OASIS 〜Ryo’s Birthday〜

「うわあ、すげぇ・・・・」
宍戸はお茶を飲みながら何となくテレビを見ていると、映し出された映像に釘付けになっ
た。特に何が見たいというわけではなく、ただ暇だからという理由でつけたテレビ。たま
たま変えたチャンネルではエジプトの特集をやっていた。その画面に映し出されているの
は真っ白な砂の砂漠。その様子から『白砂漠』と呼ばれるらしい。
「いいなあ、こんなの生で見れたら。」
そんなことは出来ないだろうなあと思いながら、宍戸は呟く。日本国内ならまだしも、こ
の画面に映し出されているのは遠く離れた国、エジプト。そう簡単に行けるわけがない。
しばらくその番組を見て、宍戸は夕飯の用意を始める。あと少しで跡部が帰ってくるのだ。
さっき見た光景が頭から離れない。遠いエジプトの砂漠を頭の中に思い浮かべながら、宍
戸は作業に取りかかった。

夕飯の時間。いつものように会社であった話、家であった話をお互いにしながら跡部と宍
戸は食事を進める。と、跡部がある話を宍戸にふった。
「そういやもうすぐお前の誕生日だよな?」
「あれ?もうそんな時期だっけ?」
学校を卒業してからは行事や夏休みがないので、どうも時間の流れがうまく把握出来ない。
今日は宍戸の誕生日の一週間前。確かに跡部の言う通り、宍戸の誕生日はかなり目前に迫
っていた。
「それで、今年はお前、何が欲しいんだ?」
「えっ、えっと・・・そうだなあ・・・・」
いきなり何が欲しいか言われてもそう簡単には思い浮かばない。それもついさっきまで、
自分がもうすぐ誕生日だということを忘れていたのだ。しばらく黙って考えていると、今
日の夕方見たあの光景が頭に浮かぶ。
「俺、エジプトに行きたい。」
「へぇ、エジプトか。随分唐突だが、何か理由があるのか?」
「えっとな、今日テレビ見てたらさ、すっげぇ綺麗な砂漠があってよ。砂が真っ白なんだ
ぜ!!それが見てみたいなあと思って・・・」
テレビで見た場所が見てみたいなんて、子供のようだと言ってから気づき、宍戸の言葉の
語尾は小さくなる。それも跡部は会社がある。エジプトに旅行へ行くほどの休みなど取れ
ないだろうと宍戸は考えた。
「あっ、でも、無理だよな。急にエジプトだなんて。」
「いや、別にいいぜ。」
「へ?」
「どの道、お前の誕生日から俺の誕生日までは休みを取るつもりだったしな。それにエジ
プトってなかなか楽しそうじゃねぇの。いろんな遺跡もあるし、見るものはいくらでもあ
るだろ。」
「マジでいいの?」
「ああ。それじゃあ、今年のプレゼントはそれでいいな。」
ふっと笑って跡部は言う。信じられないというような表情を宍戸はするが、嬉しくてたま
らない。あんな綺麗な景色が見れる誕生日などそうそう体験出来ないであろう。
「あっ、でも、お前の誕生日にその景色を見せるんだったら前日にはあっちに着いてなき
ゃいけねぇな。」
「えっ、何で?」
「お前が言ってる砂漠って、白砂漠のことだろ?だったら、前日にバハレイヤあたりに泊
まって、それから行った方がいいと思うぜ。」
「あー、確かそんな名前だったと思う。」
「それじゃあ、出発は28日の朝だな。日本とエジプトはだいたい6時間から7時間の時
差だから、それで間に合うだろ。」
ちゃんと宍戸の誕生日にその景色を見せてやりたいと、跡部は時間を考えた計画を立てる。
自分には到底出来ない技だと宍戸はすっかり感心した。いずれにしても、出発は6日後。
こんなに簡単にしたいと思ったことが実現出来てしまうのは信じられないが、何と言って
もそれをしてくれると言っているのが跡部。不可能なことも可能にしてしまう。出発が楽
しみだとめいいっぱいの笑顔で宍戸は跡部にお礼を言った。

