千歳×橘
千歳Side
「お、来た。」
「俺の方から呼び出しといて、遅れてすまない。」
「はは、たいして待っとらんけん、そぎゃん慌てんで良かよ。」
バレンタイン当日、橘は大阪に遊びに来ていた。千歳に会いにきていると言っても過言で
はないので、学校が終わっている時間くらいに千歳を呼び出した。
「お前ももう少し時間がかかると思ってたんだけどな。」
「連絡もらった時、たまたま近くば散歩しとっただけばい。」
「そうか。」
「それで用事があるって話ばってん・・・」
千歳のその言葉を聞いて、橘は用意していたチョコレートを差し出す。
「ああ、これをお前に渡したくてな。バレンタインのチョコばい。」
「バレンタインのチョコ?俺がもらって良かと?」
「もちろんばい。お前のために用意したんだからな。」
「ありがとう。もらえるとは思うとらんかったけん、嬉しいサプライズやね。」
「はは、サプライズのつもりはなかったんだがな。」
橘からバレンタインのチョコレートをもらい、千歳の胸はふわふわと温かくなる。千歳が
嬉しそうな顔をしているのを見て、橘もいい気分になっていた。
「こんふわふわした気持ちのまま帰るのはちょっともったいなかけん・・・」
「ふわふわした気持ちって、面白い表現をするな。」
「少し散歩につき合ってくれん?」
「構わんばい。時間はまだまだあるしな。」
せっかく橘が自分のところへ遊びに来ているのだからと、千歳はいつもの散歩に橘を誘う。
特に予定のない橘はその誘いに乗った。
「散歩て言うたばってん・・・」
「おう。」
「どこ行くかは決めとらんとよ。風の吹くまま気の向くままやね。」
「お前らしいな。」
「それとも、どこか行きたいところはあるね?」
ただの散歩でもいいが、橘が行きたい場所があればそこに行くのがよいと、千歳は行きた
い場所がないか尋ねる。
「こっちに何があるかはよく分からないからなぁ。あ、ここに来る途中で屋形船を見たん
だが、あれは乗れるものなのか?乗れるんだったら乗ってみたいな。」
千歳のもとへ来る前に屋形船を見たと橘は話す。四天宝寺のメンバーとも何度か乗ってい
るので、その屋形船に乗れることを千歳は知っていた。
「おお、なかなか風流なチョイスばい。」
「おっ、それなら乗れるんだな。」
「遅くなると乗れんくなるかもしれんけん、少し急ごうかね。」
「ああ。」
屋形船は運航時間が決まっているので、少し急いだ方がよいと千歳は橘を連れて屋形船の
場所へと向かった。
「こぎゃんして船に乗りながら、ゆっくり景色ば見るとも――」
ビュオオォ・・・・
「・・・くしゅんっ!」
屋形船の上から景色を見ていた二人だが、突然強い北風が吹き抜ける。冷たい風を受け、
橘は一つ大きなくしゃみをした。
「・・・っと、さすがに風が吹くと冷えるか。くしゃみしとったけど、大丈夫?」
「大丈夫ばい。ばってん、結構冷えるな。」
景色はいい感じだが、水上はやはり冷えると橘は苦笑する。そんな橘に千歳は持っていた
カイロを渡す。
「カイロ余っとるけん、使って良かよ。あとで温かい飲み物も買おうかね。」
「ありがとな。少しはマシになったばい。」
気を使ってくれる千歳の態度が嬉しくて、橘は微笑みながらお礼を言う。外はやはり寒い
ので、屋根のある座敷の方に入ろうと千歳は橘の手を引いて、座敷側へと移動した。
「座敷側に入ったら、外よりは寒さはマシかね。」
「そうだな。ばってん、景色が見えづらくなるのが少し残念ばい。」
屋根や壁のある座敷側に入ると寒さはだいぶ和らぐ。しかし、その代わりに外の景色は多
少見づらくなってしまう。それを残念がる橘に、千歳はある提案をする。
「だったら、窓の近くに行けば良かよ。」
「そうすると、結局風が当たって寒くならないか?」
「畳に座れるし、こうすればいいばい。」
窓の側に腰を下ろすと、千歳は橘の体を後ろから抱き締める。千歳の腕にすっぽり覆われ
て、かなりの暖かさを感じるがその体勢は橘にとってかなり恥ずかしかった。
「あー、確かにこれならそれなりに暖かいが、こぎゃんくっついてるのはさすがに・・・」
「桔平とは多少身長差あるし、窓のとこからだったら一緒に景色が見たいだけとしか思わ
んばい。」
「そうか。だったら・・・」
