様々な遺跡やオアシス、ピラミッドやスフィンクスを見て回り、跡部の誕生日の前日には
シナイ半島に滞在していた。跡部の希望で跡部の誕生日にシナイ山に登るということにな
っているのだ。シナイ山はかの有名なモーセが十戒を授かったとされる山である。教養の
ある跡部のこと。モーセの追体験をしてみたいなどということを考えたのであろう。
「景吾、山登るのって夜中なんだろ?」
「ああ。そうだぜ。」
「でも、ここの夜って激真っ暗じゃん。大丈夫なのか?」
「それなら心配ねぇよ。7合目まではラクダに乗っていけるからな。」
「ラクダに乗ってくのか!?すっげぇ。」
この旅行ではまだラクダには乗っていなかったので、それは楽しみだと宍戸は喜ぶ。しか
し、ラクダに乗っていけるのはあくまでも7合目まで。それから先は自分の足で登らなけ
ればならない。
「じゃあ、今日は早めに寝た方がいいな。」
「早めにったって、すぐ起こされるぜ?」
「でも、少しは寝てないとキツイだろ?それじゃ、おやすみ。」
「は?おい、ちょっと待て亮!!」
もう少しいろいろしたかったのにという跡部をよそに宍戸は本気で眠ってしまった。ぶす
ーとしながら、跡部も一応は布団に入る。今の時間は午後10時。たとえ眠れたとしても
4時間かその程度であろう。
すっかり夜が更けた頃、モーニングコールが鳴り響いた。モーニングコールとはいえども
全然モーニングではない。時間は午前1時半。すぐに起きれるようにと思っていた跡部と
は裏腹に宍戸はなかなか起きようとしない。
「おい、宍戸。起きろ。」
「うー、まだ眠い〜。」
「山登りすんだろ。起きねぇと置いてっちまうぞ。」
「やだぁ。」
置いて行かれるのは嫌だと宍戸は眠い目を擦りながら、何とか起きる。ちゃっちゃと用意
を済ませて、二人は真っ暗闇の外へ出た。懐中電灯の電池を確認し、ラクダの待つところ
へと向かう。まだ眠いのか宍戸はだいぶ夢見心地だ。
「お前、一人で乗ったら絶対落ちるな。」
「うー、じゃあ、景吾も一緒に乗ってくれよ。」
「しょうがねぇなあ。」
ラクダはかなり大きいので、二人は余裕で乗せられる。宍戸を一人で乗せるのは心配だと
跡部は宍戸と同じラクダに乗った。二人がしっかりと背中に乗ると、ラクダはゆっくりと
どこまでも続く山道を歩き始めた。
ラクダに揺られながら進んではいくものの、あたりは一面真っ暗闇。夜の静寂が身を包む
中、ラクダの足音だけがあたりに響いていた。
「景吾〜。」
「あーん?どうした?」
「俺、激眠いんだけど。寝ちゃダメか?」
「落ちるぞ。」
「大丈夫だって。だってお前がいるだろ?」
跡部がいるから絶対落ちないと笑いながら言う宍戸に跡部はすっかりノックアウト。確か
に眠っても落ちないように抱えてはいるだろうが、それを言うのは何だか悔しい。
「途中で離しちまうかもしれねぇぜ?」
「景吾はそんなこと絶対にしねぇ。」
「どうしてそう言いきれるんだ?」
「だって景吾だもん。」
全然理由になってねぇとつっこみたかったが、ここまで信頼してくれているというのは嬉
しいことだ。
「少しの間だけだぞ。」
「サンキュー。」
にっと笑って宍戸は跡部に寄りかかる。少々負担ではあるが、この程度は何ともない。そ
んなに時間が経たないうちにスースーと気持ちよさそうな寝息が聞こえる。本当にガキみ
たいだと思いながらも、跡部はそれが嬉しかった。
「全く、本当しょうがねぇやつだ。」
そう言いながら跡部は微笑む。話す相手がいなくなり、跡部はじっと空を見上げた。砂漠
で見た星空と同じようにたくさんの星が瞬いている。こんなに静かで美しい夜なら、神と
会話が出来てもおかしくはない。そんなことを考えながら、跡部はこの雰囲気を満喫する。
しばらくすると、標高が高くなったためか気温が下がってくる。
「ん〜・・・景吾、寒いー。」
寝言のように宍戸は呟く。いや、実際寝言なのだ。跡部の方も確かに寒いと感じていた。
少しでも温まろうと跡部は今よりもキツく宍戸の体を抱きしめる。眠っているために宍戸
の体温は起きているときよりもいくらか上がっている。
「こいつの体、超あったけぇ。」
まるで、人間カイロだと跡部は笑った。跡部と触れる面積が少し増加したので、宍戸もさ
っきよりかは暖かくなったらしい。また、さっきと同じように気持ちよさそうな表情を見
せ眠る。
「さてと、ここからは自分の足か。」
ラクダに乗って移動できるのはここまでと、跡部は宍戸を起こしにかかった。ラクダに二
人乗りをしているが故に、起こさなければ自分も降りれない。
「亮、起きろ。ここからは歩きだぞ。」
「ん・・・」
「亮、起きろ!!」
