「生物委員会の節分」の段

「よーし、みんな豆は持ったかー?」
『持ちましたー!!』
生物小屋の前で、竹谷は鬼のお面をかぶり、生物委員会の一年生にたくさんの豆を持たせ
た。今日は節分なので、豆まきをしようというのだ。
「あれ?孫兵は豆持ってないみたいだけど。」
「ぼくはいいです。ぼくの分の豆は一年生に渡しました。」
「竹谷先輩、早く始めましょうよ〜。」
「豆まき早くしたいですー。」
「ああ、そうだな。んじゃ、始めるか。」
そう言うと、竹谷は一年生に豆を投げてもよいぞという合図を出す。早く豆まきがしたか
った一年生達は、実に楽しそうな笑顔で竹谷に豆を投げ始めた。
『鬼はー外ー!!福はー内ー!!』
一年生が投げた豆は全部は竹谷には当たらず、当たる前に地面に落ちるものもあった。そ
んな中、竹谷は当たると物凄く痛いと感じる豆があることに気づく。
「うわっ、痛って!!何か当たるとすごい痛い豆があるぞ!」
「豆は全部同じだと思いますけど。」
豆を用意していたのは竹谷であるし、それが全て同じものであると孫兵は知っていた。そ
れならば何故と、首を傾げて竹谷に豆を投げている一年生を見ていると、あることに気づ
く。皆同じように投げているのだが、妙に勢いよく飛ぶ豆がある。どういうことだろうと
その勢いのある豆の放たれた元を辿ってみると、その豆を投げていたのは虎若だった。
「ちょっ、待っ・・・痛い痛い!!マジで何だこれ!?」
「たぶんそれ、虎若が投げてる豆だと思いますよ。」
「へっ!?」
「あー、虎若は火縄銃使うために毎日筋トレしてるもんね。」
「うん!早く照星さんみたいになりたいからね!」
三治郎と虎若の話を聞いて竹谷は納得する。が、話が分かったところで、投げられた豆が
痛いのは変わらない。虎若の投げた豆をよけようとするものの、勢いがあるせいか他の豆
より当たる確率が高くなる。
「竹谷先輩、よけないで下さい!」
「全然当たらないじゃないですか。」
「いや、だって、虎若の投げたのマジで痛くて。」
「やっちゃえ、虎若!!」
「よしきた!鬼はー外ー!!福は内ー!!」
「ぎゃー!!」
『あははは、鬼は外ー!!福は内ー!!』
虎若を中心に、手に持っている豆がなくなるまで豆まきは続けられる。楽しそうにしてい
る一年生と痛がりながらもしっかりと鬼役をしている竹谷を見て、孫兵はクスクス笑う。
たまにはこういう委員会活動もいいなあと思いながら、豆まきが終わるまで一年生と竹谷
をずっと眺めていた。
「よし、これで今日の委員会は終了!!解散!!」
『お疲れ様でしたー!!』
豆まきが相当楽しかったようで、いつもなら委員会活動が終わった後はへとへとな表情の
一年生が全員笑顔で帰っていった。竹谷自身はへとへとであったが、一年生が楽しかった
ならよかったと実に満足気な表情で、一年生を見送る。
「ぼくはみんなに餌をあげなきゃいけないので、竹谷先輩は先に戻っていいですよ。」
「いや、それは俺も手伝う。本当ならそっちしなきゃいけないのに、委員会活動豆まきに
しちゃったからな。」
「でも、あんなに豆ぶつけられて走り回って、疲れてるんじゃないですか?」
「五年生になりゃあんなのへでもない。確かに虎若の豆は痛かったけどな。」
問題ないと笑いながら竹谷は孫兵と共に生物小屋へと入る。今日は自分一人でペットの世
話をしなければと思っていた孫兵は、竹谷も一緒に世話をしてくれるということを聞いて
嬉しく思っていた。
「孫兵こそ、豆まきしなくてよかったのか?一年生、すごい楽しそうだったぞ。」
「ぼくはいいんです。」
「何でだ?豆まき嫌いなのか?」
「何ていうかその・・・『鬼は外』って言うの嫌なんですよね。」
困ったような笑顔で孫兵はそう答える。まさかそんな理由だと思っていなかった竹谷は、
少し驚いたような顔で孫兵を見た。
「鬼って、基本的には人に嫌われてるっていうか、あんまりいいものに思われてないじゃ
ないですか。ぼくは大好きですけど、ぼくのペットも他の人からはあんまりいいように思
われていないのは分かってるんで。そんな鬼に『鬼は外』っていうのは、ぼくのペットに
出てけみたいに言ってるように思えて、あんまり言いたくないんですよね。」
「なるほどな。孫兵はアレだな・・・」
「何ですか?」
「すごい優しいな。」
「へっ!?」
