今日は2月14日。ちまたではバレンタイン・デーという恋人たちの日だ。だが、このメ
ンバーにとってはそれ以外にも特別な日・・・。
『ハッピー・バースデー長太郎!!』
そう今日は鳳の誕生日だ。跡部や宍戸の提案で盛大な誕生日パーティーを跡部邸にてやる
ことになった。大きなチョコレートケーキとありえないほど豪華でたくさんの御馳走を前
にして鳳は少し照れながら嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます。」
「ほら、これ俺達からのプレゼントだ。」
跡部と宍戸からのプレゼントはオルゴール。オルゴールといってもただのオルゴールでは
ない。かなりの年代物で数十万単位のものだ。
「すごく綺麗なオルゴールですね。でも、これ高かったんじゃないんですか?」
「そんなでもねぇよ。な、亮。」
「・・・・俺はすごく高いと思うんだけどよ。まあ、景吾の値段感覚と俺の値段感覚は違
うから。」
「いくらくらいだったんです?」
「75万・・・・。」
一瞬あたりが凍りついた。跡部の金銭感覚に本当に驚かされる。この後にプレゼントをあ
げるものはどうしようという感じだ。
「でも、これ、亮が選んだんだぜ?」
「だ、だって、そんなに高けぇと思わなかったんだよ!!」
「別に高くねぇじゃねーか。どうだ?鳳。気にいったか?」
「はい。でも・・・こんな高価なもの本当に貰っちゃっていいんですか?」
「当然だろ?今日はお前の誕生日じゃねぇか。」
「ありがとうございます。」
あまりにも高いプレゼントに戸惑いつつも鳳はしっかりプレゼントを受け取った。次にプ
レゼントを渡したのは岳人と忍足だ。
「俺達からはこれ。跡部達ほど高価じゃねぇけど、たぶん気に入って貰えるかな?」
「結構探すの大変やったんやで。」
「ありがとうございます。何ですか?」
鳳はその場で二人からのプレゼントを開けてみる。中にはいくつかの譜面が入っていた。
「わあっ!!これ、俺がずっと前から弾きたいと思ってた曲の譜面だ。これ、どうしても
見つからなくて諦めてたんですよ。ありがとうございます、向日先輩、忍足先輩!!」
前々から欲しいと思っていたピアノとバイオリンの楽譜を貰い、鳳はかなり嬉しそうだ。
そんな鳳の顔を見て、岳人と忍足は顔を見合わせて笑った。樺地からはクラシックのCD
をジローからは真っ赤なハートの枕(クッション?)を貰った。
「ジロー先輩、何でハート型なんですか?」
「えー、だって今日はバレンタインでもあるCー、鳳は滝とラブラブっしょ?だから、ハ
ート型なの。」
「そうですか。」
そんな風に言われ、鳳は少し照れてしまう。ほのかに頬を染めながらありがとうございま
すと笑った。
「そういえば、滝は何かあげへんの?鳳の誕生日やのに。」
「俺?俺はうちに帰ってからあげるよ。ね、長太郎。」
「はい。すごいプレゼントを用意してくれてるって前から聞いてるんですけど、何かは教
えてくれないんですよ。」
「さすが滝だね。今日の夜は特別だって?」
からかうような口調で岳人が言う。それを聞いて鳳は真っ赤になってしまった。たぶんそ
ういう意味ではないと分かっていても、少しくらいは期待をしてしまう。
「ほら、テメーらプレゼント渡し終わったんならさっさと飯食うぞ。折角俺様が用意して
やったんだ。ありがたく思え。」
「そうですね。じゃあ、みんな食べましょう。」
鳳がそう言うと他のメンバーはテーブルの上いっぱいに用意された御馳走を食べ始めた。
そんなこんなで誕生日会は夜遅くまで続いた。
「もう10時じゃん。もうそろそろお開きにしたほうがいいんじゃねぇ。」
「そうだな。」
「あ、あの、今日は本当ありがとうございます。すごく楽しかったです。」
「そうか。そりゃよかった。お前らも早く帰れ。どうせ帰ってからいろいろすることあん
だろ?」
跡部は他のメンバーに気をきかせて早めに家へ帰れと言う。本当は片付けなどいろいろあ
