ダークマスターズを倒してから、デジタルワールドに平和が訪れた。太一達と別れたアグ
モン達パートナーデジモンは、特に戦わなければいけないようなこともないので、近頃暇
を持て余していた。
「あー、暇ね。何か面白いことないしら?」
あまりの暇さにテイルモンはそんなことを呟く。しかし、周りにいたパートナーデジモン
はその言葉に誰も反応しなかった。アグモンはそこらへんにある食べ物をもくもくと食べ
ており、ガブモン、ゴマモン、テントモンはそれぞれのパートナーのことを考え、ボーっ
としていた。
「ちょっと、アンタ達、人の話聞いてるの!?」
テイルモンに怒られ、アグモン達はハッと我に返る。
「あっ、ゴメン。何?テイルモン。」
「だから、何か面白いことないかって聞いてるのよ。」
とそこへ、パタモン、ピヨモン、パルモンがやってきた。
「ねぇ、何の話してるの?」
パタパタと耳の羽を羽ばたかせながら、パタモンが無邪気な笑顔で問いかける。
「えっと、テイルモンがね、何か面白いことないかって・・・・」
ガブモンがそう答えると、パルモンが何かを思いついたといったように手を叩く。
「あっ、いろんなデジモンを集めて、何かお芝居をやるのはどうかしら?」
そんな提案を聞き、テイルモンの目がキラリと光る。
「あら、それは面白そうじゃない。いいわね、すごく楽しそうだわ!!」
パルモンの一言で、テイルモンの頭の中では一気に計画が練られる。あっという間にこれ
からどうすればよいかを決め、早速他のデジモン達に指示を出した。
「そうと決まったら、早速使えそうなデジモンを集めて。ああ、それから私が監督をやる
わ。テントモンは脚本を書いて。アグモンとゴマモンは大道具を作って、ピヨモンとパル
モンは衣装ね。それから、パタモンは小道具、ガブモンは音響をやってね。」
「今から?」
「当然よ。善は急げって言うでしょ。」
「まあ、確かに面白そうだし、オイラはお芝居するの大賛成!」
「私もー。衣装作りとかも楽しそうだし。」
「ほなら、とりあえず、準備し始めますか。」
一瞬で役割を決めるのは、さすがテイルモンだなあと思いながら、ゴマモンやピヨモン、
テントモンはかなり乗り気な感じで、準備に取りかかろうとする。アグモンやパタモンも
もちろん面白そうだと思っていたので、テイルモンに言われた通り、まずはお芝居に参加
してくれそうなデジモンを探しに行く準備をし始めた。
数時間後、アグモン達は何匹かのデジモンを連れて、テイルモンのもとへ戻ってきた。
「テイルモン、集めてきたよー。」
「ありがとう。うん、これだけいれば十分ね。テントモン、もう脚本は出来てるんでしょ
う?」
「はいな。」
選ばれし子供達のパートナーデジモンに集められたデジモンは、メラモン、アンドロモン、
もんざえモン、ユニモン、レオモン、オーガモン、ユキダルモン、ケンタルモン、スカモ
ン、チューモン、エレキモン、ホエーモンの十二匹だ。もともと選ばれし子供達の味方と
なっていたデジモンばかりで、アグモン達の話を聞いて、ちょっと興味があるなあとやっ
てきたのだ。
「それで、一体どんな内容のお芝居をするんだ?テイルモン。」
そう尋ねたのは、レオモンであった。そんなレオモンの質問に、テイルモンは自信満々に
答える。
「眠り姫よ。」
「えー、でも、俺達みんなオスだぜ。眠り姫って、結構女の役が多くねーか?」
そんなエレキモンの疑問に、テイルモンは問題ないといった様子で返す。
「その方が面白いでしょ。それにアンタ達が来た時点で、配役はもう決まってるから大丈
夫よ。」
上手くやることよりも様々な意味での楽しさを追求するスタンスで、テイルモンは配役を
決めた。
「えっと、王子様がレオモンで、三人の妖精が、メラモンとユキダルモンとホエーモン。
悪い魔女がスカモンとチューモン。あっ、これは二人で一役だから、そこのところよろし
くね。あとは、王様がケンタルモン、王女様がアンドロモン。家来や森の動物達は、エレ
キモンとユニモンにお願いするわ。それから、話の進行をするナレーションがもんざえモ
