真っ赤な夕焼けの光が窓から差し込み、ジローは眩しくて目を開けた。学校から帰ってき
てすぐにベッドに倒れこんで眠ってしまったため、ついさっきまで夢の中だったのだ。
「ふあ〜、もう夕方か。」
眠い目をこすり背伸びをして目を覚まそうとする。制服のまま眠ってしまったので、もっ
と楽な服に着替えようとゆっくりとベッドから下りた。タンスを開け、そこからラフなパ
ーカーとジーパンを出して着替えると、ジローはふと机の下に目をやった。そこにはジロ
ーの好奇心というか子供心をくすぐるとあるものが落ちている。
「へぇー、こんなのまだ残ってたんだ。」
ジローはそれを拾い上げた。そして、それをしばらく眺め、どうしようかと考える。と、
突然ジローの顔がパッと明るくなった。
「そうだ!!」
鞄の中から携帯電話を取り出し、メールを打ち始める。そんなに長い文章ではないのだが、
これから起こると思われることが楽しみで、心が躍り、指が思うように動かない。何度も
読み直して、文がおかしくないかを確認すると送信ボタンを押した。
「よーし、送信♪」
返事が返ってくるのを期待しながら、ジローは手に持ったそれを眺め、嬉しそうに笑った。
その頃、メールの受け取り主はちょうど宿題を終わらせたところで、机の上のものを片付
けていた。全てのものを鞄やもとあった場所に戻し終わったところで、携帯のメール受信
音が鳴る。
「?」
普段自分にメールを送ってくるものは跡部くらいしかいない。なので、樺地は不思議に思
った。跡部は今日、宍戸と放課後デートをすると楽しそうに話していた。だから、跡部が
わざわざ自分にメールを送ってくることなどありえないのだ。
ピッ
携帯を見るとそこには自分の知らないメールアドレスが表示されている。樺地は首を傾げ
た。中身を見れば誰か分かるかもしれないと思い、樺地はメールを開く。
『今日、夜8時頃に学校の近くの公園に来てよ。おもしろいもの見つけたんだー♪俺、樺
地とそれで遊びたい!!絶対楽しいはずだからさ、来てねー。』
文面から跡部でないことは明らかだった。そして、この口調、このテンション・・・・自
分がメルアドを教えた覚えのある人で思い当たる人は一人しかいない。樺地はそれを確か
めるためにメールを返信した。
今度はジローの携帯のメール受信音が鳴る。ジローは返事が来た!!と急いでメールを開
いた。
『ジローさんですか?』
「あっ!!」
質問系のメールを見て、ジローはしまったと思った。そういえば、自分は樺地にメルアド
を教えてもらったが、自分のメルアドを樺地に教えた覚えはない。登録していない人から
突然あんなメールが来たら相手は困惑してしまうだろうということが、ジローにも容易に
想像出来た。謝罪の言葉と共にジローはもう一度、樺地にメールを送る。
再び樺地の携帯が鳴った。
『ゴメーン、樺地。そうそう、ジローだよ。それで、さっきのメールのことなんだけど。
どう?来てくれる?』
樺地は少しだけ迷ったが、部活の先輩に会うくらいなら親も許してくれるだと思い、Ye
sという意味を込めてメールを返信した。するとすぐに返事が返ってくる。
『うわあ、ホントー!?マジうれC〜Vvマジで楽しみにしてるから!!今日8時、公園
でな。』
ただの文字でしかないのだが、ジローのメールには嬉しいとい感情が溢れ出ていた。それ
を読み、樺地も何だか嬉しくなり、今日の夜の約束が楽しみになり始めた。
日が暮れてから数時間。もう空は真っ暗で、電灯だけが道を照らしている。息が白くなっ
てしまうまではいかないが、この時期になると夜はかなり冷える。そんな冷気に包まれた
公園のベンチで、樺地はジローが来るのを待っていた。
「ハァ・・・ゴメン、樺地。ちょっと、遅くなっちゃった。」
息を切らしながら、ジローは樺地に向かって走って来た。手には小さなビニール袋が下げ
られている。