るのだが、折角のバレンタイン。日付が変わる前にそれぞれしたいことをやらせてやろう
という跡部には珍しい心遣いなのだ。当然のことながらこの後、それぞれのペアでバレン
タインならではの楽しみが待っている。跡部と宍戸を除いたメンバーはそれぞれの家へと
帰っていった。
「はぁ〜、今日は楽しかったなあ。なあ樺地。」
「ウス。」
ジローと樺地は同棲しているマンションへと向かう。道はもうすっかり真っ暗。だが、空
はキレイに晴れ渡っているので、たくさんの星と金色の月が二人の帰り路を照らしていた。
初めは今日のパーティーの話ばかりしている二人だったが、そのうち話の内容はバレンタ
インのことへと移る。
「そういえば今日はバレンタインなんだよね〜。俺、今日バイト休みだったから誰からも
貰えなかったよ。」
「・・・・欲しいですか?」
「そりゃまあね。俺、チョコレート好きだC〜。でも、ま、しょうがないか。今日はいー
っぱいうまいもん食えたしな。」
ニカっと笑ってジローは樺地の顔を見る。樺地はそんなジローの目の前にオレンジ色の包
装紙に包まれた小さな箱を差し出した。
「何?樺地。」
「チョコレート・・・です。」
意外な樺地からのプレゼントにジローは目を丸くする。今日は誕生日会があるということ
でくれるなんていうことは少しも考えていなかったのだ。それゆえにこの思ってもみない
樺地からのプレゼントはジローのテンションを一気にあげさせた。
「うっわあ、マジマジ!?サンキュー樺地。超うれC〜Vv」
「喜んでもらえて・・・よかったです。」
「樺地も貰ってないんだよな?」
「ウス。」
ジローはゴソゴソと自分の鞄から何かを出した。それは樺地のものほど大きくないが、ど
うやらジローもバレンタインのチョコレートを用意していたらしい。
「はい。樺地。俺からもチョコレートVv」
「・・・・・・。」
予想していなかった事態に樺地は固まってしまう。中学生の時はかなりの数を貰っていた
樺地だが、最近は会社や何やらでほとんど貰っていなかった。チョコレートを貰うなんて
何年ぶりだろうと考えてしまう。
「どう?樺地。嬉しい?」
屈託のない笑顔でジローは尋ねる。声をかけられハッとした樺地はすぐに頷いた。
「はい・・・すごく嬉しいです。」
「マジで!?よかったー。いつも樺地はバレンタインになると何かくれるんだけどさ、俺
からはあげたことないなあと思って。」
「ありがとうございます。」
「どういたしまして♪」
樺地が喜んでくれたとジローは本当に嬉しそうに笑う。マンションまでは後数百メートル。
この少しの間だけでもバレンタイン気分を味わいたいとジローは樺地の大きな手をぎゅっ
と握った。
「今日は、バレンタインだから少しはラブラブっぽいことしようぜ。でも、ま、お互いに
チョコあげたんだから俺達も十分ラブラブだと思うけどー。」
「そうですね・・・。」
さらっと返す樺地にジローは驚く。普段は恥ずかしいのかあまり感情を外に出さない樺地
がこんなにも素直にこんな言葉を返すことはそう滅多にないことなのだ。
「あー、何か今日はすげーいい日だ!!いいこといっぱい。」
「ウス。」
「樺地、好きだぜー。優しいし、強いし、大きいし♪」
「自分も・・・ジローさんのこと・・・好きです。」
「えっ!?」
「・・・・・。」
ジローは一瞬耳を疑う。自分から「好き好きーVv」ということは多いのだが、樺地が直
接言っているのを聞いたのはこれが初めてだった。樺地は樺地で流れで言ってしまい、恥
ずかしくてそのあと何も言えなくなってしまった。
「へへ、樺地が言ってくれるなんて思ってなかったー。うれC〜Vvやっぱ今日は最高の
日だね♪樺地、ちょっとだけかがんで。」
「ウス。」
樺地が言われた通りにかがむとジローはすかさず唇に軽くキスをする。この行動にも樺地
はビックリさせられた。
「今日はバレンタイン・デーだもんね。だから特別だぜ。」
「・・・・・。」
