秋も深まってきた11月の休日。いつものように宍戸は跡部と一緒に過ごしている。
「なあ、宍戸。これからどっか出かけねぇ?」
「いいけど。どこ行くんだ?」
「いいトコ。お前も気に入ると思うぜ。」
跡部が言ういいところとは、隣町にある大きな公園のことだ。今はちょうど紅葉の季節な
ので、イチョウや楓などがキレイに色づいている。今日はそこへデートへ行こうというの
だ。
「じゃあ、行こうぜ。隣町だから、ちょっと時間かかるけどな。」
「ああ。」
二人は電車を使い、目的地へと向かった。駅から公園までは約10分。公園へ入るとたく
さんの人がそれぞれ色々なことをしている。跡部は宍戸の手を引き、迷わずたくさんの木
々が生えている林へと向かう。
「お、おい!跡部!!どこまで行くんだよ!?」
「もっと、奥までだ。」
「もっと奥までって・・・。こっから先は立ち入り禁止って書いてあるぜ。」
「少しくらい大丈夫だよ。さっさと行くぞ。」
《立ち入り禁止》の看板を無視して、跡部はどんどん林の奥へと進んで行く。宍戸は不安
を抱えながらも跡部について行った。しばらく歩いて行くと道らしい道はなくなり、多く
の種類の木が入り組んでいる。
「跡部ぇ、迷いそうだぜココ。ちゃんと戻れるのか?」
「戻れるに決まってんだろ?ここだって公園の敷地内なんだからよ。もうちょっと先にな、
凄いもんがあるんだぜ。」
「凄いものねぇ。」
未だ歩き続ける跡部を一生懸命追いかけながら、宍戸は思った。
跡部っていっつも唐突に意味の分からない場所に連れてくんだよなあ。この前だって・・
・ まあいっか。おもしろくないって訳じゃねーしな。今日はどんなとこなんだろうな?
ちょっとだけ楽しみかも。
「宍戸、こっから目をつぶってろ。」
「はあ?何でだよ!?」
「いいから。」
「しょうがねえな。」
素直に目をつぶる宍戸の手を取って、跡部は再び歩き出した。
「跡部、まだ目開けちゃダメか?」
「まだだ。もう少しつぶってろ。」
「うー。」
しばらく行くと、跡部は突然立ち止まった。宍戸はそれに気づかず跡部にぶつかる。
「うわっ!」
「おいおい、気をつけろよ。」
「んなこと言ったって、お前が目つぶってろって。」
「もう開けてもいいぜ。」
跡部に言われてゆっくりと目を開く。そこには見たこともない赤や黄色の鮮やかな景色が
広がっていた。
「うわあ・・・すげぇー。」
「なっ、すげぇだろ?お前に見せてやりたかったんだ。」
「こんなにキレイなの初めて見た。あっ!」
驚きと喜びの表情を浮かべながら宍戸はあるものを見つけた。落ちた紅葉がたくさん積も
って山になっているところを見つけたのだ。
「なあなあ、これすごくねぇ?何かベッドみてぇ。」
その真っ赤な紅葉の山に宍戸は身を横たえる。その瞬間バサッと紅葉が飛び散った。
「キレイだな。」
「ホント、ホント。なあ、跡部もこっち来いよ。」
「ああ。」
跡部も宍戸の隣に横たわった。さっきよりも高い位置に見える枝からパラパラと色づいた
葉が舞い落ちる。
「昔の人ってさあ、こういうの見て短歌とか俳句とか書いたんだよな。」
「そうだな。つーか、宍戸。短歌とか俳句は『書く』じゃなくて『詠む』っていうんだよ。」
「どっちでもいいじゃねぇか。じゃあさ、何か和歌作れよ。お前なら出来るだろ?」
「当然だろ?そうだな・・・」
跡部は目の前に広がる赤い景色を見ながら、どういうのがいいか考える。その時、あるこ
