Quarter of Cat 〜その8〜(猫舌)

ある夕食時、跡部と宍戸は一緒に食事を取っていた。今日のメニューは牛乳たっぷりのク
リームシチュー。それにプラスして様々なメニューがテーブルの上に並んでいる。熱々の
シチューが運ばれてきて、跡部はすぐに食べ始めるのだが、宍戸はしばらくそのシチュー
を眺め、なかなか食べようとしない。跡部はそれを不思議に思って、どうしたのかと尋ね
る。
「どうした?食わねぇのか?」
「あー、おう。」
「シチューは嫌いか?」
「いや、全然嫌いじゃねぇよ!!むしろ、好きなくらいだ!」
「だったら、さっさと食え。冷めちまうぜ。」
そう跡部に言われ、宍戸はシチューを睨みながらスプーンを握る。せっかく跡部がそう言
ってくれているのだから、食べないわけにはいかない。しかし、宍戸にはある問題があっ
たのだ。スプーンでその白いスープをすくい、口へと運ぶ。口の中に入った瞬間、宍戸は
口を押さえ、スプーンをシチューの入った皿の上に落とした。
カチャーンッ!
「〜〜〜〜っ!!」
しかも、口を押さえたままひどく涙目になっている。何か悪いものでも入っていたのかと
跡部は焦った。
「どうした!?亮っ!!」
口の中にあるシチューを飲み込み、宍戸は一言呟いた。
「熱い・・・・」
そう、宍戸は四分の一は完璧猫であるため、超絶な猫舌なのだ。出来立て熱々のシチュー
など口の中に入れれば、耐えられたものではない。今のシチューで完璧に舌を火傷したと
宍戸は痛みから目を潤ませ、跡部の顔を見た。
「熱いのダメなのか?」
跡部の問いに宍戸は黙って頷く。あまりの舌の痛さにしゃべることが出来ない。特に悪い
ものが入っていたというわけではないと、ホッと安心する跡部だが、宍戸が火傷をしてし
まったのは事実。指を鳴らして、執事を呼び、氷と水を持ってこさせた。
「悪かったな。熱いのが苦手だって気づかなくて。猫なんだから、そりゃ猫舌だよな。」
「別に景吾は悪くねぇよ!俺が言わなかったのも悪ぃんだし・・・」
「シチューはもう少し冷ました方がいい。舌大丈夫か?ちょっと見せてみろ。」
ひりひりする舌をアッカンベーをするように宍戸は跡部に向かって出して見せた。確かに
舌の先の方が赤くなっている。
「あー、やっぱ赤くなってんな。こりゃ冷やした方がいいだろ。」
「冷やすって水含んだら大丈夫か?」
「まあ、そうだな。ほら。」
執事に持ってこさせた水を跡部は手渡す。それを宍戸は口に含み、舌を冷やそうとした。
しかし、口にしばらく含んでいると水はすぐに生ぬるくなってしまう。これじゃあ、冷や
せないと水を飲み込んだ後、跡部にそれを訴えた。
「景吾、水、すぐに生ぬるくなっちまって、これじゃあ全然冷やせねぇよ。」
「なら、氷の方がいいか?」
水がダメなら氷でいくかと、ひとかけらの氷を宍戸の口に含ませる。確かに先程よりも冷
たくてよい感じではあるが、うまい具合に冷やしたいところに当たってくれない。なかな
か上手く冷やすことが出来ず、宍戸はイライラしてきてしまう。
「あー、氷でも上手く冷やせねぇ!!」
「何でだよ?今度は何が問題だ?」
「うまい具合に氷が火傷したところに当たってくれねぇんだよ。」
それを聞いて跡部は、仕方ねぇなあと小さく溜め息をつき、自分の口に少し大きめの氷を
含んだ。そして、それを宍戸の口に移すかのように唇を重ねる。
「んぅっ・・・!?」
宍戸の口の中に氷を移すと跡部は舌を使って、その氷が宍戸の火傷をした部分に当たるよ
うに転がした。じわじわと患部の上で溶けてゆく氷の冷たさが心地よく、宍戸は思わず目
を閉じる。転がしていた氷が全て溶けてしまうと跡部は宍戸の唇からゆっくりと自分の唇
を離した。
「どうだ?少しは冷えたか?」
「お、おう。でも、まだちょっと痛ぇ。もっかいやってくれよ、景吾。」
「本当世話の焼けるヤツだな。」
ふっと笑いながらさっきと同じように跡部は氷を含んだまま、宍戸に口づけてやる。再び
口の中に広がる心地よい冷たさに宍戸はうっとりする。熱いキスもよいが、こういう時は
冷たいキスも気持ちがいいとドキドキしながらそんなことを感じていた。
「ん・・・ぅ・・・」
「そろそろいいだろ。ほら、さっさと飯食っちまおうぜ。さすがに冷めすぎるとまずくな
る。」
これ以上こんなことをしていると、変な気分になってしまうと跡部は早々と宍戸から離れ
る。宍戸は物足りないという視線で跡部を見たが、確かに今は夕食の時間だ。そういうこ
とは食べ終わってから、またしてもらおうと、すっかり冷めたシチューを食べ始めた。
