Quarter of Cat 〜その13〜(猫かぶり)

「亮、ちょっと来い。」
「何だ?景吾。」
とある休日、跡部はいつもとは雰囲気の違う格好をして何かの用意をしていた。ある程度
準備をし終えると、跡部は宍戸を手招きする。
「今日はちょっとしたパーティーに参加しなきゃなんねぇんだ。少し遠いところでやるか
ら、今日の夜はホテルに泊まるんだけどよ、テメェはどうする?」
「ホテルに泊まるってことは、今日は家に帰ってこねぇってことか?」
「ああ、そうだ。」
それを聞いて宍戸の顔を一気に曇る。また、一人で夜を越さなきゃならないのかと思うと
憂鬱になってくる。
「また一人で留守番か・・・?」
「だから、どうするかって聞いてやってんだろ?テメェが行儀よく出来るっつーんなら、
そのパーティー連れて行ってやってもいいぜ。まあ、そっちの方が俺は安心なんだけどよ。」
「でも、耳と尻尾・・・」
体から生えてしまっている尻尾と耳は隠せないと宍戸は、不安げな表情を見せる。そんな
宍戸の髪をクシャっと撫で、跡部はふっと笑う。
「それなら何の問題もねぇよ。」
「どういうことだ?」
「今日のパーティーな、うちの会社のお得意様が主催のパーティーで、普通のパーティー
とはちょっと違うんだよな。」
「???」
「仮装パーティーってヤツだ。そこに行くまでは、正装じゃなきゃ行けねぇが、あっちに
ついたら好きな格好していいんだ。お化けでも民族衣装でも動物でも。」
「へぇー。何か面白そうなパーティーだな。」
「ただ、来るのはいろんな会社のお偉いさんばかりだからな。行儀とマナーは守らなきゃ
いけねぇ。それが守れるっつーんなら、テメェも連れてってやる。」
普段はあまり外に出ることがなく、行儀やマナーを気にして振舞ったことなど宍戸は一度
もなかった。しかし、一人で留守番など絶対したくはない。多少の不安はありつつも、宍
戸は跡部の誘いに頷く。
「ちゃんと出来るかは分かんねぇけど、頑張って守るから俺も連れてって。」
「よし、じゃあ決まりだ。それじゃあ、これに着替えて出かける準備をしろ。」
「おう!」
跡部はもともと連れて行くつもりだったので、宍戸の分の服もしっかり用意していた。跡
部に渡された服に着替えると、宍戸はいつもの帽子を被り、必要最低限のものが入った鞄
を持つ。
「準備出来たみたいだな。それじゃあ、出かけるか。」
「おう。へへへー、久しぶりに景吾と外出だ。激楽しみー。」
最近外に出ることが少なかった宍戸は、久しぶりの外出に胸を躍らせる。どんなパーティ
ーかは分からないが、とにかく跡部と出かけられるということで、うきうきしながら、顔
を緩ませた。

