『鬼はー外!!福はー内!!』
まだまだ寒い瀬戸内の海の上。兵庫水軍の船では、若いメンバーがそんなことを口にしな
がら、鬼蜘蛛丸に向かって豆を投げていた。名前が『鬼蜘蛛丸』であるがゆえに、鬼蜘蛛
丸は毎年節分の日に、強制的に鬼役をやらされていた。
「痛い痛いっ・・・お前ら、ちょっとは手加減しろ!!」
「まだまだ、鬼は元気だぞー!!」
「もっとたくさん投げろー!!」
『おー!!』
「わわっ・・・ちょっ・・・」
毎日櫓を漕いでいる水夫のメンバーは、腕力は普通の若者よりはるかに強い。そんな彼ら
が思いきり投げた豆は、当たればかなり痛い。網問、間切、航、重の四人に追いかけられ、
鬼蜘蛛丸は船を下りざるを得ない状況まで、追い詰められていた。
「うっ、陸に下りたら陸酔いするし・・・けど、このままじゃ・・・」
そんなことを思いながら、梯子の部分で立ち止まっていると、後ろから若い衆の叫び声が
聞こえる。
『ぎゃあ――っ!!』
「俺の大事な鬼蜘蛛丸をいじめる悪い子は許さないぞー!」
「鬼は外!!鬼は外!!」
「そんなもんが効くと思ってるのか?」
必死で豆を投げる網問だが、般若の面をかぶった義丸は、自分の目の前でくるくると鉤を
回し、投げられた豆を全て弾く。
「わあー、義兄ィずるいよー!!」
「てか、そのお面怖すぎだからっ!!」
「ふふふ、それじゃあ今度はこっちから行くぞ。」
『うわあ――っ!!』
鉤を手に義丸は若い四人を追いかけ回す。ホッとしている鬼蜘蛛丸の側には、いつの間に
か東南風と舳丸がやってきていた。
「今年もまたやってますね。」
「この時期の風物詩って感じですもんね。」
「あいつら、本気で豆投げてくるから、本当勘弁して欲しいぜ。毎年義丸があーやって代
わりに相手してくれるから、助かるんだけどな。」
「本当いくつになっても変わらないですよね、あいつらも義さんも鬼蜘蛛丸さんも。」
「そうか?」
「そうですよ。なあ、東南風。」
「はい。」
クスクスと笑いながら、舳丸と東南風はバタバタと船内で暴れているメンバーを見る。そ
ういえば、随分昔からこんな光景が繰り返されてるかもなあと、鬼蜘蛛丸も自分がもっと
若かった頃のことを思い出していた。
まだ山立というような役職を持っていない頃の節分、鬼蜘蛛丸は今と同じようにまだまだ
幼い子供の間切、網問、航に豆を投げられていた。
『おにはそとー、ふくはうちー!!』
「何で、俺に豆を投げるんだ!!」
「だって、おにぐもまるのあにきだし。」
「おにがつくから、おにでしょー?」
「そうそう!!」
実に楽しげにそんなことを言う三人だが、鬼役なんてやりたくない鬼蜘蛛丸は、納得いか
ない表情だ。とりあえず、豆が当たらないように逃げようと鬼蜘蛛丸は船の上を走り出し
た。しかし、豆を投げながら追いかけてくる三人は、鬼蜘蛛丸を逃がさない。
『おにはそとー、ふくはうちー!!』
「もういい加減にしろよー!!」
そう言いながら、鬼蜘蛛丸は船を下りて、陸の方へ逃げようとした。あまりに慌てて逃げ
ていたため、自分が陸酔いをする体質だということをすっかり忘れていた。
「あっ、しまった・・・」
陸に足をつけた瞬間、鬼蜘蛛丸は気持ち悪さからその場にうずくまる。鬼蜘蛛丸が逃げな
くなったのをいいことに、パタパタと追いかけてきた三人は、容赦なく鬼蜘蛛丸に向かっ
て豆を投げつける。
『おにはそとー、ふくはうちー!!』
「ううぅ・・・・」
気持ち悪さと豆が当たる痛さに鬼蜘蛛丸は涙目だ。鬼蜘蛛丸が陸に上がり、逃げなくなっ
たのを見て、三人は鬼を倒したーときゃっきゃっと喜ぶ。
「わーい、おにをたおしたぞー!!」
「やったぁ!!」
「おれたち、つよーい!!」
そんな様子を船の上から見ていた義丸は、鬼蜘蛛丸があまりにも一方的にやられているの