とが頭の中に思い浮かんだ。紅葉は散る直前や散る瞬間が最もキレイだ。『落ちる瞬間』が
一番美しいということを主題にして詠もうと考えた。
「目に近し 赤く染まりし もみぢはは 落つるときこそ 美しげなり」
「えっと・・・意味は?」
自分で作れと言っておきながら、宍戸は跡部が詠んだ歌をすぐに現代語訳出来ない。跡部
は馬鹿にしたような笑いを浮かべながら、現代語訳を言う。
「表面上は『目の前の赤く染まった紅葉の葉は、落ちる時が一番キレイだ。』って感じだ。
だけどな、掛詞ってあるだろ?それに近い意味でこの歌には、もう一つ意味があんだよ。」
「もう一つの意味?」
「ああ。それはなあ、宍戸。」
跡部は寝転がっている宍戸の上にかぶさるように、四つん這いになった。ちょうど、押し
倒された後のような感じだ。急なことなので宍戸は戸惑い頬を薄っすらと赤く染める。
「な、何だよ。跡部。」
「『目の前にある』っていうのはそのままで、『赤く染まった紅葉の葉』っていうのは今の
お前のこと。」
「は?え、えっ、ちょっと待てよ。」
「『落ちる時』ってのは・・・・」
目の前にある宍戸の唇に跡部は口付ける。あの体勢だったので、そうなることは覚悟して
いたが、深くされると思わず喉の奥から声を上げてしまった。
「ぅん・・・んん・・・んっ・・・・」
やっぱ、こいつの舌は最高だな。それにこの顔。なんて表情してんだよ。こんなにやらし
くて可愛い顔されたら、やめられねぇよな。
キスをしながらも薄っすらと目を開け、しっかりと宍戸の顔を見ている。なかなか離そう
としない跡部だが、宍戸もそれなりに跡部の口付けを堪能していた。
何か今日は長いな。まあ、ここは立ち入り禁止の場所だし、人は来ないだろう。それにし
ても、跡部の奴。ホンット、キス上手いよなあ。こんなに気持ちいいのってアリかよ?
互いの唇が離れた時、宍戸の顔は真っ赤に染まり、まるで紅葉のようだった。
「お前が俺の手に『墜ちる時』って意味だよ。そん時のお前の顔、マジでキレイなんだぜ?」
「そうかよ。でも、紅葉は落ちちまったら、そこで終わりじゃねーか。」
少し寂しげな表情で宍戸は言う。
「そうかもな。でも、お前は違ぇーよ。何度もキレイに色づいて、何度も俺の手の中で落
ちる。終わりなんてことはねぇよな?だから、俺はどんな時でも好きな時に最高の紅葉を
見て、満足することが出来るんだぜ。すげぇだろ?」
「・・・ああ。そりゃ、すげーな。」
自分のことを紅葉に例えて、好き勝手言う跡部に宍戸は照れながらこう返すしかなかった。
落ち葉の山に寝転がっていた二人だが、寒いなあと感じる。冷たい北風が吹き始めたのだ。
「何か寒みぃな。」
「ホント。もうそろそろ帰るか。」
「そうだな。あっ、ちょっと待って跡部。」
「何だよ?」
宍戸は風で揺らされ落ちてきた紅葉を空中で取り、跡部に渡した。
「やるよ。今日、ここに来た記念。押し花みたいにして、しおりかなんかにすればいいん
じゃねぇ?」
「じゃあ、俺も。」
跡部も宍戸と同じように空中で落ちてきた紅葉を取り、手渡した。
「おそろいだな。」
宍戸は嬉しそうに笑い、跡部から真っ赤な紅葉を受け取った。二人はそれをポケットに入
れ、さっき来た道を引き返す。それとなく、お互いに手を絡めてゆっくりと歩いた。
「跡部の手ってやっぱり冷たいな。」
「お前が熱すぎなんじゃねぇの?」
「でも、俺はお前の手好きだぜ。ひやっとしてて、気持ちイイ。」
「俺も宍戸の手好きだぜ。温かくて、握ってんと落ち着く。」
