眠れない夜には・・・

「はあ・・・」
今、何時だろう?・・・一時か。どうしたんだろうな。全然眠れないや。
静かな夜。自分のベッドで鳳は何度も寝返りをうっていた。眠ろうと思っても全く眠れな
いのだ。幸運にも明日は休みなので、寝坊をしてしまって学校に遅れるという心配はない
が、眠りたいのに眠れないというのは精神的につらいものがある。
はあ・・・時々あるんだよなぁこういうこと。誰かと話したりすればいいんだけど、こん
なに遅い時間じゃもうみんな寝てるよな。
携帯電話を手にとりながら、鳳はもう一度大きな溜め息をついた。こんな夜は一人でいる
ことがいつもよりはっきりと感じられて寂しくなる。誰かの声が聞きたい。そうは思いな
がらも、もう時計は一時をまわっている。こんな時間に電話をかけたりなんかしたら、迷
惑だということは分かっていた。
「やだな・・・。こんなんじゃ余計に眠れなくなっちゃう。」
ポツリと呟きながら、鳳は携帯電話の電話帳を眺めていた。アイウエオ順に並んだ名前を
カーソルで下へ下へと辿っていくと、とある人のところで手が勝手に止まった。その名前
を見ると余計に寂しさが増してしまう。
滝さん、まだ起きてるかな?一回だけ電話して、五回のベルで取らなかったら切ろう。
そんなことを考えていると、無意識に指が通話ボタンを押していた。電話を耳にあてる。
何も聞こえない部屋に呼び出し音だけが、鳳の耳に響く。
トゥルルル・・・トゥルルル・・・トゥルルル・・・・
三回のベルでは滝は出ない。やっぱりもう寝てしまったのかと諦め、五回目の呼び出し音
を聞いたら切ろうと思ったその瞬間・・・
『もしもし?』
五回目の呼び出し音が終わる直前に滝は電話に出た。鳳は驚いてしばらく言葉を失ってし
まった。
『どうしたの?長太郎?』
誰からの着信かをちゃんと見ていたようで、滝は鳳の名前を呼ぶ。鳳はハッとして、とに
かく何かをしゃべらないとと滝の名前を呼んだ。
「滝さん・・・」
『長太郎がこんな遅い時間に電話かけてくるなんて珍しいね。』
「すいません・・・寝てましたか?」
『ううん。宿題してたから起きてたよ。今終わったトコ。』
いつもの明るい声で滝は答える。鳳はそんな声を聞き、心の底から安心した。滝としても
思ってもみない鳳からの電話は嬉しいことだった。
『でも、本当どうしたの?長太郎、いつもならこの時間もう寝てるよね?』
「ちょっと眠れなくて・・・」
『そっか。それでボクに電話してきてくれたんだね。』
「はい・・・。迷惑でしたか?」
『全然。むしろ嬉しいくらいだよ。』
声の高さから滝の表情が目に見えるようだった。鳳の声も自然と落ち着いたものになって
くる。
「たまにこういうことがあるんですよね。眠りたいのに眠れないみたいな感じのことが。」
『ああ、あるある。そういう時って何か不安になっちゃうよね。すごく夜が長く感じられ
て、寂しくなって余計に眠れなくなっちゃうんだよな。』
「俺が・・・寂しいから滝さんに電話したって言ったらおかしいですか・・・?」
『そんなことないよ。誰だってそういう時はあるよ。長太郎が眠くなるまで、電話つきあ
ってあげようか?』
「いいんですか?」
『うん。誰かと話してる方が落ち着くでしょ?』
「はい。ありがとうございます。」
滝の優しい言葉に鳳はホッと胸を撫で下ろし、緊張して力の入っていたこぶしから力を抜
いた。携帯電話を持ち直し、声がよく聞こえるようにと一番聞こえやすいところに耳をあ
てる。特にこれと言って話の話題が思いつかないので、鳳は今日学校であったことを滝に
話し始めた。
「今日、家庭科の授業があったんですよ。調理実習だったんですけどね、俺、樺地と日吉
と一緒の班だったんです。」
『うん。それで?』
「好きな物を作っていいってことになってたんですけど、俺の班はピラフと玉子スープ、
それから、デザートにプリンを作る予定だったんですよ。」
『へぇ。うまく出来た?』
「それが、俺はピラフ担当だったんですけど、焦がしちゃって。日吉にメチャクチャ怒ら
れました。でも、樺地がうまく味とか見かけとか直してくれて、出来上がりは先生に満点
もらえるくらいキレイになったんですよね。」
笑いながら鳳はそんなことを話す。本当に日常の一コマの風景だが、滝にとっては二年生
のあまり見たことのない一面を聞かされ、楽しいなあと思っていた。
『さすが、樺地だよな。それから、どうなったの?』
「樺地すごいですよね。俺、ちょっと憧れちゃいますよ。それから、樺地はプリンを作っ
て、日吉は玉子スープを作ったんです。どっちもすごくうまいんですよねー。二人のおか
げで家庭科はいい成績とれそうです。」
『ふーん。日吉も料理出来るんだね。ちょっと、意外かも。あっ、そういえば、今日三年
は合同の体育の授業があったんだけど、みんなすごかったよ。』
「体育ですか?何やったんです?」
『今日は、サッカー。クラス対抗だったんだけど、跡部達のクラスと岳人達のクラスの試
合がすごかったんだ。』
昼間のことを思い出しながらしゃべっているので、滝の声はさっきよりもいくらかテンシ
ョンが高くなり、明るくなっている。鳳もそんな話にのってきた。
「みんなどんな感じだったんですか?向日先輩とかやっぱりアクロバティックなプレイな
んっスか?」
『そりゃもう。オーバーヘッドキックとかしまくりだし、みんながとれないようなところ
