滝や鳳と別れた跡部と宍戸は、氷帝城に帰ってきた樺地とジローと共に城の裏にある山へ
出かけることにする。せっかくの外出だということで、四人は外出着に着替え、樺地は山
の上で食べようと、お菓子を作った。
「よし、じゃあ出発するか。」
「おう!!」
「ウス。」
「おー!!」
仕事以外での外出は、ジロー以外は久しぶりなので、かなり楽しみだと全員胸を躍らせて
いた。城の裏にある山は、もともと氷帝城の領地なので、ピクニック的なことをするには
最適な場所だ。これから山を登るといったところで、あれほど元気であったジローが駄々
をこね始める。
「えー、こんな道歩くの〜?」
「ここ歩かなきゃ山の上には行けねぇだろ。」
「無理〜。樺地、おんぶしてー。」
「わがまま言うなよ、ジロー。」
跡部や宍戸の言葉に聞く耳を持たず、ジローは樺地におんぶをねだる。特に断る必要もな
いと、樺地はジローに頼まれるまま、ジローをおぶった。
「ありがとう、樺地!」
「ウス。」
「樺地、あんまジロー甘やかすなよ。」
「まあ、進めなくなるのも面倒だし、とりあえずはいいんじゃねの?なあ、樺地。」
「ウス。」
とにかく早く進もうと、跡部は樺地がジローをおぶうのを容認する。しばらくそのまま山
道を歩いていると、樺地におぶわれているジローは眠ってしまった。
「全くジローはしょうがねぇなあ。」
「本当だよな。」
眠ってしまったジローを見て、跡部と宍戸は苦笑をしながらそんなことを言う。ジローの
わがままにも樺地は嫌な顔一つせず、黙々と歩きにくい山道を進んでいった。
半刻ほど歩くと、山の頂上へ到着する。見晴らしのいい頂上には、一本の大きな木があり、
四人はその下で、一休みすることにする。
「樺地、ここに持って来た敷物を敷け。」
「ウス。」
「俺も手伝うぜ。」
眠っているジローを一旦下ろし、樺地は持って来た敷物を大きな木の下に敷く。宍戸も樺
地を手伝い、大きな敷物を敷いた後、お茶セットやお菓子をその上に並べた。
「結構色々持って来たんだな。」
「ウス。」
「んー・・・あれ?もう着いたの??」
「着いたのじゃねぇよ。全く。」
先程とは少し違う雰囲気を感じ取ったのか、ジローは目を覚ます。そんなジローにつっこ
みを入れつつ、跡部は樺地が持って来たお菓子を見た。
「へぇ、今日はうさぎの形の饅頭と花の形をした上菓子か。さすが樺地だな。美的センス
抜群だ。」
「本当だ!すげぇな!!」
「・・・ウス。」
跡部と宍戸に自分の作った和菓子を褒められ、樺地は少々照れる。樺地の作った和菓子に
感嘆の声を漏らす二人であったが、先程滝や鳳とお茶をしたばかりであるため、それほど
お腹は空いていなかった。
「んー、すっごい綺麗で可愛くて美味そうだと思うんだけど・・・・今、あんまり腹減っ
てねぇんだよな。」
「えー、こんないっぱいお菓子があるのに?」
「さっき、滝と鳳と茶しちまったんだよ。悪いな、樺地。もう少ししたら食わせてもらう
ぜ。」
「ウス。」
「もったいないなあ。なら、俺がいっぱい食べちゃうもんねー!!」
ジローは特に何かを食べてきたということはないので、お腹は空いていた。こんなにお菓
子がいっぱいあるのに食べないなんてもったいないと、ジローは跡部や宍戸の分までがつ
がつ食べる。
「んー、超おいCー!!この舌でとろける感じがたまんないね!!」
ぱくぱくと口にお菓子を頬張るジローに、樺地はお茶を入れる。跡部や宍戸にも入れた後、
自分でも作ってきたお菓子を口にした。
(うん、今日のはバッチリだな・・・)
「お茶もちょうどいい温度と濃さで、すっごい美味しい!!樺地天才だな!!」
今日のお菓子は特に上手くいったと思っていると、ジローがテンション高くそんなことを
