優勝パーティーをするために跡部の家に集まった四人は、食事をするために大広間にやっ
てきた。その広間に案内され、宍戸、滝、鳳の三人はその豪華さに感嘆の声を上げる。
『うわあ・・・』
そこにはとても四人では食べきれないほどのたくさんの料理が、バイキング形式で並んで
いた。洋食、和食、中華、イタリアン、フレンチ、エスニック料理など代表的な料理は全
てあるのではないかというほど、多種多様な料理が用意されている。
「すっげぇ、こんな豪華なバイキング見たことないぜ。」
「俺も。見たこともない料理もたくさんあるよ。」
「わあー、ビーフカッセロールもある。これ、レストランとかでもなかなかないんですよ
ね。」
「優勝パーティーだからな。これくらいはしねぇと。料理を食べたいのは分かるが、まず
は乾杯くらいしておこうぜ。」
そう言うと跡部はパチンと指を鳴らした。すると、執事が飲み物の入ったグラスを四人の
もとへもってくる。三人はペコリと軽く頭を下げながら、そのグラスを手に取った。
「それじゃ、俺達四人のチームの優勝に乾杯だ。」
『乾ー杯!』
それぞれのグラスをカチンと鳴らすと、四人は一口グラスに入っている飲み物を口に運ぶ。
飲んだことのない飲み物ではあるが、それは素直に美味しいと言えるような味であった。
「これ、うめぇな。甘いけどサッパリしてて、ちょっとピリッとくる。」
「そうですね。飲んだことない味ですけど、すごく美味しいです。」
「何ていう飲み物なの?」
「フルーツワインだ。アルコールも多少入ってるが、本物のワインに比べたら全然だし、
大した問題じゃねぇよ。」
「へぇ、フルーツワインか!悪くねぇんじゃねぇ?」
「まあ、そんなにアルコールの味しないしね。」
「優勝パーティーですし、これくらい許容範囲ですよ。」
フルーツワインの味をすっかり気に入った三人は、お酒であることを全く気にせず、ゴク
ゴクと飲み干す。グラス一杯のフルーツワインを飲み干すと、四人はそれぞれ好きな食べ
物を取りに行き始めた。
「うーん、こんなにあると迷っちまうな。」
「そうですね。どれも美味しそうですし。」
「うわあ、この天ぷら超おいしそー。俺はまずこれにしよーっと。」
「まあ、適当に取りゃいいか。こんだけあるんだからそんなに急がなくてもなくなるなん
てことはねぇしな。」
自分の好きな食べ物を取りつつ、興味のあるもの、美味しそうだと思うものを大きな皿に
乗せていく。それぞれ皿いっぱいに食べ物を取るとテーブルへと持ってゆく。四人そろっ
て席に着くと、さっそくその料理を食べ始めた。
「おー、何かよく分かんねぇ料理ばっかだけど、うめぇ!!」
「本当ですね。そこらへんの少し高級なレストランなんかよりも、全然美味しいですよ。」
「当然だろ。うちの専属シェフに作らせてんだ。不味いはずがねぇ。」
「さすが跡部んとこのシェフだね。うわあ、何かどんどん食べれちゃうよ。」
料理の美味しさに舌鼓を打ちながら、心ゆくまで御馳走を堪能する。お腹も膨れて満足す
ると、四人はその場でしばしくつろぐ。
「満足か?」
「うん。大満足vvお腹いっぱい。」
「俺も俺も!久しぶりにこんな御馳走食べたぜ!!」
「ありがとうございます、跡部さん。」
和やかな雰囲気でしばらく会話を楽しみ、四人はその部屋を後にする。後片付けは執事と
メイドに任せ、跡部達は大浴場でひとはしゃぎし、この後の話をする。
「やっぱ、跡部んちのお風呂は大きいよね。」
「温泉に来てるみたいですよ。」
「だよな。で、跡部、この後どうすんだ?俺ら帰った方がいいのか?」
「いや、今日は部屋を用意してある。泊まれるなら泊まっていけ。」
「本当!?やったー。部屋って一人一人に用意されてるの?」
「一応、そのつもりで用意したが、二人で同じ部屋を使いたいんだったらそれでもいいぜ。」
「ふーん、そっか。んじゃ、俺、跡部んとこに泊まるー♪」
「俺も泊まらせてもらおうかな。長太郎はどうする?」
「先輩達みんなが泊まるなら俺も。いいですか?跡部さん。」
「もちろんだぜ。部屋はどうすんだ?」
「俺、長太郎にたくさん話したいことがあるんだ。一緒の部屋にして欲しいと思うんだけ
ど、いいかな?」
