三月三日に祝うこと

気候もだいぶ穏やかになり、半袖でも過ごせるくらいになった三月の頭、甲斐はとある大
事な用のために平古場の家へやってきた。
「ごめんくださーい。」
玄関からそう声をかけると、平古場の母が出て来る。
「あら、裕次郎くん。こんにちは。」
「今日、凛の誕生日だから、プレゼント持って来た。」
「ありがとーね。今、凛呼んでくるからちょっと待っててね。」
小学校は別であるが、比嘉中に入って甲斐と平古場は同じ部活、同じクラスということも
あり、すぐに仲良くなった。今日は甲斐が平古場と仲良くなってから、初めての平古場の
誕生日。仲良しな友達には誕生日プレゼントを渡さないとだろうと、学校が終わってから
甲斐は用意したプレゼントを持って平古場の家にやってきたのだ。
(喜んでくれるといーな。)
プレゼントを抱えながらそんなことを考え、平古場が来るのを待っていると、家の奥から
パタパタと廊下を駆ける音がする。
「こら、凛!!走ったら、崩れちゃうでしょーが!!」
「大丈夫さー。それに、裕次郎を待たせるわけにはいかないし。」
随分とにぎやかだなあと思ってそちらの方へ目をやると、予想だにしていなかったものが
甲斐の目に飛び込んでくる。
「よぉ、裕次郎。」
口調はそのままであるが、その格好はいつもとは全く違っていた。鮮やかな色の着物に桃
の花の髪飾り。まるで女の子のような格好の平古場に、甲斐は胸をピストルで撃ち抜かれ
たかのような衝撃を受けた。
「何で・・・そんな格好してるば?」
「毎年誕生日になると、おばあが着せてくれるんだばぁよ。」
「それ、女の子の着物じゃないの?」
「そうなのか?ちいっさい頃から着てるけど。」
誕生日にはこの格好が当たり前と言わんばかりに、平古場は甲斐の問いに飄々とした顔で
答える。
(何でこんな格好してるか分からんけど、でーじ可愛い!!)
「変か?」
「いや、全然!!しに上等さぁ。」
「へへ、そっか。こんなとこで話すのもあれだし、うち入れよ。」
「おう。」
平古場に誘われ、甲斐は家の中へと上がる。てくてくと廊下を歩きながら、平古場は甲斐
に話しかける。
「後なぁ、俺の誕生日が近くなると、着物着たいっぱいの人形を出すんだばぁよ。」
「着物着た人形?」
何のことだかさっぱりだと、甲斐は首を傾げる。とある前の部屋の前まで来ると、平古場
はその部屋の中を指さし、あれがその人形だということを示した。
「あれがその人形だぜ。」
「へぇ、どれどれ・・・」
部屋の中を覗き、平古場の示す方向を見てみると、そこには真っ赤な布が敷かれた階段の
ような台にいくつもの人形が置かれていた。それを見た甲斐はあれ?とあることに気づく。
(確か妹がこんなの持ってたよな?)
そこに飾られていたのは、ひな人形であった。沖縄ではもともとひな祭りのお祝いはしな
いが、本土との交流が多くなった現在は、沖縄の家でもひな人形を飾る家が多くなってき
ていた。そのため、姉のいる甲斐はひな人形を見たことがあったのだ。
「上等な人形だろ?あれも毎年出すんだぜ。」
「へぇ、そうなんだ。」
確かあの人形は女の子のお祝いで出すんじゃなかったっけと考えながらも、甲斐は平古場
の言葉に頷くような返事をする。ひな祭りの風習がないゆえに、平古場はひな人形を出す
ことが、自分の誕生日を祝うために出すものだと信じ込んでいた。
(凛のこの格好といい、ひな人形といい、絶対ひな祭りのお祝いもしてるよな。凛にもね
ーねーいるし。)
ひな人形はまだしも、明らかに女の子の着るような着物を着ているのは、ただ誕生日を祝
うだけではないということに甲斐は気づいた。しかし、毎年行っていることなので、平古
場は全くそのことに違和感を感じていなかった。
「とりあえず、俺の部屋行こうぜ。」
「ああ。」
ひな人形が置いてある部屋を後にすると、二人は平古場の部屋へと向かう。部屋に入ると
平古場はバタンとドアを閉めた。
「適当に座ってていいから。」
「お、おう。」
ドアを閉められたことで、甲斐は急に今この部屋に平古場と二人きりであるということを
意識してしまう。いつもとは違う女の子らしい平古場を前に、甲斐の心臓はドキドキと速
いリズムを刻んでいた。
(何か・・・でーじちむどんどんしてる・・・)
何となく様子がおかしい甲斐に、平古場はどうしたのかと尋ねる。着物姿で膝をつき、ず
