選ばれし子供達がダークマスターズを倒し、デジタルワールドに平和がおとずれてからし
ばらく経った頃、とある一匹のデジモンがいつものようにムゲンマウンテンを歩いていた。
今日は少しいつもとは違う道を歩きたい。何故かそう思い、そのデジモンは普段は通らな
い道を歩いて行った。
(何か変な気分だな。胸の奥がむずむずするような、ざわざわするような・・・)
そんなことを考えながら歩いていると、ザァァっと強い風が吹く。その瞬間感じる“彼”
の気配。鼓動が速くなり、足が勝手に動く。切り立った崖の側まで来ると、そのデジモン
は歩みを止めた。
「レオ・・・モン。」
そう呟くと、金色の髪をなびかせながら、彼は振り返った。その姿を見るのはいつぐらい
ぶりだろうか。スパイラルマウンテンの森の中で別れてから、今まで会えなかったその姿
を見て、ふいに涙が溢れそうになる。
「オーガモンか。久しぶりだな。」
微笑みながら、レオモンはオーガモンに近づく。涙見せまいと、オーガモンは慌てて涙を
拭い、いつも通りの強気でケンカ腰の言葉をレオモンにかける。
「やっと会えたなレオモン!!今日こそはテメェを倒してやるぜ!!」
「相変わらずだな、お前は。」
「うるせー!!戦うのか戦わないのかハッキリしやがれ!!」
「お前が戦いたいなら、相手になろう。約束だしな。」
『約束』という言葉を聞いて、オーガモンはレオモンが自分の目の前から消えてしまった
直前のこと思い出す。メタルエテモンの攻撃を受け、致命傷を負ったレオモンが消える前
に口にした言葉。それは、自分との勝負はおあずけだというような言葉だった。一度消え
てしまったにも関わらず、そんな約束を覚えていてくれたことがなんとなく嬉しくて、オ
ーガモンの胸は高鳴った。
「なら、手加減せずに行くぜ。」
「望むところだ。」
お互いに向かい合い、戦う構えをとる。特にゴングなどはならないが、二人は目と目で合
図を交わし、今まで会うことの出来なかった時間を埋めるかのように、全力で戦い始めた。
「覇王拳!!」
「獣王拳!!」
互いに必殺技を出し合い、拳を前に突き出す。オーガモンの覇王拳もレオモンの獣王拳も
ほぼ互角の強さであるのだが、今回はほんの少しだけ、レオモンの獣王拳の方が勝ってい
た。
「くっ・・・」
「うあああっ!!」
獣王拳がヒットし、オーガモンはドサッと地面に倒れた。まだまだと立ち上がろうとする
が、体が痺れて動けない。思ったよりもダメージを受けていることに気づき、オーガモン
は悔しそうな表情でレオモンを見上げた。
「お前の負けだ、オーガモン。」
「くそっ・・・今回は俺の負けだ。けど、次は絶対負けねぇからな!!」
その言葉を聞いてレオモンは驚いた。あのオーガモンが素直に負けを認めたのだ。
「少し会わない間に、随分と素直になったようだな。」
「う、うるせー!!別にそんなんじゃねぇよ!!」
いつものように怒り口調でそんな言葉を返すオーガモンに、レオモンは目を細める。以前
よりはほんの少しだけ大人しくなっているようだが、基本的には自分に対する態度の変わ
らない。そんなオーガモンにレオモンは一種のなつかしさのようなものを感じていた。
「とりあえず、勝負をするのは今日はここまでにしておくか。」
「お、おう。」
「久しぶりに会ったのだから、少し話をしないか?まあ、お前が嫌なら無理強いはしない
が。」
「テメェがどうしてもって言うなら・・・別に構わねーぜ。」
微笑みを浮かべながらそう言うレオモンの言葉に、オーガモンはそっぽを向きつつ頷いた。
オーガモンとて、レオモンと会って話したいことは山ほどあったのだ。立ったまま話すの
もなんだということで、二匹は腰かけられる岩を探し、そこへ座る。拳で語るのではなく、
直接話すというのは、なかなか照れくさいもので、何から話そうかと二匹はしばらく黙っ
ていた。
「・・・エレキモンから聞いたのだけどな。」
そう話し始めたのはレオモンであった。まさかいきなりエレキモンの名前が出てくるとは
思っていなかったので、オーガモンは少し驚いたような反応を見せる。
「エレキモン?」
「私がはじまりの町にいる間は、何度かはじまりの町を訪ねて来ていたそうだな。」
「へっ!?そ、そんなことねーし!!」
レオモンの話している話は本当のことなのだが、認めるのがなんだか恥ずかしく、オーガ
モンは否定するような言葉を口にする。
「レオモンの幼年期の奴は元気かとかちゃんとレオモンに進化するよな?とか、そんなこ
とをいつもいつも聞いてたそうじゃないか。」
なんてことを話してくれたんだとエレキモンに若干の怒りを覚えつつ、図星なのでオーガ
モンはこれ以上ボロを出さないように肯定もせず、否定もせず黙っていた。オーガモンが
黙っていてもレオモンはさらに話を続けた。
「選ばれし子供達のエンジェモンが一度消えて卵から戻って生まれ変わったとき、以前の
記憶は全くなくならず、生まれ変わったのを見ていたが、自分も本当にそうなれるか少し
不安だった。」
「で、でも、俺との約束を覚えててくれたんだから、大丈夫だったんだろ?」
「ああ。幼年期や成長期のときは、とにかく早く成熟期になりたいと日々修行に明けくれ
たものだ。エレキモンや他のデジモンはさすがレオモンの前段階のことだけあるなあと、