「俺は全然構いませんよ。一人部屋よりはやっぱり誰かといた方が楽しいですしね。」
「それじゃあ、滝と鳳は同室だな。」
二人が泊まってもいいような部屋の鍵を跡部は滝に渡す。宍戸は跡部のところに泊まると
いうことなので、そのまま部屋に戻ればよいと、跡部は宍戸を自室へと連れていった。
跡部が滝と鳳に使えと言って貸した部屋は、豪華ホテルのスイートルームもビックリな様
相だった。まるでどこかの貴族の部屋だと二人は感嘆の声を上げる。
「すごーい。自宅にこんな部屋があるってありえないよね。」
「はい。どれも高そうな家具ばかりです。」
「でも、ま、跡部が貸してくれるって言うんだから遠慮なく使わせてもらおうよ。」
「そうですね。」
跡部の家にあるものが高いのは十分分かっているので、いちいちそんなことは気にしてら
れないと二人はこの部屋を自由に使うことにする。とは言っても、特にやらなければいけ
ないことやこれといってしたいということがないので、滝は窓際の椅子に座った。その後
を追うように、鳳も滝の向かいに座る。しばらく何も言わずに外の景色を眺めている二人
だったが、ふと滝が口を開いた。
「長太郎。」
「はい、何ですか?」
「長太郎は今回の大会、楽しめた?」
「はい!もちろんです!!滝さんはそうじゃないんですか?」
いきなりそんなことを尋ねてくるので、鳳は滝自身は楽しくなかったのではないかと少し
心配になる。しかし、滝は首を振って答えた。
「ううん。俺もすごく楽しかったと思うよ。俺はもう大会には出れないと思ってたからね。」
宍戸にレギュラーの座を奪われてからは、滝が大会に出る機会は与えられなかった。そん
な滝にとってこの大会は他のメンバーよりも特別なものになった。
「ただね、せっかく長太郎と宍戸はいいダブルスコンビだったのに今回の大会で俺なんか
と組んでよかったのかなあと思ってさ。」
滝が気にしていたのはそこであった。宍戸と鳳のダブルスは関東大会でも全国大会でも、
強敵である青学のペアに勝利している。本当はそのままのダブルスで、今回の大会も試合
をしたかったのではないかと、今更ながら心配になったのだ。そんな滝に鳳は苦笑しなが
ら返す。
「そんなこと気にしてたんですか?」
「うん。やっぱ、ちょっと気になっちゃって。」
「確かに俺は宍戸さんとのダブルス好きですよ。でも、滝さんとのダブルスだって、同じ
くらい好きです。この二ヶ月半ずっと一緒に練習してきたじゃないですか。俺、今回の大
会で滝さんとダブルスが組めて本当によかったと思ってます。」
「長太郎・・・・」
心からの気持ちとして、鳳はそんなことを言う。そんな鳳の優しい言葉に滝は感動した。
思わずウルッときてしまう。
「あー、ヤバ、何か泣きそう。」
「何でですか?」
「長太郎がすごい嬉しいこと言ってくれるからさ、感動しちゃった。」
「滝さん・・・」
「ねぇ、長太郎。」
「はい。」
「もっと近くで話したい。ベッドかソファに行かない?」
「いいですよ。」
小さなテーブルをはさんで、向かい合わせに話すのは少し距離が遠いと、滝は鳳を誘う。
そんな誘いに鳳は笑顔で応じた。ベッドの端に並んで座ると滝は鳳の手をぎゅっと握った。
「俺ね、本当にこの大会出れてよかったと思ってるよ。跡部にすごく感謝してる。大会に
出れただけじゃなくて、長太郎とダブルス組めたし、シングルスにも出れた。中学校では
もう試合には出れないと思ってたのに。これが中学最後の大会になると思う。長太郎と試
合したり、ダブルス組んだりするのはもうしばらく出来なくなっちゃうけど、俺、絶対に
この大会のこと忘れない。すごく大事な・・・最高の思い出になったよ。」
中学最後の大会と聞いて、鳳は今まで気づかなかったことに気づかされる。今はもう12
月の中旬だ。あと三ヶ月もすれば、滝も跡部も宍戸も中等部を卒業してしまう。それに気
づいた途端、鳳は言いようもない寂しさを感じた。胸が熱くなってくる。気がつくと、ポ
ロポロと大粒の涙が目から溢れていた。
「長太郎・・・?」
「ひっく・・・ふ・・・」
「ど、どうしたの!?」
言葉に表せない寂しさを何とか伝えようと、鳳は滝の肩に顔をうずめた。そうされて、何
かを感じ取ったのか、滝は優しく鳳の頭を撫でてやった。
