ぱいなっぷるちょこれーと(前編)

「おばー、いる?」
「んー、どうしたね?凛。」
沖縄では、桜が咲き乱れているような2月の初め、平古場はあることを教えてもらおうと、
部屋でくつろいでいる祖母に声をかけた。
「ちょっと教えてもらいたいことがあるんだけど・・・」
「おばーが知ってることだったら、何でも聞くさぁ。」
「えっとな・・・“ミンサー織り”を自分でしたいんだけど、おばー出来る?」
「もちろん出来るさー。ミンサー織りの何を作るつもりか?」
「ケータイのストラップ。ほら、ケータイ電話の飾りみたいなヤツ。」
平古場は自分の携帯電話を取り出し、ストラップがどんなものかを祖母に見せた。それを
見て、平古場の祖母はニッコリと笑う。
「凛は器用だし、これくらいならすぐ出来るさー。好きな子にでもプレゼントするの?」
「ま、まあな。」
好きな子にプレゼントをするのかと聞かれて、平古場は少し照れながらその言葉に頷く。
それなら、喜んで教えてあげようと、平古場の祖母は顔をほころばせながら、平古場にミ
ンサー織りの仕方を教えると約束した。
「それじゃ、明日にでも作りに行こうかね。明日は学校休みよな?」
「うん。ありがと、おばー。」
「ミンサー織りには、『いつ(五)の世(四)まで末永く』という意味があるさー。喜ん
でもらえるといいね。」
「うん。絶対喜んでもらえるように、俺、頑張って作るさー。」
もちろん平古場もミンサー織りに込められている意味を知っていた。知っているからこそ、
それをプレゼントしたいと思っているのだ。プレゼントをする日は、2月14日。そうバ
レンタインデーの日に、平古場は手作りのミンサー織りのストラップをある人に渡したい
と思っているのだ。

祖母に教えてもらいながら、平古場は鮮やかなオレンジ色のミンサー織りのストラップを
作った。美術の得意な平古場は、こういうことをするにもすぐにコツを掴み、なかなか完
成度の高いものを作り上げた。
「へへへ、我ながらよく出来たぜ。」
出来上がったストラップを手に持ちながら、顔を緩ませていると、突然姉が声をかけてき
た。
「何、ニヤニヤしてんの?凛。」
「うっわあ!!ねーねー、いつからそこに!?」
「いつからって言われても。何それ?ストラップ?ねーねーにくれんの?」
「違うし!!これは、バレンタインに裕次郎にあげ・・・」
「ふーん、裕次郎くんにあげるんだー。凛は本当、裕次郎くんのことが大好きねー。」
からかうように笑いながら、平古場の姉はそんなことを言う。余計なことを言ってしまっ
たと、平古場は頬を赤く染めながら、ぷいっとそっぽを向く。
「ねーねーには関係ないだろー。」
「照れちゃって。まったく、可愛いねー、凛は。」
「もう用がないなら、出てけよ。」
「あっ、そうだ。今バレンタインのチョコ作ってたんだけどさー、チョコレート買いすぎ
ちゃって、余っちゃったんだよねー。だから、はい。凛にあげる。」
3枚ほどの板チョコを、平古場の姉はそのまま平古場に手渡す。板チョコをそのまま渡さ
れてもと、少々困惑する平古場であったが、去り際の姉の言葉にふとあることが思い浮か
ぶ。
「せっかくのバレンタインなんだし、そのプレゼントと一緒に、チョコレートもあげたら
いいんじゃない?裕次郎くんに。きっと喜ぶよ。」
冗談半分の言葉であるのは、平古場にも分かったが、それはありかもしれないと心の中で
思ってしまう。姉に向ける顔を不機嫌この上ない顔であったが、心の中は、このチョコレ
ートをどう使おうと、わくわくした気持ちでいっぱいだった。
(ねーねーもたまにはいいこと言うじゃん。)
そんなことを考えながら、平古場はもらった3枚の板チョコに視線を落とした。

