キラキラとしたイルミネーションが輝く街中を義丸と鬼蜘蛛丸は歩いていた。今日はクリ
スマス・イブ。クリスマスムード全開の街を歩きつつ、二人はケーキ屋に向かう。
「買うのは、ケーキだけでいいのか?」
「ああ。他のはもう準備してあるからな。」
イブの夜を良い感じに過ごそうと、鬼蜘蛛丸は事前に準備を行っていた。料理はもう十分
用意出来ているので、あとはクリスマスケーキだけだ。
「どんなの買う?」
「そうだなー、二人で食べるし、そんなに多くなくていいけど、せっかくだから、ホール
で買いたいよな。」
「じゃあ、これとかどうだ?」
「うん、いいな。大きさもちょうどよさそうだし、クリスマスっぽいし。」
少し小さめのチョコレートケーキを選び、それを買う。特に誕生日ケーキというわけでは
ないが、鬼蜘蛛丸はそのケーキに大きめの蝋燭を一本つけてもらった。
「クリスマスケーキなのに、ローソクつけるのか?」
「ああ。あった方が役に立つと思って。」
「役に立つ?」
ケーキの上にさす蝋燭が何の役に立つのだろうと不思議に思いながらも、義丸はそこまで
深くは追及しなかった。真っ白な箱にクリスマスらしいケーキを入れてもらうと、鬼蜘蛛
丸うきうきとした様子で店を出る。
「随分嬉しそうじゃないか。」
「そうか?」
「クリスマスケーキ買って、そんなに嬉しそうな鬼蜘蛛丸、結構珍しいなと思ってさ。」
「まあ、クリスマス・イブだし、ちょっとは楽しまないとと思ってな。」
鬼蜘蛛丸が嬉しそうにしているのを見て、義丸も何だか嬉しくなる。街中のクリスマスな
雰囲気を十分に堪能しながら、二人は家路を辿った。
海に日が沈んで、しばらく時間が経ってから、鬼蜘蛛丸と義丸は再び出かける。
「もう真っ暗だけど、クリスマスツリーでも見に行くのか?」
今日のこれからの予定は鬼蜘蛛丸が全て考えているので、義丸もどこへ行くのか知らなか
った。
「いや、それじゃつまらないと思ってな。それより義丸、ちゃんと暖かい格好したか?」
「言われた通り、だいぶ厚着したぞ。」
「よし、じゃあ、出発するか。」
だいぶたくさんの荷物を持って、鬼蜘蛛丸は義丸の前を歩く。鬼蜘蛛丸が案内してくれる
なら間違いないと、義丸は素直に鬼蜘蛛丸について行く。暗い道ではあるが、いつも歩い
ている道を通っているので、義丸は鬼蜘蛛丸がどこに向かっているのか気づいた。
「これから海に行くのか?」
「よく分かったな。」
「いつも通ってる道だからな。」
「ちょっと寒いかもしれないけど、悪いようにはしないから。」
「そんなこと言われたら、期待してしまうぞ?」
冗談めいた笑みを浮かべ、そんなことを言う義丸に、鬼蜘蛛丸の顔は赤く染まる。ドキド
キと胸がときめくのを隠しながら、鬼蜘蛛丸はその言葉に答えた。
「べ、別に構わないぞ。」
「えっ?」
「と、とにかく、早く行くぞ!」
照れながら、鬼蜘蛛丸は歩くスピードを速める。そんな鬼蜘蛛丸を義丸は、可愛くて仕方
ないなあといった表情で眺めていた。
「義丸。」
「何だ?」
港に到着すると、鬼蜘蛛丸は義丸に向かってすっと手を出す。いつもは人がいるかもしれ
ないようなところで、そのようなことをするのは嫌がる鬼蜘蛛丸が自ら手を出している。
予想だにしていなかった鬼蜘蛛丸の行動に、義丸の心臓はドキンと跳ねた。
「え、えっと・・・」
「手・・・」
「あ、ああ。」
ドキドキしたまま、義丸は鬼蜘蛛丸の手を握る。かなり寒い気温にも関わらず、鬼蜘蛛丸
の手はかなり熱くなっていた。
「鬼蜘蛛丸の手、すごい温かいな。」
「そ、そうか?」
「こんなに寒いのに。・・・といっても、今のこの状態じゃ、俺もそんなに寒く感じてな
いんだけどな。」
握った手から伝わるお互いのぬくもりに、鬼蜘蛛丸と義丸は寒さも忘れる。そのまま二人
が向かったのは、実習で使われる船だ。真っ暗な道から船に乗り、慣れた手つきで鬼蜘蛛
