宿に到着すると既に夕食が始まっていた。八人は部屋に荷物を置くと慌てて、夕食が用意
されている部屋へと向かう。ドアを入ってすぐのところにたくさんのカニが置いてあった。
おそらくこれが食べ放題のカニなのであろう。
「へぇ、なかなかうまそうやん。」
「でも、カニって食べるの面倒なんだよなあ。俺、身取るの苦手。」
「先輩達、こんな入り口で話してないでちゃんと席に着きましょうよ。」
鳳に注意され、岳人と忍足はテーブルについた。続けて跡部や宍戸、ジローや樺地も席に
つく。目の前には小さな鉄板と生の野菜と肉が置かれている。どうやら、カニ以外にも焼
肉が食べれるらしい。その他にもお刺身や小皿にいくつかの料理が用意されていた。
「へぇ、結構いろんなもんが食えるんだな。」
「まあ、うまそうなんじゃねぇの?」
「俺、カニ取ってきますね。」
「ああ、いっぱい取ってこいよ。」
カニを入れる箱が一つしかないので、鳳が代表で取りに行く。その間に他のメンバーは火
のついた鉄板で肉や野菜を焼き始めた。樺地やジローに関しては、カニが来るのを待たず
に他のおかずでご飯を食べ始める。
「取ってきましたよ。」
「結構な量取ってきたなあ。それ、全部食べるの大変やで?」
「大丈夫だろ。いっぱい食べなきゃ損だって。」
テーブルにカニを置くと、全員早速それを食べ始める。しかし、カニはまず殻から身を出
さなければいけない。ここに用意されているのは、身をかき出す金属製の棒しかない。キ
レイに取るのは至難の技だ。
「これで取るんだよな?」
「そうやで。こうやれば・・・・ほら、キレイに取れるやん。」
「わあ、侑士うまいな!!よっし、俺もやってみよう。」
忍足は慣れた手つきでカニの身を取る。鳳や滝、宍戸や樺地も何ら問題なくカニの身を取
っていった。しかし・・・
「・・・・くそ。」
「どうした?跡部。」
「何でこんな面倒くせぇことしなきゃならないんだ。」
跡部がカニを食べるときなど、すでに調理されているかしっかり身が出されている状態だ。
そのため、うまくカニの身を取ることが出来ない。それを見て、岳人やジローは馬鹿にし
たように笑った。
「あはは、跡部だっせぇ。」
「あーん?お前らだって取れてねぇじゃねぇか。」
「そんなことないよー。ほら。」
ジローはキレイに出されたカニを見せるがそれはジローがやったものではない。隣に座っ
ている樺地がやったものなのだ。岳人も取れていないわけではないが、かなりボロボロだ。
とてもキレイに取れているとは言えない。
「跡部、貸してみろよ。」
「あ?」
宍戸は跡部の持っていたカニを手に取った。そして、あっという間に身を出す。このメン
バーの中では一番早くて正確な手さばきだろう。一回一回やるのは面倒なので、宍戸はい
くつかのカニの足からちゃっちゃと身を取っていき、跡部の皿に入れる。そのスピードと
キレイさに他のメンバーは目を見張る。
「よーし、こんだけあれば十分だろ。」
「すげぇな、お前。」
「俺、これは結構得意だったりするんだよな。」
ニカっと笑いながら、宍戸は言う。跡部と同じくうまく取れないジローや岳人はいいなー
と跡部を羨ましがるが、宍戸は今度は自分の分をやり始めてしまった。とても、頼めそう
にはない。
「樺地ー、俺のも取って。」
「ウス。」
ジローは結局樺地に頼んでしまった。こうなると岳人も誰かに取ってもらいたくなる。
「侑士〜。」
「全くしょうがあらへんなあ。」
ふうっと溜め息をつきながらも忍足は岳人の分も取ってやった。取る方の負担は大きくな
るが、出来ない者が自分でやるよりは何倍も効率がいい。そのおかげで、このメンバーは
相当な量のカニを食べることが出来た。十分もとは取れている。
「あー、うまかった。」
「ちょっと食べすぎちゃったかも。」
夕飯に大満足して、八人はそれぞれの部屋へと戻る。一休みしてからまた遊ぼうと、しば
らくの間は自由時間になった。滝、鳳、ジロー、樺地は昨日が昨日だったので先に温泉へ
行くことにした。残りのメンバーは部屋でリラックスタイムだ。
「さあてと、ちょっと面倒だけどもうそろそろ用意するか。」
「そうだな。ジローと樺地には風呂上がったらこっちに来るように言ってあるし。」
跡部と宍戸は二人だけの部屋で何やら意味深なことを話している。そう今日の夜はとある
計画があるのだ。
「でも、よく今までバレなかったよな。」
「ああ。あいつホント鈍感だよな。俺らが別行動しまっくてたのって、これを買うためだ
ったりするのに。」
今日のグループ行動の時に跡部と宍戸はわざと岳人と忍足とは別に行動していた。猫の博
物館を見終わったあとの予定などは特にそうだ。これを買うためと跡部がベッドの上に出
したのは箱に入ったホールケーキ。たまたま今日は岳人の誕生日なのだ。それを祝ってや
ろうと、岳人に気づかれないように他のメンバーはいろいろと準備をしていた。
「おっ、滝からメールだ。」
「何だって?」
「もうすぐ戻るってさ。じゃあ、すぐ行けるようにしとこうぜ。」
「そうだな。」
跡部と宍戸はケーキやプレゼント、ジュースやお菓子などを隣の部屋へ持っていけるよう
にと準備をする。しばらくすると滝と鳳、ジローと樺地は跡部達のところへ戻ってきた。
「それじゃあ、行くぞ。」
『おう!!』
コンコン
岳人と忍足がいる部屋のドアを軽くノックする。ドアは忍足が開けるようにと事前に指示
してあった。
「入ってもええで。」
と言いつつ、忍足もくるっと向きを変え、跡部達他のメンバーの輪に入るような形になる。
そして、岳人だけが部屋の中心にいるという状態で、七人はもとからポケットに忍ばせて
あったクラッカーをいっぺんに鳴らす。
パンパーンッ!!
