夢物語

はぁ〜、今日のゼミも眠かったなあ。つーか、寝ちゃってたけど。さてと、この後、どう
すっかなー。
ただいま今日最後のゼミが終わったところだ。大きなあくびをしながら、ジローは教室を
出る。同じゼミを受けていたのか跡部と宍戸も一緒に教室から出てきた。
「あっ、跡部に宍戸。一緒だったんだ。」
「一緒だったんだって・・・今日のゼミはほとんど一緒だっただろが。」
呆れたように宍戸が言うと、ジローはそうだっけ?と首を傾げる。
「宍戸、さっさと行くぞ。今日はこの後買い物するんだからよ。」
「そうだったな。確か樺地も一緒だろ?」
「ああ。少し多めに買うつもりだから荷物持ちだ。」
「樺地も来るの!?」
樺地も来ると聞いてジローの目が輝いた。そうだと跡部が頷くと起きている時のテンショ
ンで騒ぎ出した。
「俺も行く!!俺も行く!!いいでしょ〜?」
「別にいいけどよ。だったら、お前も持てよ?」
「えー、それはやだ〜。でも、いいなら行くー!!」
というわけで、三人は一つ下の学年の校舎へ行く。氷帝大学は広いキャンパスのために学
年ごと、学部・学科ごとに校舎が細かく分かれているのだ。樺地の学年も今授業が終わっ
たらしく、跡部達が到着するとちょうどその校舎から出てきた。
「樺地〜!!」
「ウス。」
ジローは樺地に抱きつく。ここで一つポイントだが、ジローはこの数年間で格段に身長が
伸びた。それも半端じゃない伸びっぷりで、その身長はほんの少しだが樺地をも上回る。
そんな大きな体で飛びつかれたら、普通の人なら倒れてしまうだろうが、それほど体格が
よくない(細い)こともあり樺地は微動だにしない。
「何やってんだよ、ジロー。買い物行くんだから、余計なことしてるな。」
「は〜い。」
「樺地、お前も大変だな。」
「ウス。」
宍戸が樺地に対してそんな言葉をかけると樺地は素直に頷いてしまう。そんなことは全く
気にせず跡部とジローはさっさと前に進んでいた。
「ほら、早く来ねぇと置いてちまうぞ。」
「あっ、待てよ!!樺地、行くぞ。」
「ウス。」
宍戸と樺地は先に歩いて行った二人を追いかけ、早歩きになる。先に行ってしまった二人
も追いかけてくるのを確認すると笑いながらその場で待っていた。
「随分、買ったな。」
「跡部買いすぎー。そんなに買ったら樺地が可哀想じゃん。」
「じゃあ、お前が持つか?ジロー。」
「おう!!樺地、一袋持つから貸して。」
「ウス。」
ジローが一つ持つというので樺地は軽い方の袋を渡した。しかし、軽い方といってもハー
ドカバー、文庫を合わせて少なくとも五冊ほどの本が入っている。それを持って歩くとい
うにはジローには少し重すぎた。
「重っ!!」
思わずそう口にすると樺地はジローからその袋を取り上げる。
「あっ。」
「お前には無理だ。樺地、ちゃんと運べよ。」
「ウス。」
結局、樺地が持つことになってしまった。ジローは不満そうな顔をするが、しょうがない。
いつもこんなでは困るのでジローは力をもっと力をつけないとなあと思う。そんな感じで
しばらく歩いていくと宍戸が少し休もうと言い出した。
「跡部、俺、喉渇いた。何か飲んでこうぜ。」
「そうだな。じゃあ、喫茶店にでも入って少し休憩するか。」
「賛成ー!!」
四人はそのへんにあった喫茶店に入る。ちょうどよく窓際の日の当たる席が空いていて、
四人は迷わずそこに座った。ウェイトレスが注文を取りにくると、それぞれ好きなものを
頼む。
「俺はホットコーヒーを一つ。」
「俺はチーズケーキとアイスティー。」
「俺はチョコレートパフェとオレンジジュース♪」
「自分は・・・トマトジュースとピザトーストで。」
