息も凍るような真冬日。真っ白な息を吐きながら、跡部と宍戸は久しぶりの外出から家へ
と戻って来た。外の寒さは想像以上で、かなりの寒さ対策をしていったのだがそれでも手
がかじかむほどだった。
「寒みぃ〜。景吾、早く入ろうぜ。」
「ああ。全くやんなるくらいの寒さだよな。」
かじかむ手で鍵を開けながら跡部はぼやく。やっと温まれると思って中に入るのだが、家
に入ってもそのヒンヤリとした空気は変わらなかった。
「あれ?」
「なんか今日家ん中も寒くねぇ?」
いつもなら執事やメイドがいるので家の中は暖かいはずなのだが、今日は何故か寒い。何
故だろうと跡部が考えているとポケットの中で携帯が鳴り響いた。
「何だ?」
ポケットから携帯を取り出し、開いてみると、一通のメールが届いていた。
『久しぶり景吾ちゃん。お母さん達ね、今、東京に来てるの。それで家に電話したら景吾
ちゃんは亮君とお散歩中だっていうから、執事とメイドだけこっちに呼んじゃった。一晩
だけだから、別にいなくても平気よね?いつも頑張って働いてもらってるんだから、たま
にはサービスしてあげなくちゃと思ってね。お風呂とか料理とか用意させてあるから、心
配ないと思うわ。それじゃあ、頑張ってねvv』
こんなメールを見て、跡部は呆れたような顔で大きな溜め息をつく。せめて出かけさせる
前に電話の一本でもしてくれとその場にいない母親に文句を言う。今がどういう状況だか
分からない宍戸は興味津々という様子で、尻尾をゆらゆら揺らしていた。
「どうした?景吾。」
「あー、母さんが執事やメイドを外出させちまったんだ。だから、こんなに家ん中が寒み
ぃんだよ。」
「へぇー、そうなんだ。」
「部屋が暖まるまではまだ時間がかかりそうだし、先に風呂に入ってあったまるか。」
「そうだな。このままだと凍えちまうし。」
四分の一猫である宍戸は寒さに滅法弱い。お風呂でも暖かい部屋でもどちらでもよいから
とにかく早く温まりたいのだ。宍戸をバスルームまで連れてゆくと跡部は服を取りに、い
ったん自分の部屋へと戻る。残された宍戸は先に入ってようと服を脱ぎ始めた。
「うおっ?」
上着を脱ごうとすると、結んでいた髪に引っかかってしまう。首もとにあるボタンを全部
外さないで脱ごうとしてしまったのだ。無理矢理脱ごうとしても、もとに戻そうとしても
髪の毛が引っかかっているためかなり痛い。
(う〜、髪の毛引っ張られて痛ぇよー。これ、どうりゃいいんだ?)
どうしようもなくなってしまった宍戸は、それ以上何も出来なくなりそのまま固まってし
まう。ただ尻尾だけはその困惑を表すかのようにだらんと垂れ下がりながらも、先っぽの
方がふよふよ動いていた。
「待たせたな、りょ・・・お前、何やってんだ?」
「うー、景吾助けて。洋服が髪に引っかかっちまって取れなくなっちまった。」
「マジで何やってんだよ・・・。」
呆れながらもそんな宍戸を跡部はかなり可愛いと思う。ボタンに引っかかった髪の毛を取
ってやると、いったんもとに戻し、しっかりとボタンを外した後で脱がしてやった。やっ
と洋服の目隠しから解放された宍戸は、安堵の溜め息をつく。
「ふうー、ビックリした。」
「ビックリしたのはこっちの方だぜ。ほら、下もさっさと脱いじまえ。先に入っちまうぞ。」
「ちょ、ちょっと待てよ!!」
慌ててズボンを脱ごうとする宍戸だが、今度はこれが尻尾に引っかかってしまう。前はち
ゃんと外したのだが、尻尾を外に出すために開けた穴の上にある金具を外さぬまま脱ごう
としてしまったのだ。
「あれ!?景吾、ズボンが脱げねぇ!!」
さすがにこれには跡部も笑ってしまう。まるで幼い子供のようだとくすくす笑いながら、
後ろに手を回し、金具を外してやった。
「お前、本当面白ぇーな。見てて全然飽きないぜ。」
「うー、だってよぉ・・・」
「ほら、これで脱げんだろ?ここにも金具があるんだ。こっちも外さねぇと脱げないんだ
ぜ。」
