(今日は特に処刑もしてねぇし、浄化の必要はねーんだけどな。あー、でも、君島の闇を
全力で味わいてぇ気分だ。)
教会内の君島の部屋のベッドに座りながら、遠野はそんなことを考える。自分も本を読ん
でいるが、君島もベッドの向かいにある椅子で本を読んでいる。本をパタンと閉じ、ベッ
ドの上に置くと、遠野は君島に声をかける。
「なあ、君島。」
「何ですか?」
本を開いたまま、視線だけを遠野の方へ向け、君島は返事をする。
「どんな方法でもいいからよ、君島の闇の力を全力で俺にぶつけてみろよ。」
「は?いきなり何を言い出すんですか。」
唐突な遠野の言葉に、君島は困惑し、呆れるような口調でそう返す。
「今日は何かそういう気分なんだよ。別に俺の前で闇を隠す必要もねーんだから、ちょっ
とくらいいいだろ?」
ほんの少し上気したような遠野の顔を見て、君島はそういうことかと納得する。
(本当遠野くんは欲望に忠実ですね。どんな方法でもいいと言っていましたし、そういう
ことではない方法で見せてあげるのもありかもしれませんね。)
遠野がそうして欲しいのであれば見せてやろうと、君島はふっと口元を緩ませる。君島も
テーブルに本を置き、すっと立ち上がる。
「遠野くんが思っているよりも遥かに私の力は強いですよ?」
「知ってるぜ。でも、全力で出したことはねぇだろ?だから、その力、俺に見せてみろよ。」
「後悔しても知りませんよ?」
ニヤリと笑いながら、君島は自身の力を解放する。遠野の言う通り、普段は光属性のよう
な生き方をしているが故に、闇の力を全力で出すようなことは今まで一度もなかった。
(こんなにも素直に力を出せることはないから、思ったよりも悪くない気分だな。)
君島が闇の力を解放すると、君島の身体を中心に影が広がるかのように漆黒の闇が部屋を
覆い尽くしていく。そんな光景を見て、遠野は期待感に目を輝かせる。
(スゲェ・・・全部が闇に包まれてやがる。)
しばらくすると、辺りは全て君島の闇で覆われ、灯りはなくなり、部屋の中にあったもの
は何も見えなくなる。ベッドに座っていたはずの遠野もいつの間にか床に腰を下ろしてい
るような状態になっていた。しかし、何も見えない暗闇の中、君島の姿だけはハッキリと
見えている。
「どうですか?それなりに力を使ってみましたけど。」
「予想以上だな。それなりってことは、まだ全力ではねぇってことだろ?」
「ええ。もう少し強くしてあげましょうか?」
そう言いながら、君島は闇の力を強める。何も触れていないはずなのに、肌に絡みつくよ
うな深い闇の感触。禁忌に触れているような背徳感とこれ以上ないほどの深い安心感。そ
んな相反する感覚に、遠野の身体はゾクゾクと震える。
(ああ、もっと君島の闇に触れたい。)
興奮から顔を紅潮させ、遠野は君島の顔を見つめる。そんな遠野の視線に気づき、君島は
妖艶な笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「遠野くん、私の側まで来てください。」
それなりの距離があるにも関わらず、その声はまるで耳元で囁かれているかのように響く。
漆黒の闇に浮かぶ君島の姿。遠野の世界には今君島しか存在していなかった。ゆっくりと
立ち上がり、ふわふわとした足取りで遠野は君島の前まで移動する。君島に近づくごとに、
感じられる闇の力が強くなり、遠野は思わず声を漏らす。
「んっ・・・あっ・・・」
「もっと近くまで来てください。私が触れられるくらいに。」
闇に包まれたこの場所では、君島の言葉は絶対であった。従わなければいけないというよ
りは、従いたくてたまらなくなる。そんな感覚に遠野は恍惚感を覚える。君島に触れても
らえるくらいの場所で足を止めると、遠野は君島の名を呼ぶ。
「ハァ・・・君島・・・」
