幼き日の夢

「んじゃ、いってくるね!さぶろう。」
「わたしもつれていってくれ。らいぞうがいないと・・・」
「さぶろうは、先生にようじたのまれてるでしょ。だめだよ。」
「うー・・・早く帰ってきてくれよな。」
「うん、おつかいがおわったらすぐに帰ってくるよ。」
ひどく寂しそうな顔をしている鉢屋に、雷蔵は屈託のない笑顔で鉢屋に手を振る。パタパ
タと雷蔵が走っていくのを、鉢屋はその姿が見えなくなるまで眺めていた。雷蔵が出かけ
てから数刻。日が沈んでも雷蔵は帰って来なかった。雷蔵が帰って来ないのを三郎はひど
く不安に思い、何度も先生のもとへ雷蔵が帰ってきてかを聞きに行く。
「せんせい、らいぞうが帰ってこない!さがしにいく!!」
「もう遅いから、鉢屋は休んでなさい。不破は私達が探しに行くから。」
「でもっ!!」
雷蔵が帰って来ないと鉢屋はもう半泣きだった。雷蔵が頼まれていたおつかいはそんなに
大変なものではなかった。すぐに帰ってくると言ったのに、こんな時間になっても帰って
こないとなると、何かあったのではないかと鉢屋はもう気が気でなかった。
(このままらいぞうが帰ってこなかったらどうしよう・・・)
とぼとぼと自分の部屋に戻って行きながら、鉢屋はもう溢れんばかりに涙を目に浮かべて
いた。その日はほとんど眠れなかったが、次の日になってもその次の日になっても雷蔵は
帰って来なかった。
「先生!!らいぞうは!?らいぞうはまだ帰ってこないの!?」
「今、他の先生達や先輩達も探しに行ってる。」
「わたしも・・・わたしもさがしにいく!!」
「鉢屋まで迷子になってしまったら困るだろ。鉢屋は学園で待ってなさい。」
「いやだ!!わたしも・・・」
泣きじゃくりながら、そんなことを言う鉢屋だがふっと意識が遠のく。雷蔵が帰ってこな
いのに、自分にはどうすることも出来ない悔しさから、鉢屋は雷蔵の名を叫んだ。

「雷蔵っ!!」
今しがた宿題が終わったばかりで、少し一休みしてから寝ようと思っていた雷蔵は突然名
前を呼ばれて、驚いたような表情で鉢屋の方を見る。
「ど、どうしたの?三郎。」
目の前にいる雷蔵を見て、鉢屋は複雑そうな表情を浮かべ、その後でホッとしたように涙
を流す。
「ちょっ、本当どうしたのさ!?」
「うー、雷蔵ぉ・・・・」
ボロボロと涙を流しながら、鉢屋は雷蔵をぎゅうっと抱きしめる。何があったかは分から
ないが、雷蔵はポンポンと鉢屋の背中を叩く。
「怖い夢でも見たの?」
「・・・低学年の時の夢見た。」
「低学年の時の夢?」
「君がおつかいに行って、何日も戻ってこなくて・・・もう雷蔵は帰って来ないのかもっ
て思ったらもう・・・本当ありえないくらい不安で、寂しくて・・・・」
そう言いながら、鉢屋は嗚咽を漏らす。確かに昔そんなことがあったかもなあと、雷蔵は
ほんの少し懐かしい気持ちになった。
「あー、確かにそんなことがあったかもしれないね。」
「あのときは、本当に死ぬほど心配したんだぞ。」
「知ってる。あの時の三郎、本当すごかったもん。わんわん泣いて、しばらく僕から離れ
てくれなくて、どこへ行くにも一緒について来て、少しでも僕が見えなくなろうものなら
半べそで探し回ってさ。」
「だって、雷蔵がいないと私は・・・」
「その所為で、今じゃ三郎と一緒にいることが当たり前になってるからなあ。三郎がすぐ
側にいてくれないと、僕も不安になっちゃうよ。」
困ったような笑顔でそう言う雷蔵の言葉を聞いて、鉢屋の顔はカァっと赤くなる。まさか
鉢屋がそんな反応をするとは思っていなかったので、雷蔵はなんだか恥ずかしくなってし
まう。
「な、何でそんなに赤くなってんだよ!!」
「雷蔵がそういうことを言うからだろ。」
「三郎だって、似たようなこといつも僕に言ってるじゃん。」
「言うのと言われるのは違うだろ。」
「そ、そうだけどさぁ・・・」
雷蔵が恥ずかしそうな表情をしているのを見て、鉢屋は何だか可笑しくなってしまう。先
程までの不安感はだいぶ薄れ、声を上げて笑った。
「あはは、やっぱり雷蔵は可愛いなあ。」
「な、何でそうなるんだよ!?」
「いやあ、でも、本当安心した。あれが夢でよかったよ。君が私の前からいなくなるなん
てこと、本当に考えられないからな。」
「僕は君の前からいなくなったりしないよ。僕にも三郎が必要だもの。」
さらっとそんなことを口にする雷蔵の言葉に、鉢屋の胸はひどくときめく。一方通行では
ないこの想い。それが嬉しくて、鉢屋は雷蔵を抱く腕に力を込めた。
「ちょっと苦しいよ、三郎。」
「もう少しこのままでいさせてくれないか?」
「それは構わないけど、もう少し腕の力緩めて。」
「しっかり捉えておかないと、またどこかに行ってしまいそうで・・・・」
「行かないって言ってるだろ。たとえ行くとしても、ちゃんと三郎をつれて行くよ。」
子供をあやすような優しい口調で雷蔵は言う。雷蔵が言葉を紡ぐたびに鉢屋の胸は温かい
何かで満たされるような気がしていた。
「雷蔵。」
「ん?何?」
「今日は君の布団で一緒に寝ていいか?」
「しょうがないなあ。また、悪い夢を見て泣かれても困るから、一緒に寝ようか。」
鉢屋の背中に回す手をゆっくり離して、雷蔵はそんなことを言う。名残惜しいが少しの間
だけ雷蔵と離れると、鉢屋は雷蔵が布団に入るのを待った。鉢屋の布団の隣に敷いてある
自分の布団に入ると、雷蔵は掛け布団をめくって鉢屋を招く。
「どうぞ。」
お邪魔しますといった雰囲気で、鉢屋は雷蔵の布団に入る。そして、横になりながらもう
一度雷蔵のことを抱きしめた。
「あー、やっぱり雷蔵とくっついてると落ち着く。」
「そうかい?僕は落ち着く感じとドキドキする感じが半々かなあ。」
「これならいい夢見られそうだ。」
「僕もいい夢見られるといいなあ。」
布団の中で会話をしながら、二人はゆっくりと夢の中へと落ちていく。眠りについた鉢屋
の顔は実に穏やかでうなされるようなことはなかった。

