「よっし、宿題終了。後は明日の用意をして寝るだけ・・・」
パタパタパタ・・・パーンっ!
「久々知くん!!」
今日出された宿題を終わらせた久々知が筆や教科書を片付けていると、部屋の障子が勢い
よく開き、知った顔が現れる。
「タカ丸さん。こんな時間にどうしたんですか?」
「あのねあのね、今日出された宿題で、どーしても分からないところがあるんだ。だから、
久々知くんに教えてもらおうと思って。」
「四年生の問題ですよね?だったら、同じ四年生に聞いた方がその子達のためにもなるし、
手っ取り早いんじゃないですか?」
「そうしようと思ったんだけど、何かみんな忙しいみたいで。」
久々知のところに来る前に、タカ丸は同じ学年の滝夜叉丸や三木ヱ門、綾部に宿題を教え
てもらおうと思ったのだが、マイペースで自分中心なメンバーが多い学年が故に、断られ
てしまった。そのため、一番同じ学年以外で一番身近な久々知に教えてもらおうとやって
来たのだ。
「それなら仕方ないですね。とりあえず、入ってください。」
「わーい、ありがとう!!」
教えてもらえるということで、タカ丸は喜びながら久々知の部屋に入った。机の上にまだ
片付けていない帳面が置いてあるのを見て、先程まで久々知も宿題をやっていたのだとい
うことに、タカ丸は気づく。
「久々知くんも今まで宿題してたの?」
「はい。もう終わりましたけど。」
「さっすがぁ。五年生にもなると宿題終わらせるのも早いねー。」
「今日のはそんなに難しいものじゃなかったですし。大したことではないですよ。それよ
り、タカ丸さんの宿題早く始めて、パパッと終わらせちゃいましょう。」
「はーい。」
もう夜も遅いし、宿題にそんなに時間をかけるのもあれだろうと、久々知はタカ丸に分か
らないというところを分かりやすく教えながら解かせてゆく。もともと頭の良い久々知は
教えることも得意で、久々知の説明を聞いて、タカ丸はしっかりと分からなかったところ
を理解した。
「・・・で、ここがこうなるから、答えはこれになります。」
「へぇ、そっか!すっごい分かりやすい。久々知くん、教えるの上手だねー。先生みたい。」
「これでも一応、成績は良い方ですから。」
「久々知くんのおかげで、宿題全部出来たよー。ありがとう!!」
「どういたしまして。」
出来なかった宿題が全部出来たと喜ぶタカ丸と、教え方が上手いと褒められ気分のいい久
々知。どちらも嬉しそうな様子で、机に出ていたものを片付ける。ある程度片付け終わる
と、何故かタカ丸は机の上に髪結い道具を出し始めた。
「何してるんですか?」
「宿題教えてくれたお礼。久々知くんの髪の毛、手入れしてあげる。」
「べ、別にいいですよ!」
「いいの!ぼくがしたいんだから。」
ハッキリとそういうタカ丸に久々知はほだされてしまう。一応ある程度の手入れはしてい
るが、髪が長いが故にどうしても完璧には出来ない。たまには専門にそういうことが出来
るタカ丸にそれを任せてしまっていいかなと、久々知は素直にタカ丸の好意を受け取るこ
とにした。
久々知の長く柔らかな黒髪を櫛で梳かしつつ、タカ丸は鼻歌を歌う。
「すごく機嫌よさそうですね。」
「んー、だってぼく、久々知くんの髪大好きだもん。」
「どこがそんなに好きなんですか?」
「えーと、この指通りのいい手触りとか、こんなに長いのに、大した痛みもなくて綺麗な
黒髪なところとかかな?」
「なるほど。」
あまり興味なさげな声を上げる久々知だが、内心は自分の髪をそこまで褒められ、嬉しく
て仕方がなかった。タカ丸に髪を梳いてもらう心地よさに浸りながら、久々知はほんの少
し顔を緩ませる。
「ねぇ、久々知くん。」
「何ですか?」
「久々知くんは豆腐が好きなんだよね?」
「はい!」
「じゃあさ、ぼくと豆腐とどっちが好き?」
「豆腐です。」
「あうっ。」
冗談じみた口調でそんなことを問うタカ丸の質問に、久々知は即答した。そこまでハッキ
リ言われるとガッカリする気も起きなくなってしまう。しかし、少しは残念がってみせよ
うと、苦笑しながらタカ丸は言葉を続けた。
「ひどいなあ。」
「だって、本当のことですから。」
「そこらへんが、久々知くんっぽくていいんだけどね。」
「タカ丸さんも俺のこと、豆腐小僧とか思ってますよね?」
「そんなこと思ってないよー。豆腐はぼくも美味しいと思うし。」
「ですよね!豆腐は最高の食材ですから。」
豆腐の話をした瞬間、生き生きとし始める久々知を見て、タカ丸は笑ってしまう。ちょっ