そんなことを言われるとは思っていなかったので、孫兵は餌をあげている箸を落とし、照
れたように顔を赤く染める。慌てて箸を拾い上げると、恥ずかしさを誤魔化すかのように
もくもくと餌やりを再開しながら、竹谷に言葉を返す。
「そ、そんなことないですよ。鬼と自分のペットを重ね合わせちゃうってのも、あんまり
よくないことだなって思いますし。」
「でも、俺はやっぱり鬼にも外に出て行けなんて言いたくないって孫兵は、すごく優しい
奴だなと思うけど。毒があろうが、他の奴から嫌われていようが、孫兵はどんな生き物に
も同じように優しいじゃん。それってすごくいいことだと思うぞ。」
竹谷が何のお世辞もなしに、心からそう言っていることが分かるので、孫兵はますます恥
ずかしくなってしまう。しかし、嬉しいと思うのも間違いない。この嬉しさをどう竹谷に
伝えようかと思っていると、鬼繋がりである案が思い浮かんだ。
「た、竹谷先輩・・・」
「どうした?」
「餌やりが終わったら、ちょっと時間いいですか。」
「別に構わないぞ。」
「ぼくも鬼的な遊びをしたいなあと思って。」
「豆まきじゃなくてか?」
「はい。あ、でも、竹谷先輩にはさっきと同じように鬼役をやってもらいたいです。」
「お、おう。」
何をするかは分からないが、孫兵が自らしたいと言っているのだ。それを断る理由はない。
全てのペットの餌やりが終わると、竹谷はくるっと孫兵の方を振り返る。その瞬間、突然
目の前が真っ暗になった。
「うわっ!!ま、孫兵っ!?」
「竹谷先輩は鬼なので。」
「えっ!?えっ!?」
「ぼくを捕まえてください。」
竹谷の目の前が真っ暗になった理由は、孫兵が自分の頭巾を使って目隠しをしたためだ。
目隠しをされて、捕まえてと言われ、孫兵がしたいと言っていた遊びが『目隠し鬼』だと
竹谷は気づく。
「えーと、目隠し鬼ってことで合ってるか?」
「はい。あ、足元にはぼくの大事なペット達がいるんで、踏まないように、籠を倒さない
ように気をつけて下さいね。」
(難易度高ぇー!!)
「鬼さんこちら、手のなる方へ。」
そんな言葉と共に孫兵は手をならす。孫兵がいるおおよその場所は特定できるが、生き物
のたくさんいるこの場所を目隠しをしたまま歩くのは至難の業だ。
(忍者としては目隠しされたまま動けないなんてのはありえないんだけど、もし万が一に
でも孫兵のペットを踏み殺しちゃったりなんかしたら・・・う、動けねぇ。)
「鬼さんこちら手のなる方へ。」
竹谷が動けないでいるのを見ながら、孫兵は足音は立てずに少しずつ竹谷に近づいて行く。
しかし、声と手のならし方はまるでだんだん離れているかのような音にしていく。
「孫兵、これ、かなり難しいぞ!」
「五年生なら余裕でしょう?」
「でも、孫兵のペットがどこにいるかまではハッキリ分からないし、足元で動かれたらよ
ける自信ないんだけど。」
「大丈夫ですよ、竹谷先輩なら。」
もともとそうならないように、孫兵は竹谷のそばには近づかないようにペット達に伝えて
おいた。孫兵の言うことを聞いて、ジュンコを始め、外に出ていたペット達は壁側に身を
潜めている。
「ほら、ぼくを捕まえてくれないと、目隠し鬼成立しませんよ?」
「うう、だけど・・・」
竹谷が自分のペットのことを思って動けないでいることなど、孫兵は百も承知だった。そ
れが嬉しくて、孫兵はどんどん竹谷に近づいて行く。しかし、竹谷と話す声は距離を置い
て喋っているようにしている。
(ぼくがこんなに近づいているのにも気づかないなんて、竹谷先輩、本当ぼくのペットの
こと想ってくれているんだな。)
孫兵はもう竹谷の目の前までやってきていた。目隠しをされながら、竹谷は孫兵ではなく
孫兵のペットがどこにいるか必死で気配を探ろうとしていた。孫兵を捕まえられないこと
より、孫兵のペットを傷つけてしまうことの方が、孫兵を悲しませるということを竹谷は
理解していたからだ。
「ま、孫兵、俺、降参していいか?」
「ダメですよ。ちゃんとぼくを捕まえて下さい。」
「でも・・・」
あまりに必死な竹谷にさすがにそろそろ許してあげようと、孫兵は今自分がいる位置をし
っかり竹谷に知らせることにする。今までは遠く離れたところから声を出しているように
演じていたが、触れられそうなほど近くにいる今、孫兵はハッキリと竹谷の耳元で囁いた。
「鬼さんこちら、手のなる方へ・・・」
