落ち葉の上の夢物語

ぽかぽかと日差しの差し込む大きな木の下。今はお昼の時間を過ぎてそれほど時間は経っ
ていない。こんな眠くなるような時間にジローと樺地はこの木の下にいた。
「うーん、やっぱ昼寝するにはここが一番だね。」
大きく背伸びをしながらジローは言う。さっきまで、ここで昼寝をしていたのだ。しかし、
時間としては授業をしている時間真っ只中。それもここは学校ではない。ジローお気に入
りの大きな公園なのだ。
「ジローさん・・・戻らなくていいんですか・・・?」
「えー、いいよ、めんどいし。たまにはいいじゃん。」
昼休み、たまたまジローに会った樺地はここに連れてこられた。そして、着いた瞬間眠い
と言って、膝枕をさせられる。当然授業はサボることになってしまった。少しは罪悪感は
あるものの、あまりにもここの日差しは暖かい。ジローが寝るのを眺めながら、樺地もす
っかりこの雰囲気にハマってしまった。
「あー、そうだ。樺地、枕サンキューな。足痺れてねぇ?」
「ウス。」
「そっか。あー、それにしてもここ超気持ちE〜よな。一回来ちゃうと学校に戻りたくな
くなっちゃうね。」
「ウス。」
本当は戻った方がいいと思う樺地だったが、ジローの言う通りここの暖かさは半端じゃな
く気持ちがいい。つまらない授業を受けるよりは、ここにいてジローと話している方が何
倍も楽しいだろう。落ち葉の絨毯が敷き詰められた地面に座りながら、二人はもうしばら
くここでくつろぐことを決めた。
「なあ、樺地。俺がおもしろい話してやろうか?」
「おもしろい・・・話?」
「そう。今、寝てた時、夢みてたんだけどさぁ、それがメッチャおもしれーの!」
「どんな夢ですか・・・?」
さっきまで見ていた夢がおもしろかったと、ジローのテンションは一気に上がる。樺地は
ジローの話に耳を傾け、どんな夢をみたのかをじっくりと聞いた。
「まず場所がスゲェんだよ。舞台がどっかの王国でさぁ、そこの王様がなんと跡部!本当
に王様みたいな格好してるんだぜ。」
まるで何かの物語を話すかのようにジローは夢の内容を語り出す。樺地はそれがどうなっ
ていくのか興味津々で聞いている。
「それからな、岳人とか忍足とか宍戸も出てきたんだけど、確か・・・忍足が科学者みた
いなので、岳人がピエロ。んで、宍戸がボロボロの服を着た普通の階級っぽい女の子!」
全くもって関係性のないキャストをポンポンと並べられ、樺地はどういう話になるのか全
く想像が出来なかった。まあ、それぞれがどうしてそんな役になっているのかはジローが
頭の中で描いているイメージであろう。
「あっ、あとな滝と鳳も出てきてた。滝が魔法使いで、鳳がミサイル作る人。」
さらにわけの分からないキャストが追加された。魔法使いならまだ話に出てきそうな役柄
であるが、ミサイルを作る人はそうそうこんな物語では出てこないであろう。しかし、魔
法使いもミサイルを作る人もこの二人のテニスにおいての技を見れば納得がいく。滝の使
うボールが消えたり増えたりするように見える技は確かに魔法のようだし、鳳の使う「ス
カッド・サーブ」や「パトリオット・リターン」、「トマホーク・ショット」は全てミサイ
ルの名前がつけられている。さすがジローの頭。単純明快な役づけだ。
「自分やジローさんはいないんですか・・・?」
「うーんとな、俺はそれを見る人だったからたぶん場面の中には出てきてなかったと思う。
樺地はねー、えっと、確か・・・あれ?思い出せねぇ。たぶん、夢の内容を話してくうち
に思い出すと思うからちょっと待って。」
自分だけが思い出せないということを聞いて、樺地は軽くショックを受ける。しかし、あ
くまでも夢の中の話なので、そんなに気にすることはないと樺地は気を取り直した。
「話の内容としては、跡部の治めてる王国があって、そこに暮らしてる貧乏な少女が宍戸。
で、跡部の城でダンスパーティーがあって、そこではピエロの岳人が曲芸やってんだ。そ
こに確か忍足もいたんだよな。何してたかは忘れちまった。ただ、白衣っぽいの着てたか
ら科学者だなあって思ったんだよ。それで、そのダンスパーティーに宍戸も行きたいと思
ってんだけど、自分は行けなくて、そこで滝と鳳が出てくんだ。滝が宍戸に魔法をかけて、