言ってくる。跡部と宍戸に褒められて嬉しいと思っていたが、ジローに褒められるとそれ
とはまた違う嬉しさが込み上げてくる。
「樺地は手先も器用だし、料理も上手だし、すごいよな!!こんな可愛いくて美味しいお
菓子、樺地じゃないときっと作れないな!!」
「ありがとう・・・ございます。」
さらに褒めるジローに樺地はお礼の言葉を返す。
「おお、樺地がウス以外の言葉喋ってる!」
「そりゃ喋るだろうよ。まあ、確かに滅多に喋らないけどな。」
樺地が『ウス』以外の言葉を喋ったと、宍戸は驚いたような声を上げる。そんな宍戸に跡
部も確かに珍しいというニュアンスを含めながらつっこんだ。跡部と宍戸がほとんど手を
つけないので、ジローはお腹いっぱい樺地の手作りお菓子を食べる。存分にお菓子とお茶
を堪能すると、ジローはすくっと立ち上がった。
「ちょっとそのへん散歩してこよーっと。」
「あんまり遠くに行って、寝るんじゃねぇぞ。」
「分かってるって。」
跡部の注意を軽く聞き流しながら、ジローは辺りを散歩し始める。遠くに行ってしまわな
いように注意するのは、ジロー自身ではなく樺地であった。どこかに行ってしまってもす
ぐに見つけられるように樺地はジローを気にかける。
(大丈夫・・・まだ見える場所に・・・・)
「おい、樺地。」
「ウス。」
「お茶のおかわりくれねぇか?」
「ウス。」
ふと跡部に声をかけられ、樺地はジローから目を離す。跡部にお茶のおかわりを注ぎ、も
う一度ジローの方へ目をやろうとする樺地であったが、そこにはもうジローの姿はなかっ
た。
(あれ・・・?どこ行っちゃったんだろう。)
見失ってしまったと、辺りをキョロキョロ見回していると、自分達のいる場所の真後ろの
茂みからジローは姿を現した。そして、パタパタと走りながら、元いた場所へ戻ってくる。
「見て見て、樺地!!向こうで綺麗な花見つけた!!」
少し大きな花を持ってジローは樺地に駆け寄る。そして、持っているその花を樺地に差し
出した。
「さっきのお菓子のお礼に樺地にあげる!!」
赤みがかったピンク色の花を受け取り、樺地は先程と同じようにお礼の言葉を口にする。
「ありがとうございます・・・」
何の花だろうと、その花に目を落とすと、樺地の胸はトクンとときめいた。ジローの持っ
てきたその花は『昇藤』。花言葉は「あなたは私の心に安らぎを与える」「いつも幸せ」と
いったようなものであった。一度本を読めば大抵のことは覚えていられる樺地は、花言葉
の書かれた植物の本を読んだことがあり、その花の花言葉も覚えていた。しかし、ジロー
がそんなことを知るはずもない。そうであっても何だか嬉しいなあと思っていると、ジロ
ーがふと口を開いた。
「いつも幸せ、あなたは私の心に安らぎを与える。」
「えっ・・・?」
「だろ?その花の花言葉。」
ニッと笑いながら、そう言ってくるジローに樺地はドキッとしてしまう。何故知っている
のか、そう口にしそうになったところで、ジローが言葉を続けた。
「樺地が花言葉の本読んでたときに、俺もちょっと見てたからさ。俺、結構記憶力はいい
んだぜ。」
「・・・・・。」
「あってるよな?花言葉。」
「ウス。」
「へへへー、だからそれは俺の気持ち。いつもありがとうって気持ちも込めて。」
まさか知っていて持って来たとは思っていなかったので、樺地は無駄にドキドキしてしま
う。ニコニコと笑うジローともらった花を交互に見ながら、樺地は胸の奥が温かくなって
いくのを感じていた。
ジローと樺地がそんなやりとりをしている横で、宍戸は透明なビンを見つける。中に入っ
ているものも透明で、宍戸はそれが何なのか分からなかった。
「跡部、これ何だ?」
「アーン?ああ、それは水あめだ。」
「へぇ、水あめか。聞いたことはあるけど、見るのは初めてだ。」