いっと顔を近づけてくる平古場に甲斐の顔は自然と赤く染まっていった。
「どうした?裕次郎。」
「な、何が・・・?」
「何か変だぞ。顔真っ赤やし、目泳いでるし。」
「う・・・」
そこまでハッキリ顔に表れてしまっているのかと思いながら、甲斐は何とか言い訳を考え
ようとする。しかし、こんな状況で通用する言い訳などそう簡単には思いつかない。仕方
がないので、甲斐は正直にその訳を話すことにした。
「凛が・・・でーじ可愛い格好してるから、どんどんしちゃってるんだばぁよ。」
「じゅんになぁ?」
「ああ。凛、その着物しに似合ってるし、髪飾りも似合ってて、女の子みたいで可愛いか
ら、ちむどんどんしてしょうがないさー。」
「何か・・・ちょっと恥ずかしいー。」
素直な甲斐の言葉に平古場も照れてしまう。恥ずかしがっている顔も非常に可愛らしく、
甲斐の胸の鼓動は落ち着く暇がなかった。ドキドキしすぎて何を話したらいいか分からな
くなっている甲斐であったが、とりあえず何か話さなければと、ひな祭りのことを平古場
に話し始める。
「そーいえば、さっきの人形なんだけどさー。」
「あの人形がどうかしたば?」
「あれうちにもあるんばぁよ。」
「裕次郎んちにもあるのか。裕次郎の誕生日に出すのか?」
「いや、うちも凛とこと同じで今ぐらいの季節に出すさー。」
「何で?」
「あの人形、ひな人形って言って、内地じゃ女の子のお祝いってことで出すみたいさー。
うちはねーねーがいるから、毎年出してるぜ。」
「へっ?」
毎年出しているあの人形が『ひな人形』という名前だということも、女の子のお祝いとし
て出すことも平古場は今初めて知った。甲斐の話す話が本当であれば、あの人形は自分の
誕生日だから出すのではなく、姉のために出しているということになる。
「内地じゃ三月三日はひな祭りって言う行事があるらしいぜ。ひな人形出したり、着物着
たり、甘酒飲んだり、ひなあられ食べたりするって、母ちゃんが言ってたさー。」
「・・・それ、毎年俺の誕生日にしてることだ。」
自分の誕生日に毎年していたことが、実はひな祭りだからしていたということを知り、平
古場はぷくーとその頬を膨らませる。怒った様子で立ち上がると、部屋を出て、パタパタ
と家族のいる部屋へと向かう。そんな平古場を甲斐はのんびりと追いかけた。
「母ちゃん!!あの人形がひな祭りっていうときに出すって本当か!?」
「あい、急にどうした?」
「裕次郎がそう言ってたさー。ひな祭りは女の子のお祝いの日で、あの人形も、着物着る
のもひな祭りのときにするって。」
「あーあ、バレちゃった。」
そう口にしたのは、平古場の姉であった。その言葉を聞いて、平古場は甲斐が言っていた
ことが全て本当のことであったということに気づく。
「今までずっとだましてたば!?」
「だましてなんかないさー。今日は凛の誕生日だから、上等な着物着させて、ご馳走作っ
てるんだからよー。」
「けど・・・」
納得いかないという表情を平古場がしていると、平古場の祖母が平古場の頭をそっと撫で
る。
「凛は可愛いからねー。着物も似合うし、おばあ思いのいい子だし。自慢の孫さー。だか
ら、毎年こうやってお祝いするんだよ。」
「おばあ・・・」
大好きなおばあに笑顔でそう言われてしまっては、もう文句は言えなくなってしまう。
「俺もおばあの意見に賛成だぜ。」
「裕次郎?」
「着物姿の凛、でーじ可愛いし、俺としては来年も見たいと思うぜ。」
「じゅんになぁ?」
「あったりまえさー。だから、凛の誕生日はこれでいいと思うぜ。」
甲斐にも着物姿を褒められ、来年も見たいと言われ、平古場の機嫌は一気によくなる。今
までひな祭りと自分の誕生日のお祝いを一緒にされていたのは、まだ納得はいっていない
が嫌だという気持ちにはならなかった。
「おばあと裕次郎がそう言うなら、ひな祭りと一緒でも別にいいさー。この格好も結構好
きだしな。」
「それがいいさぁ。あっ、そう言えば俺、凛にプレゼント持って来たのにまだ渡してない
し。」
「じゃ、とりあえず俺の部屋戻るか。」
「そーだな。」
怒り顔から笑顔になり、甲斐と仲よさげに部屋に戻って行くのを見て、平古場の家族はホ
ッと胸を撫で下ろす。隠していたわけではなく、母も姉も祖母も単純に平古場が可愛くて
