連休が近づいている冬のある日。練習を終えると、君島は一緒に練習をしていた遠野、大
曲、種ヶ島、越知、毛利に声をかける。
「皆さん、次の休みは何か予定はありますか?」
「今のところは特にねぇし。」
「何々?何か面白いことでもあるん?」
「先日、温泉に行きたいというような話をして、結局行けなかったじゃないですか。」
「足湯カフェには行きましたけどね。」
「あれはなかなかよかったな。」
今のメンバーで商店街に息抜きに行き、スタンプラリーや足湯カフェに行ったことを思い
出し、越知や毛利はご機嫌な表情を見せる。
「うちの者にちょっと交渉してみたところ、なかなかよい雰囲気の旅館の部屋が取れまし
てね。よかったら、次の休みにどうかと思いまして。次は連休なので、一泊くらいは問題
ないでしょう。」
「旅館って温泉旅館ってことやんなあ?」
「へぇ、それはちょっと興味あるし。」
「月光さん、温泉やって!是非行かしてもらいましょ。」
「悪くないな。」
「遠野くんももちろん行きますよね?」
「ふん、別に俺は温泉なんか・・・」
「五右衛門風呂もありますよ?」
「っ!!そ、そういうことなら、行ってやってもいいぜ。」
君島が温泉旅館を取ってくれたという話を聞き、誘われたメンバーはわくわくした様子で、
その誘いに乗る。この時期の温泉はかなり楽しみだと、そこまで顔には出さないがそこに
いる誰もが浮かれていた。
休みになり、君島に連れて来られた旅館は想像を遥かに超えるものであった。まさに高級
旅館という言葉がふさわしい建物に、君島以外のメンバーは目を丸くする。
「うわー、メッチャ高級旅館って感じやな☆」
「こないなとこ、ホンマに泊まってええんですか?」
「もちろん。費用はこちら持ちなので気にしなくてもよいですよ。」
「さっすがサンサンや。芸能人はやっぱちゃうなあ。」
「ところで部屋割りなのですが、せっかくの温泉なのに全員で同じ部屋に泊まって狭くな
るのもあれですし、だからと言って一人部屋というのも寂しいので、先日と同じようにダ
ブルスのペアで二人一部屋という形にしてあるのですが、問題はないですか?」
おそらく問題はないだろうと思いながらも、君島はそんなことを尋ねる。
「さして問題はない。」
「竜次と同じ部屋ってことやろ?大歓迎やで☆」
「まあ、それが妥当だろうな。俺達と越知達は合宿所と変わんねーし。」
「俺は君島と同じ部屋ってことか。合宿所では一人部屋なのにいいのかよ?」
「先程も言ったように、せっかくの温泉旅館で一人部屋は寂しいでしょう?それに、私達
の部屋の露天風呂は五右衛門風呂もありますよ。」
「へぇ、そりゃすげぇな。」
「部屋に露天風呂ってどういうことだし。」
「まあ、部屋に行けば分かりますよ。ふふ。」
意味ありげな微笑みを浮かべる君島に、他のメンバーはこれから一体どんな部屋に通され
るのかとドキドキする。とにかく入口で喋っていても仕方ないので、中に入ろうと六人は
歩みを進める。玄関を入ればもうそこはザ・高級旅館という様相で、君島以外は少々緊張
してしまう。
「うわあ、もう入口からして普通の旅館とはちゃいますね。」
「こんな旅館泊まるの初めてだし。」
毛利や大曲が靴を脱ぎながらキョロキョロと辺りを見回している間に、君島はチェックイ
ンの手続きをする。手続きが終わると、君島は他のメンバーを手招きする。
「この旅館は、浴衣の種類がかなり豊富で自由に選べるんですよ。そこに並んでいるもの
から選んでください。」
たくさんの浴衣が並べられている棚を六人は眺める。ただ、越知と毛利はかなり高身長で
あるため、さすがに種類は限られていた。
「一番大きなサイズはここらへんですね。それでも月光さんには丈が短そうやけど。」
「それは仕方あるまい。」
一番大きいサイズの浴衣を物色していると、毛利はかなり魅力的な柄の浴衣を見つける。
「月光さん、見て下さい!!この浴衣、三日月の柄ですよ!」
青い縦縞に三日月が散りばめられた浴衣を手にして、毛利は嬉しそうに越知に差し出す。
「月光さんにピッタリな柄やと思うんですけど、どうです?」
「お前がそう言うならそれにしよう。」
「絶対月光さん似合うと思います!俺はどないしようかなー。」
毛利から受け取った浴衣のセットを腕に抱えると、毛利に似合う浴衣はないかと越知もた
くさん並ぶ浴衣を眺める。越知からすると少し下にある棚に目を移すと、今自分が持って
いる浴衣と似た雰囲気の浴衣を見つける。
「毛利、これはどうだ?」
越知が手にした浴衣は、明るい茶色の縦縞に赤い紅葉の模様が入った浴衣であった。
「わあ、ええ柄ですね。色と模様はちゃいますけど、ちょっと月光さんとおそろいみたい
やないですか。」
よく見ると確かにそうだと越知は毛利の言葉に頷く。そんな浴衣を越知が選んでくれたの
が嬉しくて、毛利は満面の笑みでその浴衣を受け取る。