パーティーの会場に到着すると、一人一人に用意された更衣室で二人はパーティー用の服
に着替える。宍戸は黒を基調としたシャツとズボンに首輪をして、いかにも猫の仮装をし
ていますという格好になった。一方、跡部は中世ヨーロッパの王侯貴族のような衣装を着、
ド派手なマントを肩に羽織る。
「よし、こんなもんだろ。」
「すげぇ。どっかの王様みてぇ。」
「似合うだろ?」
「おう。激似合ってる。」
「テメェも十分似合ってるぜ。つっても、いつもとほとんど変わんねぇけどな。」
「つーか、これ、マジで大丈夫か?俺、メチャクチャ不安なんだけど。」
「どうみても黒猫の仮装しているようにしか見えねぇよ。安心しろ。」
自分としてはほとんど仮装しているとは思えない状態なので、宍戸はそわそわしてしまう。
しかし、跡部は落ち着き払った様子で宍戸の手を取った。
「そろそろ行くぞ。マナーはさっき話した通りだ。まあ、少しくらいしくじっても適当に
誤魔化せばなんとかなるだろ。俺もフォローするし。」
「マジで頼むぜ。俺、超自信ねぇからさ。」
多少の不安を感じつつも、跡部に連れられ宍戸はパーティー会場へと向かう。ボーイに案
内され、大きな扉の前まで連れてこられると、跡部は何の躊躇もなしにその扉を開けた。
「うわあ・・・」
その中の様相を見て、宍戸は思わず感嘆の声を上げる。まるで物語の一場面を見ているか
のようなその広間の豪華さと様々な仮装をして集っている人々。それはとても現実のもの
とは思えないような空間だった。
「へぇ、予想以上だな。」
「何か本の中に入ったみてぇ。」
その部屋に足を踏み入れ、ゆっくりと歩いてゆくと、主催者の一人が二人のもとへやって
きた。
「ようこそいらっしゃいました、跡部さん。」
「こちらこそお招き頂きありがとうございます。これほど、本格的なものとは思っていな
かったので驚きました。」
「ははは、そう言ってもらえると嬉しいよ。ん?そちらの黒猫さんは?」
「王様のペットの黒猫の宍戸亮と申します。今回は王様の命を受け、このパーティーに参
加させて頂きました。」
「あははは、このパーティーの趣旨をよく理解している子だな。楽しんでいってくれたま
え。」
「はい。」
すらすらとこの場にあった言葉を述べる宍戸に跡部は驚く。自信がないと言っていたのは
どこのどいつだと思いながら、跡部は宍戸を見た。
「お前・・・」
「あー、跡部さん!どうぞこちらへいらして下さい。料理も飲み物もたくさんありますよ。」
宍戸に声をかけようと思った途端、別の会社の社長さんに呼ばれる。実際跡部の家の会社の
運営をしているのはもちろん跡部の父親なのだが、このようなパーティーに顔を出すのは、
断然跡部の方が多いので、顔見知りが山ほどいるのだ。
「亮、行くぞ。」
「お、おう。」
料理がたくさん並んだところに行くと、二人はグラスを渡される。すぐ側にあったシャン
パンを注がれそうになったが、二人はまだ未成年。跡部はやんわりと断る。
「俺達はまだ未成年なので、シャンパンは遠慮させて頂きます。」
「あー、そうだったな。スマンスマン。」
「その代わりにそちらのグラスに注がせて頂きます。」
ニコッと笑いながら宍戸はシャンパンのボトルと手に取り、昔の中国の皇帝のような格好
をした社長さんにお酌をする。何も言っていないにも関わらず、臨機応変な対応をする宍
戸に跡部は再び驚かされた。
「おー、すまないね。とても気が利く黒猫さんだ。」
「そのようなお言葉を頂け光栄です。」
「彼は、君の連れかい?」
「はい。まあ・・・」
「よく出来た子じゃないか。その黒猫の仮装もとてもよく似合っている。」
「ありがとうございます。」
笑顔でお礼を言う宍戸はとても初めてこのようなパーティーに来たとは思えない。ここま
で適応力があるとは知らなかったと跡部は言葉を失った。
「王様にはこれを差し上げます。」
今の流れのまま、宍戸は跡部のグラスにオレンジジュースを注ぐ。王様と言われ、跡部は
微妙な気分になるが、このようなシチュエーションも悪くはない。顔が緩むのを必死で堪
えながら、跡部は宍戸の頭を撫でてやる。
「本当、気の利く黒猫だ。さすが、俺のペットだぜ。」
頭を撫でられながらそんなことを言われれば、嬉しさから宍戸はふと素に戻ってしまう。
しかし、素に戻って笑う宍戸は作り笑顔にはない可愛らしさがある。周りにいる人々もそ
の笑顔にやられていた。
「可愛らしい黒猫さんだ。少しお話したいんだがよいかな?」
「私もその黒猫さんとお話したいわ。」
「私も是非。」
「えっ・・・」
「喜んで。」
「おいっ・・・」
周りの人々の言葉に宍戸はニッコリとした表情で頷く。そんな宍戸につっこみたかった跡
部だが、ここで下手に口を挟めば、お偉いさんに対して失礼になってしまう。心配する気
持ちを必死で抑え、跡部はヒヤヒヤしながら宍戸が他の会社の社長さん達と話すのを見守
っていた。
「へぇ、そうなんですか。すごいですねー。」
跡部の心配とは裏腹に宍戸はしっかり社長さん達の言うことに適確に反応している。どこ
でそんな能力を身につけたのかと思うほど、その会話はスムーズであった。結局、跡部も
様々な知り合いと話をしなければならなくなり、二人はパーティーの終わり近くまでバラ
バラに行動することになってしまった。

パーティーが終わると二人は予約をしておいたホテルに移動する。確かに楽しいパーティ
ーであったが、どちらも何か物足りなさを感じていた。
「はあー、疲れたー。」
部屋に入るや否や、宍戸はふわふわのベッドに体を預ける。慣れないパーティーで、しか
もあんなにもたくさんの人と喋っていたのだから当然である。
「まあ、なかなか楽しいパーティーだったけどな。」
「確かに。料理も美味かったし、社長さんの話も面白かったし。」
「つーか、お前、あの場に適応しすぎだろ。マジ驚いたぜ。」
「あー、だって俺、四分の一は猫だし。」
「はあ?それが何の関係があんだよ?」
「猫かぶりは得意だぜ?」
ニッと笑いながら宍戸は言う。なるほどと跡部は妙に納得してしまう。確かにパーティー
での宍戸は、普段の姿からは想像出来ないような言葉、態度を見せていた。それが猫かぶ
りだというのだから、これはもう感心するしかない。
「でも、猫かぶってんのって本当疲れる。結局パーティーじゃ、景吾とあんまり喋れなか
ったし。」
「テメェが自ら話しに行ったんだろ?」
「だって、跡部が社長さん達の話はつまらなくても聞いてやるのがマナーだって言ってた
じゃねぇか。」
「うっ・・・確かにそうだけどよ。」
だからと言って、あそこまで他の社長さんに宍戸を取られると、少なからずジェラシーを
感じてしまう。パーティーで話せなかった分を取り戻そうと跡部は、部屋の風呂に一緒に
入らないかと宍戸を誘った。
「亮、今日は久しぶりに一緒に風呂入らねぇか?」
「いいのか!?」
「ああ。」
「入る、入る!!本当久しぶりだよな!一緒に入んの。」
「そうだな。じゃ、行くか。」
「おう!!」
跡部と一緒に風呂に入れることが、相当嬉しいらしく宍戸ははしゃぎまくる。本当に可愛
い黒猫だと思いつつ、跡部は宍戸を引き連れてバスルームへと向かった。