テンション高く楽しそうなジローとは対照的に樺地はいろんな気持ちが混ざって、呆然と
してしまう。だが、心の中で一番上にきている感情は驚きとか困惑ではなく、嬉しいや楽
しいというものなのであった。
「もうすっかり真っ暗やな。」
「そうだな。こんな遅くなるとは思わなかったぜ。」
岳人と忍足も自分の家へと向かい歩いていた。電灯はあるとは言えども、やはりこの時間
は暗い。冷たい風が二人に吹きつける。
「寒いなぁ。」
「今日、いつもより寒いもんね。でもさ、うち帰ったらさっさと風呂入っちゃって暖かい
もんでも飲んで温まればいいんじゃんねぇ?」
「せやな。あっ、そうだ!」
「何?どうかしたの?」
すっかり忘れていたと忍足はポケットの中から今日岳人にあげるべきものを取り出す。小
さなハートの缶に入ったミルクチョコレートだ。
「ハッピー・バレンタイン岳人。」
「これ、バレンタインのチョコ?」
「そうやで。岳人はチョコレート好きやもんな?」
「おう。大好きだぜ!!サンキューな侑士。」
大好きだぜ!!という言葉が自分に言われているわけでもないのに忍足は何だか嬉しなっ
てしまう。喜ばれるのもこんなふうに笑いかけてくれるのも分かってはいるのだが、やは
り想像するのと実際見るのとでは全く違う。ほのかに感じた暖かさから忍足はふっと微笑
んだ。
「チョコレート岳人にあげるの今年で何回目やろな?」
「さあ、分かんねぇ。でも、俺は毎年貰えて嬉しいと思うし、来年以降もずっと欲しいと
思うぜ。」
「そっか。じゃあ、俺は毎年チョコレートを作らなアカンな。」
昔からの気持ちが変わっていない、そして、これからも変わっていかないというようなこ
とを岳人の言葉で聞き、忍足は笑顔になりながらこんなことを言った。こういう特別な日
に岳人は本当に自分を安心させてくれることを言ってくれる。それは、作った言葉でもな
く受け売りの言葉でもない、岳人の素直な言葉であるからこそ忍足はそう思えることが出
来るのだ。
「なあ、侑士。」
「何や?」
「実はねー、俺もプレゼント用意してたりするんだぜ。」
「ホンマに?何くれるん?」
悪戯っ子のように笑いながら岳人はコートの内ポケットから横長の封筒を取り出す。パッ
と見ただけではそれが何かを判断することは出来ない。忍足は何を貰えるのかと期待に満
ちた目でその封筒を見やった。
「じゃーん。これ、侑士が最近見たいって言ってた映画のチケット。一番いい席のチケッ
ト取ってやったぜ。」
岳人が封筒の中から取り出したのは、忍足が最近見たいと思っていたラブ・ロマンス映画
の鑑賞券だった。もちろん二枚。要するに二人でこの映画を見にデートをしようというこ
となのだ。忍足はこの岳人からのプレゼントに心から感動した。
「うわあ、おおきに岳人。メッチャ嬉しいわ。」
「よかった、喜んでもらえて。あっ、その映画見た後さ、ちょっといい感じのレストラン
行って、景色のいい場所行って、みたいな感じのデートにしたいと思うんだけどどう?俺
が大人のデートを演出してやるぜ。」
「岳人が?そんなこと出来るんかいな?」
岳人がそんなことをするのは何だか信じられないなあと忍足は笑いながらそんなことを言
う。岳人はぷぅっと頬っぺたを膨らましながら忍足のその言葉に反論した。
「俺だって、やろうと思えば最高ーにロマンチックなデートに出来るんだぞ。絶対侑士を
驚かせてやるからな!!」
「そりゃ楽しみやな。ロマンチックなデート期待してるで。」
「おう!!それで、そのデートは明日な。俺、明日会社の休み取ってあるからさ。」
「明日か?急やなぁ。でも、善は急げっていうもんな。ええよ。」
明日がそのデートだと言われても忍足は全く動じない。むしろ嬉しいと思うくらいだ。明
日のことを考えると二人とも自然と顔が緩んできてしまう。家の前まで来たところで、忍
足が一瞬立ち止まった。
「どうしたんだ?侑士。」
「ん、別に何でもあらへんよ。ちょっと今何時かなあと思って。」