「ほんなら、俺はこれにします!選んでくれはってありがとうございます。」
「ああ。お前もきっと似合うと思う。」
「えへへ、着るの楽しみですね!」
色違い模様違いの浴衣を選んだ越知と毛利は、少し離れたところにある羽織りを選び始め
る。二人が浴衣を決める様子を見ていて、種ヶ島は自分と大曲もおそろいの浴衣にしたい
と考えた。
「なあなあ、竜次。竜次はどんな浴衣にするん?」
「どんなって言われてもなあ。こんなにあると何を選べばいいか分かんねぇし。」
「このえんじのやつなんてどや?そこまで派手やないし、竜次に似合うと思うんやけど。」
「ふーん、まあ、悪くないんじゃね?」
「んじゃ、竜次はこれな。俺はどないしよかなー。ツッキーと毛利みたいにおそろいっぽ
くしたいなぁ。」
「おそろいとか勘弁しろし。」
「えー、せっかくやしええやん。おっ、これとかどやろ?」
自分用にと種ヶ島が選んだのは、白地に紅梅色の線で模様が入り、ところどころにえんじ
色の紅葉が散らされている浴衣だ。えんじ色に白の線で模様が入っている大曲の浴衣と紅
葉が入っているかいないかの差はあれど、デザインとしては似通っている。
「お前にはそれくらい模様が派手なのがいいかもな。似合うんじゃねぇの?」
「ホンマ?ほんなら、俺はこれにしよー☆」
大曲に似合うと言われ、種ヶ島はその浴衣に決める。浴衣の上に着る羽織りが並んでいる
ところに移動すると、種ヶ島はえんじ色の羽織りを手に取った。
「浴衣は白やから、羽織りは竜次の浴衣に合わせてこれにしよ。ええと思わん?」
「いいんじゃね?バランス的にも悪くねぇし。」
「何やホンマに高級旅館って感じやな。こないにいろんな種類の浴衣から、しかも自由に
選べるなんてなかなかないで。」
「そうだな。越知と毛利が着れるくらいのサイズまで用意されてるってのもなかなかだし。」
「あー、それは確かに。まあ、それでもツッキーはミニ丈の浴衣になってまうんやろうけ
どな。」
身長的に越知はどうしても丈が短くなってしまうだろうなあと種ヶ島はくすくす笑う。自
分達の浴衣を決め終わったので、大曲と種ヶ島は越知と毛利に話しかけに行く。
「さてと、遠野くんはどうしますか?」
「別にどれでもいいし。これとかシンプルだし、これにするか。」
浴衣選びにそこまで興味のない遠野はふと目についた薄い黒の浴衣を手にとる。越知・毛
利ペアや大曲・種ヶ島ペアに比べると圧倒的に地味な見た目であるが、君島もそのデザイ
ンは嫌いではなかった。
「それなら私はこれにします。」
「・・・いいんじゃねぇの?」
君島が手に取った浴衣をちらりと見て、他のペアより分かりやすいおそろいの柄だなと思
いながら、遠野はそんな言葉を返す。あまり興味がなさげな声色であるが、その言葉は君
島にとって嬉しいものであった。
「羽織りの色は、これにしますかね。どうです?遠野くんの浴衣の色に合わせてみたんで
すが。」
「別にそんなことされても嬉しくねぇし。」
そう言いつつも、遠野の表情は少し嬉しそうだ。そんな二人のやりとりを見て、種ヶ島が
絡みにくる。
「サンサンとアツもおそろいにしたん?何だかんだで、仲ええやん。」
「はあ?こいつが勝手に真似してきたんだぞ。」
「けど、別にそれが嫌ってわけやないんやろ?」
「別に嫌ではねぇけど・・・」
ちょっと素直な言葉を漏らす遠野に君島は頬を緩ませる。
「浴衣も決まったようですし、各々部屋へ案内してもらいましょうか。ここからはダブル
スのペアで自由行動といきましょう。」
旅館内は全員で行動するよりは、いつものペアで行動した方が過ごしやすいだろうと、君
島はそんなことを言う。その言葉を合図に、各ペアはそれぞれの部屋に向かい、これから
何をしようかうきうきとしながら、長い廊下を歩き始めた。
旅館に来るまで少々時間がかかったため、部屋に案内される頃には日が傾き始めていた。
部屋に案内された君島と遠野はさっそく選んだ浴衣に着替える。
「温泉らしい格好に着替えたことですし、ちょっと外に出てみますか。」
「本当に五右衛門風呂あるんだろうな?」
「ありますよ。さあ、行きましょう。」
遠野の少し前を歩き、君島は部屋から繋がる庭へと出る。襖を開けて手すりのついた階段
を下りると、広い庭に石で囲われた露天風呂と遠野が切望していた五右衛門風呂がその姿
を現した。
「おー、本当にあるな。つーか、部屋に露天風呂が二つもついてるなんて、どんだけ豪華
なんだよ。」
「せっかく泊まるなら、他の誰にも邪魔されずゆっくり出来たらと思いましてね。」
「お前は芸能人だからな。確かにこういう方がいいかもしれねぇな。」
「まあ、二つもついてるのは私達の部屋だけですけどね。」
「お前が用意したんだから、それでいいんじゃねぇの?それくらい許されるだろ。」
自分の言葉を珍しく肯定してくる遠野に君島は意外だというような表情を見せる。
「今日はやけに素直ですね、遠野くん。」
