ある日の一日 〜in the evening〜

宍戸達が言っていた通り、日が沈むと突然雨が降ってきた。その時間がちょうど会社組の
帰宅時間と重なってしまい、傘を持って行っていなかった跡部達は濡れて帰ることになる。

跡部達と同じように困っている者がここにも一人。ザーザー降りの雨で喫茶店から出られ
ないでいるジローだ。
「まいったなあ。傘持ってねぇよ。どうやって帰ろう・・・。」
いつもなら店長に傘を借りて帰るのだが、今日は用事で店長は早く帰り店はいつもより早
めにに閉めてしまった。それなのに何故ここにジローがいるかというともちろん仕事中に
居眠りをしてしまったからだ。
「もう一眠りしようかな。ふあ〜眠みぃ。」
雨がおさまるまでもう一度寝ようと店の奥に入ろうとしたとき、突然入り口のドアが開い
た。
チリン、チリン・・・
「お客さん。もう閉店してますよ。」
ドアの鈴の音を聞き、ジローはくるりと振り返った。そこにいたのはお客さんではなくジ
ローの同居人樺地だった。
「樺地!!」
大きめの傘をたたみ、樺地は一度喫茶店に入る。ジローのことだから傘は持って行ってい
ないだろうと考え、迎えに来たのだ。
「ちょうどよかった。俺、傘持ってきてねーんだよ。樺地、俺も傘に入れてくれよ。」
「ウス。」
樺地は天気予報をしっかりチェックしていたので傘を持って行っていたのだ。大きな傘を
広げてジローが入るように少し傾ける。ジローはよかったーと笑顔になり喫茶店を出た。
「サンキュー樺地。樺地が来なかったら、きっとここで寝ちゃってたよ。」
「・・・・。」
「そういえば今日宍戸と忍足と滝が俺の店に来たんだぜ。それでな・・・・」
ジローが今日会った出来事を楽しそうに話す。樺地は表情は変えないが真面目にジローの
話を聞いていた。そんなこんなであっという間にマンションに着き、二人は少し濡れてし
まった上着を脱ぎ、リビングへと向かった。
「はあー、今日も疲れたあ。樺地、お腹空いたー。早く飯食おうぜ。」
会社へ行って疲れているはずなのにそんな素振は全く見せず、樺地は夕食を作り始めた。
冷蔵庫の中に買いだめをしてある食品を使って、いくつかの献立を作っていく。バランス
のとれたメニューが完成するとテーブルに運び、食べようとジローに声をかける。だが、
ジローは再び夢の中。
「ジローさん・・・ご飯できました・・・。」
「んー・・・はにゃ?樺地、ご飯できたの?」
「ウス。」
「そっか。じゃあ、食べようぜ!」
樺地に起こされ目を覚ましたジローは夕食を食べようとイスに座る。豪華な夕食を目の前
にしてジローのテンションは高くなった。
「うっわあ、うまそー。いっただきまーーす!!」
がつがつとジローは食べ始めた。樺地の作る料理はどれも味は最高でプロなみである。テ
レビでやっていたものなども一度見ただけで完璧に作れるので、レパートリーもいっぱい
だ。
「うっめー、樺地の作るのって何でもオイCーよな。」
本当においしそうにジローが食べるので、樺地はとてもうれしかった。かなりの量を作っ
たにも関わらず、すぐにおかずはなくなった。
「ごちそーさま。樺地、俺がここ片付けとくから先に風呂入って来いよ。」
「ウス。」
さあ、さっさと洗い物済ませてゆっくりしよーっと。皿洗いだったらいつもバイトでやっ
てるから得意だもんねー。
鼻歌を歌いながらジローは皿洗いをする。二人分しか洗い物がないのでかなり早く終わら
せることができた。しばらくすると樺地がお風呂から出てくる。
「あっ、樺地。あがったんだ。じゃあ、俺も風呂入ってきちゃおー。」
ジローはお風呂へと向かった。この時、樺地はある不安を抱えている。
ジローさん、今日もお風呂で寝ちゃうのかなあ。湯船につかりっぱなしの状態だと危ない
んだよな。30分して出てこなかったら見に行こう。
案の定、ジローは30分経ってもお風呂から出てこない。樺地は心配になってお風呂場に
様子を見に行った。
「Zzzzz・・・・」
「・・・・・。」
やっぱり寝てる・・・。鼻までつかってるわけじゃないから息はできるだろうけど、やっ
ぱ危ないし出さなきゃな。その前に体とかちゃんと洗ったのかな?
