「なあ、跡部ー。」
「あーん?何だよ?」
部活が終わってただいま部室にはこの二人だけしかいない。
「ちょっと、頼みたいことがあるんだけど・・・」
「何だよ?」
「・・・・金が欲しいなぁって。」
「何が欲しいんだ?買ってやるぜ。」
「違う。そうじゃなくて、その跡部んとこでバイトみたいなことさせてくれねぇ?」
宍戸が何を企んでいるか分からない。跡部はまずそう思った。欲しいものがあれば買って
やれる。しかし、宍戸はあえてバイトがしたいと言い出した。
「突然何だよ?俺様が買ってやるって言ってんのにそれじゃあ不服なのか?」
「それじゃ、意味がねぇんだよ。」
「?」
やっぱり宍戸の言っていることは理解出来ない。確かに宍戸はまだ中学生なので、公式に
バイトをすることは無理である。だからと言って、跡部のところでバイトがしたいとは何
事だろう。首を傾げながら、跡部はさらに質問を重ねた。
「どれくらいの金が必要なんだ?」
「・・・五万くらい。」
「五万か。じゃあ、この週末俺んちで働いてもらうぜ。そうだな・・・日給二万五千円で
どうだ?」
「日給二万五千円!?」
どんな仕事をしたら一日でそんなに稼げるであろうか。こんなにもらうとなっては宍戸も
身構えてしまう。あの跡部のこと、またハチャメチャなことをさせるつもりであろうと宍
戸は不安になる。
「何でそんなに金が必要なのか、バイトで稼がなきゃいけないのかは知らねぇけど、ここ
は深く追求しないでおいてやるよ。それから、変なことはさせねぇからな。何かそれだと
援交みたいで俺様の美学に反する。」
「マジで、いいのか?」
「ああ。そのかわり、ちゃんと働けよ。」
「おう!!サンキュー、跡部。」
珍しく今回の跡部は宍戸の要求を簡単に受け入れた。それもいつもするような変なことは
しないと言い出す。しかし、跡部のこと何も考えずに頼み事を受けるようなことはしない。
この短いやりとりの中で何かいいことを思いついたのであろう。
宍戸の奴、一体何が目的なんだ?まあ、自分からああいうこと言うのも滅多にないからな。
ここはちゃーんと楽しまないと。さてと、家に帰ったら服を発注しないとな。
宍戸に分からないようににやりと笑って、跡部は部室のドアに手をかける。
「宍戸、帰るぞ。」
「あっ、おう。」
跡部の奴、珍しく素直に頼み事聞いてくれたな。う〜ん、ちょっと心配だけど、まあいい
か。アレを買うためにはどうしても自分で稼がなきゃいけないもんなあ。まさか、そんな
大金、親にはもらえねぇし。
ほんの少し跡部を疑いながらも宍戸は跡部が頼み事を聞いてくれたことをラッキーだと思
っている。跡部に続いて部室を出、二人はそれぞれ家と帰っていった。
そして、週末。宍戸は金曜日から泊まる形で、跡部の家にいた。現在は土曜日の朝。いつ
ものように目を覚ましてぼーっとしていると跡部が目の前に着替えを落とす。
「宍戸、今日と明日の二日間。しっかり働いてもらうぜ。まずはこれに着替えろ。」
「へっ?あっ、おう。」
まだ寝起きの宍戸は、自分が跡部のところバイトをするということをすっかり忘れていた。
目の前に落とされた服は見覚えがあるようでない。黒と白でまとめられたその服はあるも
のに似ていた。
「なあ、跡部。これって、もしかしてメイド服?」
「さあな。着てみりゃあいいじゃねぇか。」
跡部ならやりかねないと不満そうな顔で宍戸はその服を手に取ってみる。
あれ?メイド服かと思ったけど何か違うみてぇだな。でも、似てる?
