Quarter of Cat 〜その7〜(お昼寝中)

「おい、亮!いるか?」
今日は久々に何も用事がねぇ。たまには思う存分亮に構ってやらねぇとな。
久しぶりに外出する用事が何もない跡部は、宍戸と遊んでやろうと宍戸の名前を呼ぶ。し
かし、宍戸の返事はない。確かに部屋にいるはずなのだが、その姿も見当たらない。
「どこ行っちまったんだ?」
キョロキョロとあたりを見回してみると、真っ白なソファの肘掛けで、黒い尻尾がぴくぴ
く動いている。
「居るんだったら返事くらいしろよな。」
そう呟きながら、跡部はそのソファへと向かった。
「亮、今日は何も用がねぇから一緒に・・・・」
後ろからのぞきこむような形で声をかける跡部だが、その言葉は途中でピタっと止まった。
ふわふわのクッションに頭を任せながら、気持ちよさそうな寝息を立て、宍戸は眠ってい
る。いつもよりいくらか幼いその寝顔に跡部はすっかりハマってしまった。
「可愛いじゃねぇの。」
ふっと笑いながら、長い黒髪に触れる。きちんと結ばれていないその髪は、いい感じにほ
つれ、宍戸の可愛さをより一層強調させていた。そんな宍戸にもっと近づいてやろうと跡
部は、宍戸が眠っているすぐ横に腰かける。その気配に気づいたのか宍戸はいったん目を
覚ました。
「ん・・・けーご?」
「どうした?」
「何かすげぇ眠みぃ・・・」
「まだ寝ててもいいぜ。」
「んー、じゃあ・・・」
寝ぼけ眼な宍戸の瞳は、跡部の顔を捉えた後、また静かに閉じられてしまった。跡部がす
ぐそばにいることに安心したのかさっきよりも深い眠りについてしまったようだ。しかし、
さっきとは違うところがもう一つ。先程までは柔らかで手触りのよいクッションを枕にし
ていたのだが、今度はソファに座っている跡部の膝を枕にして眠っている。宍戸にとって
は柔らかなクッションよりも暖かい跡部の膝の方がよっぽど寝心地がいいのだ。
「こういうところは、本当猫っぽいよなあ。」
自分の膝を枕にし、しかも丸まって眠っている宍戸を見ながら跡部は穏やかに笑う。今日
は外に連れ出してやろうと思っていたのだが、この寝顔を見ているとそんなことはどうで
もよくなってしまった。
「しばらくこいつの寝顔でも見て、暇を潰すか。」
そんなことを言いつつも跡部は今自分が暇とは全く思っていない。宍戸の側に居ること、
宍戸の寝顔を眺めることは跡部にとって一つの楽しみである。そんなことをしている時は
暇などという言葉は不釣合いであろう。しばらく黙って宍戸の寝顔を見ていた跡部であっ
たが、さすがにそれだけでは飽きてしまう。
見てるだけじゃ、やっぱつまんねーな。ちょっと悪戯してやるか。
そんなことを考えつつ、跡部は宍戸の黒い猫耳にそっとキスをした。
「んっ・・・にゃぅ・・・」
眠っていてもその感覚は分かるようで、宍戸は小さく声を上げるとちょうど仰向けになる
ような形で寝返りを打つ。これはいい体勢になったと跡部はさらに悪戯を発展させた。
こんな無防備な姿見せられちゃあ、手出さないわけにはいかねぇよな。
額、まぶた、鼻、頬、唇と跡部は宍戸の顔の至るところに口づけを施す。しかし、宍戸は
全く起きる素振りを見せない。
全然起きねぇな、こいつ。どんだけ熟睡してんだよ?まあ、いい。さすがにこうすれば起
きるだろ。
全く起きる気配のない宍戸に、跡部はさらに深く口づける。寝息を立てる唇の小さな隙間
から舌を入れると、ゆっくりを口の中を探り始めた。
「ん・・・ぅ・・・・」
小さく反応を示すものの宍戸はやはり目を覚まさない。ここまでして起きないということ
