Quarter of Cat 〜その4〜(鳴き声)

「ああ、うん。分かった。今日行けばいいんだな。」
ただいま跡部は電話中。何か用事があるらしい。そんな跡部を宍戸は隣でじっと眺めてい
る。
ピッ・・・
跡部が電話を切ったと同時に宍戸は声をかける。
「なあ、誰と電話してたんだ?」
「俺の親父だけど、ったく、いつもいきなり過ぎるんだよな。」
「ふーん、何だって?」
「今日いったん日本によるから、土産やらなんやら取りに来いだとよ。たぶん丸々一日は
かかるな。ホテルを取っておいたから泊まれとか言ってたし。」
ぶつくさ文句を言いながら、跡部は出かける用意を始める。どうやら今日は泊まりがけで
出かけなければいけないらしい。
「じゃあ、今日は景吾帰って来れねぇのか?」
「まあな。泊まれっつーことはそうなるだろ。亮、一人で留守番出来るか?」
「出来るに決まってんだろ!!ガキじゃねぇんだぞ。」
かなりの子供扱いをされて、宍戸は怒る。留守番が出来ない年ではない。
「それなら、大丈夫だな。一応、心配だから携帯一つ置いていくけどよ、何かあったらす
ぐに連絡しろ。」
「おう。」
いくつか持っている携帯のうちの一つを机の上に置くと、跡部は本格的に出かける準備を
始める。そんな跡部を眺めながら、宍戸は手の上でテニスボールを遊ばせていた。
「よし、これでいいだろ。それじゃあ亮、ちょっと出かけてくるからな。」
「おう。いってらっしゃい。」
玄関までは送らず、宍戸はソファに座ったまま跡部を見送る。一日くらい跡部がいなくた
って大丈夫だろう。宍戸はそう考えていた。

跡部が出かけた後、宍戸は一人でテニスの練習をしたり、ゲームをしたりして遊んでいた。
夜になれば、夕食が跡部の部屋へと運ばれてくる。それをすっかり平らげると、昼間流し
た汗を流そうとシャワーもしっかり浴びる。
「はあー、さっぱりした。」
髪を拭きながら、跡部の部屋のドアを開けると、宍戸は嬉しそうな口調で言葉を発する。
「景吾ー、今日は何して遊・・・あっ、そうだ。景吾の奴、出かけてるんだっけ。」
しかし、今日は跡部はいない。普段ならば、眠るまで跡部と何かをして遊んだり、他愛も
ないおしゃべりをしたりして過ごす。今日はそれが出来ないのだ。
「仕方ねぇ。今日はさっさと寝ちまうか。」
一人で起きていても暇なので、宍戸はいつも寝ているベッドに入った。電気を消して目を
つむるのだが、全く眠れない。
(何か・・・寒みぃ。いつもは景吾が隣に寝てるからあったかいんだけどなあ。)
そんなことを考えていると、だんだんと寂しくなってきてしまう。暗い部屋がそんな気分
を増大させ、ベッドに横になっていることさえもままならなくなってしまった。
「どうしよ・・・・」
思った以上の寂しさに宍戸は思わずそう漏らす。いったん電気をつけようと立ち上がり、
パチリと部屋の明かりをつけた。しかし、電気をつけてもこの部屋には今自分一人しかい
ない。そう思うとどうしようもなく切なくなって、泣きそうになってくる。と、そこに跡
部が置いていった携帯電話が目に入った。
「そうだ、電話すりゃいいんじゃん。」
机の上に置かれた携帯電話を手にすると、宍戸は早速跡部に電話をかけようとする。
「あれ・・・?」
しかし、ただ置いていかれただけの携帯電話。使い方が全く分からない。
「これってどうやって使うんだ?」
跡部が持つ携帯は常に最新機種である。そのため、使い方がなかなか複雑で教えてもらわ
なければ、電話さえも出来ない。跡部に電話が出来ないと分かると宍戸はさらに落ち込む。
「マジかよ・・・。」
落胆いっぱいの声を漏らすと、よろよろとベッドに戻ってゆく。そして、跡部のいない寂
しさをまたひしひしと感じることになってしまった。
「景吾ぉ・・・」
だんだんと涙目になっていく瞳で、跡部のいないソファを見ていると突然さっき使えなか
った携帯が鳴り出した。宍戸は慌ててそれを手にした。