ンで、主人公の眠り姫はオーガモン。」
「ちょっと待て!!何で俺が眠り姫なんだよ!!」
お姫様役をやるなんて冗談じゃないと、オーガモンはテイルモンに訴える。しかし、テイ
ルモンは全く聞く耳を持たなかった。
「あーら、だって、レオモンを王子様にするなら、お姫様はアンタに決まってるじゃない。」
「なっ・・・!!」
そう言ってニヤリと笑うテイルモンに、オーガモンはたじろぐ。自分とレオモンの関係が
バレているのではないかと思ったからだ。そんなオーガモンの表情を見て、テイルモンは
意味ありげに笑ってみせた。
「早速明日から練習に入るから、ちゃんと集まるのよ。」
配役を聞いて、やる気がある者、やる気がない者、どちらもいたが、とりあえず早く練習
を始めようと、テイルモンはそこに集まったデジモンにそう伝えた。
お芝居の練習を始めてから三日目。テイルモンの演出にも熱が入り始めていた。
「そこ、違うわよ!もっと感情を込めて!!」
「はーい。」
練習を始めた当初は、いやいや練習をしているものもいたが、やっていくうちに楽しくな
ってきたのか、ほとんど全員が真面目に練習を行うようになっていた。そんなデジモン達
のもとへ、ピヨモンとパルモンが何やら大きな箱を持って走ってきた。
「みんな、見て見て!!みんなの衣装が出来たのー。」
「ねぇ、衣装合わせしましょうよ。」
ピヨモンとパルモンが衣装を持って来たことによって、お芝居の練習は中断され、衣装合
わせが始まる。
「妖精の衣装って、もっとひらひらした感じかと思ってたけど、そうでもないね。」
「ああ、これなら何とか許せるよな。」
ユキダルモンとメラモンとホエーモンが着る妖精の衣装は、全身を覆うマントにフードを
つけたようなデザインとなっているので、それほど女っぽい衣装というわけではなかった。
「おお!何かコレ、カッコイイぞ!!」
「本当だー。わぁ、ドラゴンの衣装もあるー。」
悪い魔女役のスカモンとチューモンは二人で一役ということを気にかけることなく、ピヨ
モンとパルモンの作った衣装を見て、はしゃいでいる。
「ケンタルモン、これどう思う?」
王女様の衣装を身につけながら、アンドロモンはそんなことをケンタルモンに問う。王女
ということで、完全にドレスではあるのだが、それほど華美なものではなく、あっさりと
したデザインのシンプルなロングドレスであった。
「似合うんじゃないか?そんなに違和感はないと思うぞ。」
もともとスレンダーなアンドロモンには、そのシンプルなドレスがとてもよく映えていた。
『キャー、レオモンカッコイイー!!』
王子様の衣装を着たレオモンを見て、ピヨモンとパルモンは黄色い声を上げる。金色の髪
に派手すぎない衣装、そして、腰に差した獅子王丸がいかにも王子ですといった風格を醸
し出していた。
「あー、やっぱ王子様が一番カッコイイよなー。」
「俺も王子様がよかったなー。」
スカモンとチューモンがうらやましそうにレオモンを見て呟く。
「いや、お前らに王子様とか無理だろ。あれはレオモンだからカッコイイの。」
たくさんの脇役の衣装を整理しながら、エレキモンがスカモンとチューモンにつっこむ。
みんな衣装を着て、お互いに感想を述べあっているのだが、一匹だけ他の者の前に姿を見
せようとしないデジモンがいた。
「そんなところで何してるんだ?眠り姫。」
王子様の格好のまま、眠り姫のドレスを着て、木陰に隠れているオーガモンのところへ歩
いて行き、レオモンはそう声をかける。
「く、来んじゃねーよ!!」
「こんなとこに隠れていたら、衣装合わせにならないだろう。」
そう言いながら、レオモンはオーガモンをひょいっと抱き上げ、みんなの前へ連れて行っ
た。
「だぁー、やめろレオモン!!下ろせー!!」
王子様に抱っこされているお姫様の図は、他の誰が見ても違和感がなかった。そう、意外
にもピンクとブルーでバランスよく彩られたドレスは、オーガモンによく似合っていたの
だ。みんなの前で地面に下ろされたオーガモンは恥ずかしさのあまり、うつむいたまま何
も言えなくなっていた。