「大丈夫だよ。学校の部活でってのは無理かもしれないけど、やろうと思えばいつでも一
緒に試合も練習も出来るから。」
「でも・・・」
「やっぱり、寂しい?」
「・・・はい。」
「俺もすごく寂しいなって思ってるよ。でも、ああやって長太郎や跡部や宍戸と大会に出
て優勝したって事実は消えるわけじゃないし、これからまた一緒にプレイ出来るチャンス
はいくらでもあるんだから。」
そんな滝の優しい言葉が鳳の気持ちをさらに増幅させた。嗚咽を漏らしながら、鳳は滝の
腕に抱かれて涙を流す。鳳を抱き、滝はこの二ヶ月半を思い返していた。確かに大変なこ
ともたくさんあったが、公式試合前にはない和やかな雰囲気と楽しさがあった。これが終
わってしまうのは確かに寂しいが、これで全てが終わりではない。自分達には、まだ、い
くらでも様々なことが出来るチャンスがある。そんなことを考えていると、鳳の嗚咽がふ
と止まった。
「すいません、滝さん。」
「ううん。気にしないで。素直にそういう気持ちを出せるところが、長太郎のいいところ
だよ。」
「いえ、これは滝さんの前だからですよ。宍戸さんや跡部さんの前だったら、その程度の
ことで泣くなって怒られちゃいそうですし。」
「あはは、確かにね。・・・あのさ、長太郎。」
笑ったような顔を見せた後、滝は急に真面目な顔になる。どうしたのだろうと鳳は不思議
に思いながら返事をした。
「何ですか?」
「俺が卒業するまででいいんだけど、特訓に付き合ってくれないかな?」
「えっ?」
「俺、もっと強くなりたいんだ。あの時は宍戸に負けちゃったけど、今回の大会で、練習
すれば、まだまだ強くなれるって分かった。高等部では、他の奴らを見返してやれるくら
いになってたい。・・・ダメかな?」
突然の頼み事に鳳は驚きはしたが、断ろうという気は全く起きなかった。宍戸の特訓に付
き合っておいて、滝の特訓には付き合わないというのもおかしいと笑顔で頷く。
「俺でよければ喜んで。その代わり、俺の特訓にも付き合ってくださいよ。」
「もちろん。ありがとう長太郎。」
嬉しさいっぱいの笑顔で、滝はお礼を言う。そして、軽く唇にちゅっとキスをした。
「た、滝さん!?」
「約束って印。指きりの代わりだよ。」
「もう・・・いきなりされたらビックリするじゃないですか。」
「あはは、ゴメンゴメン。」
いきなりキスをされ、鳳は真っ赤になって抗議する。そんな鳳の言葉を軽く流すように滝
は返す。
「長太郎。」
「はい。」
「これからもずっと、一緒に強くなっていこうね。」
ニッコリと微笑みながら言う滝に鳳はドキっとしてしまう。しかし、返す言葉は一つしか
ない。
「はい!」
同じように笑いながら返事をすると、鳳は滝の唇にキスをした。
「約束の印です。」
照れ笑いを浮かべてそう言う鳳に滝はすっかりおちてしまう。感謝と嬉しさと約束と、様
々な気持ちを込め、滝は鳳の体をぎゅっと抱き締めた。
一方、跡部の部屋に戻った二人はいつもとは少し違う雰囲気で、大きめの跡部のベッドに
寝転がっている。しばらく黙ったままで、どちらも大会までの期間のことを思い返す。練
習は厳しかったが、とても引退している時期とは思えないほど充実していた。土日に遊び
に行くのも信頼感が深まるようで楽しかった。大会まではあっという間だったが、その中
身は公式大会前以上に詰まっていたと、跡部も宍戸もそう感じていた。
「何かホントあっという間だったよな。」
「そうだな。でも、長かったような気もする。」
「二ヶ月半って短い期間だったけど、本当いろんなことしたもんなあ。練習だけじゃなく
ていろんなとこに遊びに行ったり、練習が終わった後でご飯食べに行ったり。」
「大会までの二ヶ月半、テメェはどうだったと思う?」
「うーん、やっぱ、楽しかったと思うぜ。思う存分テニスも出来たし、いっぱい遊べたし。
跡部は?跡部はどうだったんだよ?」
宍戸に質問し返され、跡部はしばし黙る。どうしたんだろうと宍戸は起き上がって、跡部
の顔を見た。
「跡部・・・?」
「すげぇいい時間だったと思うぜ。」
ポツリと呟くように跡部は言う。そして、宍戸の顔を見据えるように起き上がり、言葉を
続けた。