同じ窓から景色を見るのならこれくらいくっついていても仕方がないと、千歳は橘を納得
させようとする。くっついていて少しドキドキしていることもあり、二人の体は次第に温
まってくる。
「ほんなこつ、こぎゃんしてるとそこまで寒くなかね。」
「ああ。これなら純粋に景色が楽しめていいな。」
「こっちに来てから、結構この景色は見とるばってん、桔平と見るとまた違って見える気
がするたい。」
「俺は初めてだからどれも新鮮で楽しいぞ。」
「それはよかったばい。桔平が楽しんでくれてるなら、それ以上のことはなかね。」
何度も見たことがある景色も一緒に見る者が変わればまた違って見えると、千歳はしみじ
みとそう口にする。橘が楽しそうなこともあいまって千歳は嬉しくなる。
「なあ、千歳。あれは・・・」
『っ!!』
窓の外に気になるものがあり、千歳に聞いてみようと橘は振り返る。もともとかなりくっ
ついていたこともあり、一瞬口と口がぶつかる。
「っと、悪い。思ったより顔が近くにあって・・・」
「あはは、ちょっとビックリしたばってん、大丈夫ばい。」
「今、ちょっと当たったか?」
「んー、どうやろ?一瞬やったから分からんね。」
「そうか。」
どちらも明らかに当たっていたことに気づいているのだが、何となく恥ずかしく誤魔化し
てしまう。
「別に気にすることはなかよ。ちょっとドキドキはしとるけど。」
「そうだな。さっきまで寒かったのが嘘みたいに顔が熱くなっとるばい。」
「まあ、こぎゃん感じも俺は悪くなかち思うばい。」
「それは、少し分かる。」
ドキドキして顔が熱くなるのを感じながらも、それはそれで悪くないと二人は笑い合う。
「で、桔平はさっき何を言いかけたと?」
「あー、さっきので忘れちまった。はは、何だったかな?」
「思い出すまで、また景色を見てればいいばい。」
まだ時間はあるので、もうしばらく屋形船からの景色を楽しもうと二人はくっついたまま、
外の景色に視線を移した。
「あー、空の色が綺麗かねぇ。」
「そうだな。いつの間にか日が傾いて夕焼けになっとるばい。」
「話するとが楽しゅうて、つい夢中になっとった。」
「少し寒かったが、お前と話してたらそんなことも忘れてしまった。」
屋形船を下りた後も、二人は散歩をしながら話をしていた。二人でいる時間が楽しくて、
時間はあっという間に過ぎていった。
「名残惜しかばってん・・・そろそろ帰さんといかんね。」
「電車の時間もあるしな。俺ももう少しお前といたいが、こればっかりは仕方なかね。」
帰る電車の時間があると橘はそんなことを言う。どちらも名残惜しさ全開で顔を見合わせ
る。
「俺も帰ってもろうたチョコば食べるばい。気をつけて帰りなっせ。」
「ああ。お前も気をつけて帰れよ。」
そんな会話をして、橘は駅の中へと向かう。橘の姿が見えなくなるまで、千歳は橘を見つ
めていた。
ホワイトデー
「呼び出して悪かね。渡したいものがあって・・・」
「いや、大丈夫だ。ここに来るのもお前に会いに来てるようなもんだしな。」
「これ、バレンタインのお返し。」
「そうか。ホワイトデーだもんな。ありがとう。」
ホワイトデーにも千歳のもとを訪れている橘は、千歳からバレンタインのお返しを受け取
る。
「チョコ、たいぎゃ美味かったばい。」
「そりゃよかったばい。気合い入れて作った甲斐があった。」
やっぱり手作りだったかと、千歳は橘の手作りチョコが食べれたことを嬉しく思う。
「やけん、俺もお返しに美味いもんば渡そうと思って用意したったい。」
「そぎゃん言われると、食べるの楽しみになるばい。」
千歳なら自分の好みを把握してくれているので、間違いなく美味しいものを準備してくれ
ているはずだろうと、橘はもらったお返しを開けるを楽しみにする。
「用はそれだけばい。また今度、散歩につき合ってくれると嬉しか。」
「ああ、もちろん。俺的には今からでも構わないがな。」
せっかくここで会えたのだ。バレンタインのときと同じように二人で過ごすのも悪くない
と橘はそんなことを言ってみる。それならばと、千歳は橘と一緒に散歩がてら寮に向かう
ことにした。
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橘Side