「ふふ、随分とやらしい表情になっていますね。まだ触れてもいないのに。」
「だって、お前の闇、スゲェから・・・」
濃すぎる闇に翻弄され、遠野は軽く呼吸を乱す。普通の人であれば、恐怖と圧迫感で耐え
られないほどの深い闇。しかし、遠野にとってはそれがどうしようもなく心地よいモノに
感じられていた。
「苦しいですか?」
「いや・・・気持ちイイ。」
遠野のその言葉を聞いて、君島はゾクッとする。その瞬間、一気に闇の力が強くなる。
「うあっ・・・」
高濃度の闇を纏わせ、君島はその指先で遠野の頬に触れる。ひどく冷たくひどく熱い。刺
すような鋭さがありながらも優しく撫でられているような心地よさもある。遠野の顔の輪
郭をなぞるように君島の指が動くと、遠野はピクっとその肩を震わせる。
「んっ・・・」
君島の指先はさらに下へと滑り落ちる。胸の中心、生きるための核を宿した場所の上で君
島の指は止まる。一枚布を隔てているにも関わらず、遠野が刻む鼓動は君島の指先にハッ
キリと伝わっていた。
「遠野くんのココ、すごくドキドキしていますね。」
「しょうがねーだろ。」
「もっと直接感じさせてください。」
君島がそう口にした瞬間、遠野は胸の中に何かが入っていく感覚を覚える。しかし、君島
の指は胸の上に置かれたままだ。物理的にではなく、君島の闇が自分の中に入ってきたの
だと遠野は直感的に気づく。
「ぐっ・・・ぁ・・・」
「すごいですね。さっきよりも鼓動が速くなりましたよ?」
「あっ・・・君島・・・」
君島の闇で象られた手で直接心臓に触れられているような感覚。まるで自分の命を君島に
握られているような気分になり、遠野はその緊張感に思わず口元を緩ませる。
「この状況でそんな表情を見せるのですね。」
「俺の心臓を握って壊す気か?」
ニヤリと笑って、遠野は煽るようにそんなことを口にする。
「まさか。そんなことはしませんよ。ああ、でも・・・」
君島も妖しく笑って、遠野の胸からゆっくりと手を離す。指先から繋がる黒いモヤのよう
なものが胸から出てきたと同時に遠野の目に信じられないものが映る。
「ひっ!!えっ、なっ・・・!?」
黒いモヤが君島の手に収まり、そのモヤが消えると、そこには白銀の光を纏った心臓のよ
うに見えるものが浮かぶ。自分の心臓を抜き取られたと思い、遠野はビクっと身体をこわ
ばらせる。
「驚きました?これは遠野くんの心臓を映したただの幻影です。ふふ、遠野くんの心臓、
すごくビクビクしていますね。」
「べ、別に驚いてなんかねーし・・・」
「幻影ではありますが、鼓動や反応はリアルな遠野くんの心臓と連動しているんです。こ
れを見た瞬間、大きく跳ねましたし、今も相当ドキドキしていますよね?」
「・・・・っ。」
誤魔化しがきかないことを知り、遠野は軽く舌打ちをしながら目を逸らす。逸らした視線
を元に戻し、君島に目をやると、君島はひどく愛おしげな視線をその手の中に向けている。
「遠野くんの心臓、とても綺麗ですね。」
「そ、そうかよ。」
「この心臓、私がもらってもいいですか?」
「っ!!」
君島の言葉を聞き、遠野の胸は再び跳ねる。君島の手にあるものが、ただの幻影であるこ
とは理解している。しかし、それは紛れもなく自分の心臓であると遠野は分かっていた。
それを君島が欲しいと言っている。これほど甘美で興奮することはないと、遠野の顔に思
わず笑みがこぼれる。
「いいぜ。俺の心臓、お前に捧げてやるよ。」
君島の首に縋りつくように腕を伸ばし、妖艶な笑みを浮かべて遠野は頷く。遠野が言葉を
紡ぎ終えると同時に、君島は遠野の心臓を自分の胸へと押し当てる。君島に触れた遠野の
心臓は、吸い込まれるように君島の体内へと消えていく。
「んああっ!!」
「・・・っ!!」
自分の『命の核』が君島という闇の一部になり、遠野は歓喜の悲鳴を上げる。その悦びは