確かに色と形は似ているがそれは全く跡部の家のメイドが着ているものとは違うものだっ
た。黒い半ズボンに白いワイシャツ。そして、赤いネクタイに腰からつけるタイプのエプ
ロン。エプロンに関しては少し女の人が着るメイド服に類似していたが、やはりそれは、
男物に変えられているようだった。宍戸はちょっと安心しながらその服を着る。
「おー、サイズピッタリだ。」
「当然だろ?お前のために特別に作ってやった服なんだからよ。」
「マジで!?」
「ああ。ふーん、でも似合うじゃねぇか。俺としてはどちらかと言えば、カッコよくなる
ようにデザインしたつもりだが、お前が着ると可愛いになるな。」
「なっ!?何だよそれっ!!」
ちゃんとした男物のデザインの服を着ているのに可愛いなどという形容詞を使われ、宍戸
はちょっとカチンとくる。しかし、跡部にしたら男物の服を着ようが、女物の服を着よう
が宍戸に対して使う形容詞は可愛いなのだ。
「さてと、着替えも終わったようだし早速仕事に入ってもらうぜ。」
「ああ。まず、何すりゃいいんだ?」
「俺の服を出せ。気に入らなかったら着ないからな。」
「お、おう。」
気に入らなかったら着ないなどと言われ、宍戸は少し緊張しながら服を選ぶ。何度か借り
たことがあるので、どこにどんな服が入っているかはだいたい把握していた。
うーん、どんな服にすりゃいいんだ?跡部んち無駄に服はいっぱいあるからな。よっし、
ここは俺好みのスタイルにしてみるか。
宍戸のいう俺好みとは自分が着たいという意味ではなく、跡部がこんな感じのを着たらカ
ッコイイだろうなーというものだ。いくつもあるタンスの中からそれを選び出し、宍戸は
跡部の前に持っていった。
「これでどうだ?跡部。」
「・・・・悪くはねぇな。よし、着てやる。」
着てもらえるということで宍戸はホッと胸を撫で下ろした。想像通り、自分の選んだ服を
着た跡部はなかなかカッコイイ。
くやしいけど、跡部、マジカッコイイよな〜。俺があんな服着たってああはならねぇよ。
ぽーっと跡部に見惚れていると、突然、目の前に跡部の顔が現れる。
「っ!!」
「何、見惚れてんだよ?ほら、次の仕事だ。朝飯持って来い。」
ドキドキしながら宍戸は立ち上がって、朝食を取りに行く。こんなんで二日ももつのかと
心配になりながら、長い廊下を駆け出した。
なかなか、おもしろそうじゃねーの。こりゃ、バッチリ五万の価値はあるな。
跡部はふっと笑いながら、髪の毛など洋服以外の身支度を整える。宍戸のアルバイトはま
だ始まったばかりだ。
ったく、跡部の奴、マジで人使い荒いし。でも、この程度の仕事で日給二万五千円は高い
よなあ。
もうすっかり日は落ちて、ただいまは夕食の時間。宍戸がいるために、跡部は夕食も自分
の部屋で食べている。今日一日宍戸は跡部の身の回りの世話を全てやらされた。跡部の服
の洗濯に、食器の片付け、部屋の掃除に、犬や猫の世話。それはもうありとあらゆること
をやらされた。ついさっきは一緒に風呂に入らされ、髪や体を洗わせる始末だ。
「跡部んちの夕食ってやっぱ豪華だよな。」
「そうか?今日はそうでもないと思うけどな。」
これで豪華じゃねぇってどういうことだよ。やっぱ、跡部の感覚って分かんねー。
「そういえば、お前は飯食ったのか?」
「食ってねぇに決まってんだろ。てか、今日は一日ずーっとお前の世話ばっかしてんだぜ。
ずっと一緒に居ただろが。」
「そういやそうだな。宍戸、隣に座れ。」
「お、おう。」
小さなテーブルを挟んで向かい合わせに座っている状態だったので、跡部は宍戸を自分の
隣に座らせた。
「ほら、宍戸。口開けろ。」
「何でだよ?これはお前の夕食だろ?」
「お前は俺のいうことを聞けばいいんだ。これもバイトの一環だと思え。」
「うっ。分かったよ。」
確かに今自分は跡部のもとでバイトをしてるということになっている。仕方がないので宍
戸は跡部に言われた通り、口をあーと開けた。跡部は自分が食べている夕食を宍戸の口に