を見て、これは少しおしおきが必要だと考える。節分のためにと、町に行ったときに買っ
たリアルな鬼のお面をかぶり、ザッと三人の前に現れる。
「抵抗しない良い鬼を倒した悪い子はお前達か?」
『うわあぁ――っ!!』
「おにだー!!」
「こわいー!!」
「にげろー!!」
突如目の前に現れた怖い鬼に鬼蜘蛛丸に豆を投げつけていた三人は、叫び声を上げながら
逃げ出す。
「鬼蜘蛛丸、早く船に戻っておけ。」
「義丸・・・?うっ・・・」
「ほら、陸酔いがひどくなる前に。」
「あ、ああ・・・」
鬼のお面をしてるとはいえども、声で義丸であることは分かる。鬼蜘蛛丸がふらふらした
足取りで、船に上がって行くのを確認すると、義丸は逃げて行った間切や網問、航を追い
かける。
「待てー!!」
「ぎゃあ――っ!!」
「うわあぁぁんっ!!」
「たすけてぇ――っ!!」
ひどく顔の怖い鬼に追いかけられて、まだ幼い三人はわんわん泣きながら逃げ惑う。と、
そこへ水軍館から疾風が船に向かおうとやってきた。
「はやてあにぃっ!!たすけてー!!」
「こわいおにがおいかけてくるよぉ!!」
「うわあぁぁん!!」
「怖い鬼ぃ?」
大泣きしながら、しがみついてくる間切達の言葉に、疾風は三人が走ってきた方を見てみ
る。そこにはものすごい形相で走ってくる鬼の姿があった。妖怪やお化けが苦手な疾風は
その姿を見て、幼い三人に負けず劣らず大きな叫び声を上げる。
「ぎゃああ――っ!!」
反射的に間切や網問の持っていた節分用の豆をひったくると、疾風は力任せにその豆を投
げる。
「あっち行けっ!!こっち来んなー!!」
「わっ・・・痛い痛いっ!!ちょっ・・・疾風兄ィ!!」
「わああ――っ、来んな来んな――っ!!」
「いたたたっ・・・疾風兄ィ落ち着いて下さっ・・・だっ・・・」
目の前の怖い鬼にテンパった疾風は、豆がなくなってしまうと豆が入っていた升を投げる。
升は見事に義丸の顔にクリーンヒット。鬼のお面はその衝撃で吹っ飛び、波にさらわれて
いった。
「痛ってぇ・・・・」
「あ、あれ?義丸??何やってんだ?こんなとこで。」
「はは、何でしょうね・・・」
「そんなとこで、寝てないでちゃんと仕事しろよ。ほら、お前らもいつまでも泣いてねぇ
で、船に戻るぞ。」
『はーい。』
疾風と間切、網問、航が船に戻っていくのを見送ると、義丸も升が当たった顔をさすりな
がらゆっくりと立ち上がり、船に戻ろうとする。
「何も升を投げることはねぇだろうよ、疾風兄ィ。」
「そうですね。」
「うわあっ、東南風!?いつからそこに。」
「航達が泣きながら、疾風兄ィに助けを求めるあたりからですかね?」
「見てたんなら止めろよ・・・」
「いやー、何かすごい状況だなあと思って。」
冷静な口調でそんなことを言ってくる東南風に、義丸は小さく溜め息をつく。間切とは一
つしか変わらないのに、この冷静さは何なのだろうと思いつつ、義丸は小さな体で大きな
網を抱えている東南風の頭をポンと叩いた。
「とりあえず、俺達も船に戻るか。お前はあいつらと違って節分だってはしゃいだりしな
いみてぇだしな。」
「でも、ちょっと楽しそうだなあとは思ってましたよ。」
「それでも混ざらないところは、お前らしいな。」
素直な東南風の言葉に苦笑しつつ、義丸は東南風と共に船に向かって歩いて行く。二人が
船に到着する頃、船から少し離れた海の中で、幼い叫び声が上がった。
「わああぁぁ――っ!!」
その叫び声の主は、重であった。舳丸と遠泳の練習をしていたのだが、泳いでいく先にあ
の怖ろしい顔の鬼のお面が浮いていたのだ。重の叫び声を聞いて、慌てた様子で舳丸が重
の元まで泳いで行く。
「どうした?重。」
「ふえぇぇん、みよしまるぅ〜!!」