出発日当日。国際空港に向かう・・・なんて面倒なことはしない。跡部が一般の旅客機を
使うはずがない。当然のように自家用機を使っての旅行だ。出発時間は朝の8時。エジプ
トまではどこかを経由するということがなければ、だいたい12時間で到着する。しかも
時差があるので、現地到着時刻は午後2時くらいだ。朝早く起きなければいけないことも
あり、二人はだいぶ眠かった。あっちに到着した時に時差ぼけを起こさないためには飛行
機で眠るのが一番だ。到着するまでのだいたいの時間を二人はぐっすりと眠って過ごした。
そして、飛行機はカイロに到着する。カイロでは一時間ほど時間を潰して、そこから車で
バハレイヤ・オアシスへと向かった。
「はあ〜、やっと到着だぜ。」
かなりの長旅だったので、宍戸はほっとしたような声を漏らす。跡部も随分長い時間座り
っぱなしだったので、車から降りると大きく背伸びをした。バハレイヤ・オアシスはカイ
ロから車で約4時間くらいの場所にあり、まわりは見渡す限りの砂漠。しかし、オアシス
というだけあり、ヤシの木が茂り、宿泊施設のある街もある。二人は今日はここに一泊し、
明日の砂漠ツアーに向けて、準備を整えることになっているのだ。バス停からホテルまで
はだいぶ歩かなければならなかった。ホテルに到着した時にはもう二人ともヘトヘトだ。
「あー、やっと休める〜。でも、かなり豪華なホテルだな。」
「ああ。部屋も一番いいとことってあるから安心しろよな。」
「マジで!?やった。それより、早く入ろうぜ。俺もう疲れちまった。」
「そうだな。」
ホテルに入るとすぐにチェック・インをして、今日泊まる部屋へと向かった。軽く荷物を
整理するとレストランへと向かう。レストランの食事はチキンをメインにした野菜たっぷ
りのメニューだ。
「おっ、これ結構うまいな。ご飯ももっと硬いのかと思ったけど日本のと大して変わんね
ぇし。」
「ここのオーナーが日本人らしいぜ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「あっ、それからこのホテル温泉もあるらしいぜ。あとで入りに行こうな。」
「すっげぇ!!温泉まであるんだ。うん、行く行く!!」
エジプトでまさか温泉に入れるとは思っていなかったので、宍戸は大はしゃぎだ。とても
20代の青年とは思えない。中学生の時と本当に変わらないなあと跡部はくすっと笑った。
「あー、今、笑っただろ!?」
「別に笑ってなんかないぜ。」
「嘘だ。絶対笑った!!」
「テメェがそんなガキっぽい反応してるからだろ?」
「何だと〜!?」
宍戸をからかい跡部はさらに笑う。どこにいたって宍戸は変わらない。そして、そんな宍
戸をからかって楽しんでいる自分も全然変わらないなあと何となく嬉しくなった。
「ほら、さっさと食べねぇと下げられちまうぜ。」
「えっ、待てよ。まだ、俺、食べる!!」
下げられるわけがないのに、宍戸は跡部の言葉を素直に信じてパクパクと料理を食べ始め
る。本当におもしろいと跡部は今度は気がつかれないように笑った。食事を終えると一休
みして、温泉に入る。日本の温泉とは違い水の色は赤錆色。鉄分が含まれているためにこ
んな色らしい。
「ひゃあ、熱ちぃ!!」
「入ってりゃ慣れるだろ。てか、日本の温泉の方がもっと熱いんじゃねぇ?」
「そうかぁ?この温泉もだいぶ熱いぞ。水は何か赤いし。」
「鉄分の所為だろ。でも、なかなかいいと思うぜ。砂漠のど真ん中で温泉ってのもよ。」
「確かにそうだな。日本じゃ絶対ありえねぇもん。」
そう言いながら宍戸は外を見る。電灯が少ないので真っ暗なのだが、どこか神秘的な感じ
がした。まわりが砂漠だからこそこんなイメージを受けるのであろう。
「そういや明日さ、ここに泊まるんじゃないんだよな?」