入れてやる。こんなことは恥ずかしいと思っていた宍戸だったが、フォークで口の中に食
べ物入れられると表情を変える。
「・・・・・・。」
「うまいだろ?」
にっと笑いながら跡部は尋ねる。
「うん!すっげぇうまい!!」
目をキラキラと輝かせて宍戸は答える。美味しいのは当たり前。跡部の家の夕食は一流シ
ェフが作っている。そんな反応が楽しくて、跡部は宍戸に自分の夕飯の半分を分け与えた。
分け与えたといっても元から量が多いので、これでちょうどよいくらいだ。
「ごちそうさま。・・・って、俺、半分くらい食べちまった!!」
「気にすんな。初めからそのつもりだったしな。」
「えっ?」
「デザートもあるけど食うか?」
「ううん!!いい、いらない!!夕食もこんなに食べちまったのに、デザートなんかもら
えねぇよ。」
本当に貧乏性だなあと跡部は笑う。別に夕飯を半分食べてしまったからといって、給料を
減らすつもりなどさらさらない。もっと楽しんでやれと跡部はデザートを使ってまた妙な
ことをやり始めた。今日のデザートはチョコミントアイス。ミントといえば、宍戸の好物
だ。
「じゃあ、俺だけ食べさせてもらうぜ。」
「おう。そうしてくれ。」
小さなスプーンを使い、跡部はゆっくりとアイスクリームを口に運ぶ。それはまるで、見
せつけているようにも見えた。
あー、やっぱうまそうだな。あの色とこの匂いからするとチョコミントか?いいなあ。
そんなことを考えながら宍戸はじっと跡部の食べる姿を眺める。その視線に跡部は始めか
ら気づいていた。
本当に素直じゃねぇな宍戸の奴。欲しいなら欲しいって言えばいいのに。ちょっとからか
ってやるか。
「宍戸。」
「何だよ?」
「もうちょっと俺の近くに来い。」
「?」
十分近くにいるじゃないかと思いながらも、言われた通り宍戸は体がくっつくくらい跡部
に近づいた。跡部は悪戯に笑いながら、さっきよりも少し多くアイスクリームを口に含む
と宍戸の肩を抱いて、それをそのまま宍戸の口の中に移す。
「っ!?・・・んんっ!!」
急に冷たくなる口内はチョコレートの甘さとミントの清涼感であっという間に満たされる。
離れたくてもここまでしっかり肩を抱かれ、口を塞がれてしまってはそう簡単には離れら
れない。そのまま跡部はチョコミント味のキスを楽しんだ。跡部が離れた時には宍戸はす
っかり、溶けるアイスのように力が抜けていた。
「何っ・・・すんだよぉ・・・」
「お前が食べたそうな顔してたからな。食わせてやった。」
跡部の奴、絶対楽しんでやがるー!!う〜、でもまんまと乗せられちまった。ミント味の
キスなんて反則だー!!あんなキスされたら、抵抗出来ないっての。
油断してたのを不覚に思いながらもさっきのキスはなかなかよかったなあと思ってしまう。
そんなふうに思っていることを隠そうと宍戸は立ち上がって、さっき食べ終わった夕食の
食器を片付けに行った。
もっと抵抗されるかと思ったけど、そうでもなかったな。まあ、いいか。さてと今日はも
う寝なきゃな。あーいうことはなしって決めたんだ。今日の分はまた今度取り戻せばいい。
宍戸が部屋を出るのを見送ると跡部は、テーブルの上を軽く片付けベッドに向かう。今日
はそういうことはしないが、添い寝くらいはさせようと布団に入って宍戸を待った。帰っ
て来た宍戸は跡部がもう既にベッドに入っていることにビックリ。もうそんな時間か?と
首を捻る。
「もう・・・寝るのか?跡部。」
「ああ。お前も一緒に寝ろ。そういうことはしねぇから安心しろよ。」
「・・・うん。」
跡部の言葉が信じられないわけではないのだが、何となくドキドキしてしまう。ちょっと
ビクビクとしながら、宍戸は跡部のベッドに入った。宍戸が相当緊張しているのを察して
跡部は優しく髪をかき上げてやる。
「本当に何もしねぇからそんなに緊張すんなって。ほら、寝るぞ。」
「お、おう。」
こういう態度を取られると逆に緊張してしまう。そんなことを考えながらも宍戸はゆっく
りと目を閉じ、眠りについた。