に跡部はひどく驚いた。
ここまでして起きねぇとはな。眠り姫よりやっかいだぜ。でも、まあ、このまま何度もキ
スしてやるってのも悪くはねぇな。
宍戸が全く抵抗しないのをいいことに跡部は、自分が満足するまで何度も何度も口づけを
繰り返す。眠ってはいるものの、無意識に宍戸は跡部のキスに応えていた。普段からされ
ていることなので、条件反射で返しているようだ。そんな甘く激しいキスを十分に味わう
と、跡部は満足そうな溜め息を漏らし、柔らかな黒髪をかき上げた。
「ふぅ・・・本当に起きねぇな。でも、寝ててもしっかり舌を絡め返してきやがったし、
なかなかいい感じだったな。」
大満足という感じで、ソファに寄りかかり目を閉じていると、むくっと宍戸が起き上がっ
た。やっと、夢から覚めたようだ。
「お、起きたか?」
「・・・・・」
まだ頭がぼんやりしてるようで、宍戸はぼーっとしながら跡部の顔を眺める。しばらくし
て、頭がしっかり起きてくると宍戸は何かを思い出したような素振りを見せた後、ぼっと
顔を赤らめた。
「あ・・・」
「どうした?」
「い、いや・・・別に、何でもない。」
「でも、顔がありえねぇくらい真っ赤だぜ?熱でもあるのか?」
顔が赤い理由など跡部は百も承知だった。どう考えてもさっきのキスが原因であろう。し
かし、そんな事実を宍戸は知らない。にも関わらず、宍戸は何かに気づいたことで顔が赤
くなったのだ。
「今の昼寝でな・・・・」
「ああ。」
言い訳をするように宍戸は呟く。うつむき加減で跡部の様子を窺うその仕草は、どこか恥
じらうような様子が見られ、そんな態度が跡部にはかなりツボだった。
「すげぇ夢・・・見ちまった。」
「へぇ。どんな夢だ?」
「景吾にな、何度も何度も・・・キスされる夢。」
実際にやっていたので夢ではないのだが、宍戸はすっかり夢だと思い込んでいる。
「俺にキスされる夢?ふーん。夢の中でのキスはどんな感じだったんだよ?」
「何かすっげーリアルだった。景吾にキスされた時のあの独特の気持ちよさとか・・・・
舌の感覚とか味とか・・・もうありえないくらいハッキリしてた。」
そのことを思い出しているのか、宍戸の顔はさらに紅潮し、放つ言葉にもハッキリとした
興奮が見られる。まさかさっきのあれが宍戸の夢にそこまで影響を与えているとは思って
いなかったので、跡部は何となく嬉しくなってきてしまう。
「そんなにリアルだったのか?」
「おう!もうビックリするくらい。・・・こんな夢見るなんて、俺、おかしいか?」
おずおずと尋ねる宍戸は本当に可愛らしい。起き上がったことによって、さっき跡部がか
き上げた髪は顔にかかっている。そんな少し乱れ気味の髪の毛が、寝起きの宍戸の姿はい
つも以上に色っぽくさせていた。
「全然そんなことないぜ。夢の中でも俺様の姿が見られるなんていいことじゃねぇか。」
「別に景吾が出てくるのは全然構わないんだけどよ、夢の内容があんなだと、ちょっとさ
あ・・・・」
「夢の中での俺様のキスは気持ちよかったか?」
「えっ?・・・お、おう。」
率直な感想を聞かれ、宍戸はドギマギしてしまう。現実だろうと夢であろうと跡部のキス
は気持ちがいい。それは宍戸にとって確かなことだ。そんなことを考えていると、何だか
変な気分になってきてしまう。
「当然だな。亮はそれだけ俺のことが好きってことだ。」
「そうなのかなあ?」
「そうなんだよ。」
「あのさ・・・景吾。」
「あーん?何だよ?」
「キスしてもいいか?」
さっきからあんな話ばかりしているので、無性にしたくなってしまったのだ。宍戸の突然