甘くて美味しいと評判の水あめを宍戸は食べてみたいと、そのビンのふたを開けようとす
る。しかし、かなりきつく閉まっているようで、なかなか開けることが出来ない。
「うーーっ!!」
力を込めて思いきり引っ張ると、ポンっと勢いよくふたが開いた。ふたが開いたと同時に
中に入っていた水あめは派手に飛び散った。
「うわっ、こぼしちまった。」
「何してんだよ?」
「だってよぉ・・・」
飛び散った水あめは、宍戸の顔、手、太ももにベッタリとついていた。
「うー、ベタベタするー。」
ベタベタすると困り顔の宍戸の手を取り、跡部はそれをペロッと舐めた。
「ぎゃあ!!何やってんだよ、跡部!!」
「何やってるって、もったいねぇだろ。」
「もったいないなら、自分で食べるからいい!!」
文句を言う宍戸の言葉に聞く耳を持たず、跡部は手や太ももについた水あめをペロペロと
舐め、綺麗にしていく。指先やむき出しになっている足を舐められる感覚に、宍戸はゾク
ゾクしてしまう。
「俺が食べたいと思って開けたのにー。」
ゾクゾクする感じを我慢しながら、宍戸がそんなことを言う。そんな宍戸の言葉を聞いて
跡部は、既にふたの開いているビンから自らの指で水あめを掬い取り、それを宍戸の口元
へ持って行った。
「ほら、食べりゃいいだろ。」
「うっ・・・んむっ・・・・」
半強制的に口に指を入れられ、宍戸は跡部の指についた水あめを舐める。その瞬間口の中
に広がるのは、とろけるような優しい甘さ。これは美味しいと、宍戸はあむっと跡部の指
をしっかり咥えた。
「どうよ?」
「ぷはっ・・・激美味い!!」
「だろ?ほら、もっと食べていいぜ。俺はこっちのを食うからよ。」
そう言いながら、跡部はたっぷりの水あめを掬い取り、もう一度宍戸の口へ運ぶ。それと
同時に跡部自身は宍戸の顔についた水あめを舐めた。
(食べさせられ方はさておき、この水あめマジ美味いぜ!腹いっぱいだけど、全然食べれ
ちまうな。)
あむあむと夢中になって跡部の指を舐める宍戸と動物のように宍戸の頬を舐める跡部。そ
んな二人を見て、ジローは思わずつっこみを入れる。
「二人とも行儀悪いし、なんかエロエロだCー。」
「ウス。」
ジローの言う通りだと、樺地も頷いた。そんなつっこみを受けて、宍戸は跡部の指から口
を離し、顔を赤く染める。
「エロエロって何だよ?」
「見たまんまの感想を言っただけだよ。」
「そんなことねぇし。もし、そう見えるんだったら、跡部の所為だろ?跡部が変な食べさ
せ方するから・・・」
「でも、宍戸、夢中になって跡部の指舐めてたじゃん。」
「うっ、それはだってよ・・・水あめ激美味いから・・・」
自分の所為じゃないと言い訳をしている宍戸を見て、跡部は何となく可愛いなあと思って
しまう。もっと宍戸の可愛らしい顔が見たいと思った跡部は、悪戯っ子のような笑みを浮
かべながら、あることをしてやろうと考えた。
「宍戸。」
「へっ・・・?」
今度は指で掬った水あめを自分の口へ運び、跡部はそのままそれを宍戸の口へと移す。甘
い味が口いっぱいに広がるのと同時に感じる跡部の舌の感触。そんなことをされ、どうし
ていいのか分からず、宍戸の抵抗するのも忘れてしまう。
「んむ・・・んんん・・・・」
水あめの味がなくなったところで、跡部は宍戸の唇から自分の唇を離す。恥ずかしさと口
の中の甘さと図らずとも感じてしまう気持ちよさに、宍戸は息を切らせながら、跡部に文
句を言った。
「ぷはっ・・・ハァ・・・な、何・・・ハァ・・・しやがるっ!!」
「何って、お前が美味い美味いって言ってる水あめを食べさせてやっただけだぜ?」
「ハァ・・・もう信じらんねぇ・・・・」
顔を真っ赤にして、息を乱しながら喋る宍戸を見て、ジローはからかい口調で思っている