宍戸はすっごい綺麗なドレスで身を包まれる。それから、鳳の作ったミサイルで跡部の城
へ一直線。ミサイルが城に当たってぶっ壊れるんだけど、そんな派手な登場をしてやって
きた宍戸に跡部は一目惚れ。二人は結婚して幸せに暮らしましたとさ、めでたし、めでた
しってな夢。あっ!!思い出した。樺地はその国に昔から住んでる巨人だ!それで、俺は
樺地の肩に乗ってその光景を見てたんだ。」
何とも奇抜な話だ。夢の話なのだから、まともな話になるという方が珍しいが、ここまで
メチャクチャな話もあまりないであろう。
「な、超おもしろい話じゃねぇ?」
「ウス。」
「でも、この物語なんかの話に似てると思ったんだよなあ。何だっけ?」
「シンデレラ・・・だと思います。」
「あー、それそれ。シンデレラ。」
確かにダンスパーティーや貧乏な女の子が魔法をかけられお城に行くというのはシンデレ
ラとかぶっているが、シンデレラにピエロや科学者は出てこないし、ましてやミサイルで
お城に行くというのもありえない設定だ。こんな話を夢でみられるとはすごいなあと樺地
は素で感心していた。
「樺地は何かおもしろい夢みるか?」
「・・・あんまり、覚えてません。」
「そっか。あっ、じゃあ、俺がもう1つ最近みたいい夢の話をしてやるよ。」
しょっちゅういろんなところで眠っているジローはたくさんの夢をみているようだ。こん
な話が聞けるなんて思っていなかった樺地は、授業をサボってここに来てよかったなあな
んてことを思ってしまう。
「この前、授業中寝てた時にみた夢なんだけど、それが超いい夢だったんだ!!」
「どんな・・・夢ですか?」
「なんかの物語に『おかしの家』って出てくるじゃん。あれがいろんな種類のポッキーだ
けで出来てんの。ポッキーで出来てんのにスッゲェデカイ家でさ、もうこれ以上食べられ
ねぇってほど、いろんな種類のポッキー食ったぜ。」
実に楽しそうな表情でジローは話す。普通だったらそんなにポッキーばかり食べていたら
飽きる上に気持ち悪くなるだろう。しかし、やはりこれは夢の中の話。いくら食べても飽
きないし、自分の好きなものがそれだけ周りにあれば、そりゃもう大満足だ。そんな気分
を授業中に味わえたとなっては、楽しい以外の何ものでもない。
「いいですね・・・。」
そんな夢をみられるなんてうらやましいと樺地は呟いた。自分は夢をみるとしたら夜眠っ
ている時くらいで、そこまでハッキリとは覚えていない。いつも楽しい夢をみて、それを
覚えていられるジローがこんな話を聞いていると本当にうらやましく思えてくる。
「怖い・・・夢とかは・・・みないんですか?」
「もちろん見るぜ。寝苦しいとことかあんまりにも音がうるさいとことかで寝るとやっぱ
やな夢みる。お化けみたいのもあるけど、それよりもケガするとか怖い動物に食べられそ
うになるとかそんな感じのが多いかな?」
確かに夢は環境に左右されるというが、ジローの場合はどこでも眠ってしまうためにそう
いうことが起きるのであろう。それも困るなあと樺地はうーんと考えた。
「でもさ。」
樺地が夢について考えていると、ジローは樺地の方を眺め、にっと笑いながら言った。
「樺地の膝枕でとか、おんぶしてもらってとかで寝てる時は100%いい夢だぜ!」
「・・・・・」
急にこんなことを言われ、樺地は返す言葉を失ってしまう。嬉しいような恥ずかしいよう
な、そんな気持ちが樺地の心の中で交差する。
「樺地の膝とか背中とかって、普通の人よりもデカイからスッゲェ落ち着くんだよな。寝
心地も最高だし。あっ、こんなこと言ってんと、何か樺地がベッド代わりで好きみたいに
なってる。そうじゃねぇからな!俺は樺地は樺地だから好きなんだぜ。」
さらっと恥ずかしげもなくそう言うジローの言葉に、樺地はさらに照れてしまう。余計に
言う言葉がなくなってしまったと、樺地はしばらく何も言えなかった。
「樺地?」
「ウス・・・」
「やっぱ、枕代わりとかにされるの嫌か?」
あまりにも樺地が黙り込んでしまっているので、ジローは心配になり尋ねた。全くそんな
ことはないと樺地は慌てて顔を横に振る。
「そんなこと・・・ないです・・・」
「じゃあ、何で黙ってんだ?」
「好き・・・とか言われたら、何て返したらいいのか分からなくなっちゃいます。」
「なーんだ、そっか。」