「今の時間?今、10時20分だけど。」
岳人は腕時計をみながら答える。時間なんて聞いてどうするんだろうと思いつつも次の忍
足の言葉を待つ。
「じゃあ、まだ全然バレンタインやな。」
「そうだけど、それがどうかした?」
岳人が首を傾げて不思議そうな顔で忍足を見ていると、忍足は岳人に近づき軽くかがんで、
寒さのためにほのかに赤くなった頬っぺたにキスをした。
「!」
「バレンタイン・キスやで岳人。」
「侑士・・・。」
にこっと笑いながら忍足は言う。照れているのか岳人より若干顔が赤い。初めは驚いて唖
然としていた岳人だったが、そのうち嬉しそうな笑顔になって忍足に飛びつき、今度は岳
人が忍足の唇へとキスをした。
「俺からもバレンタイン・キスだぜ侑士!!今日もいっぱいラブラブなことしような♪」
「せやな。じゃ、うちに入るか。」
「おう!!」
嬉しさからか岳人はピョンピョン跳ねながら、忍足はそんなはしゃぐ岳人を後ろから見な
がら家へと入っていくのだった。
一方、パーティーの会場であった跡部と宍戸の家では、宍戸が食器や何やらの片付けを一
人でやっていた。跡部いわくそんなものは使用人にやらせておけばいいということなのだ
が、テーブルに置いたままにしておくのはダメだろうと空になった食器類をキッチンへと
宍戸は運んでいる。
「亮、そんなのはあとにしてさっさと部屋に行くぞ。」
「ちょっと待てよ。あとこれだけだから。」
「俺は先に行ってるからな。」
「ああ。」
最後のいくつかの食器をキッチンへ運び終えると宍戸はふうと溜め息をつく。少しは跡部
も手伝えよなあと思いながらも自発的にやったことなのでしょうがない。自分もシャワー
を浴びて部屋に行こうかと思っていた時、宍戸の目にあるものが止まった。
「手紙?」
手をついていたテーブルに一通の手紙が置かれていたのだ。それも普通に送られてきたよ
うなものではなく、明らかに家にいたものが書き置いていったというような感じだ。宛名
面には『Dear Ryoh』と書かれている。そして、送り主の部分には『from
Keigo』。どうやらこの手紙は跡部から宍戸に送られたものらしい。
「景吾から俺への手紙?何だろう?」
宍戸はその手紙を開けてみた。中には何枚かの便箋が入っている。宍戸はその手紙を読み
始めた。
『Dear Ryoh 今日はバレンタイン・デーだ。だから、俺様が特別にお前に手紙
を贈ってやるよ。手紙だからな、普段は言わねぇことも今回だけは特別に書いておいてや
る。心して読め。まあ、今更なこともいくつかあるだろうがな。俺はお前に会ってから少
し変わった。今までこんなに無くしたくねぇと思ったものはなかった。当然、初めは生意
気で俺より全然弱いくせに無駄に勝気で、どうしようもねぇ奴だと思ってた。だけどな、
お前が初めてだったんだよ。あんなに俺の後を追っかけてくる奴は。だから、魅せられた。
今だって、わがままで勝気でドジで短気で、どうしようもない大バカ野郎だと思う時があ
る。思う時があるというよりいつもそう思ってるな。だけど、俺はそんなところも全部含
めてお前が好きだ。そうあってこそのお前だろ?弱虫で甘えん坊で、でも、芯は強いし、
努力家で、自分の目標には何も考えずに突っ走る。悪いとこもいいとこも全部がそろって
こそお前はお前だ。お前は自覚してねぇかもしれねぇけどな、俺はお前が思っている以上
にお前のことが大事でしょうがねぇんだ。だから、絶対俺の前からいなくなったりするな
よ?そんなことしたら、無理やりにでも見つけ出してこの家から出してやらねぇ。一生だ。
一生俺の側に縛りつけてやる。俺の言いたいこと分かるよな?ふん、こういうことはあん
まり俺様が言うべきことじゃねぇんだけどな。今回だけは特別だ。俺はお前にずっと側に
居て欲しい。俺様からこんな言葉を聞けるんだ。光栄に思えよ。あんまり長くなってもあ
れだからな。今回はこの辺にしておいてやる。ちゃんと読んだ感想聞かせろよ?
