ファラリスの雄牛に祝福を

桜も散ってしばらく経った頃、君島はその日のためにスケジュールを調整し、駅の出口の
前で待ち合わせをしていた。
(少し早く着きすぎてしまったかな。)
時計を見ながらそんなことを考えていると、トンと軽く肩を叩かれる。
「よお、随分と早く来てるじゃねーか。俺も早めに来たつもりだったんだがな。」
「遠野くん。」
「今日は俺の誕生日だからな!存分に祝いやがれ!!」
開口一番テンション高くそんなことを言ってくる遠野に呆れつつ、君島はふっと笑う。
「そうですね。今日は一日かけて遠野くんの誕生日を祝ってあげますよ。」
今日は遠野の二十歳の誕生日だ。そんな遠野を祝うため、君島は仕事のスケジュールを調
整し、休みを取っていた。
「つーか、何でこの駅なんだ?お前のことだから、もっと派手な場所を選ぶと思ってたん
だけどよ。」
「おや、気づいていないのですね。それは好都合です。」
気づいていない方がサプライズ感が出せると、君島は笑いながらそんなことを言う。
「予定より少し早いですが、出発しましょうか。」
「おう。つまらなかったら処刑だからな!」
「それは大丈夫だと思いますよ。私はあまり興味はないですけどね。」
「はあ?」
せっかくのデートなのに、君島は興味がないところの連れて行かれるのかと遠野は怪訝な
顔をする。本当に分かっていないのだなと思いながら、君島は目的地に向かって歩き出し
た。10分ほど歩き、その場所に到着すると、明らかに遠野の表情が変わる。
「ちょっ、鈴ヶ森じゃねーか!!」
「来たことなかったんですか?てっきりもう何度も訪れているものかと思ってましたよ。」
「行きたいとはずっと思ってたんだけどな。なかなかタイミングがなくてよ。うわ、スッ
ゲェ嬉しい!!写真撮らねーと!!」
まさか君島に連れて来てもらえるとは思っていなかったので、遠野は実に嬉しそうな顔で
『鈴ヶ森刑場遺跡』と書かれた大きな標柱にスマホを向ける。
「他にも見るものはたくさんあるようですし、少し奥まで進んで、お寺の境内にも入って
みますか。」
「おう!!やっべぇ、超テンション上がるぜ!!」
こんな場所で心からはしゃげるのは遠野くらいであろうと思いながら、君島はキラキラと
目を輝かせている遠野を見る。説明板やたくさんの供養塔、火灸台や磔台、首洗いの井戸
などをスマホのカメラに収めつつ、ここで処刑された罪人についての話を遠野は君島に聞
かせる。
(遠野くんが喜んでくれるならと思って来てみたが、ちゃんと説明を読んだり、遠野くん
の話を聞いていると、なかなか興味深いな。)
昔は処刑に対する嫌悪感が強く、遠野の話も聞き流していたが、いざ興味を持って触れて
みると、様々な人間模様や歴史的背景を感じることが出来、知的好奇心がわいてくる。以
前よりも自分の話をしっかり聞いてくれている君島に気づき、遠野はからかうような言葉
をかける。
「君島、お前、随分ちゃんと俺の話を聞いてるじゃねーか。こういう話、嫌いだろ?」
「ええ。残酷な処刑の話はいまだに何がいいのか全く理解出来ません。しかし、処刑され
た罪人の話は、非常にドラマ性が高く、心が揺さぶられる話も多いので、そこまで嫌いで
はないです。」
「おっ、いいとこに気づくじゃねーか。それなら次は・・・」
自分の話に興味を持ってもらえるのが嬉しく、遠野は君島がより興味を持つような内容の
話をする。始終楽しそうにしている遠野を見て、君島は今日のデートコースは間違ってい
ないという確信を持つ。
「鈴ヶ森、やっぱよかったな。来れてよかったぜ。」
時間をかけて刑場跡地を見て回り、遠野は満足気にそう漏らす。
「楽しんでもらえたなら、なによりです。次の場所に移動しましょうか。」
「おう。次はどこに行くんだ?」
「博物館ですよ。遠野くん、博物館好きでしょう?」
「ああ。いいな、博物館。楽しみだぜ。」
君島が自分の好きな場所を選んでくれているのが嬉しくて、遠野はご機嫌な様子でそう答
える。博物館に向かうため、二人は駅へ戻ることにした。