ことを口にした。
「エロエロなのは宍戸の所為だな。」
「なっ!?ち、違っ・・・」
「ウス。」
「樺地まで!?そ、そんなことねぇ!!」
「いやー、そんなことあるでしょ。ていうか、水あめなんかより、跡部と宍戸の方がよっ
ぽど甘々だよね〜。」
「ウス。」
「〜〜〜〜〜〜っ。」
ジローと樺地のかけあいに宍戸は色々な気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり、もう何も言い返
せなくなってしまう。ジローと樺地が予想外に煽ってくれるおかげで、宍戸の可愛い顔が
よりたくさん見れると、跡部は特に何も言わず、怒ったり、困惑したり、恥ずかしがった
りとコロコロ表情の変わる宍戸をにやけながら眺めていた。
「宍戸、顔真っ赤赤ー。リンゴみたいになってるC−!」
「う、ウルセー!!お前らの所為だろ!!」
「滝達と茶を飲んでるときにも言ったけどよ、お前忍者のくせに感情素直に出しすぎだぜ。」
「別に今は仕事してるわけじゃねぇんだから、いいんだよ!!」
「ま、俺はそんなふうにコロコロ変わるテメェの顔は好きだけどな。」
「お、お前がそういうこと言うから、こうなっちまうんだろ!!」
跡部の言葉にいちいち反応する宍戸を見て、やっぱり宍戸も跡部が大好きなんだなあとジ
ローと樺地は顔を見合わせて笑う。そんなラブラブムードの漂う雰囲気の中、四人は山の
上でのピクニックを楽しんだ。
赤い夕日が向こうの山の端に沈み始めるくらいの時間になると、四人は帰る準備をし始め
る。夜の山は灯りがほとんどない。早く帰らないと下山するのが大変になってしまうと、
跡部、宍戸、樺地の三人は広げていたものを片付けた。遊び疲れたジローはいつも通り、
ぐっすりと眠ってしまっていた。
「やっぱりジロー寝ちまったな。」
「起きてた方なんじゃねぇの?ジローにしては。」
「ウス。」
「また、樺地がおんぶして帰んなきゃなのか。大変だな、樺地。」
宍戸の言葉に樺地はいつものようには頷かず、小さく首を振った。ジローをおぶって歩く
のは全く苦ではない。むしろ、堂々とふれあえる機会が増えると、樺地は心の中でジロー
をおぶえることを嬉しく感じていた。
「忘れ物はねぇな。」
「大丈夫じゃねぇ?ちゃんと確認したし。」
「ウス。」
樺地はジローを背負い、宍戸は空っぽになったお菓子の入っていた箱を持つ。特に何も荷
物を持っていない跡部は、宍戸に向かって右手を差し出した。
「ん?何だよ?荷物でも持ってくれるのか?跡部にしては珍しいな。」
「アーン?何勘違いしてやがる。荷物なんて持つわけねぇだろ。ほら、さっさと左手出せ。」
「左手?」
「荷物は右手で持てんだろ。」
よく分からないがとりあえず跡部に言われた通り、宍戸は左手を跡部に向けて差し出す。
出された宍戸の左手を跡部はしっかりと握った。
「手繋ぎてぇなら、素直にそう言えばいいじゃねぇか。」
「繋ぎてぇなんて言う必要はねぇよ。テメェに拒否権はねぇんだからな。」
「全く、どんだけ俺様なんだよ?ま、断るつもりもねぇけどな。」
城主らしい自分勝手な跡部の言い分に、宍戸は苦笑しながらも跡部の手を握り返す。
「さっさと帰らねぇと、日が暮れちまうな。行くぞ。」
跡部の言葉に宍戸も樺地も頷き、自分達の城に向かって歩き出す。気の置けない仲間との
充実した時間を過ごした四人は、大きな満足感を感じながら夕焼け色に染まった山道を歩
く。樺地はジローと、跡部は宍戸と、互いに触れている部分からぬくもりを感じ合う。そ
んな何気ない幸せを感じながら、四人はふっとその口元に笑みを浮かべるのであった。
戦国の世に生きる彼らは、命がけの仕事と穏やかな時間の狭間で、想い人や仲間と共にか
けがえのない日々を過ごすのであった。
END.