「はあ?何だよそれ。ケンカ売ってんのか?」
「別にそんなつもりはありませんよ。」
「ふふーん、ケンカを売られたなら、しっかり買って処刑しちゃうけどな。」
「ですから、そんなつもりはないと言っているでしょう。まったく。」
結局はいつも通りかと君島は小さな溜め息をつく。呆れた様子で君島が遠野に目をやろう
とすると、いつの間にか遠野は五右衛門風呂のすぐ側まで移動していた。その後を追うよ
うに君島も移動する。
「うわー、本当に五右衛門風呂だ。お湯の温度はどれくらいなんだろうなあ?」
五右衛門風呂を前にし、遠野は目を輝かせながらそんなことを呟く。普通の風呂よりは温
度が高いのかどうかを確かめるため、遠野は浴衣の袖を濡れないように左手で押さえ、む
き出しになった右手を湯気の上がるお湯につけた。その一連の所作が実に綺麗で、君島は
感心してしまう。
(黙っていれば、動作の一つ一つはとても綺麗なんですよね。)
そんな遠野の様子を残しておきたいと、君島は懐に入れていたスマホを出し、遠野に向け
てシャッターを押す。五右衛門風呂に夢中になっている遠野は、君島に写真を撮られてい
ることなど全く気づいていなかった。
「君島ぁ。」
「何です?」
「これ、もう入って大丈夫なのか?」
「ええ。大丈夫ですよ。」
「だったら入るか。ちょっと触ってみた感じ、なかなかいい温度だったしな。」
「脱いだ浴衣はここに置いておけばいいと思いますよ。」
屋根と畳のある休憩スペースに移動しながら、君島はそう言う。こんなものもあるのかと
遠野は驚いたような反応をしつつも、早く五右衛門風呂に入りたいので、休憩スペースの
前で浴衣を脱ぎ始める。首にかけていたタオルを一旦畳の上に置き、帯をほどく。するり
と浴衣が落ち、長い黒髪の合間から見える肩に君島はドキッとしてしまう。そんな遠野を
眺めながら、君島は無意識に手にしていたスマホで写真を撮っていた。浴衣を脱ぐと、お
湯の中に髪が入らないように、遠野は頭の高い位置で髪をまとめる。髪で隠されていたう
なじが露わになり、君島の鼓動は速くなる。
「先に入ってるぞ、君島。」
「はい。どうぞ先に入っていてください。」
うきうきとした様子の遠野を後ろから眺めながら、君島も浴衣を脱ぎ始める。お湯に入る
前にかけ湯をする仕草も無駄なく非常に綺麗で、そんな遠野の仕草は君島の心を鷲掴みに
する。
(温泉に入るまでのこんなに短い時間で、ここまでドキドキさせられるとは・・・)
そんなことを考えながら、君島も浴衣を脱いだ後、それを畳み、遠野の浴衣の横に置く。
温泉に入る際に眼鏡をしていると湯気で曇ってしまうので、君島は畳んだ浴衣の上の眼鏡
を置き、遠野が入っている五右衛門風呂に向かった。
「おっ、君島もこっちに来たのか?」
「どうですか?お湯加減は。」
「五右衛門風呂の名にふさわしい温度だぜ。」
「ああ、確かに少し熱いですね。」
かけ湯をしながら、君島はそう呟く。しっかりとお湯を体にかけると、ゆっくりと遠野の
入っている湯船に足を入れる。五右衛門風呂とは言えどもそれなりの大きさがあるため、
二人で入っても何ら問題はなかった。ただ、形状が形状のため距離はかなり近くなる。
「さすがに風呂に入るときは眼鏡しないんだな。」
「曇ってしまいますからね。」
「眼鏡外すとどれくらい見えないんだ?」
「そうですね・・・遠くのものはぼやけますが、この距離なら遠野くんの顔はハッキリ見
えますよ。」
同じ釜に入っていれば顔はハッキリ見えるのだが、より遠野の顔を見たいと君島はずいっ
と遠野との距離を詰める。肌が触れ合ってしまいそうな近さに、遠野は困惑したような反
応を見せる。
(近いな・・・)
君島の行動にドキドキしながら、遠野は君島からふいっと視線を逸らす。
「少し熱いですが、なかなかいい湯ですね。」
「ああ。熱くて気持ちいいぜ。」
ごくごく普通の感想なのだが、お湯の熱さで頬が軽く赤く染まり、汗が額から伝っている
遠野の顔を見て、君島は何とも言えない気分になる。お湯の熱さとは別の理由で熱くなっ
てくる体を持て余していると、すぐ目の前にいる遠野が喋り出す。
「君島、五右衛門風呂の由来について話してやろうか。」
「いえ、結構です。」
「そんなこと言わずに聞いとけよ。五右衛門風呂って言うのは、石川五右衛門が捕らえら
れて豊臣秀吉の・・・」
「遠慮しているのに、好き勝手に話さないでください。そんなに自分勝手に話していると
その口塞ぎますよ。」
「へぇ、何だよ?塞げるものなら、塞いでみろ。」
処刑の話をしようとしているのに遮ろうとしてくる君島に、遠野はそんな挑発的なセリフ
を言い放つ。そこまで言うのならと、君島は遠野の口を自らの唇で文字通り塞いだ。
「っ!!」
まさかそんなふうに塞がれるとは思っていなかったので、遠野は焦って身をよじろうとす
る。しかし、五右衛門風呂に二人で入っている状態では大した逃げ場はない。しかも、逃