丸は船を動かし始める。
「こんな時間に船で海に出るのか。」
「まあな。ちゃんと許可は取ってあるから、問題ないぞ。」
「そこまでしてあるのか。さすが鬼蜘蛛丸だ。」
鬼蜘蛛丸の用意周到さに感心しつつ、義丸はだんだんと離れていく港を眺める。港には少
しの光があるものの、沖が近づくにつれ、明かりはどんどんなくなっていく。何も見えな
いほどの暗さにも関わらず、鬼蜘蛛丸はまるで全てが見えているかのように、船を目的地
へと進めていった。
「ここまで来れば十分か。」
「随分沖まで来たな。」
「人工的な灯りは全然ないから、星とかは綺麗だぞ。」
鬼蜘蛛丸に言われ、義丸は雲一つない夜空を見上げる。そこには、息を飲むほどのたくさ
んの星が瞬いていた。
「確かにすごいな・・・」
「今日はここでクリスマスパーティーだ。」
船の甲板に、鬼蜘蛛丸は持ってきた料理やケーキを広げる。さすがにそのままでは暗いの
で、ケーキを買ったときにもらった蝋燭とこのために持ってきた蝋燭に火を灯した。
「おー、かなりいい雰囲気だな。」
「だろ?それに・・・」
「何だ?」
「いや、何でもない。冷める前に早く食べようぜ。」
「ああ。」
冬の澄んだ空気に輝く満天の星空の下、鬼蜘蛛丸の作ったたくさんのご馳走を食べる。温
かな料理に舌鼓を打ちながら、義丸はどうしようもなく幸せな気分になる。
「どれも美味いなあ。鬼蜘蛛丸の作った料理は、本当最高だな。」
「そんなに褒めても何も出ないぞ。」
義丸の言葉に鬼蜘蛛丸は照れたように笑う。蝋燭の淡い光に照らされたその笑顔に義丸は
釘づけになる。
「何ぼーっとしてるんだ?」
「い、いや・・・何でもない。」
「食べ終わったら、ケーキも食べような。」
にっこりと笑い、ご機嫌な様子の鬼蜘蛛丸に、義丸は胸を鷲掴みにされる。このまま抱き
締めていろいろしたい欲求を堪えながら、鬼蜘蛛丸が作った料理を少しも残らず平らげた。
「本当、美味かった。ご馳走様。」
「喜んでもらえたならよかった。」
空になった皿を軽く片付けると、鬼蜘蛛丸はケーキとフォークを出す。そのフォークでケ
ーキをさくっと切ると、義丸の口元に持って行った。
「まずはお前から食べろよ。」
「いいのか?」
「当たり前だろ。ほら。」
アーンとするがごとく、鬼蜘蛛丸は義丸にケーキを食べさせる。ある程度食べさせてもら
うと、義丸はフォークを鬼蜘蛛丸から取り上げる。
「今度は俺が食べさせる番だ。」
「じ、自分で食べれるけど・・・」
「俺だって自分で食べれるさ。でも、鬼蜘蛛丸が食べさせてくれただろ?」
先程の鬼蜘蛛丸と同じように、義丸はケーキを食べさせる。恥ずかしいのかおずおずと口
を開ける鬼蜘蛛丸を見て、義丸は無駄にドキドキしてしまう。食べさせてもらうのは恥ず
かしいが、ケーキは美味しい。義丸が口に運んでくれるまま、鬼蜘蛛丸は甘いデザートを
存分に味わった。
「ご馳走様。」
「ケーキも美味しかったな。」
「おう。」
お腹が満たされると、二人の間に穏やかな沈黙が流れる。次の瞬間、少し強めの風が吹き、
船が揺れる。一瞬バランスを崩した鬼蜘蛛丸の体を支えるように義丸は手を伸ばした。
「大丈夫か?」
「ああ。ありがとう。」
「さすがに風が吹くと寒いな。」
真冬の海の上に吹く夜風は、凍るように冷たい。何も見えない海を見ながら、義丸はそう
呟く。すると、鬼蜘蛛丸ががさごそと鞄の中から何かを出してきた。
バサっ
ひらりと広がったそれは、鬼蜘蛛丸と義丸の体を覆う。風が入らないようにと、義丸に近
づき体に巻いたそれを鬼蜘蛛丸は固定した。
「これなら、暖かいだろ?」
「暖かいけど・・・」
大きなブランケットに巻かれ、鬼蜘蛛丸が触れるほどに近くにいる。あまりの近さに義丸
の心臓はかなり速くなっていた。
「今の時間だとな・・・・」
「ん?」
「漁船も他の船もこの辺りは通らないんだ。」
「ああ。」