そして、2月14日、バレンタインデー当日。平古場は、今日は一緒に帰ろうと、甲斐と
約束していた。平古場も甲斐もその容姿と性格から、女の子には比較的モテ、どちらもあ
る程度の数のバレンタインチョコをもらっていた。帰りのHRが終わると、平古場は甲斐
のもとへ真っ直ぐに向かう。
「裕次郎、随分いっぱいチョコもらってんな。」
「凛だってそうだろ?むしろ、俺なんかより、凛の方が多いんじゃねぇ?」
「そんなことないし。それより、早く帰ろうぜ。俺、ちょっと寄りたいとこがあるんばぁ
よ。」
「へぇ。それに俺も付き合えって?」
「そーそー。裕次郎がいなきゃ意味ないとこだからな。」
「ふーん。ちょっと、気になるな。じゃ、帰るか。」
「おう!」
早く自分の用意したプレゼントを甲斐に渡したいと、平古場は早く帰ろうと甲斐を促す。
表面上はいつも通りを装っている平古場だが、自分の作ったプレゼントを甲斐が気に入っ
てくれるかどうか、むしろ、ちゃんと渡せるだろうかと、内心不安と緊張とドキドキ感で、
胸が高鳴るのを抑えることが出来なかった。
(うー、でーじドキドキしてるし。バレンタインにチョコ渡す女の子って、こんな気分な
のかなー?)
胸のドキドキが甲斐にバレないようにしながら、平古場は学校を出ると、プレゼントを渡
そうと思っている場所に向かって歩き始める。そんな平古場について行きながら、甲斐も
ほんの少しだけ、平古場が何かをくれることを期待していた。
(バレンタインって、女の子が男の子にチョコあげる日だけど・・・一応、凛とは付き合
ってることになるもんな。凛、チョコじゃなくてもいいから何かくれたりしないかなー。)
どちらもバレンタインデーという特別な日故に、いつもとは少し違うドキドキ感を感じな
がら、てくてくと通学路を歩いてゆく。しばらく歩き、通学路ではないところまで行くと
平古場は立ち止まった。

ザアァァ・・・・
平古場が甲斐を連れて歩いて来た場所。それは、寒緋桜の咲き乱れる静かな丘であった。
桜吹雪が舞う中、平古場は一本の桜の下にゆっくりと歩いて行き、くるりと甲斐の方を振
り返る。
「裕次郎。」
金色の髪をなびかせながら、桜をまとう平古場に、甲斐はドキドキしてしまう。名前を呼
ばれ、甲斐の心臓はさらに高鳴る。
「何?凛。」
「今日は、何の日か分かるか?」
「え?えっと、バレンタインデー・・・だよな?」
「うん。だからな・・・コレ。」
激しく高鳴る心臓の鼓動を必死で抑えながら、平古場は自分で作ったミンサー織りのスト
ラップを甲斐に差し出す。ラッピングなどはされていないが、そのプレゼントには平古場
の気持ちが溢れるほどにつまっているということが、甲斐には感じられた。太陽を思わす
ようなオレンジ色のストラップ。しかも、そのストラップには、細かくミンサー織りの模
様が織り込まれている。
「ミンサーの模様・・・・」
「わ、俺が作ったヤツだから、あんまり上等じゃないかもしれないけど・・・」
「嬉しいぜ、凛っ!!」
「わっ・・・」
照れながら、たどたどしくそんなことを言う平古場が愛しくてたまらず、甲斐は思いきり
平古場の体を抱きしめた。沖縄に住んでいて、ミンサー織りの意味を知らない者はいない。
『いつ(五)の世(四)まで末永く』そんな想いの込められたプレゼントを、自分の大好
きな人からもらって嬉しくないわけがない。この嬉しさをどう表してよいか分からず、甲
斐は平古場を抱きしめたのだ。
「でーじ上等さー、凛。こんなに嬉しいプレゼント、初めてもらったぜ。」
「ちょ・・・裕次郎、恥ずかしいから・・・」
誰もいないとは分かっていても、ここまであからさまに抱きしめられるのは恥ずかしいと、
平古場は困ったような声を上げる。しかし、甲斐は全くその手を緩めようとしない。
「やっぱ、凛は俺の最高のうむやーさー!このストラップ、大事に使うからな!!」
「お、おう。」
最高の恋人と言われ、平古場は恥ずかしいなあと思いつつも心の底から嬉しさが込み上げ
てくる。甲斐のためにミンサーを織ってよかったと、平古場はふっと口元を緩ませた。抱
きしめられたまま、平古場はバレンタインのチョコレートも用意してあることを甲斐に伝
えようとする。
「あ、あのな、裕次郎。」
「うん。」
「うちに、チョコもあるんだ。だから、これからうちに来ねぇ?」
「いいの?」
「うん。それに、今日はバレンタインだからって、ねーねーは彼氏とデートだし、おかあ
とおとうも夜は出かけるって言ってたし、だから、うちにいるのはおばーだけ。」
「そっか。せっかくのバレンタインだしな。行く行く。」
「なら、そろそろ抱きしめてんの、やめてくんねー?」
「うーん、もうちょっとだけ。」
「ったく、裕次郎はぁ。」
いつまでも腕を緩めようとしない甲斐に苦笑しつつも、平古場はまだまだ甲斐と一緒に居
れることを嬉しく思っている。家に帰ったら、存分に甲斐に甘えてやろうというようなこ
とを考えつつ、平古場はしばらく甲斐に抱きしめられるままでいた。