樺地はそっとジローの髪に鼻を近づけた。
あっ、ちゃんとシャンプーの匂いがする。もう洗ったんだ。じゃあ、外に出さなきゃ。
湯船からジローを引き上げるとそのまま風呂場の外に出した。大きなバスタオルを使い、
ジローの体を拭いていく。パジャマも着せて、ベッドに運ぼうと抱え上げた。
「う・・・ん・・・」
起きちゃったかな?歩いてくれるんだったらその方が楽なんだけど・・・。
だが、ジローは起きていなかった。結局、そのまま部屋まで運んでベッドに寝かせた。風
邪をひいてはいけないと布団をキレイにかけるとジローは何かを探すように手を動かし始
める。樺地が首をかしげてベッドの上に手をかけるとジローはその手を見つけ、ぎゅっと
握った。そして、うれしそうな表情を浮かべる。
「・・・・!」
「樺・・地ぃ・・・」
「ウス・・・」
ジローの寝言になんとなく返事をしてみる。するとジローはさっきよりももっとうれしそ
うな顔で呟いた。
「好きぃ・・・・」
「・・・・・・。」
この言葉にはさすがの樺地も赤くなってしまった。なかなかジローは手を離さないので、
樺地はそこから動くことができない。まだ、そんなに夜は遅くないので手を離してもら
えるまで樺地はジローの寝顔を見ることにした。

会社帰りの岳人はバスを降りたところで突然雨に降られ、濡れることを余儀なくされた。
バシャバシャと走って帰ったが服はもうビショビショだ。
「ただいまー!」
「ああ、おかえり岳人。何や雨降っとったみたいやけど大丈夫やったか?」
「もう全然大丈夫じゃないよー!服も下着もぜーんぶビチョビチョ。」
「あー、ずいぶんと派手にやられたもんやな。」
「侑士、お風呂沸いてる?」
「ああ。沸いとるよ。早く入ってき。」
「うん。」
岳人は鞄を玄関に置き、そのままお風呂へと直行した。置かれた鞄を忍足は部屋へと持っ
て行く。夕食の仕度の途中だったが岳人の着替えを出すのが先なので、着替えのパジャマ
と下着とバスタオルを風呂場まで持っていった。
「岳人ー、着替えとバスタオルここに置いておくで。」
「うん。ありがと。」
ハアー、今日は散々な一日だったな。跡部には怒られるし、雨には降られちゃうし。でも
後は侑士と一緒だから楽しいことばっかだもんねー。
熱めのシャワーを浴びながら、岳人は今日あった嫌なことを全部忘れてしまおうと頭を横
に振った。いつものようにシャンプーをし、体を洗い終えるとゆっくりと湯船につかる。
「あったかーい。やっぱ、お風呂はいいね。」
岳人が湯船でリラックスしている時、忍足は夕食を作っている真っ最中。今日の献立の八
宝菜を作るためにハクサイを刻んでいた。
「よし、こんなもんやろ。あとはシイタケやな。」
ハクサイをざるにいれ、シイタケを切り始める。ちょうどその時、岳人がお風呂から上が
ってきた。
「あー、気持ちよかった。あれ?まだ夕ごはんできてないの?」
「もう少しで出来るからちょっと待っとき。」
「うん。何か手伝おうか?」
「大丈夫や。岳人は向こうで座っとき。あっ・・・」
岳人と話しよそ見をしていたため忍足は少し指を切ってしまった。左手の人差し指から少
しずつ血が滲む。
「あー、何やってんのやろ俺。指切ってしもうたわ。」
「うっそ!?大丈夫!?侑士?」
「これくらい何でもあらへんって。」
心配そうに岳人は駆け寄る。血が出ていることに気づき、左手を自分の手に取った。
「血が出てるじゃん。」
「ほんのちょっとだけやん。大丈夫やって。」
「ダメだよ。ちゃんと消毒しなきゃ。」
そういうと岳人は忍足の指を自分の口の方に運び、傷口をペロペロとネコのように舐め出
した。一瞬走った痛みと微妙な感覚に忍足は思わず顔をしかめる。
「ちょっ・・・岳人。何しとるん?」
「だから消毒。」
「痛いって。それにまだ夕飯作ってる途中や。離して。」
「分かった。痛いんならしょうがないや。ちょっと待っててねバンドエイド持ってくるか
ら。」
バンドエイドを取りに岳人はパタパタと部屋に行く。忍足は岳人に舐められた指をおさえ
て、顔を赤く染めた。
ビックリしたー。あないなことされるとは思ってなかったわ。どないしよー、心臓のドキ