「ああ。明日は本当に砂漠のど真ん中でキャンプだ。」
「マジ?」
「お前が行きたいって言ってた白砂漠があるだろ?そこでテント張って泊まる。」
「へぇ、楽しそうだな。明日は俺の誕生日だし?」
「そうだな。たぶん、最高のプレゼントをやれると思うぜ。」
「そっか。期待してるぜ。」
にっと笑いながら宍戸は言った。明日は誕生日。どんな日になるのかと期待で胸を膨らま
せながら、宍戸はバシャッと温泉から上がる。そして、跡部の方を振り返り、言った。
「明日も早いんだろ?今日は早めに寝て、明日に備えようぜ。」
「そうだな。お楽しみは明日まで我慢するとするか。」
跡部も温泉から上がり、宍戸に続く。明日は砂漠ツアー。どんなものが見れるかはまだ分
からないが、とにかくどちらとも楽しみで仕方がなかった。

一夜明けて、今日は9月29日。宍戸の誕生日だ。回るところがたくさんあるので、二人
は早めにホテルを出発した。車で出発するとそこに広がるのはとにかく砂漠。しかし、時
折見えるオアシスにはたくさんの木が茂っていて、そこだけが緑色の帯をなしている。そ
んな印象深い景色を楽しみながら、まず始めに到着したのは“黒砂漠”。砂に含まれる鉱
石の影響で砂全体が黒っぽく見えるのだ。玄武岩が露出した砂漠の風景は、まるでそこに
真っ黒な山があるように見える。
「へぇ、本当に砂が黒く見えるな。」
「テレビでは、ここは出てなかったのか?」
「うーん、覚えてねぇ。白い方が印象深かったから。」
黒砂漠より白砂漠の方が印象的だったと言い、見たかどうかは覚えていないようだ。
「おっ!!」
「どうした?亮。」
「見ろよ、あれ。ピラミッドが見えるぜ。」
宍戸が指差した先には黒い大きなピラミッドが三つ並んでいた。ガイドの人によればその
ピラミッドはこの黒砂漠の名物らしい。
「写真撮ろうぜ、写真!!」
「はいはい。」
自分達も入れて写真を撮りたいと、宍戸は跡部の腕を引っ張った。あまりのはしゃぎっぷ
りに少々呆れながらも、跡部はしっかりと宍戸と腕を組み、ガイドの人に写真を撮っても
らう。いい感じに撮れているよとガイドさんも絶賛だ。
「これさ、記念に持ってちゃダメかな?」
宍戸が手にしたのは、そこらへんに落ちていた玄武岩。そんなに綺麗ではないが、跡部と
ここに来た記念だということでどうしても持っていきたいらしい。一つくらいいいんじゃ
ないかと跡部は持っていくことを許可した。
「よーし、じゃあ、景吾もこれ一個持ってとけ。二人で持ってた方が何かいいだろ?」
楽しそうにそう言いながら、跡部にもその黒い石を渡した。しょうがねぇなあと跡部はそ
れを受け取り、鞄の中に入れた。困った口調で受け取りながらも、その表情は実に嬉しそ
うだ。そんな記念品を持ちつつ、また次の場所へと移動する。次の場所はまだ白砂漠では
なく、クリスタル・マウンテン。水晶がそのままの形で露出しているというなかなか貴重
な場所だ。ちょうど、白砂漠と黒砂漠の中間あたりの場所にあるので、見学するにはちょ
うどよい場所である。車を降りて、宍戸がさっそく目にしたのは砂の上に落ちている水晶。
こんなものが普通に落ちてるとはビックリだと、それを持って跡部のもとへ行く。
「見ろよ、景吾。こんなの落ちてたぜ。」
「へぇ、クリスタルの結晶か。おっ、亮、あっち見てみろよ。」
「わあ・・・」
跡部が指差した先にあったのは、剥き出しになった水晶の塊。観光客が削っていってしま
うというのだが、二人が見つけたのはなかなか大きな塊だった。近くでみようと二人はそ
こまで歩いて行く。砂地でなかなか歩きにくいが、そこまで来るとその塊の大きさに圧倒
される。
「デケェ・・・」
「すごいな。さすが、クリスタル・マウンテンって言われるだけあるぜ。」