「あら、似合うじゃない。可愛いわよ、オーガモン。」
パルモンがそう言うと、他のデジモンもパルモンに同意するような感想を述べる。
「確かに似合ってるよな。」
「ああ、正直こんなに似合うとは思わなかったが。」
「本当、意外と可愛いよね。」
メラモンやホエーモン、ユキダルモンも口をそろえてそんなことを言う。それがまた恥ず
かしくオーガモンは、この場から逃げ去りたい衝動に駆られていた。
「何を恥ずかしがっているんだ?とても似合っているじゃないか。」
そんな言葉を聞き、オーガモンはバッと顔を上げて、レオモンにくってかかた。
「恥ずかしくないわけねーだろ、こんな格好して!!お前はいいよな、王子の格好でメチ
ャクチャ格好よくなってんだからよ!!」
怒った勢いで、オーガモンは思わず本音を口にしてしまう。そんなオーガモンの言葉を聞
いて、他のデジモン達は驚いていた。その中でテイルモンだけは、必死に笑いを堪えてい
る。
「私はお前から見て、そんなに格好いいのか?」
レオモンもテイルモン同様、笑いを堪えながらオーガモンに質問する。
「ああ、すっげぇ格好イイよ!!本当俺が眠り姫役でマジでよかったと思うくらいな!!」
もうオーガモンは自分で何を言っているのか分かっていなかった。他のデジモンはオーガ
モンの意外すぎる言葉にただただ唖然とするしかなかったが、ボソッとケンタルモンがあ
ることを呟く。
「なぁ、オーガモンって実はレオモンのこと好きなんじゃないか?」
図星を指され、オーガモンはやっと我に返る。そして、顔を真っ赤にして、慌てた素振り
を見せてから、ケンタルモンに向かって怒鳴った。
「そ、そんなわけねぇだろ!!こんな奴、大嫌いだ!!」
その言葉はまるで、本当は大好きなんだよ!と言っているようにしか聞こえなかった。そ
の場の空気が何とも微妙な感じになってきているので、テイルモンはお芝居の練習を終わ
らせ、デジモン達をいったん返らせることにした。
「今日の練習はこれにて終了!さぁ、みんな。帰っていいわよ。」
テイルモンの呼びかけで、それぞれ自分の寝床へ帰って行く。但し、レオモンとオーガモ
ンだけはその場に残らせた。
太陽が沈んでから、テイルモンはレオモンとオーガモンを他のパートナーデジモンから少
し離れた場所へ連れていく。
「ねぇ、アンタ達本当はどうなの?」
ずっと聞きたかったことを何のためらいもなしに、テイルモンは尋ねる。
「まあ、ライバル以上の関係ではあるな。現実世界の言葉で言えば、付き合っているとか
そういう感じだろう。」
「おい!!いきなりぶっちゃけてんじゃねーよ!!」
あまりにさらっとレオモンが自分達の関係をバラすので、オーガモンは間髪入れずにつっ
こむ。
「ふーん、やっぱり噂は本当だったんだ。」
「おいっ、噂って・・・」
オーガモンの言葉を遮るように、テイルモンはさらに質問を重ねる。
「それで、どこまでいってるのよ?」
そんな質問をするテイルモンの表情は実に楽しそうであった。そんな質問に答えられるか
と思っていたオーガモンであったが、レオモンは何のためらいもなしに答えようとする。
「それはもちろん・・・・」
「覇王拳!!」
普通に答えようとするレオモンに、オーガモンはとっさに覇王拳を放った。突然の出来事
でしかもかなりの近距離の攻撃に、レオモンはまともにくらってしまう。
「こらこら、痴話喧嘩するんじゃないわよ。」
「痴話ゲンカって言うな!!」
「あーら、だってレオモンはさっき付き合ってるって認めてたし、いくとこまでいってる
んでしょ。」
「そんなこと言ってねぇだろ!!」
ここまで動揺されるとからかい甲斐があると、テイルモンはさらに楽しくなる。
「それはさておき、今の話を聞いて、アンタ達にちょっと頼みがあるのよ。」
『頼み?』
オーガモンは嫌な予感を感じながら、レオモンは純粋に頼み事があるなら引き受けようと
いったニュアンスでそう聞き返す。
「眠り姫ってラストのあたりで、王子様のキスで眠り姫が目覚めるってあるじゃない?そ
こは照明消して、フリだけさせようと思ってたんだけど、そこで本当にキスしてくれない