ドキが止まらへん・・・。
「侑士ー、バンドエイド持って来たぜ。」
「おおきに、岳人。ホント、すぐ出来るからあっちで待っとき。」
「うん。出来たらよんでね。運ぶの手伝うから。」
バンドエイドを傷口に貼ると忍足は再び料理を始める。あとは炒めるだけだったので、本
当に数分で出来上がった。
「出来たでー、岳人。」
「おう。今取りに行く。」
二人分のご飯と味噌汁、そして大きな皿に入れた八宝菜をテーブルへと運ぶ。全部運び終
えると二人そろっていただきますをした。
『いただきます。』
「うっまー!さすがだね侑士。」
「そうか?よかった気に入ってもらえて。」
「俺、侑士が作る料理で嫌いなものないぜ。」
えっへんというような感じで岳人は言う。忍足はそれを聞いて照れたような笑顔を見せた。
「うれしいなあ、そう言ってもらえると。俺、岳人のためやったら何でも作ってあげるで。」
「ホントー?じゃあ、今度ケーキ作って!イチゴののってるヤツ。」
「まかせとき。おいしーの作ってやる。」
「うっわあ、楽しみー!」
うれしそうにはしゃぐ岳人を見て、忍足はやっぱ岳人が自分の夫でよかったなあと改めて
思った。宍戸達と昼間話したことを思い出したのだ。こんなにも自分のことを好きでいて
くれるのはきっと岳人だけだろうと感じる。そう思った瞬間自然と体が動いた。
「どうしたの侑士?」
気づくと忍足は岳人の首に腕を回していた。不思議そうな表情で岳人は忍足を見る。
「岳人、好きやで。」
「いきなり何だよ?でも、俺も侑士のこと大好きだぜ。」
屈託のない笑顔で岳人は言う。そう言われて忍足はいいようもない心地よさが生まれるの
を感じた。今はご飯を食べている途中なのでいったん岳人から体を離して、恥かしそうに
笑った。
「いきなりゴメンな岳人。夕飯食べてる途中なのに。」
「気にしないで。じゃあさ、ご飯食べ終わったらさっさと片付けちゃって、続きは部屋で
しようぜ。」
「せやな。」
ラブラブなことはあとで部屋でということで、二人は止めていた箸をまた動かし始めた。

「ただいまー。」
「おかえり長太郎。うわっ、どうしたの?」
ポタポタと髪や服から水滴が落ちている鳳を見て滝は驚いた。
「いきなり雨に降られちゃって。」
「そっか。さっき、雨降りそうだったもんね。でも、駅とかで電話してくれれば迎えに行
ってあげたのに。」
「いやそれが雨が降り始めたのがバス降りた時だったんスよ。だがら走った方が早いかな
あと思ったんですけど、思ったよりドシャ降りで。」
「でも、そのままだと風邪ひいちゃうよ。今、タオル持ってきてあげるから待ってて。」
「あっ、いいですよ。そのままシャワー浴びちゃうんで。」
「そう?じゃあ、上着と鞄はここに置いといて。あとで俺が持って行っておくから。」
「ありがとうございます。」
上着を脱ぎ、鳳はバスルームへ向かった。ビショビショに濡れた服を脱ぎ、かごに入れる。
それでも体が濡れていたので相当雨が強かったのだろう。
あーあ、洗濯物無駄に増やしちゃった。滝さんに迷惑かけちゃうなあ。
少しばかり罪悪感を感じながら、鳳はバスルームに入る。雨に濡れて大分体が冷えていた
のでまずは高めの温度のシャワーを浴びた。湯気であたりは真っ白になった。
すっごい湯気だな。周りが真っ白だ。あれ?湯船も入れてあるみたい。あとで入ろう。
「長太郎、服ここに置いとくよ。」
「はい。あの滝さん。お風呂って沸かしてあるんですか?」
「うん。入ってもいいよ。」
ドアの向こうから話しかける滝に鳳は尋ねた。バスタブの中には乳白色のいい香りのする
お湯がためられている。体を洗い終えると鳳はそのお湯に肩までつかる。
「いい匂い。温度もちょうどよくて気持ちいいなあ。」
香りと温かさを感じながら鳳は気持ち良さそうに目を閉じる。ちょうどその時、ドアより
もう少し離れたところから滝が声をかけた。
「長太郎ー、まだかかりそう?夕ごはんできたんだけど。」
「あっ、はい。もう出ます。」
ザバーッと湯船からあがり、鳳は急いで用意された服を着て滝の待つリビングへ向かう。
「今日はハンバーグですか?おいしそうですね。」
