Quarter of Cat 〜その5〜(散歩)

だいぶ春めいて来た4月のある日。宍戸は跡部の部屋の窓から外の景色を眺めていた。
「どうした?何か面白いもんでもあるのか?」
「面白いもんっつーより、綺麗なもんかな?最近、いろんな花が咲いてきてるじゃん。桜
はもう散っちまったけどよ。」
「あー、確かにそうだな。」
「こっから見ててもいろいろ見えるからさ、結構面白くて。」
花が咲けば当然虫や何かも出てくる。そんなものを見つける度に宍戸の尻尾はピクピクと
動いていた。
「亮。」
「何だよ?」
「今日は天気もいいし、散歩にでも行ってみるか?」
「本当か!?」
宍戸があまりにも楽しそうに外を眺めているので、跡部は外に連れ出してやりたくなった。
普段は耳と尻尾の問題があるので、最低限しか外には連れ出さないがこんな日は出かけて
みたくもなる。
「でもさ、これどうする?耳は隠せるとしても尻尾は隠せないぜ。」
「俺に任せときゃ問題ねぇ。」
そう言いながら、跡部はタンスの中から黒い帽子と尻尾を出すことの出来る穴の開いたズ
ボンを取り出した。その黒い帽子には耳がそのままの形で入る突起のようなものがついた
デザインになっている。
「ほら、これ履いて、この帽子つけてみろよ。」
これじゃあ、バレバレじゃんと思いつつも、宍戸はズボンを履き替え、帽子をかぶってみ
る。案の定、耳があるのはバッチリ分かるし、尻尾も隠せるはずがなかった。
「景吾ー、これじゃあ、耳があるのも尻尾があるのもバレバレだぜ。」
「いや、そんなことはないぜ。実際こういう帽子があるわけだし、こういうデザインの帽
子をかぶってるんだな程度にしか思われねーよ。尻尾もこの帽子に合わせたアクセサリー
ってことにしちまえば、全く問題はないと思うぜ。」
確かに帽子が猫耳をイメージしたデザインになっているのだから、その下に本当の猫耳が
あるとは誰も思わないであろう。尻尾もファッションとしてつけていると思えば、何の違
和感も生まれない。それなら大丈夫かと思い、宍戸はそれで納得する。
「じゃあ、これで散歩行っても大丈夫だよな?」
「ああ。絶対バレねぇ。俺様が保障してやる。」
「よっしゃー!!久々の外出だー。気合入れるぜ。」
何故外出するだけで、気合を入れるのか分からないが、宍戸はとにかく嬉しそうだった。
そんな宍戸を見て、跡部はふっと口元をほころばせる。たまにはいつもと違うことをして
やるのも悪くない。そう思いながら、自分も散歩に行くための準備をし始めた。

外に出るとポカポカ陽気で、まさに散歩日和。道路の脇には色とりどりの小さな花がたく
さん咲いている。
「うーん、やっぱ外はいいな。」
「だいぶ暖かくなってきたからな。」
「何かこういう暖かさだと体動かしたくならねぇ?確かに景吾んちって、運動する場所と
かいろいろあるけどさ、外でやるのってやっぱ違うと思うんだよな。」
冬の寒さが消えたこの気候の中では、宍戸は体を動かしたくて仕方がないらしい。こんな
こともあろうかと、跡部はしっかりある道具を持ってきていた。
「何だったら、ストリートのコートでテニスでもしに行くか?」
「テニス!?おう!!やりたい!!」
「この前、教えるって約束したもんな。」
「そうだぜ。約束したのに景吾なかなか教えてくれないんだもんよ。」
「いろいろ忙しかったからな。せっかく外に出てきたんだ。今日はめいいっぱい教えてや
るぜ。覚悟しとけよ。」
「やったー!!」
跡部にテニスが教えてもらえると、宍戸ははしゃぎまくる。壁うちやサーブの練習などは
本を見て出来るのだが、ちゃんと相手がいてやるのは初めてだ。テニスがどういうものか