泣きながら重は舳丸にぎゅうっとしがみつく。重の指差す先には、ぷかぷかと何かが浮い
ていた。
「鬼の・・・お面?」
「おにがいたのー、こわいかおのー。」
「大丈夫だ、重。これはただのお面だ。」
「おめん・・・?」
「そう、お面。たぶん船の上で豆まきみたいなことしてたから、それに使ったんだろ。」
「こわくない?へーき?」
「ああ、平気だ。お面だから、襲ってきたりはしない。」
いまだに半べそ状態な重をなだめるかのように、舳丸は優しい口調でそう語りかける。そ
んな舳丸の言葉を聞いて、重は舳丸にしがみついている腕の力を緩め、泣くのをやめる。
「それにしても、こんなお面用意するなんて、今回はなかなか本格的に豆まきしてるみた
いだな。」
鬼のお面を拾い上げると、舳丸は海面に浮かびながら、船の上を見上げた。
そんな昔のことを思い出しながら、話をしていた鬼蜘蛛丸、舳丸、東南風のもとへ息を切
らせた義丸が戻ってくる。
「はあー、疲れたぁ。」
「お疲れさん。今年もあいつらをやっつけてきたか?」
「もちろんだ。今日は疾風さんには会ってないから、無茶苦茶に豆を投げられるってこと
もなかったしな。」
「ははは、そりゃよかったな。」
「お前らは豆まきしないのか?」
鬼蜘蛛丸の隣にいる舳丸と東南風を見て、義丸はふとそんなことを尋ねる。そんな問いに
舳丸と東南風は顔を見合わせて答えた。
「義さんか鬼蜘蛛丸さんが鬼役をしてくれるならやりますよ。」
「そうですね。」
「たまにはお前らが鬼役やれよー。何で俺達ばっかり鬼役しなきゃいけないんだ。」
「だって、ピッタリじゃないですか。」
「それに、義さんは『鬼は外』なんて言わないでしょう?」
そんな舳丸の言葉に、義丸は言ってくれるとふっと笑った。
「まあ、確かにお前の言うことは間違ってないな。俺にとっては、『鬼は内、福も内』だ
し。」
そう言いながら、義丸はぎゅっと鬼蜘蛛丸の体を抱きしめる。いきなりそんなことをされ、
鬼蜘蛛丸はボッと赤くなりながら、軽く抵抗を試みる。
「ちょっ・・・何してんだよ!!」
「あいつらが、あんまりにも『鬼は外』って言いまくるんで、外に出された鬼は俺が受け
止めてあげようと思ってこうしてるんだよ。」
「べ、別にそんなこと頼んでない!!」
「お前が頼もうがそうでなかろうが、関係ない。俺がこうしたいと思ってしてるんだから。」
「っ!!・・・もう勝手にしろよ。」
義丸の言葉に文句のつけようがなくなってしまったため、鬼蜘蛛丸は観念してそんな言葉
を漏らす。お熱いなあと、舳丸と東南風が隣で笑っていると、先程まで豆まきをしていた
重と航がパタパタと二人の元へやってきた。
「これ、舳丸の分の豆。舳丸は二十三歳だから、食べる豆の数は二十四個だね。」
「やま兄は、二十個だよね。はい。」
「ああ、ありがとう。お前らはもう食ったのか?」
「うん、食べた。網問は自分の年の数じゃ少ないとか言って、もっと多い数ばくばく食べ
てたけどな。」
「網問らしいな。」
重と航から年の数プラス一個の豆を受け取ると、舳丸と東南風は手の平にそれを乗せ、ポ
リポリと食べる。そして、二人の話を聞きながら、ほのぼのとした様子で微笑った。
「重、航、俺達の分はないのか?」
「義兄ィも鬼蜘蛛丸の兄貴もどっちも鬼だからなあ。特に義兄ィは、さっき散々俺らのこ
と追いかけまわして、攻撃してきたし。」
「それはお前らが鬼蜘蛛丸を鬼にするからだろ。」
「けど、あのお面かぶって、すまる振り回して追いかけられたらマジで焦るって!」
「疾風兄ィがいたら、絶対絶叫されながら山ほど豆投げられてたね。」
「あはは、違いない。」
「俺がどうしたって?」
『うわあっ!!』
噂をすれば何とやら。重、航、義丸がそんな話をしていると、突然疾風が目の前に現れた。