「本当にバランス取れてんよな、俺達。」
「そうだな。そうだ、この後どっか寄って、何か食べて行かねぇ?」
「えっ、でも、俺、金持って来てないぜ。」
「いいよ、別に。今日は、特別に奢ってやる。」
「マジで!?やったー!!じゃあ、肉まん食いたい!」
「バーカ。もっといいもん食わしてやるよ。」
どこかで何かを食べるという目的で、公園を出る。たぶん、ちょっと高めの雰囲気の良い
喫茶店にでも入るのだろう。まあ、二人とも大人っぽいので違和感はない。
「なあ、跡部。」
「何だよ?宍戸。」
「なんでもねえ。」
「用もないのに呼ぶんじゃねぇ。」
「いいじゃんか別に。」
クスクス笑いながら、宍戸は跡部を見る。跡部はそんな宍戸の頭を子供にするように撫で
た。
「何だよぉ、跡部。俺はガキじゃねーぞ!」
「んなこと分かってんよ。お前、可愛いからついな。」
「むぅ。じゃあ、もっとお前に甘えんぞ。」
「そりゃあ嬉しいな。お前から甘えてきてくれたりなんかしたら、何でもしちまうかもな。」
道端で話しているとは思えないこの会話は、傍からみればただのバカップルだろう。以前
はイチャイチャすることをあんなに嫌がっていた宍戸も最近になって慣れてきたのか、今
では平気で跡部とこういう会話を日常的にする。もう幸せの絶頂なのだ。つまり周りなん
てどうでもいいというわけ。
「宍戸、やっぱ、どっか寄るの止めだ。」
「はあ!?何でだよー。」
「家に帰った方がいい気がする。なんとなくだけどな。」
「何だよそれー。うー、でも、まあいいや。二人きりの方が周り気にせずイチャつけるし
な。」
「お前も言うようになったなあ。じゃあ、行くか。」
「おう。」
跡部の気まぐれな発言で結局どこにも寄らず帰ることになる。全く、本当に変な二人だ。
だが、帰ろうと言ったのにはわけがある。跡部が入ろうと思った店に顔見知りの者がいた
のだ。まあ、普通の知り合い程度なら気にせず入るのだが、それが監督となってはそうは
いかない。せっかくのデートを邪魔されたくないとさっさと家に帰ることにしたのだ。
家に帰ると、さっきとってきた紅葉を少し分厚い本に挟む。宍戸のものも一緒に挟んでし
まった。
「どっちがどっちのだか分かんなくなんねーか?」
「大丈夫だよ。俺がちゃんと覚えてるから。」
「そっか。あー、何か俺疲れちまった。ちょっと寝ていいか?」
跡部は一瞬不満そうな顔をしたが、寝顔を見るのも悪くないと自分もベッドに座り、宍戸
を呼んだ。
「いいぜ。ほら、こっち来いよ。」
「サンキュー。じゃあ、お言葉に甘えて。」
宍戸は跡部の膝を枕にし、腰に抱きつく形で横になった。しばらくすると本当に眠ってし
まい、スヤスヤと寝息をたて始める。
「ホントに寝ちまいやがった。・・・それにしても、最近、マジでこいつ以前にも増して
可愛くなってんな。どうしてだろうな?なあ、宍戸。」
眠っている宍戸に優しい口調で話かける。もちろん、宍戸は答えない。だが、ムニャムニ
ャと何か寝言を言う。
「・・・・あとべぇ・・」
名前を呼ばれて、なんとなく嬉しくなった跡部は髪にそっとキスをして、耳元で囁く。
「好きだぜ、宍戸。」
「んん・・・俺も・・・好き・・・」
聞こえてるのか、寝ぼけているのかくすぐったそうな声を上げた後に呟く。宍戸の寝顔を
しばらく見ていると、跡部も眠くなってしまって眠ってしまった。夕日が差し込むまで二
人は夢の中で一緒に過ごすのであった。
END.