「長太郎は和風ソースと普通のソースどっちがいい?」
「俺は普通のソースで。」
「オッケー。俺は和風ソースにしよう。」
二つの皿に盛り付けられたハンバーグに滝はそれぞれ違うソースをかける。どちらもとて
もおいしそうだ。
「じゃあ、食べようか。」
「はい。」
食べ始めると鳳は滝の食べている和風ソースもおいしそうだなーと思い始める。自分の食
べている方ももちろんおいしいのだが、やっぱり他の人が食べているものはおいしそうに
見えるものだ。
「滝さん、そっちのハンバーグ一口くれませんか?」
「いいよ。はい。」
一口サイズに切られているハンバーグを滝は鳳の口に運んだ。
「和風ソースもおいしいですね。」
笑顔で鳳は言う。滝もうれしそうな顔で笑った。
「でしょ?俺はさっぱりしてるからこっちの方が好きだな。」
楽しそうに談話をしながら夕食は進んだ。食べ終えると滝は食器を片付け、代わりに紅茶
とデザートをキッチンから持ってくる。本日のデザートはさくらんぼのオートミールクラ
ムケーキ。アメリカンチェリーを使ったアツアツのデザートだ。
「今日のデザートもすごいですね。」
最近、滝はお菓子作りにハマっていていろいろなものを作っている。それも健康のことを
考え低カロリーのものばかりだ。これもまたその1つである。
「ラム酒でさくらんぼをつけてあるからちょっと大人の味だよ。」
「へぇ。じゃあ、一口。・・・・うわあ、すっごくおいしいです!」
「そう、よかった。あっ!長太郎。」
「えっ、何ですか?」
突然滝が大声を出すので鳳はちょっと驚き、食べるのをやめた。
「髪まだ濡れてるじゃん。せっかくシャワー浴びたのにそれじゃあ意味ないよ。」
滝はタオルを取ってきて鳳の頭にかぶせる。それじゃあ、拭かなきゃとタオルに手をかけ
ようとするがその前に滝の手がタオルにかけられた。
「ちゃんと拭かなきゃダメだよ。」
髪を人に拭かれるのなんて何年もされていなかったので、鳳はドキドキだった。それも相
手は滝。手を動かされるたびにあの心地よい優しい匂いが鼻をくすぐる。
「よしこれくらい拭いとけば大丈夫でしょ。あれ?どうしたの長太郎。」
拭き終わったときには鳳の顔は真っ赤だった。
「な、何でもないです!」
思わず顔をそらし、デザートを口の中に放り込んだ。滝はそんな鳳をみてクスクス笑う。
「そういえばさ、今日長太郎会議大成功だったんだろ?」
「はい!滝さんのおかげです!!」
「俺は何にもしてないよ。長太郎が頑張ったからだろ。」
「いえ、滝さんがあの時電話してきてくれなかったら、きっと失敗してました。ありがと
うございます。」
「じゃあ、成功したお祝いに俺がご褒美あげる。」
「何くれるんですか?」
首にかかっているタオルに手をかけて、滝は鳳の唇にキスをした。
「ん・・・」
口の中にさくらんぼの甘酸っぱさとラムの香りが広がる。さっき食べたデザートより何倍
も甘くてとろけるようだった。
「・・・・はぁ。」
「二つ目のデザート。おいしかったでしょ?」
「はい。さっきのデザートよりも俺はこっちの方が好きです。」
「そう?じゃあ、あとでもっといっぱいあげる。」
無邪気な笑顔で滝は言った。頬を赤く染め、鳳は頷く。空になった皿をテーブルに残した
まま二人は部屋へと向かった。

宍戸の家にも雨に降られ、不機嫌気味の跡部が帰ってきた。
「ただいま。」
「おかえり。あー、やっぱ雨降ってきたか。」
「あー、じゃねーよ。樺地はジロー迎えにいくだかなんがかで先帰っちまうし、だからっ
て安物の傘買って差すのも嫌だし、全くやんなるな。」
イライラ口調で話す跡部だが、ふとあることに気づき表情を変えた。
「この匂い・・・。亮、今日の夕食って・・・」
「ああ。お前の好きなローストビーフ・ヨークシャープティング添えだぜ。もう出来てん
だけど、それじゃあ風呂が先だな。」
「確かに。これじゃあ、とてもじゃねーけど夕飯食べれる状態じゃねぇな。」
「じゃあ、俺、服とタオル出しとくから。」
部屋に向かおうとする宍戸の手をつかみ、跡部は宍戸を引き止めた。
「何だよ?」
「この際だ。お前も一緒に入れ。」
「何でだよー。二人で入ったら狭いだろ?」