何が起こったのか分からず、岳人はただただ唖然とするばかり。クラッカーから飛び出た
紙のリボンが岳人の体に降り注ぐ。
「えっ、あっ、な、何!?」
「誕生日おめでとさん岳人。これからパーティーの始まりやで。」
「うっそ!?マジで!?」
「マジだぜ。お前、よく気づかないでいられたよな。絶対気づかれるかと思ったのに。」
笑いながら宍戸がそんなことを言う。まさか旅行中にこんなことをしてもらえるとは思わ
なかったので、岳人は素直に喜んだ。
「うわあ、マジ嬉しい!!サンキュー!!」
「よっし、それじゃあ手始めにろうそくでも消してもらうか。」
「えっ、ケーキもあるの?」
「当然でしょ。ほら、あそこのイスに座って。」
滝は窓際にある机の上にローソクの立てられたケーキを置き、岳人をイスに座らせた。跡
部が持ってきたライターで火をつけると鳳が部屋の電気を消す。ローソクの灯りだけが輝
く中でハッピーバースデーが歌われた。歌が終わると岳人はケーキのローソクを一気に吹
き消す。部屋が暗くなると同時に全員のテンションは高くなった。
「よっしゃー、それじゃあプレゼントタイムだ!!」
ジローがそういうと岳人以外の七人はどこからか用意してきたプレゼントを出す。それぞ
れ旅行に来る前から買ってあったようだ。
「誕生日おめでとうございます、向日先輩。」
「ハッピー・バースデー岳人。」
「誕生日おめでとうな、岳人。」
「俺様がじきじきにプレゼントを買ってやったんだ、ありがたく思いな。」
「おめでとう、岳人♪」
「誕生日・・・おめでとうございます。」
鳳、滝、宍戸、跡部、ジロー、樺地と順番にプレゼントを渡してゆく。もちろん最後は忍
足だ。誕生日プレゼントとともに軽く額にキスをしてやる。こんなに嬉しいことは久しぶ
りだと、岳人はたくさんのプレゼントを抱えてほのかに目を潤ませる。感動して泣きそう
になるなんて恥ずかしいと、一瞬うつむいたあと最高の笑顔で他のメンバーを見た。
「マジサンキュー!!ホント嬉しいぜ。ありがとな。」
『どういたしまして。』
「それじゃ、ケーキとかジュースとかお菓子とか食べようぜ。」
「賛成。」
「あっ、でもまず初めに選ぶのは岳人だからね。」
「そんなの分かってるって。」
ケーキやお菓子はまず主役の岳人に選ばせて、そのあとで他のメンバーが自分の好きなも
のを選ぶ。そんなに豪華な食事があるでもないし、部屋も狭いが、岳人にとっては最高の
誕生パーティーだった。やっぱり仲間はいいなあと改めて実感する。笑顔が絶えないまま
で数時間が過ぎていった。
自分の部屋に戻った跡部、宍戸、滝、鳳はそれぞれ自分達のベッドに腰かけ、さっきまで
の楽しさの余韻に浸っていた。こういうところでこんな誕生日会もよいなあと誰もが思っ
ている。
「楽しかったですね。」
「うん。あー、やっぱりあーいうふうなのっていいよね。」
「岳人も相当喜んでたしな。」
「ちょっと部屋は狭かったけど、ま、この計画は成功って感じだな。」
ドッキリパーティーの出来には大満足とそれぞれ思い思いに溜め息をついた。もう時間は
だいぶ深夜になっている。
「もう一時か。このあとどうする?」
「俺らは軽く風呂に行って、それから寝るって感じかな。」
「そっか。それじゃあ、ボク達も寝ようかな。どうしようか?長太郎。」
「俺はどっちでもいいですよ。」
うーんとしばらく考えた結果、滝と鳳は跡部達がお風呂から出てくるまで起きていること
にした。
「じゃあ、俺達ちょっと行ってくるな。」
「うん。昨日みたいなことしちゃダメだよ?」
「はあ!?するわけねぇだろ!!」
「あはは、冗談だって。」
昨日、跡部達が露天風呂でやったということを知っていた滝は笑いながらそんなことを言
う。宍戸はちょっと怒ったような感じになるが、これは単なる照れ隠し。本気で怒ってい
るわけではない。パタンとドアを閉めて、二人はお風呂へと向かった。
「さーてと、俺達はどうする?」
「そうですね・・・って、何してるんですか滝さん!?」
「えー、跡部達もいないことだし、ちょっとはこういうことしてもいいかなあって。」