「んん・・・」
本当に熟睡していて、宍戸は起きようとしない。仕方がないと跡部はとある方法で宍戸を
起こす。キスをして口を塞いでしまうのだ。そうすれば、息苦しくなり嫌でも目を覚ます
だろう。
「・・・・・っ?んっ・・・んん!?」
「おっ、起きたか?」
「な、何すんだよ!?」
「お前がただじゃ起きなかったからよ。ほら、さっさと降りて歩くぞ。」
思ってもみない起こされ方をされ、宍戸はすっかり目が覚めてしまった。そこから階段を
自分の足で登り始めて約40分後、ようやく頂上が見えてきた。頂上に到着したものの、
日の出までにはまだ時間がある。歩き疲れた体を休めるために、二人はデコボコとした岩
陰に座り、一時のくつろぎの時間を過ごした。
そして、5時半が過ぎると山際が白くなってくる。しばらくすると東の地平線から光の帯
が広がり始めた。もうすぐ日の出だ。
「もうすぐだぜ。」
「ああ。」
日が昇り始めると、山の景色は瞬く間にその表情を変える。初めは薄い紫、しばらくする
とオレンジ色に変わり、さらに茶色へと色を変化させていった。まさに光のイリュージョ
ン。その神秘的な光景に二人は心を奪われ、言葉を失う。こんな場所なら神の声が聞こえ
るかもしれない。そこにいる誰もがそう思ったであろう。
「激キレイ。」
「綺麗なんてもんじゃないぜ。まさに神の山だな。」
素晴らしい景色に感動しながら、ふと宍戸は大事なことに気がつく。それは、今の景色を
見た感動から跡部自身も忘れていることだった。
「あっ、景吾。」
「どうした?」
「誕生日おめでとう。」
さらっと言われ、跡部は固まる。そういえば今日は自分の誕生日だった。だからこそここ
へ来たかったのだ。しかし、もうそんなことはどうでもよくなっていた。それほど、この
景色はすごかったのだ。
「どうした?嬉しくないのか?」
「いや、そういうわけじゃねぇけど・・・・」
「へへー、実は俺、景吾に秘密でプレゼント用意してきたんだぜ。」
にこにこしながら宍戸はそんなことを言う。そして、鞄の中から小さな袋を出した。
「はい。」
「何が入ってんだ?」
「開けてみろよ。」
跡部は言われるままにその袋を開けた。中に入っていたのはヒエログリフが刻まれたカル
トゥーシュと呼ばれるペンダントトップだ。
「何が書いてあるんだ?」
「知りたいか?」
意味深な笑みを浮かべて、宍戸は尋ねる。跡部は素直に頷いた。
「景吾の名前と俺の名前。」
「それだけか?」
「それだけって、ヒエログリフで書いてあるんだぜ。すげぇじゃん!!」
「まあ、確かにな。」
もっとすごいことが書いてあるのかと期待したが、宍戸の頭ではこれくらいが当然であろ
う。気のきいた言葉など思いつくはずがない。
「実はなあ、俺の分も買ったんだ。おそろいだぜ。」
もう紐がついている全く同じカルトゥーシュを鞄の中から出すと、宍戸は嬉しそうに笑っ
た。自分に誕生日でもないのに、ここまで嬉しがってくれるのもまた珍しい。跡部は受け
取ったカルトゥーシュをじっと眺めて、これをどんなふうに宍戸が自分に隠れて買ってい
たかを想像する。きっとバレないかバレないかとドキドキしながら買っていたのであろう。
そんな光景がおもしろくて、また、そんなふうにしてくれたことが嬉しくて跡部は思わず
笑った。
「ま、受け取っておいてやるよ。」
「もっと、素直に喜べよ。」
本当はものすごく嬉しいのだが、跡部はあえてそれを外に出さない。しかし、宍戸はもっ
と率直に喜んで欲しいのだ。ぷぅっと怒ったような顔を浮かべると、跡部は呆れながらも
可愛いと軽く宍戸の唇にキスをしてやる。いつもより優しく、感謝の気持ちを込めてして
やった。
「サンキューな。」
「お、おう・・・。」
いつもと違うキスの感じに宍戸はドキドキ。言葉では素直に喜ばないくせに、どうしてこ
ういう態度では分かりやすすぎるくらいに表すのだろうと、宍戸は困惑する。でも、喜ん
でもらえたのは確かなのだ。それが分かると気を取り直すような感じで宍戸は朝日に目を
やり、ぐーっと背伸びをした。すっかり日は昇っている。空の色も青さを増し始めた。
「よーっし、今年もよろしくな、景吾。」
「新年でもねぇのにそれはねぇだろ。」
「でも、景吾からしたら新しい年だろ?生まれてからってことで考えたら。」
「まあな。」
「今年もいっぱいケンカもするだろうし、いいことばっかじゃないかもだけど、俺はずっ
と景吾と一緒にいるぜ。」
「ああ。」
「だから、今年もよろしく。」
「二度も同じこと言わなくても分かる。」
「だよな。」
へへへと笑って宍戸は跡部を見た。跡部もふっと微笑む。わざわざ言わなくても分かるこ