知りたいと思っていた宍戸は、テニスコートに着くまでウキウキしながらずっと笑顔のま
まだった。
「着いたぜ。」
ストリートのテニスコートに到着すると宍戸はコートのど真ん中まで走って行く。とにか
く早く始めたいようだ。
「景吾、早くやろうぜ!!」
「ちょっと待てよ。いきなり始めたら、筋肉痛めるぜ。ちゃんと準備運動してからやらね
ぇとダメだ。」
「準備運動って何すりゃいいんだ?」
「屈伸したり、腕回したり、柔軟したり、とにかく筋肉をいったん伸ばしたり、縮めたり
すんだよ。手伝ってやるからこっちに来い。」
「はーい。」
跡部の言うことは聞かないとということで、宍戸は素直に跡部のもとへ戻る。怪我をしな
いように跡部は宍戸に十分準備運動をさせてやった。
「よし、こんなもんだろ。ほら、お前のラケットだ。」
跡部は自分のラケットとは別に宍戸専用のラケットを用意していた。この前、一人で壁打
ちをしているのを見て、宍戸にとって一番使いやすそうなものを買っておいたのだ。
「俺のラケットって、これ景吾のじゃねーの?」
「それはもうお前専用だ。俺様がせっかく買ってやったんだ。素直に受け取っておけ。」
「マジあんがと!!俺、絶対テニス上手くなってやるからな!」
自分専用のラケットをもらい、宍戸は素直に喜ぶ。まだ何も教えてはいないが、跡部は宍
戸がもの凄くテニスが上手くなることを確信した。コートに入るとまずはラリーをしてみ
ようということで、軽く打ち合いをする。壁打ちで遊んでいただけあり、宍戸の球はしっ
かりと跡部の方へと飛んでいった。
「なかなかやるじゃねーの。それじゃあ、次は試合形式でやってみるか?この内側の線よ
り外に出たらアウトだ。」
「それくらい知ってんよ。本で読んだぜ。」
「ルールは理解してんのか?」
「おうよ!実際にはやったことねぇけど、ルールとか基本的な打ち方はバッチリだぜ。」
「それなら問題ねぇな。」
ルールを教える手間が省けたと、跡部は早速実践的な練習に入らせた。本気を出すと宍戸
は当然のことながら敵うはずがないので、少し手加減して打ってやる。しかし、跡部が思
っていた以上に宍戸はテニスの基本をマスターしていた。
「おらあ!!」
「くっ・・・・」
「やりぃ!!今の俺に点が入るんだよな?」
「あ、ああ。」
スマッシュ・エースを決められ、跡部は少々焦る。こんなことで本気を出してはいけない
と思いつつも試合を進めていくうちにだんだんと真剣になってきてしまう。
「俺様の美技に酔いな!」
「うわっ!!」
後半はもう手加減全くなしで、跡部は宍戸と試合をしていた。確かに一方的に攻撃されて
いるように見えるが、宍戸はそれでも必死で球を追い、跡部に返そうとする。だからこそ、
跡部も柄にもなく本気になってしまったのだ。
「ゲームセット。6−3で俺の勝ちだ。」
「ハァ・・・ハァ・・・くっそぉ!!負けたー!!」
「俺様から3ゲームも取れるなんて大したもんだぜ。お前、テニスの才能あるよ。」
「本当か?」
「ああ。しかも初めての試合であれだけ動けてただろ?そんな奴そうそういないぜ。」
「じゃあ、もっともっと練習して跡部に勝てるくらい上手くなってやる!」
試合が終わった後の充実感いっぱいの笑顔を浮かべながら二人は話す。勝ち負けなどはど
うでもよかった。宍戸は跡部とテニスを出来たこと自体を嬉しいことだと思い、跡部も宍
戸が想像以上にテニスが上手かったことが嬉しくて仕方がなかった。これから育ててやれ
ばもっと強くなる。そんな希望を抱きつつ、座り込んでいる宍戸に手を伸ばし立たせてや
る。