宍戸のことがやはり気になり、跡部は電話をしてやろうと考えた。思った以上に両親の土
産話が早く終わり、電話をする余裕が出来たのだ。
「あいつ、マジで一人で大丈夫かよ?」
そんなことを呟きながら、呼び出し音を聞いているとすぐに電話は繋がった。
「もしもし、亮か?」
『もしもしっ、景吾!?』
「どうした?そんなに慌てて。何かあったのか?」
『べ、別に何でもねぇよ。』
「そうか。そっちはどうだ?一人で大丈夫か?」
『お、おうよ!全然、平気だぜ!!』
どこかわざとらしさを感じるセリフから、跡部はこれが宍戸の本心でないということを悟
った。
(たぶん本当は平気じゃねぇんだろうな。でも、それほど重要な問題があるってわけでも
なさそうだ。)
「飯食ったか?」
『ああ。』
「風呂は?」
『入った。』
「一人で寝れるか?」
『・・・・・・』
その質問をした瞬間、宍戸は黙ってしまう。しばらく黙っていると、電話の向こうから小
さな嗚咽が聞こえてくる。
「亮?平気か?」
『さっきから・・・大丈夫だって言ってんだろ!』
強気なセリフとは裏腹にその声は明らかに涙声だ。
「本当は大丈夫じゃねぇんだろ?」
『んなことっ・・・ねぇ・・・』
必死で強がる宍戸だが、もう完璧に泣きが入っている。耳元で宍戸の泣いている声を聞き、
跡部も自分一人でここへ来たことを後悔した。しばらく何も言えずにいると、宍戸が本当
の気持ちを言ってくる。もう我慢することが出来なくなってしまったようだ。
『景吾・・・』
「ん?」
『・・・寂しい・・・・早く帰って来いよぉ・・・』
「・・・・・」
痛々しいほどに耳元で響く泣き声は、跡部の胸を締めつける。今すぐにでも帰ってやりた
いが、せっかく親が取ってくれたホテルをそうすぐに出るわけにはいかない。
「今日・・・一日だけ我慢しろ。」
今の宍戸にはつらすぎる言葉であることは分かっているが、そう言うしかない。それを聞
いて宍戸はすぐには何も言わなかったが、数十秒経って、小さな声で返事をする。
「分かった・・・我慢する・・・」
「出来るだけ早く帰るからな。」
「おう・・・」
跡部にはそう言うことが精一杯だった。頷くような返事をしたものの、宍戸はまだ泣いて
いるようで、必死にこらえながらもこらえきれない嗚咽が受話器から漏れている。可哀想
だと思いながらも跡部は電話を切る。しかし、その後も宍戸の切なげな泣き声が耳につい
て離れなかった。

跡部に電話を切られてしまった宍戸は、ポロポロと涙を流しながら枕に顔を埋める。今日
は跡部は帰ってこない。それがハッキリとしてしまったために、もう寂しくてしょうがな
い。必死で泣くまいと努めようとするのだが、次から次へと涙が溢れてくる。
(何でこんなに寂しいんだよ!?)
自分でも信じられないほど、胸が締めつけられる。たった一日。たった一日跡部がいない
夜を過ごすだけなのに、それが耐えられないほどつらい。さっきまで跡部と話していた携
帯を抱きしめながら、宍戸はベッドの上で丸くなる。泣き疲れ、宍戸はそのまま眠ってし
まった。
「景吾・・・」
寝言でも跡部の名前を呼ぶ。しかし、それに答えてくれる跡部は今ここにはいない。今ま
でに感じたことのない寂しさと切なさを感じながら、宍戸は長い夜を迎えることになる。

一方、跡部はさっきの電話で帰る予定を繰り上げることにした。両親に事情を話し、夜中
のうちに自分の家へと向かう。タクシーを走らせ、宍戸の待つ家に着いたのはまだ夜も明
けていない時間。執事やメイドを起こさないように跡部は家の中へと入っていった。
カチャ・・・
ゆっくり自分の部屋のドアを開けると電気もつけっぱなしで、宍戸がベッドで丸くなって
眠っている。近づいて顔を見ると、頬にはくっきりと涙の跡が残っていた。
「景吾・・・」
「・・・・・」
「寂しい・・・一人にしないで・・・・」
「亮・・・」
寝言でも自分の名前を呼び続けている。そんな宍戸に胸を打たれつつ、跡部は優しく頭を
撫でてやり、耳元で声をかけてやった。
「亮、帰ってきたぜ。」
跡部の声に気づき、宍戸はすぐに目を覚ました。まだ、状況が理解出来ないらしく初めは
ぼーっとしていたが、跡部がすぐ側にいるということに気づくと思いきり抱きついた。
「景吾っ!!」
「悪かったな。寂しい思いさせて。」
しばらく宍戸は跡部から離れず、ずっとそのままでいた。そんな宍戸をあやすように跡部
は背中をさすってやる。
「昨日のうちに帰ってきてやれなくて、本当悪かった。」
「・・・・・」
「俺がいなくて寂しかったんだろ?」
「・・・・・」
「もう大丈夫だぜ。」
「ガキ扱いすんな・・・・」
跡部に触れていることで、落ち着きを取り戻したのか宍戸はまた文句を含んだような口調
で言う。しかし、その言葉とは裏腹に尻尾をピンと立てながら、跡部からは離れようとし
ない。
「俺、すっげぇ我慢したんだからな!!」
「ああ。分かってる。」
「早く帰って来いよ、アホ!!」
「だから悪かったって言ってるじゃねぇか。」
「・・・激寂しかった。」
自分一人残して出かけてしまったことを怒りながら宍戸は跡部の肩に顔を埋める。そして、
最後には弱々しく寂しかったと素直に漏らす。そんな宍戸を跡部は本当に愛おしいと感じ
た。
「次からは気をつける。お前が寂しがるといけねぇからな。」
謝罪の言葉を述べながら、跡部は宍戸の顔のいたるところにキスをしてゆく。それは前日
からの寂しさを補うには十分なものであった。額、瞼、頬、鼻、そして唇。だんだんと下
がってくる口づけを宍戸は存分に堪能する。
「ん・・・はぁ・・・・」
「昨日のことは、これで許してくれねぇか?」
「こんなんじゃ全然足りねぇよ。今日の夜は絶対お前のこと離さねぇからな!!」
「じゃあ、後の足りない分は夜にな。」
「おう。・・・なあ、もっとキスしてくれよ。」
「ああ。」
今、跡部が自分のすぐ側にいることをもっと確かなものにしたいと、宍戸はさらにキスを
ねだる。何度も口づけを繰り返しながら、跡部は心の中で思った。
(本当、こいつの鳴き声にはまいるぜ。でも、ま、それがまたこいつの可愛いとこだけど
な。)
宍戸が放つ言葉には、跡部は全く逆らえない。しかし、それもまたいいことだと跡部は甘
い唇を味わいながら思うのであった。

                                END.

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