げないようにと、君島は遠野の手首をしっかりと捉えていた。
「・・・ぅ・・んんっ・・・はっ・・・!!」
始めは冗談交じりでするつもりだったのだが、いざしてしまうと止められなくなってしま
う。予想外に激しい口づけを施され、遠野の顔は一気に熱くなっていく。ただでさえ、熱
いお湯の中に入っているのにそんなことをされ、遠野はのぼせる寸前であった。
「これで少しは大人しくなりましたか?遠野くん。」
「俺を茹で上がらせようとするなんて、いい度胸だなあ?君島。」
「おや、案外余裕あるじゃないですか。顔は真っ赤ですけど。」
「うるせぇな。テメェが急に変なことしてくるからだろ!」
「その様子だとそろそろ上がった方がいいですね。ん?体を拭くタオルを持ってくるのを
忘れてしまいましたね。私が取ってくるんで、遠野くんは待っていてください。」
バスタオルを忘れたことに気づいた君島は、遠野より一足先に湯船から出て、部屋の中に
取りに行く。君島が部屋に入るのを確認すると、遠野は真っ赤に染まった顔を両手で覆い、
ぼそりと呟く。
「あー、もう・・・ふざけんなよ、君島。」
このままでは本当にのぼせてしまうと、遠野は五右衛門風呂から上がる。手ぬぐいを腰に
巻くと、浴衣の置いてある休憩スペースまで移動する。しばらくすると、バスタオルを二
つ持った君島が戻ってくる。
「そんな格好だと、湯冷めしてしまいますよ。」
「暑すぎるくらいだから平気だ。お前だって同じような格好してるだろ。」
「私は部屋に入ってましたから。とにかく早く体を拭いて浴衣を着てしまいましょう。」
「そうだな。」
大きなタオルで体を拭くと、二人は再び浴衣に着替える。濡れた髪を拭くために君島は新
しく出してきた手ぬぐいを首にかけ、軽く髪を拭きながら休憩スペースの畳に座る。
「遠野くん、少しお願いがあるのですが。」
「何だよ?」
「SNSに写真をアップしたいので、一枚撮ってもらえませんか?」
「はあ?面倒くせぇなあ。まあ、連れてきてもらってる身だし、しょうがねぇから写真の
一枚くらい撮ってやるよ。」
文句を言いつつも遠野は君島からスマホを受け取り、君島にスマホのカメラを向ける。手
ぬぐいで髪を拭くような仕草をしながら、君島は目線をカメラに向けた。さすがに撮られ
慣れてるだけあるなあと思いつつ、遠野はスマホの撮影ボタンを押した。きちんと撮れた
か確認するために、カメラの右下に表示されている今しがた撮った写真をタップする。
(一応、ちゃんと撮れたみてぇだな。・・・やっぱ、格好いいは格好いいんだよなぁ、君
島は。)
思ったよりも魅力的に撮れた君島の写真を眺めていると、ふと指がスマホの右側に触れる。
すると、今撮った写真の一つ前に撮った写真がスマホの画面に映し出された。
「あ?」
「どうしました?」
そこに写っていたのは、今まさに浴衣を脱ごうとしている自分の後ろ姿であった。興味本
位でさらに画像を戻してみると、何枚か自分の写真が撮られていた。いつの間にこんな写
真を撮ったんだと思いつつ、なかなかよく撮れてるなあと、遠野は口元を緩ませる。
「写真を撮るときは、ちゃんと被写体の許可を撮るもんだぜぇ、君島。」
「スマホの中身を勝手に見るのもどうかと思いますが?」
「たまたま指が当たっちまったんだよ。でも、まあ、よく撮れてるじゃねぇか。」
遠野の口からそんな感想が聞けるとは思わなかったので、君島は驚いたような反応を見せ
る。その後で、ふっと笑いながら遠野からスマホを受け取った。
「これはSNSには上げられませんが、せっかくなので記念に一枚一緒に撮りますか?」
「お前がどうしてもって言うんなら、撮ってやってもいいぜ。その代わり、後で俺のスマ
ホにも送れよな。」
「分かりました。それじゃあ・・・」
スマホのカメラをインカメラに変更し、君島は遠野の体を引き寄せ、近づいた顔に向けて
カメラを向ける。少々不愛想な表情であるが、かなり君島と近づきながら遠野は写真を撮
らせた。
「まあまあ、悪くないんじゃねぇの?」
「そうですね。さて、温泉で体も温まったことですし、そろそろ中に入りますか。日も暮
れてきましたしね。」
「ああ。」
「先程の続きは、夕食を食べて少し休んだ後でということで。」
「っ!!」
「期待してますよ、遠野くん。」
ニッコリと笑いながら、君島は遠野にそんなことを言う。
(さっきの続きって何だよ?全く君島の奴、何考えてやがる。)
君島の言葉に顔を赤く染めながら、遠野は聞こえなかったふりをする。しかし、心のどこ
かでは、君島の言う『先程の続き』を期待してしまっていた。
夕食を終え、部屋に戻ってきた大曲と種ヶ島は改めてその部屋の広さと、障子を開ければ
すぐ目の前に露天風呂があるという状況に感動する。
「やっぱ、サンサンは半端ないなあ。まさか部屋に露天風呂ついた温泉に泊まれるなんて
予想してなかったわ。」