「かしこまりました。」
ぺこっと頭を下げると注文の品を用意しに行く。それが来るまで、四人は話をし始めた。
「それにしてもジロー、マジで身長伸びたよなあ。何かこん中で俺が一番ちっちゃいじゃ
ん。むかつくー。」
「ほら、寝る子は育つっていうじゃん?だからだよ。」
「だからって伸びすぎだろ。樺地と大して変わんないんじゃねぇの?」
「今は俺が一番だよ。すげぇだろ。」
ニカっと笑ってジローはそう言う。だが、樺地からすれば結構大変だったりする。ジロー
の眠り癖は当然のことながらいまだに治っていない。そうなると寝ているジローを運ぶの
は樺地の仕事だ。自分と同じくらいの身長のものを運ぶとなるとそう容易ではない。しか
し、樺地はそういうことを何の文句も言わずに今も続けている。
「お待たせしました。」
そこへ、注文したものが運ばれてきた。いっぺんに運ばれてきて、ちょっと戸惑ったがそ
んなにたくさんの量ではないのでそれぞれが頼んだものを自分の前に置く。
「跡部、コーヒーだけでいいのか?」
「ああ。今はそんなにもの食べる気しねぇし。」
「何なら一口やってもいいぜ。」
「お前が食べさせてくれるなら、食べてやるぜ?」
笑いながらそう言う跡部に宍戸は出来るか!!と抗議するが、跡部は食わせろともう命令
口調だ。そんな光景を見ながらジローは笑う。
「あはは、二人ともホントバカップルだねー。樺地は俺のパフェいる?結構うまいぜ。」
「ウス。」
ジローは樺地に宍戸と同じようなことを問いかけた。樺地は普通に返事をする。
「じゃあ、一口あげる。」
ジローはスプーンでチョコレートいっぱいのところをすくって、樺地の口に運んだ。樺地
は素直に口を開きそれを食べる。
「うまいだろ?」
「ウス。」
それを見ていた跡部と宍戸の二人は何だかうらやましいなあと思ってしまう。宍戸はそれ
を口に出したり、顔に出したりしないが、跡部はあからさまにそれが現れている。
「宍戸、こいつらもやってんだ。やっぱり俺にも食べさせろ。」
「はあ!?・・・ちっ、しょうがねぇな。」
何だかんだ言っても宍戸も跡部と同じことを考えていたので、文句を言いつつもやってし
まう。そうすると、跡部は楽しそうに笑い、宍戸の唇のキスをした。
「へぇ、なかなかうまいじゃねーか。サンキューな宍戸。」
「っ!?」
「わあお。」
「こ、こんなとこで何やってんだ、アホ!!」
「ケーキのお返しだ。」
「いいな〜。」
そんなことを言いながら、ジローはちらっと樺地の方を見る。さすがにそれは恥ずかしい
と樺地は首を振るが、ジローは諦めない。
「なあ、樺地。俺も俺も。」
「・・・・。」
しょうがないので樺地は頬っぺたに軽くキスをしてあげた。そうされてジローはそりゃも
う嬉しそうにするが、樺地は恥ずかしいので自分が注文したピザトーストを口に含む。そ
んな光景を見て、跡部と宍戸はこいつらも意外といい感じなんだなあと感心していた。
「そういえばさ、跡部とか宍戸は普段デートとかどこ行ったりするの?」
「デート?」
「そうだなあ、ほとんど俺んちで遊んだりとかだけど、たまにちょっと遠くに旅行したり、
遊びに行ったりって感じか?」
「跡部んち、ほとんど何でもそろってるもんね。」
「そんなの聞いてどうすんだよ?」
「別にー。ただちょっと聞いてみたかっただけ。」
何ていうようなことを言っているジローだが、本当は自分達が出かける時の参考になるか
と思って聞いたのだ。しかし、跡部の家がほとんどというのは何の参考にもならない。ま
あ、しょうがないかという感じでジローはストローを咥えて、オレンジジュースを一口飲