「かまわねーよ。」
「分かった。じゃあ、一緒に入ってやるから先入ってろ。どっちにしろ着替えは取りにい
かなきゃいけねぇだろ。」
着替えを取りに宍戸は部屋へ向かい、跡部はバスルームへと向かった。着替えを用意しな
がら宍戸は少し緊張気味。
景吾と一緒に風呂入んの久しぶりだなー。何にもなきゃいいけど・・・。
ちょっとした不安をかかえながら、宍戸は二人分のタオルと着替えを持って、跡部がすで
に入っているバスルームへと向かった。入る前に髪がじゃまなので高い位置でまとめる。
「景吾、入るぜ。」
「ああ。」
ドアを開けると湯気がいっぱいで初めのうちは何も見えなかったが、開いたドアから湯気
がある程度抜けると素っ裸の跡部の姿が現れた。
「お前、タオルぐらい巻いとけよ。」
呆れた口調で宍戸が言うと跡部は普通に返す。
「別に自分ちなんだからいいじゃねーか。ほら、ドア開けたままだと寒ぃだろ。早く閉め
ろ。」
宍戸はドアを閉めた。いつも見ているとはいえどもやはりそのまま見るのは気恥ずかしい。
「亮、俺ほとんどもう洗っちまったからお前を洗ってやるよ。」
「えっ、いいよ別に。」
「つーか、洗わせろ。」
「しょうがねーなあ。」
溜め息をついて宍戸は跡部に身をまかせる。プラスチックのイスに座ってタオルを足にか
けた。
「まずは髪からな。」
跡部はゴムを外し、宍戸の長い黒髪を下ろした。シャワーで軽く濡らしシャンプーを手に
つけ洗い始める。
「ずいぶん伸びたよな。」
「お前が伸ばせって言ったんじゃねーか。」
「だってお前長い方が似合うじゃん。」
「そうかよ。」
口調的には無関心に聞こえるが本当はそう言われてとてもうれしいと宍戸は思っているの
だった。髪を洗い終え、今度はスポンジにボディソープをつけて体を洗い始める。
結構普通に洗ってるから風呂場ではなんかされるってのはなさそうだな。
ホッと胸を撫で下ろす宍戸だったが、跡部が何もしないはずがない。表面上は普通に洗っ
ているのだが、ホントに少しの反応の変化を跡部は見分けていた。今日はどうしてやろう
と心の中で考えて宍戸に気づかれないように笑う。
「よし、終わり。」
「サンキュー景吾。」
泡を流すと二人は湯船に入った。少し狭いが触れる場所が多くなるので跡部にとってはか
なりうれしい状況。思わずぎゅっと抱きしめる。
「うわっ、何すんだよ景吾。」
「いいじゃねーか。もうちょっとこのままでいようぜ。」
今日あったイライラする出来事も全部吹っ飛んでしまった。跡部にとって宍戸は自分を癒
してくれる存在なのだ。もうちょっとこのままといっても所詮は湯船の中。そのうち熱く
なってしまって出ることを余儀なくされた。
「さっぱりした。なっ、亮。」
「ああ。ちょっとのぼせ気味だけど。」
ポッポと火照った体で夕食を食べにキッチンへ行く。すでに並べられているのであとは食
べるのみだ。
「すっげー豪華に見えるぜ。」
「そうだろ?結構頑張ったんだぜ。」
「じゃ、いただきます。」
跡部はローストビーフを口に運んだ。それは子供のころに食べていたものと全く同じ味で
自分の大好きな味だった。
「これお前がホントに作ったのか?」
「当たり前だろ。どうだ?うまいか?」
「ああ、すっげーうまいぜ。うちのシェフが作ったのと同じ味だ。よくここまで同じに作
れるな。」
あまりにも跡部が褒めてくれるので宍戸はうれしくなって、跡部のほっぺにキスをした。
「サンキュー。そこまで褒めてもらえるとすっげぇうれしい。」
「これでデザートがあれば最高なんだけどな。」
そう言いながら跡部は宍戸の顔を見た。宍戸は跡部の目を見てその意味を理解し、赤くなり
ながらも笑顔で答える。
「最高のデザートも用意してあるぜ。楽しみにしてろよ。」
「そうか。じゃあ、さっさと夕飯食っちまうかね。」
食後のデザートが楽しみだと跡部は夕食を食べるペースを少しだけ速めた。食べ終わると簡
単に食器を片付け、二人は部屋に向かうのだった。

こうして夜は更けてゆく。当たり前のある日の一日が過ぎてゆくのだった。

                            (一応)END.

戻る