仕方がないと思ってしていたことであった。

二年前の誕生日にそんなことがあったことを思い出しながら、甲斐と平古場はあの時と同
じように平古場の部屋でくつろいでいる。
「やっぱ似合うよなあ。」
あの時の甲斐の言葉を受けて、今年も平古場は美しい着物をその身に纏っていた。二年前
よりは身長も伸び、だいぶ体つきも男の子らしくなってはいるのだが、女物とも思われる
着物が似合わなくなるということは全くなかった。
「そりゃ毎年着てるからな。自分でも全く違和感ないぜ。」
「日本人って感じの格好と、この綺麗な金髪とのギャップも最高やし。」
二年前はまだ髪を染めていなかったので黒髪であったが、今は光を浴びればキラキラと光
るのではないかと思われるほどの金髪だ。そんな金色の髪に指を絡めながら、甲斐はうっ
とりとそう口にする。
「くすぐったいぜー、裕次郎。」
そう言いながらも平古場は甲斐の首に腕を回す。自然と近づく顔に、甲斐も平古場もドキ
ドキと胸を高鳴らせ、どちらからともなく唇を重ね合わせた。
「ん・・・ぅ・・・・」
平古場の頭をしっかり捉え、甲斐はゆっくりと舌を絡める。先程まで甘酒を飲んだり、お
やつにひなあられを食べたりしていたので、どちらの口の中もひどく甘くなっていた。
「凛の口ん中、でーじ甘いぜ。」
「ハァ・・・裕次郎だってそうだぜ。」
「俺はこの味好きだけどな。」
「俺だって・・・なあ、もっとして。」
もっとキスの甘さを味わいたいと、平古場は頬を桃色に染めながらそうねだる。ただでさ
え女の子らしい格好にくらくらしているのに、そんなふうにねだられてはいろいろ我慢出
来なくなってしまう。もう一度唇を重ね、じっくりとその甘さを味わいながら、甲斐はそ
っと着物を裾に手を伸ばそうとした。
コンコン・・・
と、突然部屋のドアをノックする音が聞こえる。思っても見ないノックの音に二人はドキ
ッとしてしまい、飛びのくように体を離す。
「凛ー、裕次郎くん、ご飯出来たよー。」
「はーい、今、行く!」
胸がドキドキするのを抑えつつ、平古場は母親の声にそう返事を返す。母親が部屋から遠
ざかるのを足音で確認すると、二人は顔を見合わせてふぅっと溜め息をついた。
「いやー、しにビックリしたな。」
「な。とりあえずご飯出来たらしいから食べに行くか。」
「そうだな。今日は凛の誕生日だからご馳走なんだろ?」
「もちろんさー。俺の好きなものいっぱいリクエストしたからな!」
満面の笑みでそう言う平古場を見て、甲斐もつられて笑顔になる。ご飯を食べに行こうと
部屋を出る直前、甲斐は平古場の着物の袖をきゅっと捉えた。そして、ぐいっと自分の方
へ引き寄せると、耳元でボソボソと何かを囁く。
「続きはご馳走食べてからゆっくりしよーな。」
甲斐のそんな言葉を聞き、平古場の顔はボンっと火がついたように赤くなる。
「な、何言ってるかよ!!」
「あれー?凛はしたくないば?」
「そんなわけないだろー!!今日は俺の誕生日なんだから!って、もうだからこういうこ
と言わせんなっての!!」
「あはは、凛はじゅんにこーいうとこ素直で可愛いよな♪」
恥ずかしがって顔を真っ赤にしている平古場にきゅんきゅんと胸をときめかせながら、甲
斐は楽しそうに笑う。とにかくまずは、みんなで誕生日パーティーをしてからお楽しみは
後にとっておこうということで、二人は部屋を出る。
「やっと主役の登場さー。」
「ほら、まずはケーキのローソクからやるよ。」
「裕次郎くんの席は凛の隣ね。」
誕生日パーティーの準備は既に万端で、ケーキには年の数だけローソクが立っていた。今
年もみんなに祝われ、実に幸せな誕生日だなあと思いながら、平古場はケーキの前に座り、
ローソクを吹き消す準備をする。
「じゃあ、歌うよー。」
『せーの・・・』
ハッピーバースデーの歌を歌ってもらった後、平古場一息でローソクの火を吹き消す。
「誕生日おめでとう、凛。今年もたっくさん仲良くしてな。」
「もちろんさー。ありがとな、裕次郎。」
家族と一緒に自分の誕生日を祝ってくれたことにお礼を言いながら、平古場はここ一番の
笑顔で甲斐に笑いかける。暖かい春の日に生まれた平古場は、今年もたくさんの人とひな
人形に祝われながら、一つ年を重ねるのであった。

                                END.

戻る