んだ。
「痛っ・・・」
すると突然宍戸が声を上げた。何ごとかと思い三人が注目すると宍戸は目を押さえて、う
つむいていた。
「どうした、宍戸?」
「ちょっと目にゴミが入っちまって・・・うー、痛ぇ。」
「ほら、ちょっと見せてみろ。」
跡部は宍戸に手をいったん離させ、目の様子をみる。痛いのか宍戸は目をつぶっていて、
しっかりと見ることが出来ない。
「宍戸、少しの間目開けてろ。」
「でも、痛ぇんだよ。」
「少しでいい。」
「う〜・・・」
宍戸は痛いのを我慢し、ほんの一瞬だけ目を開いた。その瞬間、跡部は宍戸の目に口を当
てる。
「ひゃっ!」
「取れただろ?ゴミ。」
「・・・・あっ、ホントだ。」
ジローと樺地はぼーっとそれを眺めているが、結構ドキドキしている。何気なく二人はや
っているのだが、普通はやらないだろう。それを見ながらジローはふと呟く。
「やっぱさー、身長が近いのっていいよね。」
「は?何で?」
「そういうこと出来るし、まず目線が同じってとこがいいと思う。」
「あんまり気にしたことなかったな。なあ、跡部。」
「ああ。でも、言われてみればそうかもしれねぇな。」
跡部と宍戸は子供の時から身長がそれほど差がなかったので、そんなに意識をしたことが
なかったが、ジローは樺地と30cmもの身長差があった。だからこそ、こういうことを
思うのであろう。
「俺、かなり小さかったから身長差とかすごい気になってたんだよねー。でも、今は樺地
とは同じくらいだし、かなりこの身長気に入ってるんだ。」
「へぇ。そんなもんか。」
同じ目線が当たり前になっている二人にとってはそれほど新鮮なことではないらしい。し
かし、そういうことを言われれば、少しは身長差や目線について意識してしまう。上を向
いたり、下を見たりしないで、ただ目の前を見るだけで自分の一番見たい顔がある。確か
にそれはいいことだろうと二人は思わざるを得なかった。
「ふぁ〜、何かはしゃいでたら眠くなってきちゃった。」
「おい、こんなとこで寝るなよジロー!!」
「おやすみ〜。」
ジローはすっかり睡眠モード突入だ。あーあと跡部と宍戸は呆れるが、もうこうなってし
まったらしょうがない。このまま放っておくわけにはいかないので、ここで帰る準備を始
める。
「しょうがねぇ。もう帰るか。樺地、ジローをつれてってやれ。」
「ウス。」
「それから、宍戸。樺地が荷物を持てなくなっちまった。半分持てよな。」
「はあ!?こんなにいっぱいあるのに!?」
「しょうがねぇだろ。ここで食べたものの金は俺が払ってやるからよ。」
「マジで!?じゃあ、持つ。」
「そのかわり、重い方な。」
「そんな〜。」
ジローが眠ってしまったので、今まで樺地が持っていた荷物は跡部と宍戸で持たなければ
いけなくなってしまった。ジローは樺地に負ぶわれ外へと運ばれる。跡部はここで食べた
ものの料金を全て払い、三人の後を追って外へ出た。
「全くジローはしょうがねぇな。」
「いつものことだろ。樺地、後は頼んだぞ。」
「ウス。」
「じゃあな、樺地。俺達、こっちだから。」
宍戸は重い荷物を片手に持ち、樺地に向かって手を振る。跡部も同じように軽く手を振っ
た。樺地は軽く頭を下げると跡部や宍戸が向かった方向とは逆の方向に向かって歩き出し
た。しばらく歩いていくと、背中でくすくすと笑う声が聞こえる。
「あはは、作戦大成功ー!!よかったな樺地。荷物持たなくてもよくなったぜ。」
そう言うとジローは樺地の背中から下りる。そうジローにしては珍しく狸寝入りをしてい
たのだ。実はそのことに樺地も気がついていた。