「急に呼び出しちゃってゴメンね。でもさ、これ見つけたらどうしても樺地とやりたいな
あって思ってさ。」
ガサゴソとその小さなビニール袋から何かを取り出す。ジローの手に握られたものは数束
の線香花火だった。
「夏休みにやったヤツの残りだと思うんだけど、結構な量あるでしょ。ちょっと季節外れ
かもしんないけど、一緒にやろうぜ。」
ニッと笑って数束あるうちの一つを樺地に手渡す。樺地はそれを見て、ゆっくりと束ねる
ためにつけられている紐を解いた。束になっていた線香花火はバラバラになる。
「はい。これで火つけようぜ。」
ジローは持ってきたライターを樺地に渡した。もう一つ持って来ているので、自分はそれ
で花火に火をつける。小さな赤い玉が出来、初めは小さくそして次第に大きくパチパチと
音を立て、輝き始めた。樺地も同じようにたくさんあるうちの一本に火をつける。
「キレイだよね〜。」
「ウス。」
目を輝かせながら、ジローはパチパチと飛び散る火花を眺める。樺地もそれに賛同した。
あっという間に終わってしまうが、数だけはたくさんある。初めは一本一本順番にやって
いたジローだったが、そのうちそれではおもしろくなくなってしまい何本かまとめて火を
つける。
「見て見て、樺地!!おっきいぜ。」
「!!」
まとめて火をつけられた線香花火は火をつけた部分がつながり、大きな一つの玉を作って
いた。そこから一本の時よりも大きな火花が出始める。だが、やはり重さがある。大きな
赤い玉は輝き終えることなく重力の方向へ向かってポトンと落ちた。それを見てジローは
残念そうな声を上げた。
「あーあ、落ちちゃった。」
それを見て、樺地は小さく微笑んだ。普通はやる前にそうなることに気づくはずなのだが、
それに気がつかず、はしゃいでいるジローが何とも微笑ましかったのだ。樺地が笑ったこ
とに気がついて、ジローも笑い出した。
「あはは、落ちちゃった。あー、もうあと一束だよ。半分こしてやろうな。」
「ウス。」
残った一束を同じ数だけ分けて、二人は残りの花火を楽しんだ。その小さいながらも頑張
って光を放つ線香花火を見てジローはいつもの子供っぽい笑顔とは違うどこか少し大人っ
ぽい笑みを浮かべて、樺地に話しかける。
「樺地、俺ね、線香花火好きなんだー。」
「ウス。」
「打ち上げ花火みたいな派手な奴ももちろん好きなんだけど、この何て言うのかな?すご
く一生懸命に光ってるとことかがすごく好き。地味なんだけど、見ててすごく気持ちが落
ち着くよね。」
「ウス。」
ジローが本当に言いたいことはこんなことではなかった。花火に例えながら他に別のこと
を言いたいのだ。
「跡部とか宍戸ってさ、花火で表すときっと打ち上げ花火だよね。いろんな人の目を引き
つけてキレイだとかカッコイイとか言われてる。忍足とか日吉は仕掛け花火って感じで、
岳人とか鳳はロケット花火って感じしない?滝は普通のいろんな色に変わったりするアレ
かなー?」
「ウス。」
部員を花火に例えるジローの話に樺地は頷いた。どれもみんなそれぞれ合っているなあと
納得してしまう。
「でさ、樺地は線香花火だよね。他の人みたいにそんなに派手派手じゃないけど、人の心
を癒してくれて、自分なりに頑張って光ってる。俺、やっぱり線香花火が一番好きだな。」
「・・・・・・。」
今度はいつものようにニコッと笑って、樺地を見た。そう言われて樺地は言葉を失ってし
まう。これは告白なのだろうかと考えてみたりもする。いつも好きだ好きだと言われては
いたが、こんな言われ方をするととてもドキドキしてしまう。すると、自分の今持ってい
た線香花火の火が落ちてしまった。少し遅れてジローの持っていた花火も光るのをやめて
しまう。
「あーあ、消えちゃった。あと一本だね。」
「・・・ウス。」
「一緒に持ってやろうぜ。」
「ウス。」