あまりに突然のことだったので、そこにいた全員が驚いたような声を上げる。
「ビックリしたー。」
「今までこいつらが、豆まきしてたんでその話をしてたんですよ。」
まだ心臓がバクバクして、ビックリしたままの状態の重の代わりに、舳丸が今の状況を説
明する。
「なるほどな。それでさっきまであんなに騒がしかったんだな。」
「そういえば、今日はまだ豆食ってないな。」
「おう、蜉蝣。節分の日に食べる豆は、年の数足す一だから・・・俺達は三十二個か。結
構な量だよな。」
「これ、疾風兄ィと蜉蝣兄ィの分です。」
「用意いいな。けど、そのまま食べるってのも味気ねぇし、これをつまみに一杯やらねぇ
か?疾風。」
「そりゃ名案だ。んじゃ、この豆はもらってくぜ。」
航から年の数分の豆をもらった蜉蝣と疾風は、それを持って、船内にある部屋へと向かう。
今日は特に折りいった仕事もないので、いつもより好きなことをして過ごせるのだ。
「豆まきして、豆も食べたし、舳丸、一緒に泳ぎに行こう!!」
「ああ、いいぞ。」
「やま兄、この前読んだ本でちょっと分からないとこがあって、教えて欲しいんだけど。」
「構わないぞ。その本は今どこにあるんだ?」
「水軍館。」
「なら、一旦水軍館へ戻るか。」
水練の二人は海に泳ぎに行き、東南風と航は水軍館へと向かう。船の甲板に残された義丸
と鬼蜘蛛丸は、やっと落ち着けると船べりに寄りかかった。
「蜉蝣さん達は飲みに行ったし、水練組は海で、東南風達は水軍館か。俺達はどうする?
鬼蜘蛛丸。」
「とりあえず、することもないし、適当に話でもすればいいんじゃないか?」
「そうだな。」
話と言ってもどんな話をしようかと考えていると、二人の前に間切と網問がやってきた。
「鬼蜘蛛丸の兄貴達は、航や重に豆もらいました?」
「いや、鬼だからどうしようかなとか言って、もらってないぞ。」
「んじゃ、これ鬼蜘蛛丸の兄貴と義兄ィの分。足りるか分からないけど。」
「お前食べすぎなんだよ。本当は十七個でいいのに、その倍以上食べてたろ。」
「だって、食べたかったんだもん。」
「本当しょうがねぇなあ。それじゃ、兄貴達、俺達はそのへんで釣りしてるんで、何かあ
ったら呼んで下さい。」
さっきの豆まきとは全く違う礼儀正しい感じで、間切はそんなことを言う。間切と網問が
釣り竿を持ってどこかに行ってしまうと、義丸は網問から受け取った豆の数を数え始めた。
「ひい、ふう、みい、よつ・・・・」
足りないかもしれないと言っていた割にはかなりの数があり、数えるのにも少々時間がか
かる。
「五十一個だな。」
「二人で分けるには、一つ足りないって感じだな。」
「とりあえず、二十五個ずつに分けるか。」
「そうだな。」
豆を二十五個ずつに分けると、二人はその豆を手の平に乗せ、少しずつ食べ始める。
「二十五個って、食べるとかなりあるな。」
「そうだな。けど、お頭なんて三十七個だぞ?」
「三十個越えたら、それだけで腹いっぱいになっちまいそうだな。」
香ばしく歯ごたえのある豆を食べながら、二人はそんな話をする。始めは多いと思ってい
た豆も話しながら食べていると、あっという間になくなってしまった。
「あと一つどうする?」
「別に俺はどちらでも構わないから、義丸食べていいぞ。半分に出来るもんでもないから
な。」
「そうか?俺は出来ると思うけど。」
「えっ、どうやって・・・」
鬼蜘蛛丸が話すのを遮るように、義丸は最後に一つ残った豆を鬼蜘蛛丸の唇につけ、その
まま食べずに咥えているように言う。
「しばらくそのままでいろよ。」
「・・・・?」
どうするのだろうと、首を傾げながらそのままでいると、義丸は口づけをするような形で
ほんの少しだけ鬼蜘蛛丸の唇からはみ出ている豆を自らの口で挟み、器用に噛み砕く。砕