「あんな重い荷物持たすなんて、跡部ひどいよなあ〜。なあ、樺地。」
「ウス。」
「今日は素直だな。でも、よかった。樺地は重い荷物持たなくてよくなったし、二人で一
緒に帰れるし。」
そうジローは二人きりで帰るというのも狙ってこういうことをしたのだ。結構長い時間喫
茶店にいたのか、空はすっかり夕焼け色に染まっている。赤く照らされた道を歩きながら
二人は商店街を抜けた。急に静かになった帰り道でジローは再び話し始めた。
「夕焼けキレイだね〜。」
「ウス。」
「あのさ、樺地。ちょっとしたお願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「?」
ジローはいつもの無邪気な口調でそんなことを言い出した。樺地は何をお願いされるのだ
ろうと黙って次の言葉を待った。
「大学卒業したらさ、一緒に住まない?」
「・・・・・。」
唐突すぎる頼みに樺地は何も言えない。その様子を見て、ジローは言葉を続けた。
「あっ、跡部とか宍戸がそうしようっていうような意味じゃないよ。俺さ、大学出たら一
人暮らししたいんだけど、家賃とか結構かかるじゃん?それに俺料理とか出来ないし。樺
地が一緒にいてくれたら心強いなあなんて思って・・・。」
本当は純粋に樺地と一緒に居たいというのが一番の理由なのだが、それを隠すような感じ
でこんなことを言う。しばらく考えて樺地はその答えを出した。
「いいですよ・・・。」
「本当!?」
「自分も一人暮らしはしたいと思ってましたし・・・それに一人より二人の方が楽しいで
すから・・・・。」
「うっわあ、俺、今超嬉C〜!!ホントにホントにいいんだよな?」
「ウス。」
「やったー!!サンキュー樺地。よーし、頑張って大学卒業するぞー!!」
はしゃぐジローを見て、樺地はほんの少しだけ微笑んだ。夕焼け空の下、そんな約束を交
わした二人は、嬉しさいっぱいの気分で家路を辿るのであった。

「んん・・・・ん・・あれ?」
ジローは赤くなった太陽の光が木の隙間から差し込む眩しさで目を覚ました。どうやら眠
っていたようだ。
何かすげーいい夢見た。夢の最後もこんなような夕焼けで・・・
「起きましたか・・・?」
「うっわあ、樺地!?何でこんなところにいるの!?」
「ジローさんが自分を枕にして、ずっと寝てたんですよ・・・。」
「マジで!?ゴメン!!あれぇ?」
自分が立ち上がった後に樺地が続けて立ち上がった。ジローは夢をハッキリと覚えていた。
そして夢の感覚がまだ抜けきっていない。そう身長差がもとに戻ってしまっているのだ。
「?」
「あー、やっぱアレ夢だったんだな〜。くぅ〜、残念。」
「どうしたんですか?」
「んーん、別に何でもない。それにしてもマジゴメンな樺地。帰り何か奢ってやるからそ
れで勘弁。」
「別に気にしてないです・・・。」
「サンキュー。」
放課後だったようで、鞄はすぐ近くに置いてあった。もうとっくに部活は終わっているだ
ろう。ジローは大きく背伸びをした後、樺地の方を振り返った。
「俺、絶対樺地くらいでっかくなってやるからな!!」
「?」
いきなりそんなことを言われても・・・と樺地は少し困る。だが、ジローからすればそれ
は叶って欲しい夢だ。数年後、あの夢のようになるためにそう願わずにはいられない。そ
んな思いを心に秘め、ジローはいつものように笑顔になる。夢と同じような夕焼け空の下
二人は家に向かい歩き始めた。

                                END.

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