樺地が持っているところより上の方をつまみ、ジローは一番下の部分に火をつけた。最後
の線香花火は今までのものよりたくさんの火花を出し、力の限り光を放った。全てが燃え
てしまうと何事もなかったかのようにあたりがシーンと静まり返る。
「終わっちゃったね。」
「ウス。」
寂しそうにジローが呟く。樺地は立ち上がって、ベンチに腰かけた。続けてジローも隣に
腰を下ろす。線香花火の残骸を見て、ジローは溜め息をつきながらぼそっと呟いた。
「どうして、楽しいことってこんなにすぐに終わっちゃうんだろう?ずっと、続けばいい
のになあ・・・。」
「楽しいことが終わるのは・・・悲しいことやつらいことが終わるためだと思います。」
「へ?」
樺地が突然しゃべり出すので、ジローは驚いた。普段は自分からしゃべることなどほとん
どないのだから当然であろう。
「悲しいことやつらいことが終わるから・・・楽しいことも終わるんだと思います・・・。」
「そっか。片方だけ終わるってのはありえないもんね。」
「それに・・・楽しいことはずっと続くと・・・・それが当たり前になって・・・・楽し
いことじゃなくなります・・・・」
「うーん、確かに。初めは楽しいと思ってても途中で飽きちゃったりするからねー。」
「楽しいことが終わるのは・・・一日が夜になって終わるのと同じように・・・次の朝が
来るために・・・・次の新しい楽しいことが来るために終わるんです・・・・」
「何か・・・樺地すごいな。」
普段しゃべらないだけあって、いざ話すのを聞くと真剣に聞き入ってしまう。それも言っ
ていることに説得力があるというかなかなか哲学的なことなので尚更だ。
「今日の楽しいことが・・・終わったので・・・・明日、また楽しいことが必ず来ます。
だから・・・そんなに寂しそうな顔しないで・・・下さい・・・。」
樺地はこれが言いたかったのだ。それを聞いてジローの心臓は何だかドキドキしていた。
樺地からこんな話を聞けるとは思っていなかったし、樺地が自分のことを気にかけていて
くれたということがとても嬉しかったのだ。ジローはベンチからピョンと飛び降りて、く
るっと樺地の方を向き、最高の笑顔で手を差し伸べた。
「帰ろう、樺地。明日の楽しいことのために早く帰って寝なくちゃ。」
「ウス。」
昼間あんなに寝たにも関わらず、ジローは寝る気満々だ。差し伸ばされた手を軽く握って
樺地はベンチから立ち上がった。その手をジローは強く握り返す。
「樺地の手、あったかいな。大きいし。」
「・・・・。」
「樺地とこういうふうにしてるのも楽しいことだぜ。だけど、もう少ししたらバイバイし
なくちゃいけないんだよなー。」
「・・・ウス。」
また寂しそうな顔をする。樺地もどこか寂しそうだ。だが、ジローはすぐに笑顔に戻った。
「でも、また明日学校で会えるし、そこでまた楽しいことが来るんだよな。だって、楽し
いことが終わるのは次の楽しいことが来るためなんだろ?」
「ウス。」
「じゃあ、別に寂しくないや。あー、早く明日にならないかなあ。」
明日が早く来て欲しい〜というような感じでジローはうずうず感を外に出す。表情や態度
はあまり変わってないが、樺地も同じ気持ちだった。公園を出るとそこで別れなくてはい
けない。繋いだ手を名残惜しそうに離して、ジローは樺地の顔見た。
「うーん、やっぱさみC〜よね。でも、大丈夫。樺地がいいこと教えてくれたから。」
いったんうつむいた後、いつものような明るい笑顔でジローはさっきまで繋いだ手を開い
て、大きく振った。
「じゃあね、樺地。また明日!!」
「ウス。」
樺地も手を振る。『また明日!!』という言葉が耳に残る。『楽しいことが終わるのは、次
の新しい楽しいことが来るため』さっき自分が言った言葉を思い出しながら、走って帰っ
ていくジローを見送った。そして、自分も明日の楽しいことを迎えるために家に向かって
歩き出した。
END.