(あー、腹減った・・・。今日で何日食べてないよ?そろそろ限界だー。全く、母ちゃん
も父ちゃんも無理なこと言うよなあ・・・)
真っ黒な耳と尻尾をだらんとさせながら、ふらふらとした足取りで一人の少年が歩いてい
る。もう日が暮れようとしている中、ついにその少年は力尽き、その場に倒れてしまった。
(こんなんじゃ、飼い主見つける前に死んじまう。てか、この姿で飼い主見つけろっての
が無理だって。うー、もう動けねぇ・・・)
「おい、お前大丈夫か?」
(誰だよ?俺はもう疲れて動けねぇっての!!)
文句を含んだ眼差しを声のする方に向けると、澄んだ青い瞳と目が合った。
「どうした?気分でも悪ぃのか?」
自分を心配してくれているということに気づいた黒い耳と尻尾を持った少年は、声をかけ
てきた少年に助けを求めることにした。これを逃したら、本当に飢え死にしてしまうかも
しれない。
「・・・・腹減った。」
「はあ?」
「もう三日くらい食べてねぇんだ・・・・」
本当に死にそうな感じでいうので、声をかけた少年はその不思議な少年をいったん自分の
家へと連れていくことにした。何があって三日も何も食べていないのか、この真っ黒な耳
と尻尾は一体何なのか、姿を見ていると不思議だと思うことはいろいろあるが、ともかく
今はそんなことを質問している余裕はなさそうだ。
「もしもし、ああ、俺だ。今、河川敷の手前にいるんだが迎えに来てくれねぇか?ああ、
ちょっと猫を拾ってな。そういうことだ、それじゃあ頼んだぜ。」
しばらくすると高級そうな車が二人の前に止まる。青い目の少年は耳と尻尾の生えた少年
を車に乗せた。
「何があったかは知らねぇが、今はとにかく俺んちへ連れてってやる。詳しいことはそこ
で聞く。分かったな。」
「おう・・・」
二人を乗せた車は、青い目の少年の家へと向かって走り出した。
「ほらよ。」
「あ、サンキュ。」
(うわあ、何だよここ〜?激お屋敷って感じ。何なんだこいつ?)
御馳走とも言えるような食事を出され、耳と尻尾の少年は少々戸惑う。三日ぶりの食事と
いうことで、とにかく無言で用意された食べ物を平らげた。
「はあ〜、腹いっぱい。生き返ったー。」
「よかったな。」
「誰だか分かんねぇけど、サンキューな。お前は俺の命の恩人だ。なーんて、ちょっと大
袈裟か?」
「お前、どこから来たんだ?それにその耳と尻尾。ただの人間じゃねぇよな。それから、
名前、何て言うんだよ?」
満腹になれば話す余裕も出来るだろうと、青い目の少年はここぞとばかりに質問を投げか
ける。いっぺんに質問をされ、耳と尻尾の少年は混乱してしまった。
「えっと、もっかい質問お願い。俺、そんなに頭よくねぇからさ、いっぺんにもの言われ
ると混乱しちまうんだ。」
「それじゃあ、答えやすそうなのから聞いてくぜ。まず、お前の名前は何だ?」
「俺の名前は宍戸亮。お前は?」
「俺は跡部景吾だ。亮だな。亮、お前はどこから来たんだ?」
「どこからって言われてもなあ・・・遠くから?」
「何だよそれ?まあ、いい。その耳と尻尾は一体何なんだ?見たところ飾りには見えねぇ
けど。」
耳と尻尾のことを聞かれ、宍戸はしばらく考えた。言いにくいというよりはどこから話そ
うという感じだ。
「俺のじいちゃんが猫なんだよ。」
「はあ!?」
突拍子もなく意味の分からないことを言うので、跡部はすっとんきょうな声をあげる。
「すぐには信じてもらえねぇかもしんねぇけどな、本当に俺のじいちゃん猫なんだ。でも
普通の猫じゃなくて、すげぇ魔力を持った猫で満月とか新月になると人間の姿になれるん
だよ。それで、ばあちゃんと恋に落ちてその間に生まれたのが、俺の母ちゃん。で、母ち
ゃんも人間と結婚して、その子供が俺。だから、その名残で耳と尻尾だけ残っちまったっ
てわけ。」
「猫と人間のクォーターか。」
「クォーター?何だそれ?」
「ハーフの子供だ。」
「ハーフ?」
「分からないならいい。へぇ、珍しいこともあるもんだな。」
宍戸の話に感心しながら、跡部はマジマジとその耳と尻尾を眺める。猫と人間のクォータ
ーなんて、すぐには信じられないがその姿を見ていると本当に思えてくる。じっと見てい
ると無性にその耳に触りたくなり、跡部はカタンとイスから立ち上がって、ゆっくりとそ
れに触れた。
「うひゃぁっ!!」
「な、何だよ?」
「耳・・・触るなよぉ。人間の耳は平気なんだけど、猫の方の耳はすげぇ敏感なんだ!」
「ああ、悪かった。つーことはこの耳は完璧本物ってことか。」
少し触っただけで、あんなに反応するのだ。偽物のわけがない。
「さっきから、言ってるだろ?それでな、母ちゃんはじいちゃんの力も半分受け継いでる
もんだから、人間の姿にも猫の姿にも自分の意思で自由になれるんだよ。でも、俺にはそ
んな力なくて、この姿のままなんだ。ちゃんとした人間の姿にもなれねぇし、猫にもなれ
ねぇ。だから、どっちの世界にも馴染めなくてよー。」
そんなことをぐちぐち言いながら、宍戸は溜め息をついた。しかし、跡部は一目見てこの
姿を気に入っていた。黒猫を思わせる耳と尻尾、日本人らしい黒髪に一重でありながらも