感心してくれていたが、その頃の私の中にあったのはただ進化したいという思いだけでは
なかった。」
少し遠くの景色を眺めながら、レオモンはしみじみとそう口にする。それはどういうこと
だろうと、オーガモンは首を傾げる。
「他に理由があったってことか?」
「早く進化して、“約束”を果たさなければ、という気持ちがいつもあった。幼年期や成
長期の頃はその約束がなんだったのか、イマイチよく分かっていなかったのだがな。ただ
その約束は、私を待ってくれている者とした大事なものだということは理解していた。」
その約束がどんなものであるのか、レオモンを待っている者が誰であるのか、オーガモン
が一番よく知っていた。生まれ変わったレオモンと再び会うことを、以前のようにレオモ
ンと戦えることを、そして、レオモンと話をすることを、オーガモンは長い間心待ちにし
ていたのだ。
「成熟期になって、その約束がどんなものであったかを具体的に、そして、誰としたもの
であったかを思い出した。」
「・・・・忘れてもらっちゃ困る。」
「そうだよな。お前はずっと私が私になるのを待っていてくれたのだろう?」
「あ、当たり前だろ!!レオモンを倒すのは、このオーガモン様だけなんだからな!!」
「ふっ、そのセリフもすごくなつかしい。お前は本当に変わらないな。」
どこまでも変わらず、自分に接してくれているオーガモンに感謝しつつ、レオモンは穏や
かに笑ってみせる。その微笑みに、オーガモンはドキッとしてしまう。
「私が生まれ変わるのを待っていてくれて、ありがとう、オーガモン。」
「っ!!」
まさか感謝の言葉を述べられるとは予想していなかったので、オーガモンはかなり動揺し
てしまう。どんな言葉を返せばいいのか、どんな態度をとればいいのか全く分からず、オ
ーガモンはレオモンに視線を向けたまま固まってしまった。
「どうした?そんな顔をして。」
「お、お前が訳の分からねぇことを言いやがるからっ・・・!!」
「別におかしなことなど言っていないぞ。心から思っていることを口にしただけだ。」
(う〜、何でこんな訳の分からない気分になってるんだよ!!レオモンにそんなこと言わ
れるのが、こんなに嬉しいだなんてありえねぇだろ!!)
レオモンの言葉を聞いて、オーガモンの胸はひどく高鳴り、何故か嬉しくてたまらないと
いう気分でいっぱいになっていた。顔が熱くなり、まともにレオモンの顔が見れないと、
ふいっと顔を背ける。
「お、お前のこと、キライだけどよ・・・・」
「ああ。お前はいつも私をライバル視しているし、倒したいと思っているからな。」
「・・・・もう一度レオモンに会えて、レオモンと戦えて、こうやって話すことが出来て
ることは・・・嬉しいと思ってる。」
「そうか。私も再びお前に会えて嬉しいと思ってるぞ。」
(あー、もうどうしてそういうことばっか・・・・)
「そ、それと・・・・」
「何だ?」
「約束・・・覚えててくれて、そ、その・・・ありがとうな。」
あのオーガモンが自分にお礼の言葉を述べるとは思ってもみなかったので、レオモンは少
し驚いたような顔を見せる。しかし、その言葉が嬉しいのは間違いなかった。
「なあ、オーガモン。」
「な、何だよ?」
オーガモンの言葉を聞き、レオモンはふとこうしたいなということが頭に浮かぶ。それは、
以前の自分には思いもよらぬことであった。
「お前が嫌でなければ、これから二人でこのデジタルワールドを一緒に旅しないか?」
「えっ・・・?」
「お前は私と戦うのが好きなのだろう?一緒に行動を共にしていれば、いつでもそれは可
能だし、私もお前と戦うことは修行になってとても好都合なのだが。」
それは確かにとオーガモンはその提案はありだと思う。しかし、素直に頷くのは恥ずかし
く、オーガモンは一度否定するようなことを言った後で肯定的な返事をする。
「お前と一緒に旅なんてありえねぇ!!・・・って、前の俺だったら言ってたかもしれね
ぇけど、確かにバトルしたくなってからお前の探すってのは面倒だからな。お前がどうし
てもっつーんなら、別に構わねぇぜ。」
「そうか。それなら・・・」
すくっと立ち上がって、レオモンは軽く拳を握り、オーガモンの前に差し出す。それが何
を意味しているかすぐに理解し、オーガモンも同じように拳を握って、レオモンの拳にこ
つんとくっつけた。
「これからよろしくな、オーガモン。」
「へっ、仕方がねぇからよろしくされてやるよ。」
「あ、それとな・・・」
「何だよ?」
拳を離し、くるっとオーガモンに背を向けながら、レオモンは軽くオーガモンの方を振り
返りつつ、言葉を続ける。
「お前は私のことがキライかもしれないが、私はお前のこと結構好きだぞ。」
「なっ!?」
「そういう意味でもよろしくな。」
そんな告白をさらっとするレオモンに、オーガモンの顔は真っ赤に染まる。ウイルス種で
あるがゆえ、好きなどという言葉は生まれてこの方言われたことがなかった。そんな言葉
を自分が一番意識して気にしているレオモンに言われたのだ。心に響かないわけがない。
(そんなこと言われたら、変に意識しちまうだろーが!!)
嬉しい気持ちや恥ずかしい気持ちで胸がいっぱいになり、オーガモンはこれ以上何も言え
なくなってしまう。これからどんな旅が始まるのであろうと期待に胸を躍らせ、二匹はム
ゲンマウンテンをゆっくりと下り始めた。
END.