「だから、しばらくはこの広い海の上で、俺達は二人きりだ。」
かなりの至近距離で見つめられ、そんなことを言われてしまっては、いろいろと堪えられ
なくなってしまう。ブランケットの下で、義丸は鬼蜘蛛丸の体をぐっと引き寄せ、その腕
の中にしっかりと収めた。
「鬼蜘蛛丸の心臓、すごくドキドキしてるな。」
「お前だってそうだろ。」
「こんなに可愛い顔が目の前にあるんだ。当然だろ。」
大好きな義丸にそんなことを言われ、鬼蜘蛛丸の胸はきゅんとときめく。真っ白な息を吐
きながら、鬼蜘蛛丸は頬を赤く染める。小さく揺れる蝋燭の火に照らされたその顔に引き
寄せられるかのように、義丸はゆっくりと唇を重ねる。
「・・・・っ」
その口づけを待っていたかのように、鬼蜘蛛丸はぎゅっと義丸にしがみつく。唇が触れ、
舌が触れ、とろけるような心地よさが全身を包む。
(ドキドキして、気持ちよくて・・・ヤバイ・・・)
甘い口づけと潮の香り、熱くなる頬を海風が冷ます感覚に、鬼蜘蛛丸の胸は幸せな気分で
満たされる。そう感じるのは鬼蜘蛛丸だけではなかった。義丸も鬼蜘蛛丸と同じくらい、
いや、それ以上に鬼蜘蛛丸と今ここにいる幸せを感じていた。
「ハァ・・・鬼蜘蛛丸。」
「ん・・・義丸・・・・」
唇が離れ、名前を呼ばれる。それだけでもうこのまま時間が止まってしまえばいいと思え
るくらいな気分になる。しかし、一度甘い口づけを味わってしまったら、そう簡単にはや
められない。幾度も幾度も唇を重ね、お互いの存在を確認し合う。空に浮かぶ星だけが見
える海の上で、二人は時間を忘れ、クリスマス・イブの夜を越えた。
日付が変わる時分になって、二人は港へと戻る。夢のような時間を過ごし、少々ぼーっと
した様子で陸に上がる。
「やっぱり海に出てよかった。」
「そうだな。」
「もう日付変わってるよな。」
「ん?ああ。」
時間を確認すると、夜中の12時を少し過ぎたところだ。それを聞いて、鬼蜘蛛丸はにっ
こり笑って、義丸にクリスマスの挨拶をする。
「メリー・クリスマス。」
「あ、ああ・・・メリー・クリスマス。」
今日は本当にドキドキさせられっぱなしだと、義丸は思わずにやけてしまいそうな口元を
押さえる。先程の船の上では、寒さからそこまで進んだことは出来なかったため、義丸は
少々物足りなさを感じていた。
「鬼蜘蛛丸。」
「何だ?」
「その・・・帰ったら・・・」
「ああ、そっか。プレゼントまだだったもんな。忘れてないぞ。ちゃんとプレゼントも用
意してあるから。」
「そうじゃなくて・・・」
ちょっと誤魔化し気味なことを言ってみたが、鬼蜘蛛丸は義丸が言わんとしていることを
理解していた。
「・・・・さっきの続き・・・」
「えっ・・・?」
「・・・うちに帰ったら、してもいいぞ。」
「っ!!」
うつむきつつ、義丸のコートをきゅっと掴んで鬼蜘蛛丸は小さな声で呟く。その仕草も言
葉も義丸をときめかせるには十分すぎるものであった。
(今日の鬼蜘蛛丸可愛すぎだろ。)
「なあ、鬼蜘蛛丸。」
「何?」
「船に誘ってくれてありがとな。最高のクリスマス・イブだったぞ。それから・・・」
腕を引き、義丸は鬼蜘蛛丸を抱き寄せる。そして、ドギマギとしている鬼蜘蛛丸の耳元で
囁いた。
「クリスマスもずっと二人っきりで過ごそうな。」
その言葉が嬉しくて、そこまで顔には出さないが鬼蜘蛛丸は黙って頷いた。帰ってからも
帰るまでも今までも、ずっと義丸と二人っきりでいられる。鬼蜘蛛丸はそれが嬉しくて仕
方なかった。
「義丸。」
「どうした?」
「早く帰ろう。」
「ふっ、そうだな。」
船での余韻に浸りながらも早く家に帰りたいと鬼蜘蛛丸は義丸を急かす。これからのこと
を考えると、楽しみで仕方ない。二人で過ごす幸せなクリスマス。寒さなど感じさせない
ような雰囲気で、二人は晴れ渡った冬空の下を歩き始めた。
END.