自分の手を後ろに回して確かめてみると、確かに跡部の言うとおり尻尾の上のあたりに金
具がついている。これを外さなければいけなかったのかと宍戸はやっと脱げなかった原因
を理解する。
「なるほど。んー、でも何か面倒くせぇな。」
「それがねぇと腰が丸見えだぜ。それはよくねぇだろ。格好悪いしよ。」
「格好悪いのは嫌だな。よし、じゃあ次から覚えとこう。」
猫の血が入っているため、あんまり複雑なことを覚えるのは得意ではないのだが、日常生
活に関わることなら仕方がない。前と後ろの金具を外さないとズボンが脱げないというこ
とを宍戸はしっかり頭に叩き込んだ。
「もう全部脱げんだろ。さっさと入ろうぜ。ここだって寒いんだからよ。」
「悪ぃ悪ぃ。んじゃ入るか。」
浴室へ続くドアを開けるとそこは白い湯気でいっぱいだった。これならば十分に温まれそ
うだと二人はホッとしながらその中に入っていった。
初めにシャワーを浴びて、軽く髪や体を洗ってしまうと、二人は真っ白なお湯で満たされ
ている真ん丸な湯船に浸かる。跡部の家のバスルームにはいくつかの浴槽があり、好きな
ものに浸かることが出来るのだ。
「おー、すげぇ。お湯が超真っ白だ。」
「ミルク風呂だ。あったまるし、肌にもいいんだぜ。」
「へぇー、飲めんのか?」
「飲めねぇよ。100%牛乳ってわけじゃねぇんだから。」
「でも、こんだけ白いと本当牛乳に浸かってるみてぇだよな。」
牛乳に浸かるのは嬉しいのかと跡部は少々疑問に思うが、宍戸はかなり嬉しそうな表情で
そんなことを言う。しばらく手で水鉄砲をしたり、お湯の中に入れると見えなくなる手を
出したり入れたりして遊んでいる宍戸だったが、すぐに飽きてしまう。
「なあ、跡部。この風呂広いだろ?ちょっと泳いでみてもいいか?」
「あーん?ガキじゃねぇんだからやめとけ。」
「でもよぉ・・・ちょっとだけ、な?」
どうしてもこの真っ白なお湯の中を泳いでみたいらしく宍戸は跡部の隙を見て、バシャン
と泳ぎ出した。しかし、それを跡部が見逃すはずがない。足をバタつかせる前に、尻尾を
捉えてしまう。
「うにゃっ!」
いきなり尻尾を掴まれ、宍戸は脱力する。ぐいぐいとそれを引っ張られ、跡部のところへ
戻らざるを得なくなった。
「尻尾・・・掴むなよぉ・・・」
「テメェが俺の言うこと聞かずに泳ぎ出そうとするのがいけねぇんだろうが。」
「分かった。分かったからっ!!」
尻尾が弱い宍戸は早く放してもらいたくてしょうがない。しかし、そんな反応を見せられ
ては跡部も悪戯心が働いてしまう。いったん尻尾から手を離し、くるっと宍戸の体を反転
させる。
「な、何だよ?」
「ここん中でな、マッサージするとすごく気持ちいいんだぜ。」
「えっ・・・?」
ニヤリと笑いながら跡部は再び尻尾を掴む。さっきとは全く違う掴み方に宍戸はビクっと
体を震わせる。
「やっ、やめろっ・・・景吾っ!!」
「そんなに強張らせなくてもいいぜ。もっとリラックスしろよ。」
「んっ・・・やだ・・・」
敏感な尻尾に少々強めの刺激を与えられ、宍戸は思わず感じてしまう。握られても、撫で
られても反応してしまう尻尾をうらめしく思いつつも、だんだんとその刺激が気持ちよく
なってしまう。
「んっ・・・んん・・・・」
「尻尾触られてるだけで、そんな感じてんのか?」
「だってぇ・・・」
「可愛いじゃねぇの。コッチも触ってって言わんばかりに硬くなってきてるぜ。」
「やっ・・あっ・・!!そっちはマジでダメだってっ!!」
尻尾に触れながら跡部が勃ち始めている前の熱を握ると、宍戸は先程よりももっとあから
さまな反応を見せる。そんな反応を見せられたら跡部もここでやめられなくなってしまう。
せめてこの高まっている熱は何とかしてやろうと、跡部は自分と宍戸からは見えない手を
より刺激を与えるように動かし始めた。
「あっ・・・やだっ・・・景吾っ・・・!!」
「ここで終わらせるのはテメェもツライだろ?俺様の美技でイカせてやるよ。」