の頼みに跡部は柄にもなくドキンとしてしまう。こっちからすることはいくらでもあって
もここまで率直に宍戸から言ってくることはない。
「あ・・・何だって?」
「だからー、キスしてもいいかって聞いてんだよ!・・・何度も言わせんな。」
「あ、ああ。別に構わねぇぜ。」
まだ宍戸の言ったことが信じられず、跡部はぼーっとしたまま答える。許しがもらえたん
ならと、宍戸は跡部の膝を跨ぎ、きゅっと瞳を閉じて顔を近づける。
ちゅっ
跡部のような激しいキスを宍戸がするはずもなく、唇がピタッとくっつける程度のキスを
する。それだけで宍戸は満足なようで、しばらくそのままでいた後、パッと離してニッコ
リ笑った。
「へへへ、景吾にキスしてやったぜ。」
さっきあれだけ自分からしたにも関わらず、跡部の顔はこの一回のキスで先程の宍戸くら
いに赤く染まった。近づいてくる宍戸の顔、柔らかな唇が触れる感触、長い髪が頬に触れ
るくすぐったさ、全てが頭の中で鮮明に繰り返される。それがもう嬉しくて、しかし、ど
こか照れくさく跡部はすっかり放心状態だ。
「景吾?顔真っ赤だぜ?」
悪戯っ子のように笑って、宍戸は言う。その声にハッとし、跡部はぎゅっと宍戸の体を抱
きしめた。
「うわっ・・・」
「やってくれるじゃねぇか。」
「俺、景吾みたいなキス出来ねぇけど、それでもいいのかよ?」
「ああ。十分だぜ。」
跡部に抱きしめられながら、宍戸はくすくす声を立てて笑う。跡部も顔を赤くしながらも
その顔は満足そうな笑みが零れていた。
「お前、髪ぐちゃぐちゃだぜ。俺が直してやるよ。」
「仕方ねぇじゃねぇか。さっきまで寝てたんだからよ。」
「ほら、向こうむけ。」
「おう。」
跡部に言われ、宍戸は跡部の膝から下り、床の上にペタンと座る。髪を結ばれながら、宍
戸は呟くように跡部に話しかけた。
「なあ、景吾。」
「ん、何だ?」
「また、お前の膝で昼寝させてくれねぇ?」
「俺の膝で?どうしてだ?」
「景吾の膝って、すげぇ寝心地いいんだもん。それに、いい夢見れるし。」
「さっきの夢は、お前にとっていい夢なのか?」
「当たり前だろ。だって、お前が出てくんだもん。それにやっぱお前にキスされるのって
夢でも気持ちイイしな。」
恥ずかしそうにけれども嬉しそうに宍戸は言う。それを聞いて跡部は思わずニヤけた。夢
を操作してしまった感はあるが、この際そんなことはどうでもいい。きちっと髪を結び終
えると、跡部は宍戸の頭をポンポンと叩き、宍戸の可愛らしいお願いに答える。
「俺が家にいるときは膝枕くらいいつでもしてやるよ。その代わり、お前の俺の言うこと
ちゃんと聞けよな。」
「おう!」
「さてと、髪もきっちり結べたし、これからどっか出かけるか?」
「えっ!?いいのか?」
「ああ、今日はもう特に用事もねぇしな。」
「じゃあ、じゃあ、ゲーセン行きたい!!」
「いいぜ。どこでも連れてってやるよ。」
もうだいぶ夕方に近づいているが、そんなことは関係ない。これから出かけても十分遊べ
ると二人は出かける用意をする。宍戸はいつもの帽子をかぶるとドアの前まで駆けて行っ
た。
「行こうぜ!景吾!!」
「そんなに慌てるなよ。」
昼寝をして元気いっぱいの宍戸と嬉しいこと満載で機嫌のいい跡部。どちらにウキウキし
た気分で部屋を出て行った。

                                END.

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