「今日はダメですよ。跡部さん達もきっとすぐに帰ってくるでしょうし。」
冗談半分で滝は鳳の浴衣の帯に手をかけていた。しかし、今日は跡部と宍戸がいつ帰って
くるか分からない。鳳はさすがにそれはダメだと滝の手を止めた。
「だよねー。じゃあ、キスだけさせて?」
やっぱりダメだよねーと手を離すが、今度はこんなことを言い出す。鳳は困惑するが、ま
あ、それくらいならと許可を出した。
「ま、まあ、キスくらいなら・・・別にいいです。」
「本当?それじゃあ・・・・」
それじゃあお言葉に甘えてと言わんばかりに滝は楽しそうに鳳に口づける。軽いのだけじ
ゃ物足りないとだんだんと深いものにしていくと、鳳もそれに乗ってきた。
「ん・・・滝さん・・・」
ガチャっ
「あー、体洗うタオル忘れちまった。・・・・あっ、ゴメン。邪魔したな。」
すると突然、宍戸がタオルを取りに戻ってくる。そして、二人を見て気まずそうに笑いな
がら、さっさと部屋から出て行く。二人は思わず目をパチクリさせて固まってしまった。
「あーらら。」
「宍戸さん、入るならノックくらいして欲しいですよね・・・。」
やはり見られてしまったのが恥ずかしいのか鳳は顔を真っ赤にしてそんなことを言う。で
も、まあ宍戸ならいいかと二人はそれほど気にせずまたラブラブモード全開でキスの続き
をし始めた。
一方、跡部と宍戸は昨日と同じくさっさと髪や体を洗ってしまい、ゆっくりと湯船に浸か
る。今日は外にある方の湯船に浸かっていた。
「はあ〜、やっぱ気持ちいいな。」
「ああ。」
「あれ、あそこのドアって何だろう?」
宍戸の目にとまったのは、今自分がいるところとは反対の場所にある木のドアだ。昨日は
ここには出なかったので気づかなかった。それを確かめてみようと宍戸はいったん湯船か
ら上がり、そのドアを開けて確かめてみる。跡部も興味があったのでそれに続いた。
「うわあ、ここサウナだ。」
ドアを開けた瞬間、熱い空気が肌に触れる。好奇心の強い宍戸のこと。こんなところを見
つけてしまっては入らないわけがないだろう。
「跡部、ちょっと入ってみようぜ!」
「まあ、悪くはねぇよな。」
サウナなら大歓迎と跡部もそこに入った。しかし、本当にその中は暑い。空気が熱すぎて
息をするのが苦しいくらいだ。
「うひゃあ、マジあっちぃ。」
「でも、サウナならこれくらいが当たり前なんじゃねぇの?」
「そうだろうけど、これじゃあ息もまともに出来ねぇな。空気が熱すぎる。」
「それじゃあ、少しは冷ましてやろうか?」
にやっと笑いながら、跡部は宍戸の口を塞いだ。この暑い中でそんなことをされては、余
計に体温が上がってしまう。宍戸は必死で抵抗して跡部を自分から離した。
「て、テメェ、俺を殺す気か!?」
「あーん?この程度で何言ってんだ。」
「あー、もう、無理。俺、出るからな!!」
「おいおい、まだ五分も経ってねぇぜ。」
サウナの中の暑さに耐えられなくなって、宍戸は早々にそこを出てしまった。一人で残っ
ていてもしょうがないので跡部もそのあとを追う。
「はあ〜、外の風が涼しいー。そうだ、体熱いから水でも浴びようっと。」
そう言って宍戸はシャワーで冷水を出し、それを浴びた。
「冷てぇ〜。跡部、水かぶるの気持ちいいぜ。お前にもかけてやるよ。」
ザーザーと出ているシャワーを宍戸は跡部に向ける。角度が悪かったのかその水は跡部の
顔にクリーンヒット。いきなり顔に水をかけられて怒らないわけがない。
「・・・宍戸、いきなり何しやがんだ!?あーん?」
「あっ、ゴメン。わざとじゃねぇ・・・」
「こっちからもお返しだ。」
そう言いながら、跡部はシャワーで水を出し宍戸の顔にかける。
「ぶはっ、やったな。」
当然ここは怒るべきところなのだが、跡部がそうしてくるとは思わなかったので宍戸は何
となく楽しくなってしまう。お互いにシャワーで水をかけあうというおふざけをすっかり
始めてしまった。サウナで熱くなった体にはそれがなかなか心地がよい。結局、二人はし
ばらくそんなことをして、遊んでいるのであった。
END.