嫌な気分にさせたわけじゃないと分かるとジローはホッとしたように笑う。そして、ジロ
ーは樺地の足の上にポスンと座って、ポケットの中から箱から出された状態のポッキーを
出した。いきなり膝の上に乗られ、樺地はドキドキだ。
「はい、一緒に食べようぜ!」
アルミの袋に入ったポッキーを出し、上にある樺地の口元へ差し出す。そうされたら、食
べないわけにはいかない。差し出されたポッキーを樺地は小さくくわえた。次の瞬間、ジ
ローの体はくるっと反転し、樺地の顔の目の前に顔がくる状態になる。
「っ!?」
ジローは樺地がくわえているのとは反対側のポッキーの先を口にくわえていた。樺地は目
をパチクリさせて固まってしまう。子供のように笑いながらジローはポッキーの長さをだ
んだんと短くしていった。そして、唇が触れるスレスレのところでパキンと折る。
「へへへ、一度やってみたかったんだよね〜、ポッキーゲーム。どう?樺地。ドキドキし
た?」
どんな状況においても冷静さを失わない樺地だが、さすがにこんなことをされれば、ドキ
ドキしてしまう。それ以前にさっきのジローの行動から樺地の心臓は速くなりっぱなしな
のだ。小さく残されたポッキーを口に入れるとその甘さにまた樺地の心臓は高鳴った。
「さっきから・・・ドキドキしっぱなし・・・です。」
「本当か!?じゃあ、樺地もやっぱ俺のことが好きなんだな!」
どういう根拠でこんなことを言うのであろうか。ニヒヒと照れたように笑って、ジローは
また樺地の膝の上に座るという状態に戻った。その格好は後輩と先輩というよりは親子と
いう感じだ。しかし、その心の内は決して親子とは違う。好きな人と一緒にいられるとい
う嬉しさとドキドキ感でいっぱいになっているのだ。
「なあ、樺地。」
「ウス。」
「俺ね、寝てる間にいい夢とかおもしろい夢とかいっぱいみるけど、やっぱ起きてる時の
がいいなあって思うぜ。」
「・・・どうして、ですか?」
「だって、起きてないとこんなリアルなドキドキ感って味わえないじゃん。夢の中では確
かに楽しかったり、おもしろかったりするけど、起きたらそこまでハッキリその感覚は覚
えてねぇもん。」
「ジローさんも・・・ドキドキしてるんですか?」
「当たり前じゃん。さっきも言っただろ?俺は樺地のことが好きだって。」
「・・・ウス。」
また好きと言われ、樺地の顔はほのかに赤くなる。感情はあまり表に見せないが、樺地は
人一倍感受性が豊かなのだ。好きと言ったり、ドキドキすると言ったり、ジローは続けざ
まに樺地を動揺させるようなことばかりを言う。しかし、その動揺は不安や焦燥のためで
はない。あくまでも嬉しさを含んだ動揺なのだ。
「あー、何かすっげぇテンション上がってきちまった。なあ、そろそろ学校戻ろうか。」
「今から戻っても・・・授業には間に合いませんよ。」
「でも、部活には間に合うだろ?樺地、今日一緒に練習しようぜ。」
「ウス。」
授業はサボったのに部活にはしっかり出るつもりらしい。一緒に練習をしようなどと約束
しつつ、そこから立ち上がる。立ち上がるとジローは樺地に向かって両腕を伸ばした。
「今日は前抱っこで連れてって。」
「でも、ジローさん起きてるじゃないですか・・・。」
「別に起きてたっていいじゃん。な、樺地、お願い♪」
後輩に抱っこをせがむ先輩がどこにいるだろうか。こんな無理なお願いを樺地は普通に聞
き入れた。ひょいっとジローの体は抱き、片腕に乗せるような形をとる。落ちないように
とジローは樺地の首に腕を回した。
「へへへ、サンキュー樺地。それじゃ、出発〜!!」
「ウス。」
片腕を天に向けて伸ばし、ジローはそんなことを言う。他の人が見たら異様な光景だろう
がこんなことは今に始まったことではない。肩に乗せるか腕に乗せているかの違いはある
が夢の中でみた自分達の状況はまさにこんな感じだったのであろう。いつもより高い視点
からの景色を楽しみながら、ジローは学校を目指す。こんな状況を樺地も楽しんでいた。
落ち葉の上での物語。それは夢でみる物語よりも何倍もハッピーな展開になるのであった。

                                END.

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