「おっ、いい感じの温度になってる。」
「そうか。そりゃよかったな。」
「景吾のも冷めちゃったよな。ゴメンな。」
「別に気にしねぇよ。今度からは温度に気をつけさせる。すぐに食べれるようにな。」
「サンキュー。」
跡部の心遣いを嬉しく思いながら宍戸はニッコリ笑顔になる。そんなことを感じながら食
べる熱くないシチューは、宍戸にとってはいつも以上においしく感じられた。

部屋に戻ると跡部はソファに座ってくつろぐ。宍戸もその隣に座ると、跡部は突然何かを
思いついたように立ち上がった。
「どうした?景吾。」
「何か口寂しいんだよな。確か戸棚の中にあれが入っていたはずだけど・・・」
そんなことを呟きながら、跡部はソファの向かいにある戸棚の扉を開けた。しばらくごそ
ごそと何かを探す。その様子を宍戸は興味津々と尻尾をふよふよとさせて眺めていた。
「おっ、あったあった。」
跡部が手にしたのは、黄金色の液体が入ったビンであった。ビンのラベルには『Hone
y』の文字。どうやらその黄金色の液体の正体はハチミツであるようだ。
「何だ?それ?」
「ハチミツだ。これ、なかなかいけるんだぜ。デザート代わりに食うか。」
「へぇ、ハチミツか。」
再び宍戸の隣に腰かけると跡部のそのビンのふたを開ける。しかし、そこでとあることに
気づく。ハチミツをすくうためのスプーンがないのだ。
「しまった。スプーンがねぇな。持ってこさせるのも面倒だし、そのまま手で食っちまう
か。」
「行儀悪いぞ。景吾。」
「テメェが言えたことか。」
時折猫っぽさが戻る宍戸は、皿に入った水や牛乳でも器用に平らげてしまう。そんなこと
が出来る宍戸が、行儀が悪いと言っても説得力はない。宍戸の注意を無視し、跡部は指を
でハチミツをすくいだし、自分の口へと運んだ。そんな跡部の仕草を見て、宍戸は何故だ
かドキドキしてきてしまう。
「やっぱ、うめぇな。」
「景吾って、甘いものあんまり得意じゃなくなかったか?」
「ハチミツは別だ。砂糖とかそういうのとはまた違う甘さだからな。」
そんなわけの分からない理屈を述べながら、跡部は何度もすくっては食べ、すくっては食
べを繰り返す。あまりにもおいしそうに食べるので、宍戸も食べたくなってきてしまった。
「そんなにうまいのか?」
「ああ。うまいぜ。」
「いいなぁ。俺も食べてぇ。」
耳をぴくぴく動かして、食べさせてくれということを全面に出しながら、宍戸は跡部の手
元をじっと見る。そんな視線で見つめられては、跡部も食べさせないわけにはいかない。
さっきまで自分の口元にあった指をビンの中に入れ、ハチミツをたっぷりつけると宍戸の
口元まで運んでやった。
「ほら、食えよ。」
「サンキュー、景吾♪」
何の躊躇いもなしに宍戸はパクっと跡部の指を口に入れる。その途端に広がった甘い蜜の
味に宍戸はキラキラと目を輝かせる。もっとその味をたくさん味わいたいと、口の中で舌
をペロペロと動かした。
(うわっ・・・)
ただひたすらに指を舐められる感覚に跡部は心の中で驚きの声を上げた。人間の舌とは全
く違うざらざらとした猫の舌。宍戸の舌はまさにそれであった。そのざらざらした舌が指
をペロペロと舐めているのだ。ぞくぞくと腰に響くような感覚が、指先から全身に行き渡
る。
「うわあ、これ激うめぇ!!景吾、もっとくれ!!」
「あ、ああ。」
ハチミツの味が相当気に入ったのか、宍戸はもっと食べたいと跡部にせがむ。ドキドキと
鼓動の音が大きくなってきているのを、宍戸に気づかれないように跡部は再びハチミツを
たっぷりとすくいあげた。
(ヤベェな。猫の舌に舐められるのって、こんな感じなのか。こりゃ結構クるぜ。)
先程と同じく、宍戸は跡部の指をがっつり口に含み、その甘い味を楽しむ。宍戸がハチミ
ツの味を楽しんでいる間、跡部は宍戸に指を舐められる感覚を楽しんでいた。何度かそん
なことを繰り返していると、跡部の興奮はさらに高まってきてしまう。しかし、宍戸はそ
んなことには全く気づいていなかった。ハチミツを満足するだけ食べると、満たされたと
いう表情で跡部の指から口を離す。
「ふぇー、うまかった。このハチミツマジうめぇな!」
「・・・・・」
「どうした?景吾?」
まだ多少指に残っていたハチミツがとろりと糸を引き、宍戸の唇と繋がっている。そんな
ものを見せられては、跡部の理性も思わずぶっとびかける。そのままベッドにつれていき
たいという衝動をぐっと抑え、跡部はハチミツでベタベタになった宍戸の口元を拭ってや
った。
「ベタベタじゃねぇか。」
「あー、そんなにちゃんと拭かなくていいよ。唇に味が残ってたら、後で舐めてまた楽し