と豆腐が羨ましいと思いながら、また違う質問をタカ丸は久々知に投げかけた。
「なら、目の前で食べたかった豆腐料理が五年生の他のメンバーに食べられちゃうのと、
ぼくが忍術学園をやめちゃうのと、どっちが悲しい?」
「そんなの決まってるじゃないですか。」
また豆腐と答えるんだろうなあと思って、タカ丸が苦笑していると、久々知はタカ丸の方
を振り返り、ハッキリと言い放った。
「タカ丸さんが学園をやめちゃう方が何倍も悲しいです。」
「えっ?」
予想に反した答えにタカ丸はポカンとしてしまう。どっちが好きかと聞いたときには、迷
わず豆腐を選んだのに、何故今の質問では、自分の方を選ぶのかが理解出来なかった。
「な、何で?」
「だって、豆腐料理はまた作ればいいだけだけど、タカ丸さんは一人だけですから。」
「でも、ぼくが学園をやめたって、町で髪結いとして働いているわけだから、会おうと思
えばいつでも会えるよ?」
「確かにそうですけど、俺はタカ丸さんと一緒に委員会活動したり、さっきみたいに宿題
を教えたり、こんなふうに髪を弄ってもらったりするのが好きなんです。タカ丸さんが学
園をやめたら、そういうことが何にも出来なくなっちゃうじゃないですか。そんなの寂し
いです。」
恥ずかしがりもせず、そんなことをポンポンと言ってくる久々知に、タカ丸は真っ赤にな
ってしまう。
(久々知くんって、本当天然だよなあ。まあ、そんなとこも大好きなんだけど。)
「久々知くんはさ、ぼくのこと好きなの?あっ、豆腐と比べてじゃなくてね。」
「好きですよ。」
「本当に?」
「こんなことで嘘ついたって仕方ないでしょう。」
「へへ、そうだよね。」
意外とあっさり自分を好きだと認める久々知に、タカ丸は顔を緩ませる。もう本当に大好
きだと、思わず後ろからぎゅうっと抱きついた。
「わわっ!!い、いきなり何ですか!?」
「久々知くん、可愛い〜。もう大好き〜!!」
「か、可愛いって・・・な、何言って・・・」
「今日は特別大サービス!!久々知くんの髪を最高に綺麗にしてあげる!!」
そんなことを言いながら、タカ丸は懐から小さな瓶を取り出した。その中身を手にたっぷ
りと垂らすと、長い久々知の髪になじませるように絡めてゆく。いきなり素手で髪を触ら
れ、久々知は驚いた顔をしてタカ丸の方を向く。
「何して・・・」
「これ、椿から取れる油。すっごく高価なものなんだ。」
「えっ!?まさかそれを俺の髪に塗ってるんですか!?」
「うん。」
「い、いやいや、それはダメですよ!!そんなもったいないこと・・・・」
「もったいなくなんかないよ。」
冗談っぽくない口調でハッキリとそう言い切るタカ丸に、久々知はドキっとしてしまう。
前髪を上げるように、久々知の顔を上に向かせながら、タカ丸は言葉を続けた。
「自分の好きな人が綺麗になるのを嫌がる人なんていないよ。しかも、それが自分の手で
綺麗に出来るんだったらなおさら。」
「好きな人って・・・」
「さっきから何度も言ってるでしょ?ぼくは、久々知くんのことが大好きなの。冗談とか
ではなく、本気で。」
「タ、タカ丸さん・・・」
「だから、全部ぼくに任せて。久々知くんのこと最高に綺麗にしてあげるから。」
先程は全く違う雰囲気で紡がれる言葉に、久々知の顔は次第に赤く染まってゆく。
(何でこんなにドキドキしてるんだ俺。)
「タ、タカ丸さん。」
「何?久々知くん。」
このままドキドキさせられているだけでは何だか悔しいので、久々知は先程のタカ丸の発
言に返すような言葉を放つ。
「き、綺麗になってなかったら、もう俺の髪触らせないですからね!」
「はーい♪」
何て可愛らしいことを言ってくるんだと、タカ丸はニヤニヤしてしまう。これはもう腕に
よりをかけて綺麗にしてあげないとということで、タカ丸は久々知の髪に椿油をじっくり
と染み込ませていった。
「よし、出来たよ。」
仕上げに丁寧に櫛で梳かすと、タカ丸は持っていた鏡を久々知に渡した。どんなふうに変
わったのかと鏡の中を覗いて見ると、先程までは少しボサボサだった髪が、見違える程、
つやつやになり、しっとりとまとまった感じになっていた。
「おー、すごい。髪のことにそんなに詳しくない俺でも分かるくらい変わってますね。」
「でしょー?でも、やっぱこれは元がいいから。」
にっと笑いながら、タカ丸は綺麗になった久々知の髪にキスをする。いつもならそんなこ
とするなと怒る久々知だが、何故か今回は怒らない。
(あれ?)
