決してやめようとは思わなかった。何故なら、跡部を追いかけることで確
かに強くなっていたからだ。それは宍戸にとって、紛れもない真実であった。
「正直、最初はうっとうしいと思ってた。」
「・・・悪かったな。」
うっとうしいと言われたら、宍戸は謝るしかない。落ち込みモードになりかけてる宍戸に
跡部は一歩一歩近づいてゆく。目の前に来ると、先程の言葉にさらに言葉を繋げた。
「でも、今は違う。」
「えっ・・・?」
きょとんとした顔で、見上げてくる宍戸にくるっと背を向け、ニ、三歩歩きながら跡部は
いつもとは少し違う口調で話を続ける。
「お前が居たから、お前が支えてくれたから、俺はここまで辿り着くことが出来た。」
跡部にとって宍戸はいつの間にか無くてはならない存在になっていた。テニスでも、日常
生活でも、宍戸は跡部に大きな影響を与えていた。もちろん喧嘩もたくさんしたが、跡部
とあそこまで対等に喧嘩をすることが出来るのは宍戸だけだ。お互いの気持ちを素直に出
し合える、だからこそ、時にはぶつかり合うようなことも起こったのだ。ここまで素直に
自分の気持ちをさらけ出せる相手は他にはいなかった。
「ふっ、なんてな。」
「跡部・・・」
「でも、まだまだ全然満足出来ねぇ。」
くるっと振り返り、再び跡部は宍戸の目を見据える。
「俺はもっともっと上を目指す!!」
誓いを立てるようにハッキリとした口調で跡部は言い放った。宍戸はそんな跡部を本気で
カッコイイと感じた。
「そのためには、お前が必要だ。」
ドキンと宍戸の胸は高鳴った。いつもとは違うひどく優しげな口調。予想もしていなかっ
た言葉に宍戸はもう何を言っていいのか分からなかった。困惑するような表情を浮かべて
いる宍戸に向かって、跡部は悪戯っ子のように笑いながら言った。
「一度しか言わねぇから、ちゃんと聞けよ。」
「?」
「今まで本当にありがとう。」
今までに見せたことのないような微笑みを浮かべて、本当に心からの言葉として跡部はこ
う宍戸に伝える。その表情と口調からこの言葉が、冗談ではなく本気であることが宍戸に
は分かった。驚きと感動と嬉しさで宍戸の胸はぎゅっと締めつけられる。まさか、跡部か
らこんな言葉を聞けるとは思っていなかった。
(ヤベェ・・・泣きそう。)
今日卒業したばかりということもあり、思った以上にこの言葉は堪えた。心のどこかでそ
れは別れを連想させたのであろう。
「ふっ・・・何て面してんだ。まるで永遠のお別れみてぇじゃねぇか。」
「なっ・・!?」
永遠のお別れという言葉を聞き、さらに宍戸は泣きそうになってしまう。必死で涙を堪え
ながら、宍戸は強がってみせる。
「あ、跡部は、そう思ってんのかよ?今日は卒業式だからな。そう思っててもおかしくな
いんじゃねぇの?」
そんな答えを望んではいなかった。しかし、こういう場で素直になれないがゆえ、そんな
ことを言ってしまうのだ。
「ええ?そんなわけねーだろ。」
当然のことのように跡部は否定の言葉を述べる。それを聞いて、宍戸の目からは堪えてい
た涙が零れ落ちた。そんな宍戸の涙を指で拭ってやりながら、跡部はからかうように笑う。
「それとも、もう俺様の美技には飽きたってか?」
「そんなこと・・・ねぇ・・・」
宍戸は首を振って答える。こんなところで別れたいなどとは全く思ってはいない。それは
もちろん跡部も同じだった。
「さよならは、おあずけだ。」
ちゅっ
唇に軽く触れるだけの優しいキス。今までの三年間の感謝の気持ち、これからもよろしく
という親愛の気持ち、そして、大好きだという一番大事な気持ち。全ての気持ちをこの一
回のキスに跡部は込めた。
「宍戸。」
「何だよ?」
「まだまだ一緒に踊ってもらうぜ。」
満面の笑みで跡部は言う。“これからもよろしく”そんな意味を含んだこの言葉に宍戸は大
きく頷いた。
「おう!高等部行っても、俺は跡部のこと、ずっと追いかけてやるからな。そんで、絶対
いつか追い抜かしてやる!!」
「やれるもんならやってみな。俺はどんどん上へ進むぜ。」
「のぞむところだ!!」
ライバルであり、親友であり、恋人同士でもある跡部と宍戸。だからこそ、お互いを高め
合い、支え合うことが出来る。そんな関係をこれからも続けることを約束し、二人は月明
りに照らされた家路を辿るのであった。

「あれ?」
「どないしたん?滝。」
「こんなところに生徒手帳が落ちてる。」
店を出ようと荷物の整理を始めた滝がテーブルの下に落ちている生徒手帳を見つけた。
「どれどれ?跡部・・・景吾・・・跡部のだな。」
「ちょっと中身とか気になんねぇ?本人居ないし、ちょっと見ちまおうぜ!」
「えー、それっていけないんじゃないんですか?」
「別に携帯電話とかそういうのじゃないんだし、いいでしょ。俺達も同じもの持ってるわ
けだし?」
生徒手帳というのはなかなか面白いものが入っている場合がある。跡部のそれには何が入
っているのだろうとワクワクしながら開いてみる。
『!!!???』
生徒手帳の中身を見てしまった7人は、言葉にならない驚きの声を上げた。これは見ては
いけない。誰もがそう思った。
「うっわあ・・・今、見ちゃいけないもの見ちゃった気がする。」
「アカンやろ、これは。」
「普通は・・・生徒手帳には入れないよね?」
「家で見る分にはいいと思いますけど・・・・」
「ある意味犯罪ですよね。」
「ウス。」
「跡部って、やっぱ変態だね。宍戸にバレたらどうすんだろ?」
跡部の生徒手帳に入っていたもの。それは、普通だったらモザイクがかけられてしまうよ
うな宍戸の写真だ。宍戸自身は気づいていないらしいが、これはまた大変なものである。
これを見て、忍足と鳳は思わず自分のパートナーを見てしまった。
「お、俺はそんなことしてないよ!!さすがにこんな写真は入れられないって。」
「俺も入れてないからな、侑士!!」
「ですよね。スイマセン、滝さん。」
「さすがにここまではせえへんよな。」
「(岳人、ホントに入れてない?)」
「(いや・・・あそこまでじゃないけど、近いのは入ってる。)」
「(俺も〜。危なかったね。)」
どうやら滝や岳人も跡部と大して変わらないらしい。それぞれバレないように小声で話し
ながら、何とかその場を切り抜けた。
「まあ、ええわ。これは新学期始まったら跡部に渡すとして、さっさと店出よ。」
「そうだな。じゃあ、鳳の家に出ー発!」
跡部の生徒手帳のことは一先ず置いておくことにして、鳳の家へ向かうことにした。跡部
と宍戸のカップルを筆頭に、他のメンバーもどこか普通のカップルならしないようなこと
をしているようだ。しかし、お互いがよければそれでいいのである。新しい学年になるが
これはきっと変わらないことであろう。

                                END.

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