「悪い、日直の仕事が長引いて少し遅れてしまった。」
バレンタインの日、東京に来ているという千歳に橘は呼び出される。
「大丈夫ばい。そこまで待ってなかよ。桔平、今日が何の日か知っとると?」
「ん?今日が何の日か・・・?」
「それが目的で、今日は桔平に会いに来たばい。」
「それぐらい知っているぞ。バレンタインデーだろう。」
今日が何の日か聞いてくる千歳に、橘は迷わずバレンタインデーだと答える。
「正解たい。というわけで、桔平にチョコレートばい。」
「チョコレート・・・。俺にくれるのか。」
まさか本当にバレンタインのために東京まで来たのかと、橘は驚いたような反応を見せる。
「桔平は甘いのが苦手やけん、甘さ控えめのものにしたばい。」
「甘さ控えめのものにした?俺の好みの事まで気を使ってくれたんだな。」
「せっかくやから、美味しく食べて欲しいけんね。」
「本当にありがとう。大事に食べる。」
「喜んでもらえて良かったばい。」
驚きはするものの、自分を想ってくれている千歳からチョコレートをもらって悪い気はし
ない。そんな千歳ともう少し一緒にいたいと、橘は千歳を誘う。
「ところで、この後なんだが・・・」
「この後?」
「このまま帰るというのもなんだし、どこかへ行かないか?お前の都合がよければだがな。」
「良かよ。どうせこの後は暇やけん。」
「つき合ってくれるんだな。ありがとう。」
「礼を言われるほどのことではなかよ。」
橘に会いに来ているため、千歳は他にこれといった予定はなかった。千歳と出かけられる
のが嬉しくて、橘はお礼を言う。
「とはいえ急に誘ったから、行き先はまだ考えられていなくてな。」
「どこがいいかねー。まあ、桔平とだったらどこでもいいけん。」
「せっかくだから、お前の希望も聞きたい。やりたい事や行きたい場所はあるか?」
「そやねぇ・・・ちょっと小腹が空いてるけん、ファミレスで何か食べたか。」
「そういえば、俺も小腹が空いてきたな。ファミレスだと軽食もいろいろありそうだ。」
どちらも軽くお腹が空いているということもあり、ファミレスで軽食をとることにする。
「なら、決まりやね。このへんにファミレスあるとね?」
「向こうの通りにある店なら知っているぞ。そこでよければ行ってみるか。」
ファミレスであれば、食事を取りながら気負わず話ができると、橘は近くのファミレスに
千歳を案内した。
「うん、たいぎゃうまかね。」
「フッ・・・お前は本当に美味そうに食べるな。」
「ほんなこつ?俺としては普通に食べてるだけばい。」
ファミレスの軽食なのでそれほど豪華なものではないのだが、非常に美味しそうに食べる
千歳を見て、橘はなんとなく良い気分になる。
「そうだ、何か好物はあるか?物にもよるが、今度作ってくるぞ。」
「桔平の作るもんだったら何でも美味いけん、桔平の得意なものでよかよ。」
「そんなにいい顔で食べてくれるのかと思うと、俺もひとつ腕を振るいたくなってな。は
は・・・」
「そりゃ楽しみばい。」
料理が好きな橘は、自分の料理を美味しそうに食べる千歳の姿を思い浮かべ、そんなこと
を言う。千歳も千歳で橘が作る料理が大好きなので、橘のそんな言葉を聞いて心からわく
わくとした気分になる。
「というか、お前は今日は俺にチョコ渡すために大阪から来たのか?」
「そうやね。別に桔平に会いたくなったら来るけん、そんなにわざわざという感じはなか
ばってん。」
「お前のそういうところは、本当感心するレベルだな。」
バレンタイン関係なく、自分に会いたいからという理由で、わざわざ大阪から東京までや
ってくる千歳に、少々呆れつつも感心してしまう。
「本当は毎日でも会いたいと思うとるけん、これでも相当我慢してる方ばい。」
「はは、そんなにか。確かに全国大会の後は毎日のように連絡くれるもんな。」
離れていた時期もあったが、今ではわだかまりも解け、お互いに必要だと思っている。そ
れは東京と大阪という物理的に離れた場所にいたとしても、その想いは変わらないのだ。
「桔平は、料理も上手だし、アイロンがけも得意で、しっかりしてて、ほんなこつ嫁に来
て欲しいくらいたい。」
「今すぐには無理だな。」