君島の中に取り込まれた心臓にも伝わり、眩いほどの光を放つ。自分の深い場所を強すぎ
るほどの光で照らされ、君島の身体は悦びに打ち震える。
(すごい・・・内側が光で満たされる。)
まるで自分自身が光属性になったかのような感覚に、君島はゾクゾクとしながら口元を緩
ませる。
「君島・・・」
「遠野くん・・・」
お互いの名を口にし、どちらからともなく唇を重ねる。
(もっと君島の闇が欲しい・・・)
(もっと遠野くんの光を感じたい・・・)
そんな想いが静かに深く重なる唇から流れ込む。その願いを叶えるかのように、君島の闇
はより濃く深く大きくなり、遠野の光は、眩さを増し燦然と煌めく。強くなり続ける闇と
光は、触れ合う部分の輪郭をより強固にしながら、内側ではどちらが闇かどちらが光か分
からなくなるほど深く交じり合う。
(もっと交じり合いてぇ・・・)
(もっと一つに・・・)
より深く一つになりたいと、二人はお互いの身体を強く抱き寄せる。肉体的にはほとんど
交わっていないにも関わらず、二人の魂は深淵の中で幾度も幾度も激しく交わり、溶け合
い、お互いの存在を確かめ合う。現実の時間ではものの数分のことであるが、魂のレベル
では何時間、何日間も交わり続けているような感覚であった。それは肉体で交わるよりも
遥かに深い充足感と絶頂感をもたらした。
「んっ・・・ハァ、ハァ・・・」
「ハァ・・・遠野くん。」
唇が離れると、そこにはいつも通りの部屋が広がっていた。いつの間にかどちらも床に腰
を下ろしているような体勢になっていた。深い口づけをしていたわけではないにも関わら
ず、二人の顔は赤く染まり、恍惚の余韻が残る表情になっていた。
(スゲェな。まだ自分の中に闇の感覚が残ってる。)
(こんなにも自分の中に光を感じられるなんて・・・この感覚、癖になってしまいそうで
す。)
少しの間、完全に自分の一番なりたい属性でいられたような感覚に二人はこの上ない嬉し
さを感じる。しばらくその余韻に浸った後、遠野は君島の手に自分の手を重ね、満足気な
視線を君島に向けながら話しかける。
「お前の闇で全部が満たされる感覚、本当最高だったぜ、君島。」
「そうですね。遠野くんの光も非常に強くて、自分が光属性になったような気分でした。」
君島も満足しているような言葉を聞いて、遠野は嬉しくなる。嬉しそうにしている遠野を
見て、君島は少し言いたいと思っていたことを口にする。
「それにしても・・・」
「何だよ?」
「遠野くんが私の闇を全力でぶつけろと言ってきたのに、遠野くんの光を最大限に私の中
に流し込んでくるのずるくないですか?」
抗議のような言葉ではあるが、その表情は穏やかな笑みが浮かんでいる。
「それはお互い様だろ。交わってもねぇのに、君島の闇に包まれるだけであんなに気持ち
よくなれるなんて、完全に予想外だったぜ。」
「でも、よかったでしょう?」
「そりゃな。・・・なあ、君島。」
君島と深い部分で交わっていた瞬間のことを思い出し、遠野はドキドキしながら控えめに
言葉を紡ぐ。
「何です?」
「今日の・・・またしようぜ。」
「それは悪くない提案ですね。いいですよ。」
そう言いながら、君島は目の前にある遠野の唇に軽く口づける。遠野の言葉への同意を込
めたただ少し触れるだけの軽い口づけ。しかし、今の二人にとってはそれだけでもひどく
胸がときめくものであった。
対極にある二つの属性が重なり合い、交わり合う。それは反発ではなく、互いが互いの存
在を証明し、極限まで高め合う究極の調和として表れる。しかし、それは二人にとっては
特別な儀式ではなく、何度もしたくなるような心の触れ合いであり、軽いノリでまたしよ
うと約束する。その約束を胸に秘め、心を躍らせながら、二人は日常へと戻っていくので
あった。
END.