博物館に行く前に軽く昼食を済ませ、二人は博物館へと向かう。その博物館はとある大学
に併設された博物館で、おそらく遠野が気に入るだろうと思い、今日のデートコースに入
れておいたのだ。
「どんな展示の博物館なんだ?」
「特別展というよりは、常設展示を見に行く感じですね。でも、遠野くんはきっと楽しめ
ると思いますよ。」
「へぇ、そりゃ楽しみだな。」
一つ目の場所が鈴ヶ森だったこともあり、遠野は期待感に胸を躍らせる。その博物館の常
設展示はいくつかの部門に分かれており、伝統工芸品の展示を行なっている『商品部門』、
石器や土器、古埴輪などが展示されている『考古学部門』を見学した後、最後に遠野が一
番喜ぶであろう『刑事部門』のコーナーに進む。
「おそらくこの部門が、遠野くんが一番見たいものが展示されていると思いますよ。」
始めの方は日本の昔の法令などが展示されており、確かに興味深いがそこまででもないと
思っていた遠野であったが、さらに進んで行くと遠野は立ち止まる。そこには『江戸時代
の法と刑罰』というテーマで、江戸時代の補者道具や古文書と共に、拷問や刑罰に使われ
ていた道具のレプリカが展示されていた。
「おい、君島っ!!見ろよこれ!!石抱責に鋸引、獄門台もあるぜ!!」
博物館内であるので、だいぶ小声ではあるが、遠野はテンション高く君島に話しかける。
「そうですね。」
「レプリカとは言えども、リアルでいいな。こんなのが常設展示されてる博物館を選ぶな
んて、いい趣味してるじゃねーか!」
「私一人じゃ来ませんけどね。今日は遠野くんの誕生日なので。」
さらっとそんなことを言う君島であるが、遠野が予想通りのリアクションをしてくれたこ
とにホッとしていた。おそらく喜んでくれるだろうとは思っていたものの、この程度では
物足りないと言い出す可能性もあったので、どちらに転ぶか少しドキドキしていたのだ。
「この先にあるものも遠野くんは好きなんじゃないですか?遠野くんの技にも入っている
ものなので。」
「えっ!?そんなのもあるのかよ?」
さらに進むと、この博物館の目玉とも言える二つの処刑具が並んでいた。それを見つけ、
遠野くんの目は輝く。
「ギロチンとアイアンメイデンまであるのかよ!スゲェな!」
「レプリカとは言えども、ギロチンとアイアンメイデンが見られるのは日本でこの博物館
だけらしいですよ。」
「へぇ。誕生日にリアルなギロチンとアイアンメイデンを見れるなんて最高だな。やるじ
ゃねーか、君島!」
目の前にギロチンとアイアンメイデンがあるのを嬉しく思いながら、遠野は君島に笑いか
ける。
(ここまで素直に喜んでもらえるのは、嬉しいな。最後の場所も喜んでもらえるといいな。)
遠野が喜んでいる姿を見て、君島も嬉しくなる。しばらくその場で写真を撮ったり、ギロ
チンの歴史などを語ったりして、遠野はこの場所を心から満喫する。博物館を後にすると、
博物館内にあるミュージアムショップで買った図録を抱え、遠野はニコニコしながら君島
に話しかける。
「いや、マジでよかった!本当今日の場所のチョイス、神がかってるぜ!」
「それはよかったです。博物館で思ったよりも時間を使ってしまいましたが、もう一カ所
行こうと思っているところがあるんです。付き合ってもらえますか?」
「もちろん、いいぜ!次はどこに連れて行ってもらえるか本当楽しみだぜ!!」
そこまで楽しみにしてもらえると、この計画に時間を割いた甲斐があると君島はクスッと
笑う。次もきっと喜んでもらえるだろうと思いながら、君島は遠野を連れてそこへ向かい
出した。