めるだろ?」
ニッと笑い、そんなことを言う宍戸に跡部はノック・アウト。もう我慢出来ないとそのま
まソファに押し倒し、無理矢理唇を奪った。
「おわっ・・・!」
当然宍戸の口の中はハチミツ味になっている。そんな味を堪能しながら、跡部は夢中で宍
戸の口内を探った。
「んっ・・・んーっ!!」
いつもなら跡部のキスは喜んで受け入れられるのだが、今日はそうはいかない。さっきの
火傷がひどく痛むのだ。涙目になりながら、宍戸は跡部を押し返そうとするのだが、力で
は全く敵わない。
(痛い〜。いきなりどうしたんだよ?跡部のヤツ〜。)
しばらく痛みに顔をしかめていた宍戸だったが、あまりの跡部のキスの上手さにその痛み
も忘れてしまう。むしろ、その火傷の部分に跡部の舌が触れるたび、ピクンと体は敏感に
震えた。
「んぅっ・・ぅ・・・んっ・・・!」
そろそろお互いの唾液の所為でハチミツの味が消えてしまうというところまできて、跡部
はやっと宍戸を解放した。どちらも激しく息を乱し、顔を紅潮させている。
「ハァ・・・んだよ、いきなり・・・」
「ハァ・・ハァ・・・テメェが・・・」
「俺が?」
「あんまりにもうまそうだったから、思わず食いたくなっちまったんだ。」
何を言っているんだと宍戸は呆れたような顔する。確かに跡部のことは好きなのだが、こ
んなことをいきなりされるとやはり驚いてしまう。
「俺は食いもんじゃねぇぞ!」
「んなことは、分かってんよ。でも、テメェの唇、メチャクチャ甘くてうまかったぜ。」
顎をぐいっとあげられ、強い視線を注がれれば、宍戸は当然固まってしまう。何も言えず
に、口をパクパクさせていると、もう一度軽くキスをされ、パッと離れられた。
「あー、腹いっぱいになったら、眠くなってきちまった。」
あれだけ宍戸を動揺させておきながら、跡部は何事もなかったかのように、欠伸をし、自
分ベッドへと向かう。そんな自分勝手な跡部に宍戸はぶすーっと不機嫌顔になり、拗ねる
ようにクッションを抱いて、ソファの上に体育座りをした。
(何なんだよ!?景吾のヤツ〜!)
ドキドキさせられるだけさせられて、後は放っておかれる。それが何となく許せなくて、
宍戸は仕返しをしてやろうと考えた。跡部がベッドに寝転がるとさっきふたの開いたまま
のビンからいくらかハチミツをすくいだし、そのまま跡部のもとまで持ってゆく。そして、
瞳を閉じて眠ろうとしている跡部の唇にそれを塗りつけた。
「景吾だけあんなふうに味わうなんてずりぃ。」
そう呟きながら、宍戸は跡部の唇についたハチミツをペロペロと舐めだした。夢と現実の
狭間にいた跡部は、ざらざらした舌で舐められるその何とも言えない感覚に現実に引き戻
される。うっすらと目を開けるとそこにはありえないほど近距離の宍戸の顔。むしろ、こ
れは現実ではなく夢なのではないかと跡部は今自分がされていることに動揺する。
(なっ・・・何やってんだ、亮のヤツ。ヤベェ、これはマズイって。)
唇を舐められる感覚は、ただのキスとは違い非常にぞくぞくする。ここで宍戸に起きてい
ると気づかれたら、途中でやめられてしまうだろう。それは避けたいと跡部は必死でたぬ
き寝入りを続ける。
「うーん、景吾のヤツ、起きねぇなあ。だったらもう少しやってても平気か。」
ハチミツの味は非常に気に入っているので、宍戸は跡部の唇からハチミツの味がなくなる
まで、じっくり舐め続ける。もう満足だというところまで来ると、宍戸はゴロンと跡部の
隣に横になり、ふあーと欠伸をして目を閉じた。どうやら、満腹になり、仕返ししたこと
に満足し、眠くなってしまったようだ。
「眠みぃ・・・」
すっかり気分がよくなった宍戸は、目を閉じて数十秒もしないうちに深い眠りについた。
このあたりは実に気まぐれな猫らしい。隣でスースーと寝息を立てているのを聞き、跡部
はがばっと体を起こす。
「マジかよ!?」
宍戸とは対照的に跡部は、さっき宍戸がした行動によって、すっかり興奮し、眠気などど
こかにぶっ飛んでいた。しかし、宍戸は本気で眠ってしまった。さすがに眠っている宍戸
には手は出せない。
「くそ、マジ寝は反則だろ。あんなことしといて、誘っておいてこれか?どうすりゃいい
だよ、俺・・・」
行き場のなくなってしまった興奮に跡部は頭を悩ませる。今回ばかりは、宍戸の方が一枚
上手だったようだ。

                                END.

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