「今までにないくらい贅沢な時間だった。」
「贅沢な時間?」
「中身が詰まってて、充実してたって意味だ。もちろん気持ちも伴ってだがな。」
「へぇ、じゃあ、跡部的にも楽しかったってことか。」
「ま、そういうことだな。」
結局楽しいにまとめられてしまったが、宍戸の楽しいは様々な思いを含んでいることを分
かっているので、跡部はそうだと頷く。それを聞いて、嬉しそうに笑う宍戸の頬に跡部を
すっと手を添えた。そうされるのが何となく恥ずかしく、宍戸は目をそらす。
「宍戸。」
「な、何だよ?」
「テメェにだけは特別に言う。よく、聞いとけよ。」
「お、おう。」
動揺しまくっている宍戸の態度がおかしくて、跡部はくっくと笑う。そして、宍戸の目を
見据えたまま、静かに口を開いた。
「テメェらを選んでよかった。この二ヶ月半で、俺もお前らも見違えるほど成長したと思
うぜ。もちろんこれで終わりなんて思っちゃいねぇがな。俺達はもっともっと上を目指せ
る。俺様がこんなことも言うのも何だが、本気でそう思ってるからな。宍戸、テメェには
特別に言ってやる。お前らには本当感謝してる。ここまでついてきてくれて・・・ありが
とよ。」
意外な跡部の言葉を聞き、宍戸は言葉を失う。今言われた言葉が頭の中で繰り返される。
跡部からの心のこもった感謝の言葉。感動と嬉しさで宍戸の胸はいっぱいになる。
「あー、ヤベェ・・・」
「何だよ?俺様がせっかくいいこと言ってやったのに。」
「・・・泣きそう。」
「フン、そんなに感動してんのか?」
「テメェが柄にもねぇこと言うからだろ!・・・でも、マジ嬉しい。ホント、跡部にそん
なふうに言ってもらえるなんて思ってなかった。」
涙が出てくるのを必死でこらえながら、宍戸は言う。このまま跡部の顔を見ていると本気
で泣いてしまいそうなので、それを誤魔化すかのように跡部の首に抱きついた。
「おいおい、どうした?」
「ウルセー。どうしようと俺の勝手だろ。」
「いきなり抱きついてきて、それはねぇだろ。理由言わねぇと、そういうことの誘いと受
け取るぜ。」
それはそれで困ると宍戸はしばし悩む。どっちもどっちなので、仕方なく宍戸は理由をぼ
そっと呟く。
「跡部の顔見てたら・・・マジ泣きそうだからよ。」
「フッ、可愛い奴。」
「おわっ!ちょっ・・・跡部っ!?」
可愛いことを言うなあと思いながら、跡部は宍戸を押し倒す。ちゃんと理由を話したのに
何故押し倒されなければならないのかと宍戸はバタバタと抵抗しようとする。
「少し大人しくしてろ。」
「やだ〜、ちゃんと理由言ったじゃねぇか!」
「別にそういうことするつもりはねぇよ。だから、少し落ち着け。」
跡部の言葉を疑いつつも、宍戸はひとまず大人しくする。大人しくなったのを確認すると
跡部は宍戸の髪をかき上げ、額にキスをする。
「な、何だよ?」
「テメェとのダブルス、楽しかったぜ。組めてよかった。次の大会はたぶん高等部になっ
てからになっちまうだろうけど、今まで通り頑張って行こうぜ。一緒にな。」
「跡部・・・」
「おっ、また感動して泣きそうだって?」
「そ、そんなことねーよ!!ちっ、今日は優勝祝いのパーティーだしな。特別だぞ。」
「何がだ?」
「今日はテメェの好きにしていいぞ。・・・俺、今、機嫌いいからな。」
「おっ、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。それなら遠慮はしないぜ。」
跡部が言ってくれたことが素直に嬉しかったので、宍戸は気分よくそんなことを言う。そ
んな誘い方を誘われたら断るわけにはいかない。もう一度キスをしようとすると、宍戸の
方からぎゅっと首に腕を回して、唇を押しつけてくる。そして、唇を離すとニッと笑いな
がら言う。
「俺、いつでも跡部の隣にいられるようにこれからも頑張るぜ!」
「ああ。しっかり俺様についてきな。」
もう一度しっかりと口づけを交わすと、二人は顔を見合わせてクスクスと笑う。これから
も一緒に頑張っていこうと約束し、跡部と宍戸は夜の遊戯をし始めた。
全国大会が終わって、二ヶ月半共に練習を積み重ねてきた四人は、関東ジュニアオープン
の優勝と何ものにも変えられない絆を手に入れた。
END.