「あっ・・・あ・・・ぁんっ・・・」
もうここまで来たら、抵抗するだけ無駄だ。宍戸は跡部に与えられる刺激に身を任せ、パ
シャパシャとミルク色したお湯を揺らす。
「あっ・・けぇ・・ご・・・も・・・」
顔を紅潮させ、白いお湯にポタポタ涙を落とす宍戸に跡部は大きな興奮を感じていた。
(本当たまんねぇよなこの表情。)
そんなことを思いながら、一際大きく今触れている部分を擦ってやった。その瞬間、宍戸
は最高に色っぽい顔を見せて達する。
「ぁ・・・ああっ――!!」
それこそ本当に力が抜けてしまった宍戸はくたっと跡部に倒れかかった。湯船のお湯より
若干熱い宍戸の出したミルクを掌で受け止め、跡部はニヤニヤと笑う。
「テメェの出したミルクも混ざっちまったな。」
「こんなとこで、そーいうことすんなよ!」
「でも、体の芯からあったまっただろ?」
「風呂だけで十分だったのに。」
「いいじゃねぇか。さてと、あんまり入っててものぼせちまうしな。そろそろ出ようぜ。」
何か納得いかないなあと思いながらも宍戸は湯船から上がる跡部を追うようにして、白い
お湯から上がった。
「もうパジャマでもいいよな?」
「おう。別に俺は何でもいいぜ。」
ポカポカと温まった体を大きなタオルで拭いて、用意した服を着る。もう夕方であるし、
これから特に際立った用もないので二人はパジャマに近い部屋着に着替える。
「あー、でも、体ちゃんとあったまったな!」
「ああ。俺様がしっかりあっためてやったからな。」
「あれは別になくてもあったまったって。」
「でも、今のお前、超血色いいぜ。頬っぺたは薄ピンクって感じだし、唇も真っ赤だ。た
だ風呂に入っただけじゃ、そこまではならなかったんじゃねぇ?」
「そ、そんなことねぇよ!!」
すぐそばにある鏡で確認してみるが、確かに跡部の言う通りその顔はさっきの寒さから考
えれば、ありえないほどに血色がよくなっている。やっぱりそういうことをした所為なの
かと思うと、何となく恥ずかしくなってしまう。
「う〜。」
鏡を見ながら照れている宍戸の姿は、本当に可愛らしい。そんな宍戸の頭にポスンとタオ
ルをかけ、ぐしゃぐしゃと擦る。
「わっ!!何だよ〜?」
「髪の毛まだビショビショだぜ。鏡覗いて照れてる暇があったら、ちゃんと拭いとけ。」
「もうテメェが拭いてるじゃねぇか!」
自分も鏡を見て、宍戸と同じような顔になっていると跡部自身気づいたのだ。それに気づ
かれると何かつっこまれそうなので、跡部はそれを誤魔化すためにこんな行動をとった。
(ま、あんな顔見せられちゃ俺の方もこんなになっちまうよな。少し落ち着くまで、こい
つの髪でも拭いといてやるか。)
宍戸の髪をしっかりと拭き終わるまでには、跡部の頬の赤みは引いていた。そして、何事
もなかったかのようにタオルを宍戸の頭から取り去る。
「よし、しっかり拭けたぜ。」
「もうちょっと優しく拭けよな!あーあ、髪もぐちゃぐちゃだしー。」
「後で綺麗に梳かしてやるよ。」
ポンポンと宍戸の頭を叩き、跡部は微笑む。何でそんなに嬉しそうなのか分からないが、
跡部が嬉しそうにしているのは宍戸にとって嫌なことではないので、宍戸自身も機嫌がよ
くなる。その証拠にさっきまでへろんと垂れ下がっていた尻尾が、ピンと立つような形に
なった。
「あー、ずっとミルク風呂入ってたら牛乳飲みたくなってきちまった。なあ、景吾、牛乳
飲みてぇ。」
「牛乳?」
「おう!牛乳。あんだろ?」
「あるけどよ。」
「じゃあ、一緒に飲もうぜ!!外寒みぃから、アイスよりホットがいいよな!」
「ホットミルクか。悪くはねぇな。」
そう誘われると、跡部も牛乳を飲みたくなってくる。今日は執事やメイドがいないので、
自分達でそれを作り、部屋へと持っていって飲むことにした。
お風呂に入っている間に跡部の部屋はすっかり暖まり、かなり快適な温度になっている。
そんな暖かい部屋に入り、宍戸は嬉しそうにソファに寝転がった。