に蹴るからね。でも、やっぱり跡部や宍戸とかにとられちゃうんだよな。』
「跡部さんも宍戸さんも何でも出来そうですもんね。忍足先輩はどうなんですか?」
『忍足はサッカーじゃあんまり目立たないっていうか、面倒くさがってあんまりボールと
りにいかない。来たら蹴るって感じ?』
「あー、何かすごく分かります!!忍足先輩って結構面倒くさがりですもんね。滝さんは
どうなんですか?」
『俺は今日は試合なかったんだ。見てるだけ。』
「そうなんですか。」
ここで一瞬会話が途切れる。滝は窓の方に向かい、そっとカーテンを開けた。そこには意
外な光景が広がっていて、思わず声を上げそうになった。だが、鳳をビックリさせるには
いい景色だと、滝はぐっと堪える。
『長太郎、まだ起きてる?』
「はい。どうしたんですか?」
『俺がこれからマジック見せてあげる。』
「えっ、どうやって・・・?」
『長太郎の部屋、カーテン閉まってるよね?』
「はい。」
『窓のところまで行って、俺がワン・ツー・スリーって言ったら、カーテンを開けてね。』
「・・・・分かりました。」
滝に言われるまま鳳は窓の方へ向かう。窓の目の前まで到着すると、鳳は滝に声をかける。
「滝さん、窓の前まで来ましたけど。」
『準備はいい?』
「はい。」
一呼吸おいて、滝は呪文のように数字を唱える。何が起こるんだろうと鳳はドキドキしな
がら、カーテンに手をかけた。
『ワン・ツー・スリー!』
ザッ・・・
「うわあ・・・」
鳳の目に映ったのは、綺麗な満月の周りにかかった大きな円形をした虹だった。虹という
には色が少なく少々白っぽく見えるが、鳳を感動させるには十分なものだ。
『すごいだろ?月のかさって言って、月の光が空気中の氷の粒に反射して見えるんだよ。』
「すごいです!!俺、こんなの初めて見ました!!」
『喜んでもらえた?って、俺は何もしてないけどね。』
「いえ、教えてもらわなければ気づきませんでした。ありがとうございます。」
『どういたしまして。でも、あんまりそこにいると体が冷えちゃうからベッドに戻った方
がいいよ。』
滝にそう言われ、鳳は自分のベッドへと戻った。カーテンは開けたままにし、月をベッド
の上から眺める。穏やかなその光を見ていると自然と睡魔が襲ってきた。
「ふぁあ・・・」
『眠くなってきた?長太郎。』
「はい・・・少し。・・・滝さんってやっぱり優しいですよね。」
『どうしたの急に。』
鳳が今までの会話とは全く繋がらないことを言うので、滝はちょっと困惑しながらも笑っ
た。眠そうな声で鳳は続けた。
「滝さん、俺がこんな真夜中に電話かけても全然怒らないし、話までつきあってくれて。
本当に感謝してます。」
『長太郎から電話がかかってきたのに怒るわけないだろ。ボク、長太郎のコト好きだし。
嬉しかったよ。』
「滝さん・・・。」
好きという言葉を耳元で聞いて、鳳は頬を染めた。それを誤魔化すようにベッドに倒れる。
そして、お返しと言わんばかりに同じような言葉を鳳も繰り返した。
「俺も滝さんのコト好きですよ・・・。」
『本当?嬉しいな。そうだ長太郎。今日は休みだし、午後からどこか行こうか?』
「いいですね。デートですか?」
『うん。いっぱい遊べば今日の夜はよく眠れるんじゃないかな?』
「はい。どこで待ち合わせしますか?」
『いつもの公園にしようよ。一時くらいに。』
「分かりました。一時にいつもの公園ですね。」
楽しそうにそう話す鳳だが、実はもう眠ってしまう寸前だった。滝はそのあとどこに行こ
うかと話すつもりだったのだが、電話の向こうから寝息が聞こえてきたのでそれはやめた。
その代わりにおやすみとだけ囁いた。
『おやすみ、長太郎。』
「・・・んぅ・・・滝・・さん・・・」
『ふふ、おやすみ。』
もう一度おやすみと呟くと滝は電話を切った。そして、自分もベッドに入る。鳳はすっか
り夢の中だ。今日のデートが楽しみだなあと滝も嬉しそうな表情をしながら目を閉じ、眠
りに落ちる。時計はもう二時を指している。月はいまだに虹の冠をかぶったまま空高く輝
いているのであった。

「遅くなってすいません、滝さん!!」
「長太郎。」
その日の午後、寝坊はしなかったのだが、何を着ていこうか迷っていたために鳳は約束の
時間に遅れてしまったのだ。
「すごく楽しみだったんですけど、何着てけばいいか迷っちゃって。ホントすいません。」
「全然気にしてないよ。うん、その服すごく似合ってる。可愛いよ。」
「あ、ありがとうございます。」
着てきた服が似合うと言われ、鳳は照れながら笑った。座っていたベンチから立ち上がる
と鳳のもとへ行き、きゅっと手を握る。
「た、滝さん。」
「だって今日はデートだよ。これくらいいいよね?」
「・・・はい。」
「どこ行こうか?街の方に行ってみる?」
「そうですね。」
「じゃあ、行こう、長太郎。」
「はい!」
仲良く手を繋ぎ、二人は中心街へと向かう。まだどこへ行くかは決めてないが、二人で一
緒ということに意味がある。昨日の夜のように電話でずっと話しをするのもよいが、やは
り一緒に居るということはかなわない。そんなことを思いながら二人は歩き出すのだった。

                                END.

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