多少の長風呂をして、二人はバスルームから出てくる。跡部はバスローブを羽織っている
が、宍戸は腰にタオルを巻いているだけで、まだ髪も濡れまくっている。自分の髪を拭き
ながら跡部はダブルベッドの端に座った。それを追いかけるように宍戸もベッドの側まで
やってくる。
「ベッドに乗るのはちょっと待て。」
「えー、何でだよ?」
「全然体拭けてねぇじゃねぇか。おら、俺様が拭いてやるからもっとこっちへ来い。」
「へーい。」
自分の使っていたタオルを使って、跡部は宍戸の体を拭いてやる。体はすぐに拭き終わる
が、ある程度伸びた髪はなかなか乾かない。わしゃわしゃと拭いてやると、宍戸は子供の
ようにケラケラ笑う。
「あはは、景吾くすぐってぇ!!」
「少し大人しくしてろ。ちゃんと拭けねぇだろうが。」
バタバタと暴れる宍戸を拭き終わると、ぐったりとした様子で跡部はベッドに仰向けで倒
れた。
「何か疲れたぜ。」
そんな跡部の上に宍戸はそのままの格好で覆いかぶさる。ぎゅっと抱きつくように肌を重
ねられ、跡部は少なからずドキドキしてしまう。
「おい、重いぞ。」
「いいんだよ。今日はあんまり景吾に触れなかったし、話せなかったからな。景吾補充だ。」
「何だよそれ?」
宍戸のそんな言葉を聞いて、跡部はくすくす笑う。確かに今日はあまり宍戸に触れていな
い。そう思うとこの体勢もなかなか悪くないと思ってしまう。
「でもよ、亮。」
「おう、何だ?」
「そんな格好でくっつかれると、悪戯したくなっちまうぜ?」
ニヤリと笑いながら、跡部はむき出しの宍戸の尻尾を握り、まだ少し湿っている猫耳を食
んでやる。
「うにゃあっ!」
突然そんなことをされれば、嫌でも反応してしまう。宍戸にとって、猫の部分は人間の感
覚と違うためか、他の部位に比べてかなり敏感なのだ。
「やっ、景吾、尻尾と耳はやだ〜!!」
「アーン?俺にとってはこれが亮補充だ。文句言うな。」
「うにゃっ・・・だ、ダメだって!」
「やめてやんねぇ。」
宍戸の反応が面白いと、跡部はさらに尻尾と耳を弄り回す。抵抗するのを諦めたのか、何
とか跡部のすることに耐えてやろうとする宍戸だが、やはり体は正直で、嫌でもビクビク
と反応してしまう。
「う〜。」
「可愛いぜ、亮。」
「景吾のアホっ!!」
敏感なところを弄り回され、宍戸の顔はほどよく染まり、目も潤みまくっている。はっき
り口に出さなくとも、盛り始めているのは一目瞭然だった。
「このまま尻尾と耳弄ってるだけでいいのか?」
「・・・やだ。」
「ならやめてやる。それでいいだろ?」
ニヤニヤと笑いながら、跡部は次の宍戸の反応を待つ。しばらく黙ってうつむいていた宍
戸だったが、少し怒ったような表情で、跡部の唇を奪い、思っていることを素直に口にし
た。
「景吾が尻尾とか耳とか弄るから、したくなっちまったじゃねぇか!!責任取れ!!」
「ああ、悪かったな。責任、ちゃーんと取ってやるよ。」
今度は自分が宍戸を組み敷くような形に体勢を変えると、跡部はちゅっちゅっと何度も宍
戸にキスをしてやる。もっとして欲しいと言わんばかりに宍戸は跡部の首に腕を回した。
「ここからは、猫かぶりなんて絶対するんじゃねぇぞ。」
「テメェ相手にするわけねぇじゃん。」
「俺様は、テメェの素の反応が見てぇんだ。楽しませてくれよな、亮。」
「おう。絶対、テメェのことメロメロにしてやる!」
「そりゃ楽しみだ。」
猫かぶりなど使わずとも跡部をメロメロにさせると宍戸は自信満々に言い放った。そんな
ことを言われた時点で、もう半分以上メロメロになっているということは内緒にしておき、
跡部は宍戸にもう一度愛情いっぱいの口づけをした。

                                END.

戻る