けた豆の半分は鬼蜘蛛丸の口の中。何が起こったか分からないいうような表情で、鬼蜘蛛
丸は目をパチクリさせていた。
「ほら、半分に出来ただろ?」
ニヤリと笑ってそんなことを言う義丸の言葉に、鬼蜘蛛丸は今されたことを理解し、かあ
っと顔を赤く染める。
「なっ・・・なっ・・・・」
「どうしたんだ?顔が真っ赤だぞ、鬼蜘蛛丸。」
「お前、何さらっと器用なことして・・・って、そうじゃなくて!!い、いきなり接吻ま
がいのことされたら、ビックリするだろ!!」
「俺はただ、最後の一つは鬼蜘蛛丸と半分こにしたいと思っただけだぞ。」
「だからって、あんな・・・」
「嫌だったか?」
「べ、別に嫌ではないけど・・・・」
「なら、いいじゃないか。豆一粒の小さな幸せを二人で分け合ったってことで。」
実に嬉しそうな顔をして、義丸がそんなことを言ってくるので、鬼蜘蛛丸は何となくほだ
されてしまう。
「ま、まあ、そういうことなら・・・・」
素直にそう返す鬼蜘蛛丸に、義丸は顔を緩ませ、鬼蜘蛛丸の可愛さに心を躍らせる。
「鬼役やらされても、やっぱり節分はいいな。」
「そうか?」
「だって、こんなに可愛い鬼蜘蛛丸が見れるんだから。こんなちょっとしたことでも、顔
を赤らめて、さしずめ赤鬼ってとこか?」
「そんなことないだろ。顔が赤いのは、お前がいろいろしてくるからだし・・・」
「それが嬉しいんだよ。恥ずかしがったりはするけど、鬼蜘蛛丸は基本俺のすることを本
気で嫌がったりしないだろ?」
「そりゃ・・・俺だって、お前のこと嫌いじゃないし、俺が強制的に鬼役やらされてると
助けてくれるし・・・・」
義丸が口にする言葉一つ一つにドキドキしてしまい、鬼蜘蛛丸自身の言葉はしどろもどろ
になっていく。こういうところも可愛くて仕方がないと、義丸は顔がニヤけてくるのを止
められないでいた。
「あと、あの言葉は結構嬉しかったかも。」
「あの言葉?」
「『鬼は内、福も内』ってやつ。」
義丸の表情をうかがうかのように、鬼蜘蛛丸は上目遣いで義丸を見ながらそんなことを口
にする。それを聞いて、義丸の胸はひどくときめいた。
「それなら何度でも言ってやるよ。こうしながらな。」
さっきのように鬼蜘蛛丸を抱きしめると、義丸はその言葉を何度も繰り返す。抱きしめら
れながら、その言葉が紡がれるたび、鬼蜘蛛丸の心はときめきと嬉しさで満たされてゆく。
豆を投げつけられながら言われる言葉とひどく似ているのに、全く違う気持ちを起こさせ
るその言葉。全てを受け入れられているという安心感と心地よさに、鬼蜘蛛丸は義丸の背
中に腕を回し、ぎゅうっと抱きしめ返す。
「おーい、みんなー、今帰ったぞー!!」
『っ!!』
突然船の下から聞こえる第三協栄丸の声に二人は驚いてパッと離れる。船から浜辺を覗く
と、第三協栄丸が何か荷物を抱え、手を振っていた。
「忍術学園に行ったら、食堂のおばちゃんから恵方巻きをもらったんだ。たくさんあるか
らみんなで食べようぜー。」
「だってよ。」
「食堂のおばちゃんの作った恵方巻きなら、さぞ美味しいんだろうな。」
「そうだろうな。イチャイチャするのはあとにして、今はもう少し節分らしさを味わうか。」
「そうだな。」
食堂のおばちゃんが作ってくれたお土産があるのなら、それは食べないわけにはいかない
と、義丸も鬼蜘蛛丸も第三協栄丸のもとへ向かう。義丸と鬼蜘蛛丸以外の水軍メンバーも
第三協栄丸の声を聞いて、浜辺に集まってきた。
「よし、みんなそろったな。それじゃあ、今年の恵方を向いて・・・」
『いただきまーす!!』
元気いっぱいの声が浜辺に響くと、ハグハグと恵方巻きを食べる音だけが波の音に混じっ
て辺りに広がる。今年も元気に過ごせますようにという願いを込め、最高に美味しい恵方
巻きに誰もが舌鼓を打つのであった。
END.