「ただいまー。」
「おじゃましまーす。」
平古場の家に到着すると、二人は元気よく中にいる平古場の祖母に声をかける。
「おかえり、凛。あー、裕次郎くんも一緒だねー。いらっしゃい。」
「こんにちは。」
甲斐がぺこっと頭を下げると、平古場の祖母はにこにこしながら、二人の上がってくる玄
関に下りようとする。
「凛、おばー、ちょっと出かけなくちゃいけなくなったさー。だから、お留守番頼んだよ。」
「え?何時頃帰るば?」
「分からん。もしかしたら、泊まってくるかもしれないね。」
「ふーん、そっか。分かった。いってらっしゃい、おばー。」
「肩たたきは明日二日分やってもらうさー。」
「あはは、了解。」
冗談じみた口調でそんなことを言ってくる祖母に、平古場は笑って返す。祖母を見送ると、
二人は家の中に上がり、とりあえず手洗いとうがいを済ませてから、平古場の部屋へと向
かった。
「今、チョコ用意してくるから、ちょっと待ってろよな。」
「おう。」
鞄を部屋に置くと、平古場はチョコレートとあるものを取りに台所へと向かう。部屋に戻
ってきた平古場は、小さな鍋と黄金色のフルーツが並べられた皿が載ったお盆を手に持っ
ていた。
「何か?それ。」
「ちょこれーとふぉんでゅ?だっけ。あれのセット。」
「チョコレートフォンデュ?」
「そう。裕次郎、パイナップル好きだろ?して、今日はバレンタインだから、チョコとセ
ットで食べたらいいかなあって思ってよ。」
いかにも平古場らしい単純な発想だったが、パイナップルにチョコレートをつけて食べた
ことなどなかったので、どんなものかと甲斐はほんの少しだけ不安になった。パイナップ
ルチョコレートは土産店にもあったりするが、それとパイナップル自体にチョコレートを
つけて食べるということには雲泥の差がある。
「なかなか斬新なアイディアだな・・・」
「だろー?俺も昨日試してみたんだけど、なかなか美味かったぜ。」
「本当か?」
「おう。一つでいいから、騙されたと思って食べてみろよ。」
「お、おう。」
少し緊張しながら、甲斐は小さなフォークで小さく切られたパイナップルを刺し、それを
トロトロに溶けたチョコレートにつけてみる。チョコレートの滴るパイナップルはかなり
美味しそうではあるが、何せ未知の味だ。ドキドキしながら、甲斐はそれを口の中へと運
ぶ。
パク・・・
チョコレートの熱さとパイナップルの冷たさが、噛みしめると同時に口の中に広がる。パ
イナップル独特の酸味がチョコレートの甘さで消され、カカオの香りと共にフルーツの爽
やかさが舌の上でとろける。素直に美味しいと感じられる味に、甲斐は少し驚く。
「本当だ。普通に美味いな。」
「だからよー。気に入ったか?」
「ああ。なかなかやるやし、凛。」
「気に入ってもらえたなら、よかったし。俺も食べようかな。」
「おう。一緒に食べようぜ。」
もともと二人で食べる気満々だったので、フォークは二つ用意していた。いくつか自分の
口に運んだ後、平古場は一段とたっぷりチョコレートを一切れのパイナップルにつけて、
甲斐の口元へと持ってゆく。
「裕次郎。」
「何?食べさせてくれんの?」
「おう。今日はバレンタインだしな。ほれ、あーん。」
「あーん。」
平古場が食べさせてくれるパイナップルを嬉しそうな顔で甲斐は受け取る。
「凛が食わせてくれると、もっと美味くなるさー。」
「べ、別に味は変わらんし・・・」
「な、もっかい食べさせて?」
「しょうがねぇなあ。」
困ったように笑いながらも、平古場は何度も甲斐にチョコレートにつけたパイナップルを
食べさせてやる。
「俺ばっか食べてるのも不公平やし、今度は俺が凛に食べさせてやるさー。」
「えっ?」
「ほら、凛、あーん。」
「う・・・あ、あーん。」
食べさせるのはそうでもなかったが、食べさせられるのは若干恥ずかしいと、平古場は少
し赤くなりながら、控えめに口を開ける。その顔が可愛らしいと、甲斐はキュンキュンし
てしまう。
(何か目つぶってるし。これはちょっとチャンスやし。)
そんなことを思いながら、甲斐はフォークの先にあるパイナップルを自分の口に咥え、そ