「っ!!??」
離れた場所にいると思っていた孫兵の声がすぐ耳元で響き、竹谷は心臓が止まりそうな程
驚く。息のかかかる感触、そして、今まで気づかなかったが意識した瞬間感じた孫兵の気
配。すぐ目の前に孫兵がいると分かったが、あまりに驚いたために竹谷は固まってしまっ
ていた。
「どうしたんですか?ぼくのいる場所、分かるでしょう?」
「え、えっと・・・」
「捕まえて下さい。」
普通の声で話し、孫兵はさらにハッキリと自分の位置を知らせる。その言葉にハッとした
竹谷はすぐ目の前にいる孫兵を捉えるかのように腕を伸ばし、ぎゅっと抱きしめるように
孫兵を引き寄せた。
「あーあ、捕まっちゃいました。」
「ま、孫兵・・・?」
いまだにドギマギしている竹谷の目隠しを外してやり、孫兵はすぐ側にある竹谷の顔を見
つめて、ニコっと笑ってみせる。
「ぼくの負けです。」
「完全に俺の負けな気がするけど・・・って、随分嬉しそうだな。」
「やっぱり竹谷先輩はぼくのこと分かってくれているなーと思いまして。」
「そ、そうか?」
「はい!」
「まあ、孫兵がそう言うなら・・・」
「ジュンコー、もう出て来てもいいよー。みんなも出ておいで。」
孫兵の呼びかけに、壁の陰に隠れていたペット達が顔出す。孫兵の周りにわらわらと集ま
ってくるペット達を見て、やっと竹谷は自分の足元に孫兵のペット達が端からいなかった
ことに気づく。
「あ、嘘ついたな!孫兵!!」
「これでも忍者の卵ですから。でも、竹谷先輩はぼくの言葉を信じて、ぼくのペット達を
傷つけないようにって、動かないでいてくれたんですよね?」
「そ、そうだけど・・・うわー、孫兵にしてやられた!」
「あはは、でも、ぼくはそれがすっごく嬉しかったです!竹谷先輩はやっぱり優しいです
ね!」
すっかり孫兵に騙されたと、少々へこむ竹谷であったが、あまりにも孫兵が嬉しそうに笑
っているので、まあいいかと思ってしまう。しかし、このままでは少し悔しいので、孫兵
を抱いている腕の力を強め、ぎゅうっと強く抱きしめた。
「わっ・・・た、竹谷先輩、苦しいです。」
「俺を騙した仕返しだ。」
「・・・でも、竹谷先輩、すごい心臓ドキドキしてますよ?」
「なっ!?」
密着度が高まったために、竹谷の心臓の音はかなり速くなっていた。ゼロ距離な状態では
それが如実に孫兵に伝わるわけで、そのことを指摘され、竹谷の顔は赤く染まる。
「あと、こんなに強く抱きしめられたら、ジュンコ達がヤキモチ焼きます。」
「ヤキモチ上等。俺だって、孫兵のこと好きなんだから。」
「うっ・・・そ、そんなにハッキリ言われると、ちょっと恥ずかしいです。」
孫兵の顔も真っ赤に染まり、どちらの顔もまるでジュンコのように赤くなっていた。しば
らく孫兵のことを離さないまま、竹谷は喋り続ける。
「孫兵は本物の鬼が出ても、何か手懐けそうだよな。こんなに毒のあるペットに好かれて
るわけだし。」
「竹谷先輩だって、そうじゃないですか。でも、竹谷先輩はぼくが連れて来た鬼も、みん
なまとめて面倒みてやる!みたいな感じがします。」
「あはは、確かにそうかもな。孫兵が鬼を手懐けて、俺はそれの面倒を見るって、何気に
俺ら最強じゃねぇ?」
「ですね。怖いものなしですよ。」
そんなことを言いながら二人は同時に吹き出す。しばらく笑った後、二人はゆっくり離れ
た。
「さてと、そろそろ戻るか。」
「そうですね。」
「孫兵は節分ちゃんと楽しめたか?」
「はい。目隠し鬼、すごく楽しかったです。負けちゃいましたけどね。」
「節分は目隠し鬼する日じゃねぇけどな。まあ、孫兵が楽しめたならいいさ。」
「竹谷先輩はどうなんですか?鬼ばっかりやらされて、つまらなかったですか?」
「そんなことあるわけねぇだろ。俺も・・・うん、すごい楽しかった。」
「それならよかったです。」
豆まきや目隠し鬼をして、どちらも今日はとても楽しかったと、満足そうな笑顔で生物小
屋を出る。まだまだ寒い季節であるが、暦の上では明日からは春になる。楽しい節分を過
ごし、良い気分で春が迎えられそうだと、二人はそろって忍たま長屋に向かうのであった。

                                END.

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