二日目も一日目と同じような流れで、事が進む。丸二日跡部のもとで働くと宍戸はしっか
りアルバイト料の五万円を受け取った。
「サンキューな、跡部。」
「その金、何に使うんだ?」
「んー、今は内緒。でも、いずれ言うから。」
微妙に意味深なことを言われ、跡部は気にかかるがそれ以上は追求しなかった。
その次の週末、今度はバイトとは関係なしに宍戸は跡部の家に居る。何か渡したいものが
あると言って突然押しかけてきたのだ。
「で、何の用だって?」
「あっ、・・・えっとな、その・・・」
いつもの宍戸らしくない反応に跡部は少々苛立つ。言いたいことがあるならハッキリ言え
と跡部は声を荒げて言った。
「そ、そんなに怒ることねぇじゃん!!」
「テメーがさっきからわけの分かんねぇ態度ばっかとってるからいけねぇんだろ。」
「分かったよ。ちゃんと・・・言う。」
そうは言ったものの宍戸はなかなか言い出さない。というか宍戸が目的としているのは言
うとか言わないとかそういうことではない。はあーっと大きく息をつくと宍戸はポケット
から小さな箱を取り出した。小さな箱といっても一辺が15cm程度のものだ。
「これ・・・お前にやる・・・。」
「?」
宍戸は顔を真っ赤にしながら、その箱を跡部に渡す。跡部は綺麗に包装されたその箱を丁
寧に開けていった。箱を開けるとそこには真緑の羽根が敷き詰められており、中心には透
明な、いや角度によっては虹色に輝くバラの花が置かれていた。
「・・・クリスタルのバラ?」
「この前な、一人で買い物に行ったとき、古い感じの店があってそこで見つけたんだ。」
「ああ。」
「でな、そのバラがすっげぇ綺麗だなあと思って。だって、虹色に見えるんだぜ?店員に
聞いたらプリズムでそう見えるって言われた。それで、バラだから跡部にピッタリだなあ
って思ってさ。買おうと思ったんだけど、五万円もするから・・・・。」
「それじゃあ・・・・」
跡部はことの真相を理解した。宍戸は急にバイトをしたいと言い出したこと、自分が買っ
てやるのでは意味がないと言ったこと、五万円という大金が突然必要になったこと・・・
それは全て跡部にこれをプレゼントするためだったのだ。
「それに、このバラは持っている人を幸せにしてくれるんだって。すっげぇ珍しいものら
しいんだ。だから、余計にお前にあげたいなあと思った。・・・俺の言ってること、おか
しいか?」
何も言わずに跡部は宍戸を抱きしめた。嬉しくて仕方がない。宍戸が自分のもとでバイト
をしてくれた時だってだいぶ楽しかったのに、それは自分にプレゼントをするためだった
と言う。嬉しすぎて跡部にはかける言葉が思いつかない。
「跡部・・・?」
「・・・宍戸、俺、今お前にかける言葉が思いつかねぇ。」
「喜んでもらえたか?俺、いつも跡部に何か買ってもらったり、してもらったりだからさ、
たまには俺がプレゼントしたいって思ったんだよ。でも、誰の金で買ったかって言われた
らお前の金になっちゃうんだけどな。」
照れたように笑いながら宍戸はそんなことを言う。たとえ跡部から受け取ったお金だとし
てもそれは正当に宍戸が働いてもらったお金だ。これはもう跡部のお金とは言えない。初
めてこんなことをされ、跡部はメチャクチャ感動している。
「やべぇ、こんなに嬉しいことって何年ぶりだろ?いや、初めてかもな。」
「マジで!?よかったー。頑張って買った甲斐があったぜ。」
嬉しそうに宍戸は笑う。そんな表情に跡部はメロメロだった。もう今日はこれだけで全て
の幸運を得たという感じだ。虹色に輝くバラは持っている人を幸せにする。それは、まさ
に真理なのであろう。
「よっし、それじゃあ、今日はお前の言うこと何でも聞いてやるぜ。何でも言ってみろ。」
「本当か!?えっと、じゃあ・・・」
跡部はあまりの嬉しさに調子に乗りまくりだ。これから、宍戸は跡部に何を頼むのであろ
うか?いずれにしても、どんなことであろうが二人が楽しめるというのはまず間違いない
であろう。
END.