De bist erst schatz unter all mein.
P.S.この文の意味が知りたきゃさっさと俺様のところへ来るんだな。
from Keigo』
手紙を読み終え、宍戸は慌てて部屋に向かった。鼓動が速くなる。こんな手紙を貰ったの
は初めてでドキドキが止まらなかった。激しくドアを開けると息を切らしてベッドに座っ
ている跡部のもとへと向かった。
「どうした?亮。」
「手紙・・・あれ、どういうつもりだよ?」
顔を真っ赤にして、宍戸はへなへなとベッドに座り込む。あの手紙が相当効いたらしい。
跡部はすっかり力の抜けている宍戸を抱き寄せ、軽くキスをしてやった。
「今日はバレンタインだからな。もしかして、お前バレンタインの起源知らねぇの?」
「知るわけねぇだろ!!」
「バレンタインはな、3世紀あたりのローマでバレンチノつーキリスト教司祭がいて、そ
いつが法律を犯して兵士達を結婚させてたんだ。それが皇帝にバレちまってそいつは牢屋
入れられた。そこで目の見えない娘と恋に落ちるんだ。このバレンチノが娘のために祈る
とその娘は奇跡的に目が見えるようになった。だが、バレンチノは西暦273年2月14
日に処刑されちまう。その時、バレンチノが死ぬ前にこの娘に手紙を残したんだ。もちろ
んラブレター的な奴をな。それが広まって2月14日に男が好きな女に愛の気持ちをつづ
った手紙を出すようになった。これが、バレンタイン・デーの起源だな。」
「へぇ・・・知らなかった。」
そう跡部はこのバレンタイン・デーの起源にのっとり宍戸に手紙を書いたのだ。その話を
聞いて宍戸は納得する。しかし、宍戸にはあと一つ跡部に聞きたいことがあった。手紙の
最後に書いてあったドイツ語の一文だ。
「じゃあ、あのドイツ語かなんかで書いてあった文はどういう意味だ。俺には全然分かん
ねぇ。」
宍戸がそのことを尋ねると跡部はさらに強く宍戸を抱きしめ、あの文の日本語訳を耳元で
囁いてやった。
「お前は俺が持っているもの全ての中で一番の宝物だ。」
それを聞き、宍戸の顔は真っ赤に染まる。手紙を読んだ後にそんなことを言われれば、こ
うなってしまうのも当然の結果であろう。跡部からの手紙と今の言葉ですっかりメロメロ
になってしまった宍戸はしばらくそのまま動けないでいた。だが、しばらくその雰囲気に
浸っているととても重要なことに気がつく。
「あっ!!」
「どうした?」
「俺、景吾にチョコレート用意してねぇ・・・・。ゴメン、景吾!!ホントゴメン!!」
今日は誕生日パーティーや何やらで忙しく、チョコレートのことなどすっかり忘れていた
のだ。必死で謝る宍戸に跡部は笑いながら髪を撫でてやった。
「チョコレートなんていらねぇよ。俺、それほど甘いもの好きじゃねーし。そのかわり、
今日はお前を食べさせてもらうからな。」
「いいのか?それで。」
「当然だろ?チョコレートなんかよりお前の方が何十倍もうめぇよ。」
「景吾・・・・。」
「お前、シャワーまだだろ?さっさと浴びてきちまえ。待っててやるから。」
「分かった。じゃあ、ちゃーんとそこで待ってろよな!!」
ニコっと笑いベッドから下りる。嬉しそうな表情を浮かべて宍戸はバスルームへと向かっ
た。そんな宍戸を見送りながら、跡部は満足そうに笑うのであった。
今日のパーティーの主役だった鳳は滝と一緒に家路を辿っていた。たくさんのプレゼント
は一人では持ちきれないので、半分は滝に持ってもらっている。楽しいパーティーの余韻
がまだ抜けきれないまま二人は暗い夜道で会話を交わす。
「今日は楽しかったねー。長太郎、今日でいくつだっけ?」
「24です。もうすっかり年とっちゃったって感じですね。」
「もうそんなかあ。じゃあ、俺たちが初めて会ってからはもう何年くらい経つんだろうね?」
「さあ、俺も滝さんも幼稚舎から氷帝でしたもんね。だいぶ長いと思いますよ。」