「そうだな。これなら、かなりゆったりくつろげそうだし。」
「ちょい冷えてきたし、早速温泉入ってみよか。」
「ああ。」
庭に下りればすぐそこにある露天風呂に入るため、二人はタオルや手ぬぐいを準備する。
それらを準備し終え、縁側に置くと、二人は浴衣を脱ぎ始める。
「なんや脱衣所じゃないとこで脱ぐのちょっとドキドキするなあ。」
「この感じでさすがに脱衣所はねぇだろ。」
確かにと思いつつ、種ヶ島はほどいた帯や脱いだ浴衣を縁側に落としていく。
「脱いだもんはちゃんと畳めや。」
「えー、出たらすぐ着るし、ちょっとの間くらいええやん。」
「ったく、しゃーねぇなあ。」
畳む気がない種ヶ島を見かねて、自分の浴衣や帯と一緒に種ヶ島のものも畳んで置いてお
く。何も身に着けない格好になると、手ぬぐいだけを手に縁側を下りて、露天風呂の前ま
で移動する。
「まずはかけ湯やんな。」
「そうだな。」
湯気の立ち上る露天風呂から桶でお湯を掬うと、種ヶ島はそのお湯を体にかける。外であ
るため気温はだいぶ低いが、そのお湯の温度は体を温めるにはちょうどよい温度であると
感じられた。そんな温かい温泉に早く浸かりたいと、種ヶ島はゆっくりと露天風呂に入る。
「ふあー、メッチャ気持ちええ。」
「寒いし、俺も入るか。」
種ヶ島に続いて、大曲も熱いお湯の中に体を沈める。じんわりと体の芯まで温めてくれる
優しいお湯に包まれ、二人はほぅと溜め息をつく。
「ふう、やっぱ温泉はいいな。」
「なあー、極楽やで。」
「この庭の感じもなかなか雰囲気あるし、かなり贅沢な休日なんじゃね?」
「せやなぁ。竜次と二人っきりでこんな温泉入れるなんてホンマ夢みたいや。」
本当に嬉しそうな顔で笑っている種ヶ島を見て、大曲の胸はきゅんとときめく。
(くそ、可愛いじゃねぇか。)
温泉に浸かっているということで、当然のことながらその身には何も身に着けていない。
その状況にもドキドキしてしまい、大曲はじっと種ヶ島の顔を見る。
「何や?竜次。俺の顔に何かついてるん?」
「いや、別に。」
「そんなに見つめられると、恥ずかしいんやけど。」
「確かに。顔赤いし。」
「これは温泉が熱いからで・・・」
「なあ。」
明らかにドギマギし始めている種ヶ島の頭を露天風呂の縁に並んでいる石の一つに押しつ
けると、大曲はくいっと顎を上げる。
「俺、これからキスされるん?」
「そうかもな。」
「温泉入りながらイチャつくなんて、ちょっとやらしいやん。けど、最高にテンション上
がるで。」
「ちょっと黙っとけや。」
「ちゃーい☆」
大曲の首に腕を伸ばすと、種ヶ島は目を閉じる。完全にキス待ち顔の種ヶ島に大曲はさら
にドキドキしてしまう。ゆっくりと唇を重ね、しばらくその唇の柔らかさを楽しむともっ
と深い口づけをしたいと、舌で唇に触れる。それを合図に種ヶ島は小さく口を開いた。
「んっ・・・んぅ・・・」
夜空の下で熱い温泉に浸かりながら甘い口づけを交わす。その感じがとても心地よく二人
は夢中になって、何度も唇を重ねる。しばらくその感覚を楽しんでいたが、温泉の熱さと
体の内側から熱くなる感じにぼーっとしてくる。
(気持ちいいけど、さすがに熱すぎだし・・・)
(頭ぼーっとしてきた。竜次のキス、メッチャ気持ちええけど・・・)
「・・・さすがにこれ以上はやめとくか。」
「ハァ・・・せやな。このままだとのぼせてまうわ。」
少し浸かりすぎたと、二人は温泉から上がる。上がっても体のポカポカ感は全く消えず、
一切寒さを感じずに着替えることが出来た。
「ふー、ちょっと暑いくらいやな。」
「そうだな。ちょっと何か飲みたいし。」
部屋に備え付けられた冷蔵庫を開けてみると、まるで銭湯の冷蔵庫かのように牛乳の類が
何本も入っていた。
「すげぇな。牛乳とかいろんな種類があるし。」
「へぇ、ホンマ?おー、何や銭湯みたいやな。」
「せっかくだから、一本もらうか。」
冷蔵庫の中からフルーツ牛乳を一本出すと、大曲は火照った体を冷ますため、部屋に置い
てあった団扇を手にし、縁側に座布団を置いて座った。そして、パタパタと紅葉柄の団扇
で扇ぎ、冷蔵庫から出したばかりのフルーツ牛乳を飲む。
「竜次、フルーツ牛乳にしたん?何や可愛らしいやん。」
「別にいいだろ。せっかくなら、普段あんまり飲めねぇもんにしようかと思ってよ。」
「あー、確かにフルーツ牛乳なんてあんまり飲む機会ないもんな。」
納得はしてみたもののフルーツ牛乳を飲む大曲がちょっと珍しく種ヶ島はうずうずしてし
まう。鞄の中からスマホを出すと、それを大曲に向けた。
「竜次、ちょっとこっち向いてや。」
「何だし?」
カシャ
大曲がこちらを向いたところで、種ヶ島はスマホのシャッターを押す。撮った写真を見て
みると、暗い庭とは対照的に大曲の座っているところは部屋の明かりに照らされ、なかな
かよい雰囲気の写真になっていた。
「ええ感じに撮れたで☆」
「写真撮るとか勘弁しろし。」