「最後の場所はここです。」
その場所へ到着すると、遠野は嬉しさとも感動ともつかぬ表情で、その場所の象徴的な建
立物を見つめる。
「一番始めに連れてってくれたとこがあの場所だったから、ちょっとは期待してたけど、
本当に連れて来てもらえるとなるとやっぱ嬉しいな!」
今日のデートの最後に二人が訪れた場所。それは鈴ヶ森と並び江戸の二大刑場と言われる
小塚原刑場跡であった。どちらもデートスポットとしては、ふさわしくなさそうな場所で
はあるが、遠野にとっては最高のチョイスであった。
「鈴ヶ森と同じように、いろいろ見て回りましょうか。」
「ああ。」
首切り地蔵を皮切りに、隣接している延命寺と回向院も見学する。そこで処刑された人々
の話を聞いて、君島はふと思ったことを口にする。
「処刑されているからと言って、悪人とは限らないのですね。」
「まあ、その時代の政治的な背景で処刑されるってのもあるあるだしな。日本でもそうだ
し、もちろん海外でも。」
「何だかやるせませんね。」
「フッ、お前はどっちかというと、処刑される罪人の方に感情移入しがちだよな。」
「別にそういうわけじゃないですけど。でも、ここで言うと吉田松陰や、海外ですとそれ
こそイエス・キリストだったり、ジャンヌ・ダルクだったりは、時代ゆえに処刑された感
はありますよね。そう思うとやはり・・・」
君島が真剣に処刑に関して思いを巡らせているのが嬉しくて、遠野は口元を緩ませながら
自分の考えを口にする。
「それが分かっていながらも処刑しなければならない処刑人にだって、お前の好きそうな
ドラマがあるぜ。シャルル=アンリ・サンソンの本とか読んでみろよ。結構刺さると思う
ぜ。」
「なるほど。時間があるときに読んでみます。」
高校生のときであれば、興味がないと突っぱねていたであろうが、今回のデートが歴史的
な視点や人間模様を知るという観点において、案外自分も楽しめたこともあり、君島はそ
んな遠野の言葉に素直に頷く。自分の言葉を素直に受け入れた君島に驚きつつも、遠野は
にっと笑う。
「だったらオススメの本、選んどいてやるよ。」
「ありがとうございます。」
そんな会話をしていると、二人の顔に夕暮れのオレンジ色の光が当たる。
「もうこんな時間か。」
「小塚原も楽しめましたか?」
「ああ、最っ高に楽しめたぜ!ここだけじゃなくて、鈴ヶ森も博物館もな!」
「それなら移動しましょうか。今日は特別な日なので、少し贅沢なホテルをとってあるん
です。時間はありますよね?」
「もちろんあるぜ!今日は丸一日お前と過ごすって決めて来てるからな!」
「それじゃあ、行きますよ。」
ここからは少し贅沢をしようと、君島はタクシーを呼び、予約してあるホテルへと向かう。
まだ二人で過ごせることにどちらも胸を高鳴らせながら、タクシーの中で今日のデートの
感想を語り合った。

ホテルに到着すると、二人は予約していた部屋へと向かう。君島が用意した部屋は、他の
部屋よりは圧倒的に広く、内装も豪華であった。誕生日にふさわしい豪華な食事とデザー
トを部屋に運んでもらうと、二人きりでディナーを楽しむ。
「遠野くんは今日で二十歳になるので、一応お酒も用意しました。」
「おっ、そりゃいいな。どんなの用意してくれたんだ?」
「何となくなイメージですが、赤ワインを用意させてもらいましたよ。」
細長い紙袋からワインを取り出すと、手際よくコルクを開け、遠野の前に置いてあるワイ
ングラスにそれを注ぐ。
「深い赤が血の色みたいで悪くねぇな。酒を飲むのは初めてだが、ワクワクするぜ。」
「私は来年にならないと飲めないので、このワインは遠野くんが一人で楽しんでください。」
「ああ。それじゃ一口飲んでみるか。」
グラスに口をつけると、遠野は一口だけそのワインを口に含む。舌に触れた瞬間、芳醇な
葡萄の香りとアルコールの風味が広がる。もっと渋みがあるものと予想していたが、そこ
までではなく思ったより飲みやすく美味しいと遠野は感じていた。
「美味いな。これ、結構好きかも。」
「それはよかったです。泥酔しない程度に楽しみながら飲んでくださいね。」
「初めて飲むから、自分がどれくらい飲めるかまだ分からねーけどな。」
とりあえず、グラス一杯くらいは問題ないだろうと、遠野は続けてそれを口に運ぶ。一杯
飲み干した程度では、遠野にそれほど大きな変化は表れていなかった。
「もう一つ遠野くんに誕生日プレゼントがあります。」
「昼間のデートに、ホテルにディナーにワインと、随分もらってる気がするがまだあるの
かよ?」
「これからあげるものが、本命のプレゼントです。二十歳という節目の誕生日なので、少
し奮発しました。」
「何だァ?指輪とかそういう感じか?」
「指輪ではないですね。それはまた追々ということで。遠野くんが欲しがっていたもので
すよ。さすがに実物大は無理なので、何分の一スケールでって感じですけど。」
全く予想がつかないと、遠野は首を傾げる。そんな遠野の前に君島は用意したプレゼント
を差し出す。
「誕生日おめでとうございます。遠野くん。」
シンプルな包装が施されている箱を受け取ると、遠野はその箱を開ける。小さすぎず大き
すぎない箱の中には、予想だにしていなかったものが入っていた。君島からのプレゼント
としては意外すぎて、遠野は思わず笑ってしまう。
「ふ、ふふ・・・いや、マジかよ。確かに欲しかったけどよ、まさかこういう形でもらえ
るとは全く予想してなかった。」
「素材や構造もかなり正確に再現しているんですよ?ベースは青銅製で口から中に繋がる
管は真鍮製です。側面の部分はちゃんと開くようになっていて、中は空洞になってますか
ら。」
せっかく作るならこだわりたいという意思が君島の言葉から伝わる。
「これ普通に売ってるもんではねぇよな?わざわざ作ってもらったのか?」
「ええ。以前取引のあったメーカーに特注で作ってもらいました。なかなかの出来でしょ
う?」
ドヤりながら、そんなことを言ってくる君島に、遠野は耐えられなくなり声を上げて笑う。
「あははっ、マジかよ?凄すぎだろ、これ。スッゲェリアルだし、素材そのままって言っ
てたから質感もヤベェし。いや、マジでこれは普通に指輪とかよりも圧倒的に嬉しいプレ
ゼントだぜ!」
君島が遠野に贈った誕生日プレゼントは、何分の一かスケールの『ファラリスの雄牛』で
あった。昔、遠野が欲しいものとしてあげていたのを思い出し、鑑賞用のサイズ感で作っ
てもらったのだ。これはすごいと、遠野はそれを箱から出し、両手で持って様々な角度か
ら眺めてみる。
「マジでスゲェ。こんなプレゼント、君島以外からは絶対もらえないもんな。いや、君島
からもらえたことも信じられねぇけど。」
「年に一度のことですし、特に今年は特別な節目ですから。」
「二十歳の誕生日に『ファラリスの雄牛』を贈るって発想がヤバイけどな!」
「でも、嬉しいんでしょう?」
「そりゃ嬉しいに決まってるだろ!昔から欲しかったもんを好きな奴からもらえたんだか
らよ。」
君島が贈った『ファラリスの雄牛』をその手に抱えながら、本当に嬉しそうな表情でそん
なことを言う遠野に、君島はキュンとときめいてしまう。
「そんなに嬉しいと思うなら、少しお返しをくれてもいいのですよ?」
座っている遠野の頬と膝に触れながら、君島はそんなことを言う。君島が言わんとしてい
ることを理解し、遠野はニヤっと笑う。
「それは俺にとっては、もう一つプレゼントをもらう感じになるな。」
「ふふ、欲張りですね。それで、そのプレゼントは欲しいのはですか?」
「当たり前だろ。早くくれ。」
そう言いながら、遠野は君島の唇にキスをする。それを合図に二人はベッドに移動し
た。