忍術学園の教師陣、先輩陣の捜索の甲斐あって、雷蔵は忍術学園に戻ってきた。迷いに迷
ったので、着物も顔も泥だらけになっているが、幸い大きなケガをしているというような
ことはなかった。
「うわああぁん、らいぞぉ――!!」
雷蔵の姿を見つけた鉢屋は、号泣しながら雷蔵に飛びついた。あまりに大泣きしている鉢
屋に雷蔵は本当にすまなそうに謝る。
「ごめんね、さぶろう。すぐに帰ってくるって言ったのに、こんなにおそくなっちゃって。」
「らいぞうがこのまま帰ってこなかったら・・・どうしようって・・・ひっく、すごい、
すごいふあんで・・・しんぱいでしんぱいで、ぜんぜん・・・ねむれなくて・・・」
「ごめんね、ごめんね。」
「でも・・・帰ってきてくれて、本当よかった・・・・これからは一人ででかけちゃ、だ
めだからな!!」
雷蔵が帰ってきてくれた安心感とこんなに心配させてという怒りとずっと寂しかったとい
う気持ちとがぐちゃぐちゃになって、鉢屋はしばらく泣き続けていた。ここまで心配され
ていたとは思っていなかったので、雷蔵は心底申し訳ない気持ちになる。
「しんぱいかけて、本当にゴメン。先生や先ぱいにもすごくしかられちゃった。こんどか
らは、さぶろうといっしょにでかけることにする。」
「ぜったい、ぜったいだぞ!!」
「うん。いつもさぶろうといっしょ。ずっとずっといっしょにいるよ。もうさぶろうのそ
んなかお見たくないもん。」
「らいぞうがだめって言っても、わたしはぜったいらいぞうのそばをはなれないからな。」
「うん。」
ぎゅうっと幼い体で抱きしめてくる鉢屋の体を抱きしめ返し、雷蔵は何度も頷く。こんな
にも幼い頃から鉢屋は自分のことを心から想ってくれていて、大事にしてくれていた。そ
れがどうしようもなく嬉しくて、雷蔵はそんな夢を見ながらふっと微笑む。

「・・・ん、あれ?夢か。三郎の話聞いてたら、僕まで同じような夢見ちゃったな。」
夢の区切りでふと目が覚めた雷蔵は、そんなことを呟きながらクスッと笑う。目の前では、
鉢屋が気持ちよさそうな寝息を立てて、ぐっすりと眠っていた。
「今度は悪い夢は見てないみたいだな。ふあ〜、まだ全然寝れる時間だし、もうちょっと
寝ようかな。」
まだ少ししか寝ていないと、雷蔵はもう一度眠りにつこうとする。すぐ側にある三郎の寝
顔を眺めながら、雷蔵はふと今の気持ちを口にしたくなった。
「あの頃から、僕も三郎も変わってないなあ。僕は三郎のことが一番好きだし、きっと三
郎も僕のことを一番想ってくれているだろうし。」
そう思うと、少し恥ずかしいが嬉しい気持ちで胸がいっぱいになる。そんな気持ちのまま、
雷蔵は鉢屋の頬に軽く口づけ、今一番鉢屋に伝えたいことを呟いた。
「三郎、大好きだよ。これからもずっとずっと一緒だよ。」
そう口にした後、ふふっと笑い、雷蔵は鉢屋の腕の中で目を閉じる。淡く優しいぬくもり
を感じながら、雷蔵は再び夢の中へと落ちていった。

                                END.

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