「何か嬉しいなあ。それだけ長い間長太郎と一緒に居れてるってことでしょ?ちょっとだ
け離れてた時期もあったけどね。」
「そのことはもういいじゃないっスか。それより、滝さんのプレゼントって何なんですか?」
「まだ秘密。もうそろそろうちだからさ、それからじっくり教えてあげる。」
パーティーが終わったにも関わらず、滝はまだ鳳にプレゼントが何かを教えようとはしな
い。そんなことをしてるうちにあっという間に家へと到着してしまった。
「そうだ!!」
家に到着すると鳳が何かを思い出したように声を上げた。そして、大きめのコートのポケ
ットから綺麗に包装された箱を出した。そして、それを滝に渡す。
「俺からのバレンタイン・チョコです。受け取ってもらえますか?」
「ありがとう長太郎。俺からもプレゼントあげたいからね。早くうちに入ろう?」
「はい。」
鳳の手を引き、家の中へと入る。そして、そのまま寝室へと向かった。まずは今日貰った
プレゼントを整理する。楽譜をファイルにしまったり、オルゴールを机の上に置いたり、
クッションをソファの上に置いたりと整理整頓は完璧だ。
「樺地から貰ったCD聞いてみましょうか?」
「そうだね。確かクラシックなんでしょ?」
「はい。いろんな人の曲が入ってるみたいですね。」
鳳はCDケースの裏を見ながらそう言う。デッキに入れるとスタートボタンを押して、曲
を流した。初めの曲はどうやらピアノ曲のようだ。
「綺麗な曲だね。」
「はい。俺この曲好きです。何か気持ちが落ち着きますよね。」
「弾けるの?」
「まあ、一応は。今度聞かせてあげますよ。」
少し控えめにだが、鳳はこの曲を自分が弾くのを滝に聞かせると約束した。そんないい雰
囲気の中、やっと滝が鳳にプレゼントを渡すと言い出す。だが、滝の手には何もない。何
が貰えるんだろうとずっと期待していた鳳は首を傾げた。
「これから、長太郎に誕生日プレゼントをあげようと思うんだけど、長太郎は目に見える
形のあるプレゼントじゃなきゃ嫌だったりする?」
「どういう意味ですか?」
「俺がこれからあげるものは、目に見えないし形もない。もちろん形あるものとして残ら
ないんだけど、きっと長太郎の頭には一生残るものだと思うよ。」
「よく分からないです。具体的に言ってもらわないと・・・・。」
滝の言っていることの意味が理解出来ず、鳳は困った顔をする。目に見えなくて、形がな
いもので、自分の頭には残るもの・・・。全く見当がつかないと鳳はそれが何かを滝に聞
いた。
「一千回のキスと一千回の好き、どっちが欲しい?」
「えっ・・・・?」
冗談めいては決していない眼差しでそう問われ、鳳はさらに困惑する。一千回のキスと一
千回の好き・・・どっちが欲しいかと言われても急には答えられない。だが、滝がそうい
うことをしてくれるということは理解出来た。なので、鳳は素直にどちらが欲しいかを考
えみる。しばらく考えた結果・・・・
「どっちもじゃダメですか?滝さん。」
意外な答えに滝は驚く。まさかまともに答えてくれるとは滝自身も思っていなかったのだ。
だが、ちゃんと答えてくれたんならしてもいいということになる。ニコっと笑顔になって
まず一回キスをして答えた。
「いいよ。それじゃあ、今日はどっちも長太郎にあげる。こんなプレゼントじゃ嫌?」
「い、いえ。全然構いません!!ホントにそんないっぱいしてくれるんですか?」
「うん。じゃあ、これから長太郎に誕生日プレゼントあげるね。」
「はい・・・。」
大きなベッドに優しく鳳を押し倒すと滝は唇を重ねる。一回して離す度に「好きだ。」と
囁く。それを果てしない数繰り返す。そんなことをしながら、バレンタインの夜は更けて
いった。甘い甘い夜がこれから始まる。それはチョコレートなんかよりもはるかに甘く、
とろけるようなものであった。
それぞれのバレンタイン・キッス。どのペアも最高のバレンタインの夜を過ごすのであっ
た。
END.