かしら。付き合ってるんだったら、キスの一つや二つどうってことないでしょ。」
「はあ!?そんなこと出来るわけねーだろ!!」
「その方が絶対盛り上がると思うのよ。傍目から見たら、アンタ達は敵対するライバル同
士なわけだし。」
「了解した。」
「ちょっ・・・普通に了解してんじゃねーよ!!」
オーガモンは人前でそんなことは出来ないと全力で断ろうとしていたが、レオモンは問題
はないとテイルモンの頼みを受け入れる。
「まあ、どうしても嫌だっていうなら、仕方がないわね。その代わり、他のデジモン達に
アンタ達の関係バラすけど。それはそれで、私としては面白いことだから別にいいわ。」
「なっ・・・!?」
それは困るとオーガモンはひどく困惑したような表情を見せる。お芝居上でキスをするか、
テイルモンに自分達の関係を他のデジモンにバラされるか、どちらの方がマシだろうとオ
ーガモンは頭を悩ませる。
(うーん、バラされるのも困るし、他の奴らがいる前でそういうことするなんて恥ずかし
すぎだし・・・あー、でも、話の流れ上仕方なくっつーんなら、それはそれほどおかしい
ことじゃねぇんじゃねーか?)
話の上で必要という理由づけがあるならば、そちらの方がまだマシだとオーガモンはお芝
居の中で実際キスをすることを選ぶ。
「分かったよ、やりゃーいいんだろ!!」
「あら、物分かりがよくて助かるわ。ふふ、じゃあ、本番期待してるわよ。」
これはかなり面白いことになりそうだと、テイルモンはかなりご機嫌な様子で笑う。弱み
を握られているようでひどく腹が立つが、背に腹はかえられないと、オーガモンは覚悟を
決めた。
そして、眠り姫のお芝居を他のデジモン達に見せる当日、他のデジモンが集まりやすいお
もちゃの町に特設舞台が作られていた。今日はここで練習してきた成果を発表するのだ。
「今までの練習を見ている限りでは、かなりイイ感じの出来に仕上がってると思うわ。と
りあえず、アンタ達が楽しめば、見に来てくれているデジモン達も楽しめると思うわよ。」
本番直前に、監督であるテイルモンは出演者のデジモンにそう声をかける。始めはどうな
ることやらと思っていた出演者のデジモン達も、今は眠り姫のお芝居を演じることをそれ
なりに楽しんでいた。
「さあ、開演するわよ!」
テイルモンの一言で、ブーと開演を知らせるブザーが鳴り、幕が開く。
「今日はお城でお祝いです。この国に新しいお姫様が生まれたのです。」
もんざえモンのナレーションから始まり、始めの場面はアンドロモン、ケンタルモン演ず
る王様と王女様が眠り姫が生まれたお祝いをしている場面であった。どちらもセリフはそ
れほど多くはないが、なかなか気品ある王様と王女様になりきっていた。
「そして、月日は経ち、十五歳になる眠り姫は魔女の呪いを避け、森の中に住んでいまし
た。」
もんざえモンのセリフが終わると、やっと主役である眠り姫がその姿を見せる。森の中で
散歩をし、木の実や花を摘んでいるといった場面だ。
「まあ、今日はなんていい天気なんでしょう。そうだわ、木イチゴをみんなのお土産に摘
んでいきましょう。」
声は仕方ないとしても、予想だにしない配役と想像以上に可愛いお姫様に、観客のデジモ
ン達は唖然とする。オーガモンが眠り姫役ということだけでも驚きなのだが、その姿が誰
が見ても可愛いというような状態になっていることが信じられなかった。
「なんて美しい方なんだろう・・・」
そんなオーガモン演ずる眠り姫の前に、王子様の格好をしたレオモンが登場する。そんな
レオモンに観客のデジモン達は惚れ惚れする。デジモン達の憧れの的であるレオモンが王
子様というのは、誰が見ても間違いないと思える配役であったからだ。
「誰?」
人の気配に気づき、オーガモンはレオモンの方を振り返る。そこには予想以上に格好よい
レオモンが立っていた。
(うわー、レオモン本当に王子様みたいじゃねーか。)
「美しいお方、私と一緒に踊って頂けませんか?」
衣装を着ての演技はこれが初めてだったので、オーガモンは優しく微笑むレオモンにかな