「たくさん動いた所為で汗かいちまったからな。ジュースでも飲むか。」
「おう!俺もすっげぇ喉渇いちゃって、カラカラだぜ。」
渇いた喉を潤すために跡部は自動販売機でジュースを買った。もちろん宍戸の分もだ。ジ
ュースを飲みながら、二人はベンチへと向かう。ベンチに腰かけていると、春らしいさわ
やかな風が二人の熱くなった体を冷ました。
「はあー、疲れたけど楽しかったー!」
「俺も、久しぶりにあんなに真剣に試合したぜ。」
「いつもは真剣じゃねぇのか?」
「そんなことはねぇけどよ、今日はそれ以上にだ。」
「へぇ、俺って、じゃあ結構強い?」
「まあ、強い部類には入るんじゃねーの?」
「そっか。」
強い部類に入ると言われ、宍戸はニコニコとした表情になる。本当に分かりやすい奴だな
と跡部はそんな宍戸の横顔を眺めていた。
「なあ、景吾。」
「な、何だよ?」
突然宍戸が自分の方を向き、声をかけるので跡部は一瞬動揺してしまう。
「汗かいて、服が濡れて気持ち悪ぃ。シャワー浴びてぇんだけど。」
「あー、それならそろそろ戻るか。また、シャワー浴びてから他のとこ出かけてもいいし
な。」
「そうだな。キレイさっぱり汗を流して、それからまた散歩しようぜ!」
そういうと宍戸はすくっとベンチから立ち上がった。そして、大きく伸びをした後、くる
っと跡部の方を振り返る。
「帰ろうぜ。」
ただそれだけの行動が跡部にはとても魅力的に見えた。伸びをしているときの尻尾の動き、
振り返った時に見せる笑顔、何もかもが可愛くて抱きしめたくなるような衝動にかられる。
しかし、こんなところでそんな突拍子もないことは出来ない。宍戸だって、嫌がるだろう。
必死でそんな衝動を抑えながら、跡部はゆっくり立ち上がった。帰ろうと歩き出すと宍戸
は跡部をじっと見ながら立ち止まっている。
「どうした?亮。」
「あのさ、景吾・・・・」
「何だ?」
何故だか立ち止まっている宍戸は、頼みたいことを言えずにもじもじしていた。跡部はそ
んな宍戸を不思議な顔で眺める。
「言いたいことがあるならちゃんと言えよ。」
そう跡部が言うと、宍戸は黙って右手を差し出し、恥ずかしそうに跡部の顔を見る。
「手、繋いで欲しいんだけど・・・」
赤くなりながら上目遣いでこんなことをお願いされ、跡部は完璧に落ちた。いつもなら平
気なのだが、今回の宍戸は可愛すぎる。しばらく正気を失ったかのようにぼーっとしてる
と宍戸が困ったような顔で声をかけてきた。
「やっぱ、ダメか?」
その声にハッとなり、跡部は差し出された手をきゅっと握る。手を繋いで欲しいと宍戸か
ら言ってきたのだ。断るはずがない。
「いや、全然オッケーだぜ。家に着くまで繋いでてやるよ。」
跡部に手を握ってもらえると宍戸は口元を上げた。そして、照れ笑いをしながら跡部の手
を握り返す。
「へへへ、サンキューな。景吾。」
「べ、別に礼を言われるほどのことじゃねーよ。」
その笑顔に再びノックアウト。赤くなる顔を見られないように目線を逸らし、早足で歩き
出す。ただ散歩に来ただけなのに、ここまでドキドキするとは思わなかった。しかし、そ
んなことも嬉しくて、思わず顔が緩んでしまう。左手に自分よりいくらか高い体温を感じ
ながら、跡部は花の咲く小道を家に向かって進んでゆく。
「景吾。」
「あーん?」
「また後で一緒に出かけような。」
「ふっ、そうだな。」
心が躍る暖かな春の日。二人の散歩はこれだけでは終わらないようだ。

                                END.

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