とだが、こういうふうに何の飾りもなく率直に言ってもらえると心の底から安心する。宍
戸の場合はそれを図って言っているのではない。それ故、余計にその言葉は心に響くのだ。
「亮。」
「ん?何だよ?」
「今年もよろしく。」
「・・・・。おう!!」
跡部からも言ってもらえるとは思わなかったので、宍戸は一瞬黙った。しかし、その言葉
を理解すると元気よく答える。神の山で向かえた誕生日。それは、これから先いつまでも
忘れることの出来ないものになるのだろう。
シナイ山を下りた二人はそのまま今日宿泊する紅海リゾートへと向かう。明日帰国予定と
なっているため、最後は豪華なリゾートホテルで過ごそうという魂胆なのだ。紅海リゾー
トはエジプトとヨーロッパが混在する町。真っ青な海と美しい自然。そして、豪華なホテ
ルにおみやげ屋さん。とても一日では回りきれないほどのレジャーが楽しめるのだ。
「ここは何かすげぇ都会だな。」
「まあ、高級リゾート地だからな。」
「このあとどうすんだ?」
「まずはホテルでチェック・インだろ。そのあとは海に行ってもいいし、プールで遊んで
もいいし、部屋でくつろいでもいいし。まあ、今日が最後だからな。お前がしたいように
しろよ。」
「じゃあ、やっぱり海に行こうぜ。せっかくこんな綺麗な海に来たんだからさ。」
「いいぜ。ただ、俺は結構寝不足なんだよな。あんまり長い時間はキツイ。」
「分かった。じゃあ、一通り遊び終わったら、部屋に戻ってくつろごうぜ。」
「そうだな。」
というわけで、二人はホテルでチェック・インをしたあと、すぐそばにある海で遊ぶこと
にした。水着は持ってきていなかったので、そのへんにある店で買う。ここではダイビン
グが主流なのだが、さすがにそれは疲れてしまうので、シュノーケルで海を泳いだり、釣
りをしたりして楽しむ。昼過ぎまで存分に遊ぶと二人はホテルの部屋へ戻ることにした。
「はあ、楽しかったな。」
「ああ。いろんな変わった魚も見れたし、なかなかよかったんじゃねぇの?」
昨日あまり寝ていない所為もあり、跡部はだいぶ疲れ気味だ。自分達の泊まる部屋に来る
と、どちらとも早めにシャワーを浴びてしまい、ベッドにゴロンと寝転がった。大きめの
そのベッドは二人で寝るには充分で、ゆっくりとくつろぐことが出来る。
「すっげぇ眠い・・・。」
「お前、昨日あんまり寝てないもんな。ちょっと寝れば?」
「いいか?」
「別に俺がダメだっていう理由はねぇよ。ラクダの上でも寝かせてもらったわけだし?昼
寝って感じでさ、寝ればいいじゃねぇか。」
宍戸は昨日充分に寝たので、かなり余裕がある。それを聞いてホッとしたのか、跡部はゆ
っくり目を閉じた。
「じゃあ、二時間して起きなかったら起こしてくれよな。」
「おう。」
せっかく最後の夜なのだ。寝ちぎるなんてしたくない。宍戸にそんなことを頼むと跡部は
深い眠りにつく。寝不足だったため、あっという間に夢の中。跡部が熟睡している間にそ
おっと宍戸は部屋を抜けた。
それから、数時間後。跡部は自ら目を覚ました。二時間なんてとおに過ぎている。あたり
を見渡すと宍戸の姿が見当たらない。
「ん・・・今、何時だ?それに、亮はどこに行った?」
「わっ!!」
「うわあっ!!」
跡部の死角から宍戸は突然現れる。当然、寝起きの跡部は素で驚いた。
「あははは、大成功!!」
「り、亮!?」
宍戸の姿を見て、跡部はさらに驚く。今の宍戸はまるで古代エジプトの女性のような格好
をしている。髪を下ろし、冠をかぶっている様はまさに古代エジプトの王女。跡部が驚く
のも当然であろう。
「どうだ?似合うだろ?さっき民芸品の店に入った時見つけてさ、ちょっとだけ借りたい
って頼んだら、すっげぇ安い金額で貸してもらえたんだ。」
「いや、マジでビビった。お前、違和感なさすぎだぜ。」
「で、お前のも実はあったりするんだな。」
「は?俺もそんな格好するのか?」
「まさか。お前のはこれ。」
跡部の分だと言って宍戸が出したのは、白い布と腕輪と首飾り。跡部のと言って用意され
た服は宍戸と対称的な古代エジプトの男性の服。何だか安っちぃと思ったが一応つけてみ
る。
「おー、似合うじゃねぇか。」
「当然だろ。俺様は何でも似合う。」
「へへ、せっかくだから、しばらくこのままでいようぜ。」
「・・・・それは、誘いの言葉と受け取ってもいいか?」
「どうぞご自由に。」
そのつもりで言ったのかどうだかは分からないが、宍戸は跡部の言葉にこんなふうに返す。
それならばと、跡部は宍戸をベッドの上に招き入れた。
to be continued