りドキドキしていた。しかし、今は演技中。自分もレオモンに負けじと完璧な演技をして
みせる。
「喜んで。」
ニッコリと笑いながら、レオモンの手を取る。音楽に合わせ、華麗に踊るレオモンとオー
ガモンの姿に、観客のデジモン達は見入った。これはなかなかすごい完成度だなあと、誰
もが驚く。
「十六歳になった眠り姫は、お城に向かいます。そして、そこであの忌まわしい魔女の呪
いが現実になってしまうのです。」
しばらくして、物語はクライマックスを迎える。オーガモン演ずる眠り姫が紡ぎ車の毒針
に刺され、眠りについてしまうシーンは、観客全員がドキッとした。それほど、オーガモ
ンの演技が上手く、本当に死んでしまったのではないかと思わされたからだ。眠り姫が眠
りについた後の場面では、妖精役のメラモン、ユキダルモン、ホエーモン、家来役のエレ
キモンとユニモンが活躍した。
「王子様、どうか姫を助けて下さい。」
「この剣と盾を使い、あの悪い魔女を倒して下さい。」
「姫は眠っているだけなのです。王子様の口づけで目を覚まします。」
緊迫した様子で妖精役の三匹は熱演する。そして、ついに悪い魔女、もとい大きな黒いド
ラゴンとの戦いの場面になる。本来であれば、ここは生死をかけた戦いで、かなりシリア
スな場面になるはずなのだが、悪い魔女役がスカモン・チューモンペアということもあり、
そうはならなかった。
「ふふーん、この私が倒せるとでも思ってるのかぁ?」
「そうだそうだ。」
「ここは通さないぞー。絶対に奴のところには行かせないんだからなー。」
「行かせないんだからなー。」
この物語のラスボス的な存在である重要な役にも関わらず、スカモンとチューモンは何と
なく覚えている言葉で、セリフを言っていた。しかも、スカモンがセリフを言った後に何
故かチューモンが別のセリフを言う。そんな緊迫感の欠片もない戦いの場面に、観客達は
必死で笑いを堪えている。
「私はお前を倒す!そして、姫を助ける!」
この状況でもやはりレオモンはカッコイイと、観客のデジモン達は感心してしまう。そし
て、最後のバトルが始まった。
「倒せるもんなら、倒してみろー!!」
「倒してみろー!!」
ドスっ
『あっ・・・』
速攻で剣を突き立てられ、ドラゴンは反撃も出来ずに終わる。
「ふにょぅああああ――――っ!!」
そして、意味不明な断末魔を上げ、バタンと倒れる。あまりにあっさり倒されたのと、訳
の分からない叫び声に、観客達はもう大爆笑。腹を抱えて笑い、王子様とドラゴンが対峙
する場面とは思えない空気になっていた。しかし、もちろんこれもテイルモンの狙い通り
のことであった。
「ああ、美しい姫。やっとまた会うことが出来ましたね。」
今度こそ本当のクライマックス。王子様が眠り姫にキスをして目覚めさせる場面になる。
この場面に入って、観客のデジモン達がヒソヒソと何かを話し始めた。
「なあ、この話の最後って、確か王子様が眠り姫にキスするんじゃなかったっけ?」
「確かそうだったよな。」
「本当にすんのかな。」
「いや、しないだろ。だって、王子様はレオモンだけど、眠り姫はあのオーガモンだぞ。
照明消してフリだけって感じじゃないの?」
「やっぱ、そうだよなー。」
そんな会話をテイルモンは聞き逃さなかった。そして、本番では照明を担当しているアグ
モンとゴマモンに合図を送る。アグモンとゴマモンはいったん全ての照明を消す。その瞬
間、ああやっぱりそうかという空気が観客内に流れる。
パッ・・・
しかし、その予想に反し、もう一度照明がつき、オーガモンとレオモンにスポットライト
が当たった。
「愛する姫、どうか私の口づけで目を覚まして下さい。」
眠った演技をしているオーガモンは、レオモンのこのセリフを聞いて、心臓がバックンバ
ックンといっていた。一応、練習ではフリだけしていたので、本当に今キスをするという
ことを知っているのはテイルモンだけであった。と、次の瞬間、オーガモンの上半身がレ
オモンの腕によって起こされる。
(えっ!?ちょっと待てよ!こんなの台本になかったぞ!?)