「そりゃそうばい。ん?じゃあ、いずれは・・・?」
「いずれは・・・な。」
冗談めいて嫁に来て欲しいという言葉に、橘は肯定的な返事をする。それも冗談かもしれ
ないが、千歳にとっては非常に嬉しい答えであった。
「えっ!?ほんなこつ!?」
「はは、どうだろうな?まあ、お前はすぐどこかへ行ってしまうし、だらしないからなあ。
俺がついていないととは思ってるぞ。」
「それが冗談じゃなくて、少しでも本気やったら、たいぎゃ嬉しか!」
「それはお前がどう思うか次第じゃないか?」
「えー、そんなん期待するに決まってるばい。」
「それじゃあ、俺はその期待に応えないとな。」
千歳がテンション高くその話題に乗ってくるので、橘も楽しげに言葉を返す。あまりに千
歳の反応が良いので、思わず顔も緩んでしまう。
「そぎゃん笑顔で言われたら、ドキドキしすぎて、俺の心臓が持たんばい。」
「大袈裟ばい。」
「大袈裟なんかじゃなか。好いとお相手にそぎゃんこつ言われたら嬉しくて、ドキドキし
すぎてあからん。」
橘の言葉を本気で捉えている千歳の胸はあまりのときめきに、ドキドキと速いリズムを刻
んでいた。
「お前がプロポーズみたいなこと言い出すから、ちょっとノってやろうと思ってな。」
「え?じゃあ、やっぱり冗談・・・?」
「お前はどうなんだ?さっき言ったことは冗談なのか?」
「いや、半分・・・もっとか。9割くらい本気ばい。」
橘に嫁に来て欲しいという言葉はほぼほぼ本気だと。千歳はそう返す。だったらと橘も同
じように返した。
「それはもうほぼ冗談ではないな。だったら、俺も同じばい。」
「っ!!」
「さっきの聞いて、結構嬉しいと思ったしな。」
「桔平〜!」
「こらこら、こんなとこではしゃぐな。」
こんな他愛もない会話で盛り上がるのが楽しくて、二人はしばらくファミレスで過ごす。
ただ食べて話すだけの時間も、二人にとっては非常に充実した時間となった。
「こんな時間まで連れ回してしまって悪いな。暗くなってしまうし、そろそろ帰るか。」
「んにゃ全然気にすることなかよ。俺も桔平とたくさん話せて楽しかったし。」
「改めてだが、バレンタインのチョコレートをありがとう。」
「どういたしまして。」
あらためて橘からお礼を言われ、少し照れながらも千歳はそう返す。
「お前からチョコレートをもらえて、こうして時間を一緒に過ごせるなんてな。今日は本
当にいい1日だった。」
「そう言ってもらえて嬉しか。俺にとってもいい1日だったばい。」
今日は非常にいい時間が過ごせたと、どちらも満足そうに笑う。少しの寂しさはあるが、
いつまでも遊んでいるわけにもいかない。
「・・・ガラにもなく浸ってしまった。それじゃあまた明日、学校でな。」
「はは、明日まではこっちにいることにするばい。」
なんとなく同じ学校に通っている雰囲気で、橘はそう言ってしまう。橘がそう言うならと
千歳はもう1日東京にいることを決めた。
ホワイトデー
「よう。ホワイトデーだから、1か月前のお返しを渡したいと思ってな。」
「そう思って、今日も桔平に会いに来たばい。」
バレンタインのときと同じように、千歳は橘に会いに来ていた。
「改めてになるが、あのチョコレートは本当に美味かった。なんというか、お前の心づか
いを感じる温かい味だった。」
「口に合ったようでよかったばい。」
橘の好みを考え、心を込めて準備したチョコレートを喜んでもらえて、千歳は嬉しそうに
笑う。
「だから俺も感謝の気持ちを込めて、喜んでくれそうなプレゼントを選んでみたんだ。」
「それは開けるのが楽しみばい。まあ、桔平からもらえるんやったら、どんなものでも嬉
しいと思うけんね。」
「受け取ってくれると嬉しい。バレンタインはありがとう。」
「受け取らんなんてことなかよ。お返し、ありがとう。」
橘からバレンタインのお返しを受け取ると、千歳は満面の笑みでお礼を言う。橘といると
とてもいい気分になるので、やはり、定期的に橘に会うことが必要だと思ってしまう。
「また誘わせてもらうから、一緒に出かけよう。それじゃあな。」
「楽しみにしてるばい。」
今日はそこまで時間がないようでこれから出かけることはできないが、また誘わせてもら
うという言葉に千歳は心を躍らせた。