「こんなの見られるとは思わなかった。」
その大きな水晶に触れながら、二人はなんとなく黙ってしまう。風もない砂漠が沈黙で包
まれると、今までに味わったことのない不思議な感覚が二人の体を凌駕する。
「なんか・・・変な感じだな。日常とはあんまりにも違いすぎて、現実っつーより、夢ん
中にいるみてぇ。」
「俺も今そう思った。さすがエジプトだよな。」
あまりにも日常では味わえない景色、感覚に二人はすっかりぼーっとしてきてしまう。た
まにはこういうのもいいとそんな感覚を存分に味わった後、また移動する。今度こそ、宍
戸の楽しみにしていた白砂漠だ。そこに到着するとすぐにその名前の意味が分かる。さっ
きの黒砂漠とは比べ物にならないほど、真っ白な砂。そんな砂の中にたくさんの不思議な
形をした岩があちらこちらに並んでいる。
「すっげぇ、何この景色!!」
「まるで自然の美術館だな。」
この砂漠に並んでいる岩は、マッシュルームのような形のものもあり、スフィンクスのよ
うな形をしたものもある。当然、何とも言いがたい形もたくさんあり、それはまるで、一
つの彫刻のようであった。
「今日はここでキャンプだぜ。早めにテントとかの用意して、いろいろ見てまわろうぜ。」
「おう!!」
早めに泊まる用意をして、あとは自由に見てまわろうと二人はテキパキと行動する。今日
は天気もよく、風もない。キャンプをするには絶好の状態だ。テントを張り終えると二人
はいろいろな形をしている岩にところに行っては写真を撮ったり、それに触れたりする。
いかにも自然の中にいるという感じがまわりにある全てのものから伝わってきた。
「わあ、マジすげぇよ。この景色、生で見れるとは思ってなかった。」
「どうだ?ちゃんと誕生日プレゼントになったか?」
「おう!!もう最高だぜ!!」
「そうか。それならよかった。」
なかなか飽きることなくそんなことをしているうちに、どんどん時間は過ぎてゆく。あま
り暗くなるとあたりが見えなくなるだろうということから、跡部は早めにテントへ戻ろう
と宍戸を促した。テントに着いた頃、ちょうど日が沈み始める。この白砂漠は日の入りと
日の出の時間が一番景色が綺麗らしい。それがどういうことなのか二人にはすぐに理解出
来た。
『・・・・・・。』
日が沈んでいく光景を見ながら、二人は言葉を失う。傾く太陽の為に岩が多くの影を作る。
光を受けなくなった砂はまさに純白。それは砂というよりも雪のような氷のようなそんな
感じだ。
「・・・・なんか、雪の中にいるみてぇ。」
「ああ。とても砂漠とは思えねぇな。」
その幻想的で神秘的な光景に目を奪われ、二人はしばらくそこから動くことが出来なかっ
た。さすが、遥か昔に神々が住んでいた場所とされるだけある。こんな光景を見たら、誰
でも神が降りてくるような気がするであろう。日が完全に沈んでしまうと、あたりは漆黒
の闇に包まれた。人工的な灯りはなにもない。ただあるのは、空に輝く大きな月とキラキ
ラと瞬く星々の光だけだ。
「すっかり真っ暗になっちまった。」
「でも、さっきのはマジすごかったな。」
「ああ。あんなの見れるなんて最高の誕生日だぜ!サンキューな景吾。」
「どういたしまして。・・・今日の夜は相当特別なもんになりそうだな。」
「確かに。・・・楽しみにしてるぜ。」
この大自然の中で過ごす一夜。それは普通では体験出来ないようなものなのであろう。テ
ントに入りながら、二人はそんなことを話す。静まり返る夜の砂漠。エジプトでの夜はま
だまだ始まったばかりだ。

                     to be continued

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