「あったけーvv」
「おいおい、いきなり寝転んでんじゃねーよ。」
「んー、だってよ、寒いと猫はコタツで丸くなるんだぜ。」
「ここのどこにコタツがあるんだ?あーん?」
「まあ、いいじゃねぇか。それより早くホットミルク飲もうぜ。」
寝転がりながらも牛乳は飲みたいらしく、宍戸はそんなことを言う。跡部がテーブルに置
いたマグカップを手に取ると、まずはそのカップの暖かさを楽しんだ。
「これもあったけー。」
「飲む時気をつけろよ。お前は猫舌なんだから。」
「分かってるって。」
ふーふーとしっかり息を吹きかけ、冷ましてから、宍戸はコクンとミルクを口の中に入れ
る。その瞬間、普通の牛乳にはない柔らかな甘さが口全体に広がった。
「あれ?なんかこの牛乳すげぇ甘ぇぞ?」
「美味いだろ?」
「何か入れたのか?」
「ハチミツミルクだ。砂糖ほど甘くはねぇけど、飲みやすいだろ?」
「おう。すげぇ美味い!俺、こんな美味い牛乳飲んだの始めてだぜ。」
ほのかな甘さのハチミツミルクは、宍戸の舌を虜にさせた。その味が相当気に入った宍戸
は、マグカップいっぱいに入っていたそれをあっという間に飲み干してしまう。
「激うめぇ。景吾、お前のもちょっとくれよ。」
「欲張りな奴だな。ほらよ。」
「サンキューvv」
跡部の分のハチミツミルクも飲み干してしまうと、宍戸は満足そうに溜め息をつき、ソフ
ァの背もたれに寄りかかる。そんな宍戸の顔を見て、跡部は思わず吹き出した。
「ふっ・・・お前、口の周り真っ白だぜ。」
「うそ!?マジで!?」
「ああ。俺が綺麗にしてやるよ。」
そう言いながら、跡部は舌で宍戸の口の周りを拭い始めた。口の周りが綺麗になると今度
は唇の方を軽く舐める。
「甘ぇな。俺の分まで飲んじまったんだ。少しはその味分けてくれてもいいよな?」
「おう。」
跡部の言っていることの本当の意味を理解した上で宍戸は頷く。宍戸の口に残ったハチミ
ツミルクの味を味わうかのように、跡部はじっくり宍戸の口の中を舐め上げる。
「俺はハチミツミルクより、こっちの味の方が好きかもしれねぇ。」
「は?どういうことだ?」
「テメェの味と混ざったハチミツミルク味ってとこか?」
「何だよそれ?」
意味の分からない跡部のセリフに宍戸はくすくす笑う。しばらく甘いミルク味のキスを楽
しむと、二人はゆっくりとベッドへと移動した。
「こっちにいた方がなんかしっくりくるよな。」
「同感。あっ!」
「どうした?」
「景吾、外っ!!窓の外見てみろよ!!」
何かに気づいたように突然宍戸は声を上げる。跡部は窓の方を振り返り外を見てみると、
細かい粉雪が音もなく降り注いでいた。
「雪か。こんな早い時期に珍しいな。」
「すっげぇ、超綺麗だし。」
「この後のことは少しオアズケにして、しばらく初雪鑑賞でもするか?」
「おう!!」
雪を眺める宍戸の目は子供のようにキラキラと輝いている。そんな宍戸を横目で見ながら
跡部はふっと微笑んだ。
(今年の冬は楽しくなりそうだ。)
そんなことを考えていると、宍戸がくいくいと服を引っ張り、興奮した様子で声をかけて
くる。
「なあ、跡部。」
「何だよ?」
「明日雪積もったらさ、外に遊びに行こうぜ!」
「猫は寒いとコタツで丸くなるんじゃなかったのか?」
「それとこれとは話は別だ。なあ、雪合戦とか雪だるま作りとか一緒にしようぜ。」
猫がオネダリするときの仕草で、宍戸は跡部にそう頼む。そんな頼まれ方をされれば、跡
部も断れない。
「仕方ねぇなあ。付き合ってやるよ。」
「本当か!?」
「ああ。そのかわり、雪合戦とかは手加減なしだぜ?」
「おう!!うわあ、激楽しみーvvたくさん雪積もって欲しいなあ。」
再び窓の外へと視線を移し、宍戸は本当に嬉しそうな顔を見せる。明日の朝、目を覚まし
たら一面がミルク色の景色になっているのを期待しながら、ミルクの匂いが漂うこの部屋
で、二人はだんだんと白くなっていく窓の外を眺め続けるのであった。
END.