「せやけど、浴衣姿でフルーツ牛乳持ってる竜次、おもろくてかっこええから。」
「面白いは余計だし。」
「はあー、温泉浸かってリラックス出来たし、ちょい疲れたから寝転がろ。」
温泉に入るのはそれなりに体力を使うので、種ヶ島は畳の上に寝転がる。そうしたい気持
ちも分からなくはないと、フルーツ牛乳を飲み切るまで、畳の上で大の字になっている種
ヶ島を縁側から眺めていた。
「そのままだと風邪ひくから寝るなよ。」
「まだ全然眠くないからへーきやで。」
「それならいいけどよ。」
飲み物を飲み、夜風に当たってだいぶ涼しくなった大曲は部屋の中に入る。大曲が部屋の
中へ入り、種ヶ島より内側に座ると、種ヶ島は大曲の方を向いて横向きで寝転がる。
「まだちょっと暑いわー。」
「温泉、だいぶ熱かったしな。もう少し障子は開けとくか。」
「せやな。温泉が熱かったんもあるけど、竜次とイチャイチャしたんもあるなぁ。」
「勘弁しろし。」
確かにそうかもしれないが、今それを言うかと大曲は呆れたような声を漏らす。肘を立て、
頭に手を当てて横になっている種ヶ島が思ったよりも色っぽく、大曲は思わずじっと見て
しまう。
「さっき勝手に写真撮っただろ?」
「ん?せやな。」
「俺にも撮らせろや。」
「俺の写真撮りたいん?全然構へんで☆」
大曲が自分の写真を撮りたいと言っているのが嬉しくて、種ヶ島はご機嫌な様子で頷く。
そこまで快諾されるとは思っていなかったが、撮っていいならと大曲は自分のスマホを構
える。
「カッコよく撮ってな。」
「微妙に撮られ慣れてんの腹立つし。」
「あはは、まあ読モなんかもやってたからなぁ。撮られんの嫌がってたら仕事にならんや
ん。」
「まあ、確かにな。」
そんな会話をしながら、大曲は何枚か種ヶ島の写真を撮る。種ヶ島の後ろに開かれた障子
と庭にある露天風呂が写り込み、かなりいい雰囲気を醸し出していた。
(わりとよく撮れたんじゃね?)
満足気な顔で撮った写真を確認し、大曲はスマホをしまう。
「どんな感じで撮れたか見せてや。」
「はあ?嫌だし。」
「自分だけで楽しもうなんて、やらしいで竜次。」
「そんなつもりねーし。」
「もー、そんなんやったら、こうやで!」
横たえていた体を起こし、種ヶ島は大曲の首に抱きつく。予想していなかった種ヶ島の行
動に大曲はドキッとしてしまう。
「何だし、それ?誘ってんのかよ?」
「布団敷いてないで?」
「別にいいんじゃね?敷いてる時間もったいねぇし。」
「やる気満々やなあ、竜次。」
「そっちだってそうだろうが。」
かなり近距離で顔を突き合わせながら、二人はそんな会話を交わす。普段とは違う格好に
普段とは違う場所。それが二人の気分を盛り上げていた。ちゅっと触れるだけのキスをす
ると、種ヶ島はいつもとは違う感想を持つ。
「・・・今のキス、フルーツ牛乳味や。」
「色気のねぇこと言ってんなし。」
「竜次がフルーツ牛乳飲むからやろ。けど・・・」
「何だし?」
「今のキス、甘くてメッチャ好きやで。」
頬を赤らめながら、種ヶ島は嬉しそうに笑ってそんなことを言う。そんな種ヶ島の笑顔と
言葉にやられ、大曲は我慢出来なくなる。
「なあ、もっとちゅうしよ。竜次。」
「デカ勘弁しろし。」
どれだけ煽ったら気が済むんだと思いながら、大曲は種ヶ島を優しく畳の上に押し倒し、
唇を重ねる。ふわりと鼻をくすぐるフルーツとミルクの香りが二人の気分をさらに盛り上
げた。
夕食を終え、部屋の露天風呂を満喫した越知と毛利は、少し遅い時間になってから共同の
露天風呂に向かう。共同の露天風呂には足湯があると聞いて、また入りたくなったためだ。
「部屋の露天風呂もかなりええ感じでしたけど、足湯も楽しみですね!月光さん。」
「ああ。ところで毛利。お前の持っているそれは何だ?」
タオルと一緒に毛利は黄色いアヒルの人形を抱えていた。頭に水玉模様のタオルが乗った
なかなか存在感ある大きさのアヒルを見て、越知は突っ込まずにはいられなかった。
「温泉行けるて聞いて、居ても立ってもいられんくなって、いつもの商店街で買っちゃい
ました。可愛いと思いません?」
「確かに可愛いが・・・」
アヒルも確かに可愛いが、温泉に行けると聞いてこんなものを買ってしまう毛利が可愛く
てたまらないと、越知はほのぼのとした気分になる。
「あっ、ココみたいですよ。」
「そのようだな。」
「足湯だけやったら、浴衣は脱がなくてええですかね?」
「この季節だ。その方がよいだろう。」
脱衣所はあるが、今は足湯に入りたいだけなので、二人は浴衣を着たまま「ゆ」と書いて
ある青い暖簾をくぐる。少し遅い時間ということもあり、そこには二人の他には誰もいな
かった。
「足湯のとこは、屋根もあって電気もついてるんで、結構明るいですね。」
「そうだな。静かで雰囲気もよくて、悪くないな。」
静かでと言ったばかりだが、越知と毛利の耳に自分達以外の声が聞こえることに気がつく。
