「鬼は外、福は内」の段

いつものように頭に苦無を頭に差し、文次郎は自主練に励んでいた。ぴょんぴょんと木か
ら木へ、屋根から屋根へと飛び移って移動していると、ふと不穏な気配を感じる。
(何だ?この気配は・・・)
足を止め、注意深く振り返ると、焙烙火矢、図書カード、砲弾、大量の豆と様々なものが
飛んできた。
「うわっ!!な、何だ!?」
間一髪でそれらを避けると、暗闇の中から四つの人影が姿を現す。
「ちっ、外したか。」
「惜しかったなー。」
そんなことを言いながら文次郎の前に現れたのは、仙蔵、長次、小平太、食満の四人であ
った。予算会議でもないのに、こんな攻撃を受ける言われはないと、文次郎はキッと四人
を睨みながら、怒鳴りつける。
「何のつもりだ!?」
「何のつもりって、お前は今日が何の日だか知らないのか?」
「今日が何の日か・・・?」
「今日は・・・2月3日・・・」
「2月3日・・・?」
「そこまで言われて分からないなんて、お前は相当バカだな。」
「何ー!?」
仙蔵、長次、食満の言葉に腹は立てど、何の日かと問われてすぐには思いつかない。何の
日であるかを考えていると、小平太が腕にいくつもの砲弾を抱えて、その答えを口にした。
「今日は節分だー!!鬼は外ー!!福は内ー!!」
にゃはははと笑いながら、砲弾を次々に投げてくる小平太に文次郎は盛大に突っ込む。
「節分の日に投げるのは豆だろう!!お前達が投げてるのは全然豆じゃねぇ!!」
「とりあえず投げれれば何でもいいんだ。」
「私はちゃんと豆だぞ。用具委員お手製の鉄砲で発射するけどな。」
「文次郎・・・未返却の本がまだこんなにある・・・」
文次郎のツッコミなど全く無視で、四人は各々投げたいものを文次郎めがけて投げまくる。
普段から鍛えているとは言えども、優秀な六年生四人相手ではだいぶ分が悪い。とりあえ
ずここは逃げるしかないと、文次郎は走り出した。
『鬼は外ー!!福は内ー!!』
逃げはすれど、投げられているものがものなので、当たるとかなりのダメージを負ってし
まう。容赦のない四人の攻撃に、文次郎はさすがにヘトヘトになってしまい、動けなくな
ってしまった。
「い、いい加減にしろ!!お前ら!!」
「降参か?」
「もう降参でも何でもいいから、早くどっか行け!!」
「降参だってさ。」
「なかなか手強かった・・・・」
「あー、すっきりした。これであとは年の数だけ豆食えばオッケーだな。」
降参という言葉を文次郎の口から聞くと、四人は満足した様子で思い思いのことを言って、
その場から去って行く。
(全く何なんだよ、あいつらは・・・)
四人の意味の分からない行動に腹の立つ文次郎であったが、もう追いかける気力もない。
しばらくその場で休み、やっと動けるようになると、よろよろしながら風呂場へ向かい、
文次郎は泥だらけになった体を洗おうと風呂に入った。