鋭さを感じさせない大きな瞳。どれもが自分の好みのツボを得ている。そんな気持ちを抑
えながら、クールな仮面をかぶって跡部はさらに質問を重ねた。
「で、家出でもしてきたのか。」
「違う違う。猫の世界の風習だとな、俺くらいの年になると一人立ちして一人で生きてい
くか、誰か飼い主を探さなきゃなんねぇんだよ。でも、俺、この姿だろ?今の状態で一人
で生きていくってのは出来ねぇし、だからって、ほとんど人間の姿の俺の飼い主になる奴
を探すってのも微妙だし、どうしようかなあって悩んでたらああなっちまった。」
無茶苦茶な話であるが、宍戸は真剣だった。実際、家を追い出されてしまったのだ。これ
はかなり切実な問題である。
「お前の母親の場合もそうだったのか?もし、そうならどうしてお前が生まれた?」
「俺の父ちゃんが母ちゃんの飼い主だったんだよ。さっきも言ったろ?母ちゃんは猫にも
人間にも自由になれたって。猫の姿で拾ってもらって、人間の姿で恋人になったって感じ。
ずりぃよな。俺はそんなこと出来ないっての!」
ほとんど人間の姿であるにも関わらず、猫の慣習に振り回されなければならない宍戸を少
し可哀想だと思いながらも、跡部はこれはおいしいことだと心の中で笑った。飼い主を探
さなければならないのならば、自分がなればいい。なればいいというよりは、もうなりた
くてしょうがない。跡部はそんな気持ちを高まらせながら、宍戸に声をかけようとする。
『なあ・・・』
思っていることを口に出しそうとした瞬間、何故か宍戸と声が重なった。
「あ、悪ぃ。景吾から言っていいぜ。」
「お前も言いたいことあんだろ?お前から言えよ。」
「俺のは、なかなか言いにくいことだからお前から言えよ。お前が言ったら、俺も言う。」
「そうか?じゃあ・・・」
一呼吸置いて、跡部は先程まで考えていたことを宍戸に伝えた。
「俺様がお前の飼い主になってやろうと思うんだが、どうだ?悪い話じゃないと思うぜ。」
「え・・・?」
宍戸は信じられないというような顔で跡部を見た。今、自分が言おうと思っていたこと。
(俺の飼い主になって欲しい)
それを言う前に跡部から結果的には同じになることを言ってきたのだ。こんな嬉しいこと
はない。宍戸はすぐには信じられず、もう一度跡部に聞き返した。
「それ、本気で言ってんのか?冗談とかじゃなくて?」
「ああ。亮は俺が飼い主になるのは嫌か?まあ、無理強い出来ることじゃねぇから最終的
にはお前が決めればいいんだけどよ。」
「そんな・・・あっ、じゃあ、俺の言いたかったこと言っていいか?」
イエスというよりは、自分が言いたかったことを伝えた方がより気持ちのこもった返事に
なると思い、宍戸はその言葉を口にした。
「俺の・・・飼い主になって欲しい。」
真剣な眼差しを向け、自分の気持ちをハッキリと言う。そんな宍戸に跡部はすっかり魅せ
られた。
「いいんだな?」
「ああ。そっちこそ、本当にいいのかよ?」
「いいに決まってるだろ。こんな珍しいペット、手に入れようと思ったってそう簡単には
入んねぇよ。」
「うーん、ペットなんだろうけど、ペットって言われんの結構微妙だな。」
「安心しろ。すぐにペット以上の関係になってやるよ。」
「えっ?それってどういう意味だ?」
ペット以上の関係とはどういうことか全く分からないと、宍戸は首を傾げる。そんな宍戸
のふにふにとした唇に跡部はかるくキスをしてやった。
「!!!???」
「そういうことだ。」
「な、な、な・・・何すんだよ!!」
「ペットにキスして何が悪い。テレビや雑誌見ててもよくやってるぜ?」
それ以上の関係が何であるかをハッキリと言わず、跡部は笑いながらそんなことを言う。
確かにそうであるが、普通の猫や犬とキスするのと人間の姿をした自分とするのではだい
ぶ感触が違うはずだ。そんなことを考えつつ、宍戸は真っ赤になって唇を押さえた。
「お、お前、両親はいないのかよ?ペットを飼う時って普通相談するもんじゃねぇの?」
「俺の両親は今、世界一周旅行に行ってんよ。帰ってくるのは一年後か二年後か。いつに
なるか分かんねぇ。そんな状態なのに相談する必要もねぇだろ。」
「そうなんだ・・・」
「この家にいるのは、俺とお前、何匹かのペットに数人のメイドと執事だけだ。俺が飼い
主になるって決めたんだから、何も気にすることはねぇよ。」
どういう意味で気にするなというのかは分からないが、とにかくこの家に置いてもらえる。
今日までのように飢えることはないと宍戸は一先ず安心した。しかし、跡部の優しげな言
葉に隠れる引っかかるようなセリフと何か裏があるような笑顔。それは少々気になった。
(ちょっと、いろんなとこで気になる部分はあるけどまあいいか。景吾もちょっと変わっ
てるけど、そんなに悪い奴じゃなさそうだしな。)
「景吾。」
「ん?どうした?」
「俺の飼い主になってくれてあんがとな!!これから、よろしくお願いするぜ。」
「ああ。たっぷり可愛がってやるよ。」
跡部は宍戸の頭を撫でながら、満面の笑みを浮かべてそう言った。ふとした偶然で出会っ
た二人。ペットと飼い主という関係で一つに屋根の下に住むことになった。これから先、
この二人にどんなことが起こるのであろうか?
END.