オーガモンの体を起こしたため、横になったままよりも、二人の顔がハッキリと見えるよ
うになっていた。そんな状態で、レオモンはオーガモンの唇にしっかりと自分の唇を重ね
る。レオモンの唇がオーガモンの唇に触れた瞬間、一瞬、時が止まった。観客もテイルモ
ン以外の舞台関係者もとにかく驚いていた。
「姫、気がつきましたか。」
「王子様・・・」
オーガモンが目覚めたと同時に大歓声が沸き上がる。演技とは言えども、あのレオモンと
オーガモンがキスをしたのだ。そういう状況で見ている者のテンションがどれだけ上がる
かは想像に難くない。テイルモンの予想通り、この場面での盛り上がりは最高潮に達した。
その盛り上がりがおさまらないまま、物語通りにラストを迎え、幕が下りた。
『はー、終わったー!!』
『疲れたけど、楽しかったー!!』
出演者のデジモンは舞台が成功したことに満足していた。裏方に徹していた選ばれし子供
達のデジモンもこれはかなり楽しかったと笑顔を浮かべている。
「にしてもさ、驚いたよな、最後の場面。」
メラモンが同じ妖精役のユキダルモンとホエーモンにそんな話を振る。
「そうだな。まさか本当にするとは思わなかった。」
「やっぱり、オーガモンってレオモンのこと好きなんじゃない?表向きはキライとか言っ
てるけどさ。」
そんな三匹の会話にエレキモンともんざえモンが加わる。
「俺はさ、オーガモンがレオモンを好きなんじゃなくて、レオモンがオーガモンのことを
好きなんだと思うぜ。」
「というか、もう両思いなんじゃないかな?あの二人。」
「ありえるな、それ。」
楽しげにそんな会話をしているのを、オーガモンは遠くで聞いていた。そして、ムッとし
ながらテイルモンに抗議する。
「テイルモン、テメェ騙しやがったな!!」
「あら、私は何も言ってないわよ。」
「じゃあ、何でアイツらはあんな話してんだよ!!」
あまりにも真面目にそう聞いてくるオーガモンに、テイルモンは吹き出す。
「あははは、まだ分からないの?舞台の上でキスなんてしたら誰だってそう思うわよ。そ
れにアンタ、結構練習中にレオモンが好きって感じな態度取ってたじゃない。」
「なっ・・・!!」
オーガモンはやっとテイルモンの策略に気づいて、自分のしたことを後悔する。
「もう許さねぇ!!」
「あらオーガモン。私のこと殴ったりなんかしたら、この前聞いた話、全部みんなにバラ
すわよ。アンタがレオモンと付き合ってることとか、もうすることは最後までしちゃって
ることとか。まだ、好きなんじゃないかレベルでしかアイツらは気づいてないみたいだけ
ど。」
「うっ・・・くそっ・・・」
そう言われてしまうと、オーガモンはこれ以上テイルモンに手を出すことが出来なかった。
他のデジモンにそこまで知られてしまったら、もう普通に振る舞うことは出来ないと思っ
たからだ。
「もういいじゃないか、オーガモン。」
そこへレオモンがやってきた。
「バレたら、バレたで隠す必要がなくなって楽じゃないか。」
「だぁー、どうしてテメェはそういうふうにしか考えないんだよ!!」
レオモンとオーガモンがまた喧嘩をしているのを見ていて、テイルモンはまた何かを思い
つく。
「みんな聞いて。今日の舞台に出たデジモンは、今日から三日間その衣装のままでいるこ
と!これは監督命令だから絶対よ。」
『え―――っ!!』
ほとんどのデジモンは不満そうだが、監督命令は絶対なので逆らえなかった。もちろんオ
ーガモンも、このドレスのまま三日間過ごすなんてことは死ぬほど嫌であったが、それで
もあの話をバラされるよりかはマシであった。
「それじゃあ、解散!!今日は本当に楽しかったわ。みんなありがとう。」
満面の笑みを浮かべ、テイルモンは他のデジモン達を見送る。この企画に関わったデジモ
ン達が衣装を着たまま自分の住んでいるところへ帰るということで、完全に眠り姫の幕は
閉じた。
END.