声というよりは鳴き声だが、毛利はその声の元を辿ろうとする。
にゃあ・・・にゃあ・・・
「どっかに猫がおるみたいですね。」
「猫か。」
「ちょっと探してみましょう。」
大きな音を立てないようにしながら、毛利は鳴き声の主を探す。かなり近くで鳴いていた
のでその声の主はすぐに見つかった。
「月光さん、猫ここにおりましたよ!しかも、二匹!!」
「毛利、そんなに大声を出すと逃げてしまうのではないか?」
「何や人慣れしとるみたいで、大丈夫っぽいです。ちょっと来てみてください。」
毛利に近づいてみると、しゃがんでいる毛利の足元に一匹、露天風呂用の桶の中に一匹、
黄金色の毛を持った猫が見えた。
「ほら、この猫ちゃん達も月光さんが気になるみたいでっせ。」
越知が近づくと、そこにいた二匹の猫は越知に顔を向ける。これ以上近づくと逃げてしま
わないだろうかと、越知は心配になりながらもう一歩近づく。可愛らしい二匹の猫と毛利
が自分の方を見ているという状況が越知にとってはひどく魅力的で、この状況を残してお
きたいと考える。
「毛利、一枚写真を撮っても構わないか?」
「写真?ええですよ。」
浴衣の懐に入れておいたスマホを出すと、越知はカメラを起動する。幸い二匹の猫はまだ
こちらを向いてくれているので、毛利と猫がしっかりと収まるような形でピントを合わせ
る。
「何なら月光さんと猫ちゃんと一緒に撮りましょうか?」
シャッターを押す直前で、そんなことを言いながら毛利は越知に向かって手を差し出す。
足湯の明かりがキラキラと温かいお湯を照らし、そのすぐ側で自分に視線を向けてくれて
いる毛利と二匹の猫。かなりいい写真が撮れたと、越知は満足気な表情になる。
「大丈夫だ。」
「ほんなら、月光さんももっと近くに来んせーね。」
「ああ。」
さらに越知が近づき、しゃがみこんでも、そこにいる猫達は逃げようとしない。そっと手
を伸ばし、黄金色の毛に触れてみると、逃げるどころか甘えるように顔を擦りつけてくる。
「本当に人懐こいな。」
「あはは、そうですね。こいつら月光さんの魅力が分かってて賢いですわ。」
「まるでお前のようだな。」
「へっ!?」
自分を怖がるどころか自ら近寄って甘えてくるような仕草を見せる猫を見て、越知はそん
なことを口にする。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったので、毛利は顔を
赤くして、驚いたような反応を見せる。その反応が実に可愛らしいと、越知は猫に触れて
いるのとは逆の手で毛利の頭を撫でる。
「ちょっ、月光さん!?」
「この猫達もお前もとても可愛らしい。今日はとてもいい夜だ。」
頭を撫でながら優しく微笑む越知の顔を見て、毛利はきゅーんとしてしまう。足湯に入る
前から体温が上がってしまうと、毛利はドキドキと胸を高鳴らせた。
「猫と戯れるのもよいが、そろそろ足湯に入るとしよう。」
「そ、そうですね!」
これ以上猫と同じように頭を撫でられていたら、ドキドキしてどうにかなってしまいそう
だと、毛利は越知の言葉に頷く。越知は入口に一番近いところに腰かけ、毛利は越知の左
側に腰かけ、浴衣を捲り上げお湯の中に足をつけた。
「月光さんはもともと丈が短いんで、足湯入るときはええですね。」
「そうだな。」
「あっ、せっかく持ってきたんで、アヒル入れてもええですか?」
「構わない。」
自分達以外には誰もいないということもあり、毛利は持ってきたアヒルの人形をお湯に浮
かべる。ぷかぷかと浮かぶアヒルを見て、毛利は嬉しそうに笑う。
「やっぱ、このアヒル持ってきて正解ですわ。いかにも温泉って感じしません?」
「ああ、そうだな。」
「ちゅーか、この足湯、結構熱いですね。もうかなりポカポカしてきましたわ。」
「確かに。少し暑くなってきたな。」
そう言いながら、越知はどこからか団扇を出す。紅葉が散りばめられた団扇を手にすると、
越知はパタパタと扇ぎ出した。
「準備ええですね、月光さん。」
「もともと部屋の風呂に入って体は温まっていたからな。足湯に入ればより温まるだろう
と思ってな。」
「さっすが月光さんやね!俺なんてアヒル持ってきただけですわ。」
「それはそれでよいと思うが。その巾着には何が入っているんだ?」
ここに入ったときから手にしていた巾着が気になっていたので、越知はそう尋ねる。
「これですか?これはスマホですよ。部屋にあったんで、入れてきました。一応、貴重品
なんで。」
「なるほどな。」
「あっ、月光さん!月光さんの後ろに満月が見えまっせ。せや!俺も月光さんの写真撮っ
てもええですか?」
「さして問題はない。」
自分の座っている位置からはちょうど越知と満月が同じ画面に入る状態で見えている。こ
れはよい写真が撮れそうだと、毛利はスマホを構える。
(あれ?この高さやとうまいこと写らんなあ。もうちょい下か?)