「久々知くん?」
そんな久々知に声をかけるタカ丸だが、何を考えているのか、なかなか久々知は返事を返
さない。そして、しばらくの沈黙があった後、突然久々知はタカ丸の方を振り返り、ぐい
っと寝巻きの襟元を掴むと、うちゅっとタカ丸の唇にキスをした。
「えっ・・・えっ・・!?」
「しゅ、宿題教えただけにしては、お返しもらいすぎだと思ったので・・・。それの採算
合わせのためにしました。」
真っ赤になりながら、そんなことを言ってくる久々知にタカ丸は撃沈。これはもう我慢出
来ないと、がばっと久々知に抱きついた。
「あーもう!!久々知くん、可愛すぎ〜!!」
「ちょっ・・・タカ丸さん、苦しいですよー。」
「ねぇねぇ、もっかい久々知くんから、ちゅうして!」
「いや、もう恥ずかしいので・・・」
「えー、何で〜?」
「あ、タカ丸さん!!こ、このままの体勢だと・・・」
かなり無理な体勢で抱きつかれていたので、その体勢を保てなくなり、久々知はそのまま
布団の敷いてある後ろに倒れてしまう。抱きついていたタカ丸も久々知に引きずられるよ
うに倒れてしまった。
『うわっ・・・』
ドサっ!!
重なり合うように倒れた瞬間、すっと障子が開く。顔を出したのは雷蔵だった。
「兵助ー、宿題やってて墨がなくなっちゃったから、貸して欲し・・・・」
「あっ、雷蔵・・・」
「あ、あはは、ゴメンね。邪魔しちゃったみたいだね。失礼しましたー。」
かなり際どい体勢の状態を見られ、久々知は冷や汗を垂らす。案の定、雷蔵は妙な誤解を
したまま、すーっと障子を閉め、自分の部屋へ戻って行ってしまった。
「あーっ!!違うんだ、雷蔵!!これは事故で!!」
「いたた・・・うっわあ、久々知くんの顔がこんな近くにっ!!」
「と、とにかくどいてください、タカ丸さんっ!!」
「やだ。もうこのまま・・・」
「わああ、ちょっ!タカ丸さんっ!!」
ぎゅうっと目をつぶり、バタバタと暴れる久々知を心底可愛いと思うタカ丸は、特に何も
せずに、そんな久々知を眺めていた。へらーと笑って、しばらくそのままでいると、さす
がにそのことに気づいたのか久々知はゆっくり目を開ける。
「あ、あれ・・・?」
これはチャンスと、久々知がバッチリ目を開けた瞬間、タカ丸はちゅうっと久々知の可愛
らしい唇にキスをする。目を開けたままキスをされるという状況に、久々知は半パニック
状態だ。
「!!!???」
「今日はここまで。いくらぼくでも、久々知くんが本気で嫌がることはしないよー。」
「!!」
「それじゃ、ぼくそろそろ自分の部屋に帰るね。」
これ以上久々知の機嫌を損ねるわけにはいかないと、タカ丸は立ち上がろうとする。そん
なタカ丸の寝巻きの裾を掴んで、久々知はタカ丸の動きを止めた。
「ん?どうしたの?」
「タカ丸さんには、今日は俺と一緒に寝て、でも、絶対に手は出さないっていう約束をし
てもらいます。俺をビックリさせた罰です。」
「久々知くん。」
「べ、別に俺がタカ丸さんと寝たいとかそう思ってるわけじゃないですからね。」
「はーい。喜んでその罰受けさせてもらいまーす。」
別に手を出せなくとも、久々知と一緒に寝られるなんてそんな嬉しい状況滅多にないと、
タカ丸は喜んで久々知の言うことに応じる。どうしてここまでタカ丸には甘くなってしま
うのだろうと思いつつも、好きなのだから仕方がない。頬を赤く染めながら、不機嫌なフ
リをして、久々知は自分の布団にタカ丸を誘い込むのであった。
END.