風呂から上がると、とりあえず傷の手当てをしてもらおうと医務室へと向かう。
「失礼します。」
新野先生がいることを前提にそう言いながら障子を開ける文次郎であったが、医務室の中
にいたのは、何故か自分と同じくらい、いやそれ以上にボロボロになっている伊作であっ
た。
「あれ?文次郎。」
「また随分とボロボロだな。お前もあいつらにやられたのか?」
「あいつらって?」
「仙蔵に食満に長次に小平太だ。あいつら、節分だからとか言って、焙烙火矢やら砲弾や
らを俺に向けて容赦なく投げてきやがった。」
そういえば豆まきをしてくると、他の六年メンバーが言っていたなあと思いながら伊作は
苦笑する。
「ぼくは鬼捕獲用の綾部の掘った落とし穴に落ちちゃって。しかも、一回だけじゃなく、
二度も三度も。」
「そりゃまた、不運だな。」
それならこのボロボロさも頷けると文次郎はふっと笑った。そして、あのメンバーの中に
伊作が入っていなかった理由も同時に理解した。
「もう少しで自分の手当て終わるからちょっと待ってね。」
「ああ、別に急がなくていいぞ。」
落とし穴に落ちて出来た傷を自分で手当てし終えると、伊作は文次郎の傷の手当てをし始
める。火傷やら切り傷やら打撲やら、本当にたくさんのケガをさせられているなあと伊作
は文次郎を少し可哀想に思う。
「派手にやられたねぇ。」
「全くだ。いきなり襲いかかってきて、鬼は外、福は内だぜ?」
あまりにも理不尽な攻撃を受け、文次郎はだいぶご立腹だ。そんな怒り気味の文次郎の手
当てをしっかり終わらせると、伊作はあるものを文次郎の前に差し出した。
「今日はちょっとだけ不運だった文次郎におすそ分け。」
そう言いながら伊作が出したものは、真っ白なお皿に乗った二本の恵方巻きであった。
「何だこれ?」
「ここへ来る前に食堂のおばちゃんにもらったんだ。恵方巻きって言うらしいよ。節分に
食べるお寿司なんだって。」
「へぇ、そんなもんがあるのか。」
「恵方巻きは、その年の縁起のいい方向を向いて、目をつぶりながら、何も言わずに丸々
一本食べるんだって。食べながら願い事を心の中で唱えるとそれが叶うらしいよ。」
「そりゃやってみなきゃだな。それで、今年の縁起のいい方向ってのはどっちなんだ?」
「確か西南西って言ってたよ。」
先程のゴタゴタで少しお腹が減っていた文次郎は、食堂のおばちゃん特製の恵方巻きを前
に一気に機嫌がよくなった。お皿の上の恵方巻きを一本取ると、文次郎は西南西の方向を
向き、いただきますと言ってそれを口にする。
「ぼくも食べようっと。」
文次郎が食べ始めるのを見て、伊作ももう一本の恵方巻きを手に取る。大きく口を開け、
目を閉じながら端を口に含み、伊作はハグハグと食べ始めた。
『・・・・・・・』
食べている間は無言でいなければいけないので、しばらくの間沈黙が流れる。先に食べ始
めた文次郎は、何の苦もなく丸々一本の恵方巻きを食べきった。
「ごちそうさま。」
手を合わせて丁寧にそう言うと、文次郎は何気なく伊作の方へ目をやった。自分は難なく
食べれた恵方巻きではあるが、伊作にとってはだいぶ大きいらしく、少々苦しそうに口を
ギリギリまで開いて一生懸命に口を動かしている。
「伊作。」
「む?」
「何かやらしいな。その食べ方。」
ふと呟いた文次郎の言葉に伊作は思わずむせてしまう。
「ぶっ・・・ゲホ・・・ゲホっ・・・・!!」
「大丈夫かよ?」
「い、いきなり何言い出すんだよ!?」
「いやー、口いっぱいに頬張って、もごもご口動かしてるからよ。」
「何連想してんだよ!!全く!!」
むせた所為で、若干涙目になり、先程よりもよりやらしい感じになってはいるが、それを
言うとまた怒らせてしまいそうなので、文次郎は特にそのことに関しては何も言わなかっ
た。少し落ち着くと、伊作はもう一度恵方巻きを手に取り、それを食べようとする。する
と、文次郎がパッとそれを取り上げた。
「何するんだよ?」
「手伝ってやるよ。」
「手伝うって何・・・んむっ!」
「食わせてやるってことだ。」
半強制的に口に押し込めるような形で、文次郎は伊作に恵方巻きを食べさせてやる。無理
矢理食べさせられているにも関わらず、伊作は一生懸命になってそれを食べる。その様が
あまりにも可愛く、かつ色気満点で、文次郎は無駄にドキドキしてきてしまう。
「あむ・・・むぐ・・・むぐ・・・」
最後の一口を食べきると、ぷはあっと口を大きく開け、伊作はハァハァと息を乱す。
「ハァ・・・やっと・・・食べ終わったあ。」
「これで少しは運もよくなるんじゃねぇ?」
まさか文次郎にそんなことを言ってもらえるとは思っていなかったので、伊作は何だか嬉
しくなってしまう。まだまだ呼吸が整わない状態で、伊作はニッコリと笑い、文次郎に視
線を向ける。
「えへへ、そうかな。そうだといいなあ。」
先程からズキュンと胸を打つ表情ばかり見せられて、文次郎はいろいろ我慢出来なくなっ
ていた。
(可愛すぎだろっ・・・・)
そんなことを思っていると、いつの間にか文次郎は伊作をその場に押し倒してしまってい
た。
「ちょっ・・・文次郎?」
「お前が恵方巻き食ってんの見て、息乱してんの見てたら、ムラっとしてつい・・・」
「うわあ、直球ー。」
「仕方ねぇだろ。お前が可愛すぎるのが悪い!責任取れ!」
「何だよそれー。・・・やっぱ、文次郎は鬼役がピッタリじゃん。」
何気なく呟いた伊作の言葉を文次郎は聞き逃さなかった。ちょっと不機嫌そうなふりをし
ながら、ぐいっと伊作の顎を掴む。
「ほほぅ、言ってくれるじゃねぇか。鬼で結構。俺は鬼だから、さっきの恵方巻きじゃ全
然満たされてねぇんだよな。」
「へっ・・・?」
「今からお前を食べてやる。」
「どうせ違う意味の食べるなんだろ?」
冷静にそう返す伊作に文次郎はよく分かってるじゃねぇかと笑う。そして、、伊作の口にち
ゅっと口づけた。
「骨まで残さず食べてやるよ。」
「痛くしないでね。」
「それはどうするかな。だって、俺は鬼なんだろ?」
ニッと笑って文次郎はそう返す。ぷぅーと頬を膨らませ、拗ねたような顔を見せる伊作に
文次郎は吹き出してしまう。
「分かった分かった。痛くはしねぇよ。ほら、ちゃんと俺に掴まっとけ。」
「・・・うん。」
小さく頷きながら、伊作は素直に文次郎の首に腕を回す。どちらも傷だらけではあるが、
そんなことはお構いなしに今したいと思うことをするのであった。
本物の鬼も寝ているだろうと思われる静かな夜更け。傷だらけの鬼は、満腹になるまで美
味なる供物を堪能するのであった。

                                END.

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