カメラで撮ろうとすると、普通に構えただけでは目で見えているのと同じような構図にな
らない。少し下に下げてみると、越知も空に浮かぶ満月も綺麗に収まったが、自分の目線
とは違う視点での構図が故に毛利はあることに気づく。
「・・・月光さん、ちょっと足開きすぎとちゃいます?」
「そうか?いつもと大して変わらない座り方だが。」
「いや、浴衣が短いせいか見えそうで・・・」
「?普通に下着は穿いているから問題ないが・・・」
「あー、何でもないです!ほんなら、一枚だけ撮らせてもらいますね!」
気にしている自分が逆に何だか恥ずかしくなり、毛利は誤魔化すかのような言葉を口にし
た後、スマホのカメラのシャッターを押す。暑くなっているため、越知は胸元に団扇で風
を送っているようなポーズになっている。その仕草もどこか色気があり、浴衣の裾から覗
いている脚もあいまって、かなりセクシーな写真になった。
(うわあ、思った以上にちょっとえっちぃ写真になってもうた。)
「どうした?毛利。」
「な、何でもないです!えへへ、写真撮らせてもろてありがとうございます。」
あまりにセクシーな越知の写真に顔を赤らめながら、毛利はそんなことを言う。
「顔が少し赤いようだな。だいぶ体も温まったことだし、そろそろ戻るか。」
「そうですね。メッチャ温まりましたわー。」
「そうか。それはよかった。」
「月光さんもちゃんと温まれました?」
「ああ。暑いくらいだからな。しかし、とても充実した時間だった。」
実に満足そうな越知の顔を見て、毛利も嬉しくなる。軽く脚を拭くと、二人は青い暖簾を
くぐり、自分達の泊まる部屋に向かって歩き出す。この後も越知と二人きりで過ごせるこ
とが嬉しくて、毛利はぎゅっと越知の腕に抱きついた。
「どうした?毛利。」
「何やこの後も月光さんと一緒なんやなあと思うと嬉しくて。」
「合宿所でもいつも一緒だろう?」
「せやけど、こんな旅館に一緒に泊まるとか初めてやないですか。いつもと違うって、メ
ッチャドキドキするなあて。」
「・・・確かにそうだな。」
毛利にそう言われ、改めて考えるとその気持ちはよく分かると越知は深く頷く。そのこと
に気づいてしまうと、さらに毛利のことが愛おしく感じられ、居ても立ってもいられない
気分になる。キョロキョロと辺りを見渡し、誰もいないことを確認すると、ぐいっと毛利
の顔を上げ、触れるだけのキスをする。
「っ!!??」
「続きは部屋に帰ってからだな。」
思ってもみない越知の行動と言葉に、毛利の顔はゆでだこのように赤くなる。越知に対し
ていろいろツッコミたいことがあるものの、完全に思考回路がショートしてしまっている
ため毛利は何も言うことが出来なかった。
(月光さん、ホンマずるいわ〜。)
『続き』が何なのかが気になり、心臓をばくばくさせながら、毛利は越知と一緒に部屋へ
と戻るのであった。
それぞれ温泉旅館での一夜を存分に楽しむと、チェックアウトを済ませ、六人は旅館を後
にする。
「どうです?リフレッシュは出来ましたか?」
「はい!こんな豪華な旅館に泊まらせてもろて、ホンマありがとうございます!」
君島の問いに毛利は満面の笑顔で答える。
「温泉入ってリフレッシュ出来たし、パートナーとの絆も深まったしな☆」
「勘弁しろし。」
「おや、それはよかったですね。」
「共同露天風呂の足湯もなかなかだった。俺からも礼を言う。ありがとう。」
「私自身もだいぶ楽しめましたしね。ね、遠野くん。」
「ふん、まあ、悪くはなかったな。」
そこにいる誰もが少々寝不足ではあるものの、この温泉旅館で過ごせたことには心から満
足していた。温泉で体を温め、パートナーと心地よい時間を過ごすことで心もポカポカに
なった。英気を十分に養えたので、合宿所に帰ってもいい練習が出来そうだと思いながら、
六人は君島の用意した車に乗り合宿所へ帰るのであった。
END.