もう一つのプレゼントを全身で存分に受け取ると、遠野は心も身体も満たされ、ふわふわ
とした気分で大きなベッドに座っていた。
「もうすぐ遠野くんの誕生日は終わってしまいますが、今日一日どうでしたか?一応、遠
野くんの好みに合わせたつもりですけど。」
「ホンット最高の一日だったぜ!!俺の行きたかったデートスポットも欲しいものも全部
網羅してて、今までで一番充実した誕生日だった。」
「それならよかったです。」
「逆にお前はあんまり楽しくなかったんじゃねーの?刑場跡巡りなんて、お前の趣味じゃ
ねーだろ。」
「確かに私は処刑には興味ありませんからね。でも、遠野くんがはしゃぐ姿を見るのは楽
しかったですし、刑場跡も博物館も意外と興味深くて、端から好きではないからと切り捨
てるのは、もったいないと思いました。」
「確かにそこまでつまんなそうな顔はしてなかったもんな。」
「ええ、今日は私も存分に楽しめましたよ。」
嘘のない笑顔でそう言う君島の言葉を聞いて、遠野は君島を好きだと思う気持ちで胸がい
っぱいになる。君島と違い、遠野はそんな気持ちを隠すことは出来ないので、衝動的に君
島に抱きつく。
「おやおや、急にどうしたんですか?遠野くん。」
そんな遠野の行動にニヤニヤしながら、君島はそう尋ねる。
「今日はマジで最高の誕生日だった。ありがとな、君島。」
素直にお礼の言葉を口にする遠野に、君島はキュンとしてしまう。遠野を抱きしめ返しな
がら、君島は言葉を返す。
「その最高の誕生日だったという言葉、これから毎年その最高度合いを更新していくので、
覚悟しておいてください。」
「フッ、言うじゃねーか。俺も来年のお前の二十歳の誕生日には、お前に負けねーくらい
全力で祝ってやるから、ちゃんと予定空けとけよな!!」
「楽しみにしていますよ。」
お互いにしっかりと触れ合いながら、来年以降の誕生日の話をする。二十歳の誕生日の最
高の思い出と未来への約束。そして、大好きな相手と触れ合っているという今をとことん
味わう。今日は本当に幸せな誕生日だと思いながら、遠野は君島の見ていないところで極
上の笑顔を浮かべていた。

                                END.

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