のままそれを平古場の口に口移しで与える。パイナップルが口の中に入ると同時に、何か
が唇に当たる感覚に、平古場は思わず目を開けた。
「ん・・・んんっ!!??」
まさか口移しで与えられているとは思っていなかったので、平古場は心臓が止まってしま
うのではないかと思うほどドキっとする。パイナップルをしっかり移し終えると、甲斐は
何事もなかったかのように唇を離した。口にパイナップルが入ったままでは喋れないので、
口の中にあるものを全て飲み込むと、平古場は真っ赤になって甲斐に文句を言う。
「なっ・・・い、いきなり、何するば!?裕次郎!!」
「別に普通に食べさせてやっただけだぜ。」
「どこが普通かよ!!く、口移しでなんて・・・何考えてるば?」
「だってよー、俺は凛がでーじ可愛い顔してるからさー、つい。」
「可愛い顔なんてしてないし!!」
ガシャンっ!!
動揺している平古場の手が鍋に当たり、中に入っていたチョコレートが平古場の手にかか
ってしまう。もうそれほど熱くはないが、完全に平古場の手はチョコまみれになってしま
った。
「あがもー、手にチョコレートかかったし。」
「俺が綺麗にしてやるさー。」
「わっ、ちょっと待っ・・・裕次郎!」
チョコまみれになった平古場の手を取り、甲斐はそれをペロペロと舐め始める。指を舐め
られる何とも言えない感覚に、平古場はぞくっとしてしまう。
「やっ・・・裕次郎。ちゃんと洗ってくるから・・・」
「んー、もったいないだろー?」
「け、けどよ・・・」
かなり困ったような顔をしている平古場に、甲斐の悪戯心はさらに掻き立てられる。さっ
きよりも丁寧に指の間から指先までを舐めてゆく。必死で我慢はしているようだが、ピク
ンと跳ねる指先と、真っ赤な顔がどんなふうに平古場が感じているかを如実に物語ってい
た。
「よっし、綺麗になったぜ。」
「あうー・・・裕次郎の変態っ!!」
「何でかよ?あっ、もしかして凛、今ので感じ・・・」
「んなわけないだろー!!」
恥ずかしそうに怒鳴っているところを見るとそれは間違いないようだ。あまり平古場を怒
らせすぎるのも、後々大変なので、甲斐はコロッと態度を変えて、平古場の機嫌を直そう
とする。
「あはは、ちょっとからかいすぎたさー。謝るからさ、凛、機嫌直せよ。」
「別に機嫌悪くなんてないし。」
「ゴメンってば。な?」
「だからー、機嫌悪くなんてないって言ってるだろー。」
そう言いながら、平古場は甲斐の首に腕を回し、ぎゅっと抱きついた。口調的にはまだ恥
ずかしさは消えてはいないようだが、怒っているわけではないようだ。そんなことを突然
され、甲斐はドキっとしてしまう。
「・・・凛?」
「きょ、今日は、このうちには俺と裕次郎の二人しかいないからよー・・・・」
「う、うん。」
「そーいうこと、別にしてもいいからな。」
思ってもみない平古場の誘い文句に、甲斐の心臓は跳ね上がる。心臓の音が平古場に聞こ
えてしまうのではないかと思うほどドキドキしながら、甲斐は平古場を抱きしめ返す。
「い、いいのか?」
「こんなチャンスそう滅多にないわけやし。しなきゃもったいないだろー?」
「は、はは、確かにそうだな。」
「けど、するのは風呂入ってからじゃなきゃダメだからな!」
「お、おう。」
平古場らしい言葉に苦笑しながら、甲斐はこの後のことを頭の中で巡らせる。それだけで
もう、鼓動は速くなり、顔を夏ではないかと思えるほどに熱くなっていった。
「シャワーは別々に浴びようぜ。そうしないと、俺がヤバいかも・・・」
「分かった。・・・裕次郎。」
「何?」
「・・・・期待してるからな。」
平古場自身も相当恥ずかしいようで、決して喋りながら甲斐の顔を見ようとしない。しか
し、その口から放たれる言葉は、甲斐をやる気にさせるには十分すぎるものであった。恋
人ならではのバレンタインの過ごし方。それを実行しようと、二人はドキドキと胸をとき
めかせながら、この二人きりの時間をどうしようかと考えるのであった。

                to be continued(裏へ)

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